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外来患者の誘導・囲い込み・過剰診療 ・・・精神科クリニック

2016年07月05日 | 精神しょうがい
貧困と生活保護(34) 外来患者の誘導・囲い込み・過剰診療

2016年7月5日 (火)配信読売新聞

 生活保護の医療をめぐる問題では、入院のあり方が圧倒的に重要ですが、外来(通院)や在宅医療にも課題はあります。一部の医療機関による受診の誘導、勧誘、囲い込み、過剰診療、過剰投薬などです。

 大多数の医療機関は、生活保護であろうとなかろうと、必要な範囲の医療を提供していますが、一方で「貧困ビジネス」ともいえる診療をする医療機関もあるのです。

 医療のやりすぎは、費用の面でも、心身への影響の面でも問題です。ただし、どこまでが必要な医療で、どこからが過剰なのか、どこからが不当なのかは、線引きのむずかしいことが多く、不正として摘発するのは簡単ではありません。

 対策としては、大きな自治体なら保健師・看護師などの医療専門職を生活保護部門で雇い、患者を個別に支援すること、個々の患者の治療方針について医療機関と協議すること、行政がメリハリをつけて、あやしい医療機関に目を光らせることが重要だと考えます。

東京の精神科クリニックをめぐる問題

 昨年(2015年)に問題になったのは、東京都内で複数の精神科クリニックを営むグループです。当時は4か所、現在は5か所のクリニックを運営しています。ここではまとめて仮称として、Qクリニックと呼ぶことにします。

 首都圏の弁護士・司法書士でつくる「医療扶助・人権ネットワーク」は15年7月24日、指導・指示・監査を求める意見書を厚生労働省と東京都に提出しました。それを受けて厚労省は同年8月7日、「生活保護における不適切な受診誘導の防止等について」という保護課長通知を出し、全国の福祉事務所に自主点検と注意を促しました。東京都は大田区、江戸川区の福祉事務所に特別指導検査を行い、8月19日、両区に改善を勧告しました。

 Qクリニックは医療内容について特段の指導を受けていないようですが、福祉事務所との関係や利用者との関係で、不適切な実態があったということです。具体的に何があったのでしょうか。
 
<福祉事務所で受診誘導も>

 大田区、江戸川区、港区は、Qクリニックに随意契約で業務委託して「メンタルケア支援員」「医療ケア支援員」といった呼び名の相談員を福祉事務所に配置していました。依存症をはじめとする精神障害などを抱える生活保護利用者を支援するためです。大田区は4人、江戸川区は3人、港区は1人で、職種は主に精神保健福祉士でした(大田区は2人が看護師)。

 東京ではメンタルケア支援の専門職を非正規で雇っている区もありますが、3区は「経験のある専門職を安定的に配置するには業務委託のほうがよいと考えた。とくにアルコール・薬物・ギャンブルなどの依存症に対応できる機関が少ないため、そのノウハウを持つQクリニックに委託した」という趣旨の説明をしています。大田区、江戸川区は07年度から委託していました。

 これに対しネットワークは、相談員がQクリニックのデイ・ナイト・ケアを勧め、受診が生活保護を受ける条件のように誤解させるような説明をしており、公正中立さを欠くと指摘しました。

 都は、受診誘導があったケースを大田区で2件、確認しました。厚労省は、受診を勧めるときは、客観的・合理的な根拠に基づき、たとえば複数の医療機関を示すなど、理由なく特定の医療機関に偏らないようにすること、特定の医療機関の受診が保護の要件であるような説明は行わないこと、外部委託は随意契約ではなく、原則として一般競争入札で行い、委託したときは業務実態を把握すること――などを課長通知で自治体に求めました。

 精神科のデイケア、ナイトケアは、社会生活機能の回復を目的に、患者同士が交流しながらレクリエーションなどの活動を行うもので、それを1日に10時間やるのがデイ・ナイト・ケア。診療報酬は1日1万円余りになり、精神科の一般的な病棟の入院基本料より高いほどです。運営の規模によりますが、3~6人のスタッフで1日に最大30~70人の患者を担当できます。Qクリニックの患者は週5~6日の利用が多いようです。運営や生活支援の苦労はあるでしょうが、非常にもうかることは確かです。
 
<劣悪な住環境>

 ネットワークによると、住まいのない人が生活保護を受けてQクリニックを利用する場合、相談員などの指導で宿泊先が提供されることがありました。ところが宿泊先は、雑居ビルの事務所に合板による簡易な間仕切りを設けて作った、たいへん狭い貸しルーム(シェアハウス)。建築基準法違反の疑いがあるうえ、Qクリニックはシェアハウスの合鍵を持っており、デイ・ナイト・ケアを休んでいると、スタッフが合鍵で入って来て強引に連れて行くケースもあったということです。

 都は、福祉事務所が入居を文書指示していたケースを大田区で1例確認し、特定の賃貸住宅への入居指示は不適切だと指摘しました。違法建築の場合は、速やかに転居指導を行うよう求めました。都によると、他の区の福祉事務所が扱ったケースを合わせると、そうしたシェアハウスの利用者だけで70人にのぼり、これまでに68人が転居しました。

 厚労省は、生活保護受給者への訪問調査を徹底し、適切な居住場所の確認に努めること、劣悪な住環境の場合は転居指導を徹底し、建築基準法違反の疑いがあれば建築部局と連携して対応すること、床面積別に応じた適切な住宅扶助費の認定を行うこと――を求めています。
 
<一方的な金銭管理>

 ネットワークによると、大田区や江戸川区の福祉事務所は、毎月の保護費をQクリニックへ現金書留で送り、これをQクリニックが管理。本人に現金を渡さずに食事などを現物給付したり、1日1000円だけ渡したりしていたといいます。「翌日の生活費をもらうために毎日通院せざるを得ないように仕向けている。必要な睡眠薬などの薬も1日分しか渡さないため、薬をもらうためにも通院を続けなければならず、医療機関の選択権が奪われている」とネットワークは指摘しました。

 都も、保護費全額を現金書留で送っている事例を多数、確認しました。

 厚労省は「保護費は原則、本人へ交付する。保護受給者が金銭管理サービスを利用する際は、福祉事務所が契約内容や実施状況の把握に努める。入院や入所の場合、現金書留で送られた保護費を本人の意思に反して無断で管理されないよう徹底する。家計管理や金銭管理に関する支援に努めるとともに、自立支援プログラムや成年後見制度などの活用を検討する」よう、各自治体に要請しました。

 ネットワークはその後の15年12月に改めて意見書を出しました。「保護費をQクリニックあてに現金書留で送るやり方がまだ続いているので中止すべきだ。口座振り込みになっている場合でも通帳、印鑑、キャッシュカードをQクリニックに預けさせられている人が複数いる」としています。

 アルコール、薬物、ギャンブルへの依存、知的障害などで金銭管理を自分でしっかりできない人の場合、福祉事業所や医療機関が管理することはありますが、あくまでも本人との契約が前提です。同意書の存在だけでなく、本人の納得の有無をしっかり確かめる必要があるでしょう。
 
<足りない依存症対策>

 このほか、大田区に住む元患者の男性は15年10月、「他の高齢患者の送り迎えや歩行訓練の補助といった労働を、無償あるいは時給100円台の低賃金でさせられた」とし、労働基準法・最低賃金法違反の疑いでQクリニックの運営法人などを上野労基署に刑事告訴しています。

 一連の問題を重視した厚労省保護課は、16年3月3日の社会・援護局関係主管課長会議でも、似たような事案がないよう、自治体に対策の徹底を求めました。

 福祉事務所への相談員派遣の委託は、3区とも16年度から別の事業者に代わっていますが、Qクリニックに通う生活保護の患者がいなくなったわけではありません。

 ネットワークの内田明弁護士は「精神障害のある人をクリニックが丸抱えして、金銭管理も徹底してやってくれるから、福祉事務所が便利な存在として利用してきたのではないか」という見方です。

 一方、大田区の担当者は「依存症などの精神障害で周囲とトラブルを起こし、ほかに受け皿になる生活場所がない人が少なからずいる」、江戸川区の担当者は「依存症に対応できる医療機関が少なく、福祉系の回復支援施設も利用人数が限られている」と悩みを強調しています。

 単純にクリニックが悪い、福祉事務所が安易だ、と非難して済む話ではなさそうです。依存症治療の態勢づくり、安心できる生活の場の確保が根本的な課題でしょう。

 なお、継続的な治療が必要な精神障害による通院は、デイケアやナイトケアを含め、都道府県に申請すれば、障害者総合福祉法に基づく自立支援医療(精神通院)の対象になります。原則1割負担ですが、低所得者は軽減され、生活保護の場合は自己負担なし。その制度が適用された場合の医療費は、医療扶助ではなく、全額、自立支援医療による公費負担になります。Qクリニックの利用者では、その申請があまり行われていませんでした。

通院の勧誘、押しかけ訪問、大量処方

 生活保護患者の外来診療については、これまでも一部の医療機関による過剰な医療が指摘されてきました。精神科だけでなく、どちらかというと内科系が中心です。

 生活保護率が全国一高い大阪市西成区でも、一部のクリニックや病院には、首をかしげる部分があります。福祉マンションの入居者に、通院しませんかと勧誘する。さほど歩行が不自由でない人でも車で送り迎えして連日、通院させる。向精神薬(睡眠薬、精神安定剤など)をはじめとする薬を多種類・多量に処方する。

 訪問診療も問題になりました。福祉マンションやサービス付き高齢者住宅に入居すると、頼んでもいないのに医師がやってくる。診てもらうと体のどこかが悪いと言われ、定期的に訪問診療に来るようになる。そういうマンションなら、まとめて大勢の患者を訪問診療できるから、離れた地域の開業医がわざわざやってくる。歯科医師も、訪問看護も、介護サービスも来る。マンション経営者が、多数の入居者を顧客にしたい開業医や介護事業者からマージンを取る例もありました。

 大阪市は10年12月、西成区のアパートに住む生活保護利用者に診療所から不必要な訪問診療を繰り返したとして、大阪府内の医療法人に2840万円の診療報酬の返還を求めました。アパートは6階建てでエレベーターがなく、入居者は階段を歩いて上り下りしていたのに、81人に高血圧などの訪問診療を重ねていたという理由でした。

 ただし、そういった医療機関はあくまでも一部です。一部の事象をもとに医療扶助全体を締めつけるような政策を取ると、弊害が出ます。たとえば、医療扶助に一時的な自己負担を導入して後から払い戻す形にせよという意見がありますが、そうすると最低限度の生活費しかない保護利用者は、必要な医療を受けにくくなり、命を失う人や受診が遅れて重症化する人が続出するでしょう。

専門職が治療方針を協議する

 間違ってはいけないのは、主たる問題は、一部の医療機関のモラルハザード(倫理意識の低さ)だということです。一部の患者による頻回受診、重複受診が問題として取り上げられますが、一般的に言って、医療を頻繁に受診しても患者側にメリットはありません。たいていの場合、生活保護を受ける患者には医学的な知識が少なく、医師から言われたことを信じて、言われるままに通院しているのです。なかには寂しさなどの心理的要因があって通院を重ねる人や、処方された薬への依存状態になっている人もいるでしょうが、処方された向精神薬を転売するような悪質な事例は、一握りです。

 したがって肝心なのは、不適切な受診をする患者を指導するというより、適切な医療を受けられるよう、患者をサポートすること。厚労省は、看護師や薬剤師など専門職の協力を得て生活保護患者を支援する補助事業を今年度から新たに始めます(予算額2億円)。訪問看護事業所や薬局の協力を得る方法を主に想定していますが、自治体が直接雇う場合も補助対象になるそうです。

 一定の医学知識を持つ専門職には、患者と会って病状や治療内容を確かめるだけでなく、医療機関に出向いて治療方針について協議することを、ぜひやってほしいものです。過剰診療、不適切な医療に歯止めをかけるには、そういうアプローチが最も効果的だと思います。かりに外部の団体に委託する場合は、そこが本当に患者を支援する立場の組織かどうか、しっかり見極める必要があります。


原記者の「医療・福祉のツボ」

原昌平(はら・しょうへい)読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保 障を中心に取材。精神保健福祉士。2014年度から大阪府立大学大学院に在籍(社会福祉学専攻)。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など

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