鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第8話・中編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン




 書庫を大まかに調査し、いくつかの重要な文献を入手した後、クレヴィスとシャリオは5階に上がった。今度のフロアは主に《ディスク》を保管するための場所になっている。ちなみに2つの階を比べてみると、旧世界では紙以外の記録媒体が高度に発達したにもかかわらず、書物は依然として無くならなかったということが分かる。これは興味深い点であろう。
 シャリオは帽子を脱いで手前の机に置いた。四角い神官帽の隣には、ディスクがうずたかく積まれている。金色の円盤が封じられた透明なケース――こんな小さな物の中に、膨大な文書が本当に収められているのだろうかと、彼女はいまだ半信半疑である。
 額の汗を軽く拭うと、シャリオは肩から外套を滑らせた。裾が床に着きそうな仰々しい聖衣は、神官の威厳をいっそう高めはするにせよ、何か作業を行うには全く不向きである。この大層な上着を椅子の背もたれに引っ掛けて、彼女は簡素な法衣姿になった。
 クレヴィスも沢山のディスクを抱えてやって来る。
「これが最後の分です。シャリオさんのおかげで助かりましたよ。もし私だけだったら、ディスクのラベルがなかなか読めなくて苦労していたところです」
「ご謙遜を。でもこんなにあると、さらに選り分けるのが大変ですわね」
「嬉しい悲鳴と言いたいところなのですが……そろそろルティーニたちとの待ち合わせ時間ですから、思い切って取捨するしかなさそうですね。まぁ、持てるだけ持っていこうと思います」
 クレヴィスにしてみれば、宝の山が目の前にあるといったところか。高揚した顔つきでディスクをさっそく整理し始める。
 そんな彼をどこか微笑ましげに思いながら、シャリオも作業を手伝う。ラベルに書かれた表題を手早く読み取り、そのディスクが必要かどうか……クレヴィスの指示を仰ぐのだ。
 作業の手を休めることなく、彼女が言った。
「わたくし、以前からずっと気になっていたことがあるのです。イリュシオーネに存在する無数の伝説、部分的に知ることができる古代の歴史、あるいは、《沈黙の詩》も含めた予言や神話の類……全体として見た場合に、それぞれの伝承の中身は、互いにどんなつながりを持っているのかと。まだ自分の頭の中でも整理できていないのですが」
「たしかに難しいですね。塔に入る前にルキアン君とお話なさっていたのは、その件だったのですか?」
「はい。失われた世界《プロメッソス》に関する言い伝えと、旧世界に関する史実は、それぞれ全く別々の文脈で語られています。でも両者は本当に何の関係もないのでしょうか? 例えば、ごく安直に申しますと、どちらがより古い時代のことで、どちらがより新しい時代のことだと考えられるのでしょう。まだ10代の頃に、神殿でそんな質問をしましたら……単なる空想にすぎないプロメッソスの話と、歴史上の事実である旧世界の話とを、同じ次元で論ずること自体が馬鹿げていると言われたものです。突拍子もないことだと、お笑いにならないでくださいまし」
 2人の間に若干の沈黙があった。クレヴィスは、しばらく無言でディスクの選別を続ける。
「そういえば、クレヴィスさん、ここ……」
 話題を少し変えようとしたのか、辺りを見回した後、シャリオがつぶやく。
 そのときクレヴィスは、思い出したように口を開いた。
「いや、伝説や昔話にヒントを得て、実際に古代遺跡の発掘に成功するという話も時々ありますからね。馬鹿げているなんてことはありませんよ。私個人としては……プロメッソスのおとぎ話については、そのままの形で信じるのはどうかと思いますが、ひょっとすると一種の寓意ではないかと理解しています。つまり、あの荒唐無稽なおとぎ話の中に、何らかの過去の事実も暗に示されているのだとしたら」
 クレヴィスはふと手を止めて、一枚のディスクを見つめる。
「シャリオさん。おそらく今日、この塔を見てから、あなたの疑問はいっそう大きくなったのではないですか?」
「そうなのです。《パラミシオンに旧世界の遺構が存在する》というのは、やはり奇妙な話ですわ。魔物や妖精が棲むという、時の滞った幻夢の世界、つまりパラミシオンの中に……科学の粋を凝らした旧世界の建物が存在するなんて、違和感がありすぎませんこと?」
「確かにそうですね。旧世界の人々は、何のためにパラミシオンに建物を造ったのでしょうか……」





 にっこり笑って、シャリオは首を振る。
「ふふ。私が考えているのはもっと子供じみたことですの。クレヴィス副長にだから敢えて申しますけれど……このパラミシオンは、すでに旧世界の時代から本当に《あった》のでしょうか。あるいは、おとぎ話の言い方を借りれば、その頃すでにプロメッソスの世界は、目に見える国と虚ろな国へと引き裂かれていたのでしょうか?」
「これはまた、何とも」
 机の上に残った最後の未整理ディスクを手にしたまま、クレヴィスはシャリオの顔を見つめた。
「まだ神官見習いだった頃、私は書庫で仕事をするついでに、色々な民話や昔話をこっそり調べていたことがあります。もちろん、当時は興味本位でした。例えば《雲の巨人と悪い妖精》の話(*1)ですとか、《大きな大きな樹》の話(*2)について。そして問題の《プロメッソスの楽園》についても。非常に古いテキストにまで遡り、新旧様々な異本を比較するうちに……私はあることに気が付いたのです」
 シャリオの唇にうっすらと光が浮かぶ。意味合いは異なるにせよ、どこか悪女の微笑みに通ずるものがあった。
 クレヴィスは、ディスクの詰め込まれた袋を担いだ。呆れたような、あるいは感銘を受けたようにも見える表情で。
「なるほど、一癖ある物語ばかりですね。特に《樹》の話に関しては、実は色々なことが言われています。憶測にすぎませんが、私の《読み》が当たっているとすれば……シャリオさん、あなたは、プロメッソスをはじめとする諸々の言い伝えが、旧世界の崩壊について何か隠された真実を語っているのだとお考えなのでしょう。違いますか?」
「今の話からそこまでお見通しだなんて、さすが副長ですね。ただ、私の最終的な目標は……多くの伝説や民話、そして古代の歴史を手がかりとして、《沈黙の詩》の真意を解釈することなのです。それができれば、旧世界の滅亡についても多くのことが明らかになるはずですわ。なぜなら……」
 シャリオは立ち上がり、白の聖衣を再び身に着けた。柔和な雰囲気の中にも、高位の神官たる毅然とした品格が漂う。彼女の背を無言で眺めながら、クレヴィスは耳を傾けている。
「なぜなら、沈黙の詩の一部は、過去の……とりわけ旧世界末期の事実を比喩的に伝えたものであり、また別の一部は、私たちの現世界の将来をも言い当てているからなのです。あれは史実の語り部にして未来への予言詩……私はそう感じます。だからこそ神殿は、あの詩を外部にもらすことを極度に怖れているのではないかと」
 いつもの通り、クレヴィスは穏やかにうなずいた。歩き始めた彼は、肩に担いだ大きな革袋を指して言う。
「ひょっとするとこれらのディスクの中に、あなたの疑問を解く鍵が隠されているかもしれませんよ。持ち帰って例の友人に解析を依頼します。しかし元の世界に戻ったところで、今の戦況を考えると、旧世界の謎解きにかかわっている余裕はなさそうですが。仕方がありません……私は学者ではなく一応の戦士ですし、あなたは神官であっても、同時にギルドの船医なのですからね」
 2人はディスクの保管庫を出て、ルキアンたちと落ち合うために5階の階段前に向かった。


【注】

(*1)イリュシオーネに伝わる昔話。ごく大雑把に言えば、雲の上に住む巨人が、妖精の娘にだまされて数々の悪事を働くという内容である。この話の詳細については後に明らかにされるだろう。

(*2)同じく昔話。内容はおよそ以下の通り。貧しい農夫の少年が、巨大な種を拾って畑に植えると、そこから天にまで伸びる木が生まれた。その木を彼が登っていくと、雲の上に立派な城があった……。この話もいずれ詳しく語られる。



 エスカリア帝国軍との対決が刻々と近づく今……オーリウム王国の誇る要塞線《レンゲイルの壁》は、過去にガノリスの軍隊から国を護ってきたのと同様に、帝国に対する最後の切り札となるはずであった。
 だがこともあろうに、この鉄壁の防御ラインは反乱軍に掌握されたままなのだ。《壁》の要となる要塞都市ベレナも反乱軍の本拠となっている。同市の奪還を計る議会軍は、皮肉にもレンゲイルの壁の堅固な守りに阻まれ、何らの決定打を与えられないまま、いたずらに包囲を続けるばかりである。
 反乱軍の狙いは、帝国軍が到着するまで持ちこたえることに他ならない。あとわずかな時がたてば、エスカリアの先遣隊が国境に達するだろう。そうなればレンゲイルの壁は直ちに明け渡され、帝国の地上部隊は、何の苦もなく王都エルハインへと北上できることになってしまう。
 この緊急事態に直面し、議会軍は全力を傾けてベレナ攻撃を決意。失敗を許されない軍首脳部は、エクター・ギルドに支援を公式に要請するという前代未聞の行動に出た。
 つまりはベレナ攻略に関する共同作戦――この件について、議会軍少将マクスロウ・ジューラと、ギルドの最高責任者(グランド・マスター)デュガイス・ワトーとの会談が今朝密かに開かれ、盟約が結ばれるに至ったのである。

 マクスロウとの話し合いを終えた後、デュガイスはいつもの通り執務室にいた。机の上に整然と積まれた書類は、各地のギルド支部から送られてくる報告や伺いの類だ。かつてはエクターとして名を轟かせた彼も、今では部屋の中で膨大な文書と格闘する日々を送っていた。すでに初老を迎えたとはいえ、豪傑肌で実戦好きなこの男にとっては、いささか退屈を感じる仕事であろうが。
 デュガイスは熊のような体躯を椅子にもたせかけ、背後の窓に目をやった。
「その後、クレドールから連絡はないのか?」
 両手の拳を握って机を押さえつける。頑丈な一枚板の執務卓だが、彼の体重がかかるとへし折れかねない雰囲気だ。
「今のところはありません。コルダーユ沖でガライア3隻と交戦後、進路をパルジナス方面にとったとのことでしたが、その後は音信不通のままです。ずいぶん遠い所ですからね。ネレイまでの《念信》の中継が遅れているのかもしれません。あるいは……」
 隣の机で分厚い帳簿をめくりながら、カリオスが答えた。彼はデュガイスと会話を続けたまま、算盤に似た道具を器用に弾いてはペンを走らせる。ギルド屈指のエクターの1人でありながら、デュガイスの秘書らしき役割も果たしているようだ。事務仕事がずいぶん板に付いている。様々な前歴を持つギルドのメンバーの中には、こうした変わり種も沢山見られるのだ。
「あるいは……なんだ?」
 デュガイスは立ち上がって窓際にたたずむ。どこか落ち着いていられないといった様子である。
 対照的にカリオスは、椅子に深く腰掛けて平然と作業を続ける。もっとも今に限ったことではなく、いつもこんな調子で淡々としている彼だが。
「私の想像ですが、クレドールはパルジナス山脈を直接飛び越えてくる気かもしれません。もし普通のルートをとって山脈を迂回するのであれば、コルダーユから海沿いに南下するはずです」
「うむ、山を越えてくると? それができたら確かに時間の短縮にはなるだろうよ。だがあのパルジナスは、飛空艦乗りなら誰もが怖れる魔の山だ。いや……奴らならやりかねないか。あり得るな。上手くいけば間に合ってくれるかもしれん」





 そこでカリオスが言った。
「そういえば、さきほどクレドールから最後の念信が中継されてきたとき、カルダイン艦長から補給に関して追加の要望がありました。ネレイでアルマ・ヴィオを積み替えたいのだそうですが、その時までに飛行型重アルマ・ヴィオを手配してほしいと」
「飛行型……重アルマ・ヴィオか。なるほど、クレドールがいま積んでいる飛行型は、あの元気娘のラピオ・アヴィスだけだったからな。そうだ、昨日からちょうどあの男がネレイにいただろう。サモン何某……時々クレドールと一緒に仕事をしていることだし、よく知った仲のはずだが」
「サモン・シドーさんですか。確か《ファノミウル》に乗っていましたね。あのアルマ・ヴィオは対地攻撃力が非常に高いですから、今度のクレドールの任務にはうってつけです」
 カリオスの言葉に頷きつつデュガイスは机に戻った。硬玉でできた、ひと握りもある判を手にすると、次々と書類に印を押し始める。手慣れたものだ。
「カリオス、今日の仕事はわしが1人で片づける。お前は《ミンストラ》に乗り込んで、そろそろ出港準備を始めるよう伝えてくれ。飛空艦は足が遅いから、早いこと出しておかないと議会軍との合流に間に合わなくなるぞ。他の飛空艦……特に第2方面の《ラプサー》と《アクス》も、クレドールが帰還次第、ただちに合流して出動できるよう待機させておいてくれ」

 ◇ ◇

「では押してみます。よろしいですか?」
 三角形のボタンにルティーニが指を近づける。緊張のせいか、あるいは若干の興奮も入り交じってか、微妙に震えている。
 その背後ではルキアン、クレヴィス、シャリオの3人が見守る。
 ボタンと言っても凹凸のないパネル状のものだが……それにルティーニの人差し指が触れた瞬間、緑色にぱっと点灯した。
「なるほど。エレベータ、確かに動いていますね。ルティーニもルキアン君もよく復旧してくれたものです。これで随分と楽になりますよ」
 閉じられたままの扉を満足げに眺めて、クレヴィスは何かを待っている。
 数秒後、ベルの音がした。
 各階入口にあった自動の扉と同様に、ドアがすっと開く。
「本当に箱……ですね」
 扉の向こうにルキアンが目にしたものは、数人の大人が入れば一杯になりそうな小部屋だった。いや、部屋と言うよりは入れ物と形容する方が似合っている。恐る恐る、それでも興味津々に彼は中をのぞき込んだ。
 その隣をクレヴィスが通り越し、ごく当たり前といった顔つきで《箱》に乗ろうとする。
「あ、副長?」
 心配したシャリオが何か言いかけたものの、クレヴィスの笑みが彼女の言葉を遮った。
「大丈夫ですよ。しかし一応、私が念のために試してみますから、皆さんは外で待っていてください」
 クレヴィスがそう言いかけている最中に扉は閉じ、彼の姿は消えた。
「あの……何か動いています。数字が書いてあるランプ、ほら、さっきまで5が光ってましたけど、いま6になりました」
 1から6までの数字がそれぞれ書かれた6つのランプが、扉の横の壁に埋め込まれている。ルキアンが見ている間に、5と6のランプが点いたり消えたりした。
 そして再びドアが開く。
「ほら、異常なしです。とりあえず皆さんも乗ってください」
 幾分とぼけた表情でクレヴィスが手招きしている。
 彼の言葉に従って、残りの3人も中に入る。その時の彼らの顔には、何とも言えない面白さがあったが。
「異常……ではないのですが、少し困ったことはありましてね」
 扉が閉じた後、お互いに肩が触れ合う狭い部屋の中で、クレヴィスが言った。
「いやですわ。悪いご冗談を」
 シャリオとルキアンの目が合った。体を多少こわばらせているルキアンに、彼女は片目をつぶってみせた。
「副長、これで7階に行けるのですね」
 ルティーニがそう言ったとき、クレヴィスが扉近くのパネルを指した。
「それが問題なのです。見てください……ここに1から6までの数字が書かれたボタンがありますね。例えば3というボタンを押せば3階に、5なら5階に行けるわけです。しかし、7と8という数字はどこにも見あたりません」
「では、どうやって?」
「落ち着いて考えてみましょう。確かにこのエレベータのどこを探しても、7階という表示は見あたりません。だからといって、別に7階に行けないと決まったわけでもないですよ。ただでは最上層に入らせてくれないにせよ、少し工夫すれば……」


【続く】



 ※2000年3月~4月に鏡海庵にて初公開
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