鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第8話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン




 皆が思案に暮れる中、クレヴィスにひらめきがあったようだ。
「ルティーニ。先ほど中央管理室で手に入れたというカードを、ちょっと貸してくれませんか?」
「えぇ。見て下さい、こんなに沢山ありますよ。ほとんどは似たり寄ったりという感じですが」
 ルティーニは懐に手を入れて、名刺大のカードの束を取り出す。
「厚紙……ではないようですね。それ、何ですの?」
 2人のやり取りをシャリオがしげしげと見つめていた。この塔に入ってからというもの、未知の事柄があまりに多すぎる。だが得体の知れない経験の数々は、シャリオを不安にさせるというよりも、むしろ彼女の好奇心をいっそうかき立てるのだった。
「見かけからは考えにくいかもしれませんが……これは要するに《鍵》なのです。先ほどのディスクと同様、この小さな薄板の中にはある種のデータが記録されています。勿論、ディスクと仕組みは違いますし、情報量も比較になりませんけどね」
 クレヴィスはそう言うと、エレベータの操作パネルを指差す。例の1から6までのボタンが並ぶ部分の下に、ちょうどカードが入りそうな大きさの差し込み口が備えられている。
「例えばこんなふうに、鍵穴……いや、《スロット》に差し込みます」
 実際に入れてみた瞬間、ブザーが鳴った。クレヴィスは苦笑しながら次の1枚を選ぶ。
「《電気の錠前》はカードからデータを読み取り、それが正しい《鍵》かどうか照合します。間違っていれば今のように拒否されますが、正しいものを挿入すればロックは解除されるのです」
 状況を考えてか、遠慮がちにルティーニが手を打った。
「そうか、なるほど! 特定のキーカードを持っている者だけが、7階より上に行けるという仕組みなのですね。これはうかつでした」
「たぶんそうでしょう。いや。多分どころか、ほら」
 クレヴィスが挿入した新たなカードは、滑らかな動きでスロットに吸い込まれいく。何度も続いた滑稽なブザーの響きに代わって、今度は鉄琴に似た軽やかな音がした。そして……。
「何ですか? う、うわぁっ!」
 突如としてエレベータが上昇し始める。
 体のバランスを崩し、気が動転したルキアンは、隣にいたシャリオにしがみついてしまった。無意識のうちにやったことだとはいえ、実に間が悪い。尊い白の聖衣を通して、何とも言えない柔らかさを感じたルキアンは、思わず身を後ろに引いた。おかげで今度は背後の壁に腰を打ちつけてしまう。
「あ、あの……その、ごめんなさい!」
 しばらく手に残った、後ろめたくなるような感触……それを意識しすぎたせいもあり、ルキアンは頬から首まで朱に染めて頭を下げている。
 シャリオは少し困ったような、微妙にすました顔で笑った。
「大丈夫? そんなに慌てなくても、神官を触ったぐらいでばちが当たるわけではありませんよ。気にしないでね」
「本当に、すいません……」
 不本意な大騒ぎを演じてしまった後、ルキアンがわれに返ったときには、エレベータの上昇はすでに止まっていた。
 自分の馬鹿さ加減が失笑を買っていないかと、彼は目の前のクレヴィスの背をそっと見やった。茶色いフロックの上で鈍い輝きを見せるのは、束ねられた長い髪……金糸で編まれた綱を思わせるその毛筋を、ルキアンがおずおずと見上げていくと、紳士的な魔道士は物静かな口調でこう告げた。
「着きましたよ。さぁ、いよいよ7階です」
 のんびりとした話しぶりとは裏腹に、クレヴィスの表情は厳しくなっていた。



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 辺りは妙に薄暗い。天井や壁には点々と明かりが見えるのだが、すべてが青色のぼんやりとした光を放っている。その明かりの様子を目にするうちに、何やら生理的に落ちつかない気がしてきた。
 エレベータの出口からは一本の廊下が真っ直ぐ伸びていた。通路の幅は狭く、しかも左右の壁に窓がひとつもないせいか、閉塞感を覚える。他方で不釣り合いに天井が高いため、地底の谷間に落ち込んだような心持ちにさせられる。行く手には闇が張り付いていた。
 ――あの嫌な感覚が、6階よりもずっと強くなってる。気持ち悪いな。
 エレベータを一歩出るや、ルキアンは本能的な寒気を感じた。
 他のメンバーも、同様に居心地の悪さを思わずにはいられなかった。
「空気が重い……この濁った冷たい感じ。吐き気を催しそうですわ」
 シャリオは露骨に眉をひそめている。杖を握りしめた彼女の手にも、周囲の怪しい雰囲気に対する嫌悪が感じられる。
 クレヴィスは、魔法の光をこれまでより強めに灯した。
「もう、お分かりだと思います。この階……いや、たぶん8階をも含めて、強い《負の波動》に覆い尽くされていますね。さしあたって、この廊下には何者の気配もありませんが」
 中空から炎を呼び出した彼の手先は、次いで剣の柄に添えられる。もし危害を加えようとする者があれば、呪文を待つまでもなく、刹那のうちに彼の剣閃がきらめくだろう。《魔道士》クレヴィスといっても、並の剣士や冒険者よりもよほど腕が立つのだと、ルキアンは知らなかったが。
 細心の注意を払いつつ、仄暗い廊下を4人は進む。自らの足音がいつもと比べて大きく響くように感じられる。皆、鼓動が早まっていた。

 第1の部屋があった。
 今度も先ほどと同じキーカードを使って開けることができた。というのも、そのカードは――後で分かったことだが――警備員用のマスターキーに相当するものだったのである。
「やはり7階は、意図的に下の階から隔離されているようですね。人に知られてはならない秘密が、どこかに隠されているのかもしれません。一体、ここで何を研究していたというのでしょう……」
 ルティーニは誰に言うともなく呟いて、室内の明かりのスイッチを入れる。
 光とともに異様な光景が目に飛び込んできた。
 思っていたよりも相当に広い。部屋中に、高さ3メートル前後のカプセルが所狭しと配置されている。分厚いガラスでできた円筒形の容器は、透明な液体で満たされていた。そのうちのいくつかは、病的な色合いで白濁している。
 縦長の広間に並ぶカプセルの列。その間からは生ぐさい刺激臭が漂う。鼻の曲がりそうな臭いだったが、今はそれどころではなかった。
 シャリオは喉を詰まらせ、息苦しそうに言う。
「これは……何かの生き物の標本でしょうか?」
 円筒形の巨大な容器の中に、白っぽい肉塊がひとつずつ封入されている。直視するのは何となくはばかられる。横目で曖昧な視線を向けると、大方のものには手や足があるように思われた。獣か、あるいは考えたくないことだが、人の身体にも多少似ている。実際のところ何の動物なのかよく分からない。ひょっとすると魔物の類かもしれなかった。中で腐敗が進んでいるのか、肉の表面はふやけたようになって原形をとどめていない。
 静寂……異臭……そして、どこか薄気味の悪い眺めである。



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 第2の部屋はフロアの中央に位置していた。
 扉を開けると、最初の部屋よりもさらに広い空間が現れる。8階まで含めた吹き抜けになっているため、特にその高さは圧倒的だった。おそらく《塔》の上層部の構造は、この部屋を中心として、周囲に回廊を一巡させる形になっているらしい。
「どれも得体の知れない機械だとはいえ、これだけ並べられると、とりあえず壮観ですね。しかし……」
 ルティーニの目をまず驚かせたのは、室内に設置された大小様々な実験機器である。複雑な操作盤を備えたもの、円筒形の巨大なタワーを有するもの、分厚い扉を持つ炉のようなもの、等々……設備の充実ぶりたるや、これまでの階で見られた小規模なラボとは比較にならない。
 各種の器材から出たパイプや配線は、壁を伝って錯綜し、白い丸天井へと這い上がってひとつに結びつく。見事な弧を描くドーム状の屋根は、ある種の迫力さえ伴っている。
 頭上高く伸びる柱はすべて、黒光りする石で作られていた。漆喰塗りにも似た肌を持つ白壁の中で、よく磨かれた石柱は重厚な輝きを見せる。また、南北の壁には多数のモニターが埋め込まれている。
 この部屋本来の光景は、見る者に対してまさに科学の殿堂という感を与えていたのかもしれない。だが惜しむらくは、現実として室内全体が復旧不可能なまでに破壊されていることだった。
「せっかくの大がかりな実験室も、これほどひどい有様では意味がありませんね。何かの事故? いや、そんな単純なことでは片づきませんか」
 引き裂かれ、ねじ曲がった機械をクレヴィスが残念そうに見つめる。設備の大半は、原型を留めぬほどの損傷を被っていた。
「誰かに壊されたのでしょうか? そんなふうに見えるのは確かですけど」
 ルキアンはそう言って肩を震わせた。何者かによって徹底的に荒し尽くされた結果が……この有様であろう事は、ごく自然に想像できる。分かっていながらも、敢えてそう考えるのを避けていたのだが。
「えぇ、ルキアン君。でも妙ですよ。どの残骸を見ても、爆発物や火器の使われた形跡が全くありません。ここまで大きくて頑丈な機材を、力ずくで叩き壊したというのでしょうか? そんな無茶な話が……でも、現に」
 機械の破片を手に取ったまま、クレヴィスは言葉を詰まらせる。
 と、彼は不意にひとつの机に近づいた。
 書類やディスクが卓上を乱雑に埋め尽くしている。それらのうち幾つかを、クレヴィスは袋にしまい込んだ。
 だが本当に彼の気を引いたのは、金属製の強固な収納ボックスだった。厳重に鍵まで掛けられていたので、クレヴィスは例によって呪文で錠を外し、中に保管されていた分厚いファイル2冊と数枚のディスクを取り出す。
 ファイルを開いた後、彼の表情が微妙に変化した。
 少なくとも、書類の内容に感心しているのではなさそうだ。忌々しげな目をして何度も首を振った後、クレヴィスは棘のある口調で言う。
「ここで行われていた研究、おおよその見当が付きましたよ」



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 その言葉を聞いて仲間たちが駆け寄る。
 クレヴィスから無言でファイルを見せられたシャリオ。今度は彼女の顔から血の気が引いた。声を発することができず、唇はただ震えている。胸元に下げた聖なるシンボルを手にすると、シャリオはうなだれるように祈った。
「こんなことを……こんなことを、神がお許しになるはずがありません!」
 いつも温和で冷静な彼女が、ややヒステリックに声を上擦らせて言う。
「シャリオさん、いったい何が……えっ?」
 ルキアンは、ルティーニから別のファイルを手渡された。
 厳しい表情で頷くルティーニは、書類の中身をこの繊細な少年に見せてよいものかどうかと、最初は迷っていたらしかったが。
 ひと抱えもある加除式のバインダーには、こんなタイトルが付けられていた。
 《アストランサー計画》
 正体不明の文書に目を通していくうちに、ルキアンは何度も嘔吐を感じて、胃の中の物をもどしそうになった。恐ろしい写真の数々、無惨で禍々しい地獄絵図には、徹底して客観的・論理的なコメントが付されている。
 人間の上半身と馬の胴体を持つ生き物……かつて存在したケンタウロス? いや、ケンタウロスたちは力強さと優美さとを兼ね備え、生きた彫刻さながらの姿であったらしい。この写真に写った生き物は、どう見てもその言い伝えとは異なっている。競走馬のごとく引き締まった下半身に比して、上半身は贅肉で弛んでいた。不釣り合いなその上体は、白く肥え太った中年男性にしか見えない。薄い前髪を垂らした額は、どす黒い肉腫で覆われている。それらの瘤を刺し貫いて、赤や青のパイプが食い込む。見開かれたままの目は無表情で、恐怖に血走ることや、絶望に涙することすらもはや忘れていた。
 別の写真。水槽の中で窮屈そうに身をよじらせているのは……人魚? しかしそれは、伝説に登場する美しい女性の姿ではなく、痩せ細った若い男の姿をしている。それだけに、変に生々しくて気味が悪い。人魚ならぬ彼は、水中で苦しげに泳いでいた。否、もがいていた。裸の脇腹や背中から、皮膚や肉を切り裂いて、不揃いな鰭が生えている。よどんだ水中では、黒く細いケーブルが何本も揺れている。
 様々な生物と人間とをいびつに融合させたような――《魔物》の写真が、他にも数多く収録されていた。ただし、それら異形のものたちが全て魔物のようで魔物でないことは、ルキアンにも分かった。
 ページをめくるにつれて、さらに見るに耐えない画像が現れる。
 全身の皮を剥がれた、人の形をした生き物が鎖につながれている。骨格、筋肉、内蔵を薄皮一枚に封じ込めたそれは、目を覆いたくなるような姿である。極限的なかたちで、否応なく肉や筋の動きを想像させられる。わずかな脈動にも表皮がはじけ、血や体液が全て流れ出してしまわぬかと、おぞましいばかりのイメージが心をかき乱す。薄暗いケージの中、よく見るとそれは4つ足の動物ではなく、足と手を遣って無理に歩いているようだ。
 あるはずのない場所に手や足の――それも人の腕や脚の――生えた動物が、檻の隅でうずくまっていた。
 胸に顔のある……首の二つある……首のない……人の似姿?
 溶け出した臓腑の塊を思わせる生き物が、地べたを這いずり回る。
 その全てが実は……。
 もはや正視できなくなって、ルキアンは大きな音を立ててファイルを閉じた。
 ――それじゃあ、さっきの部屋にあった標本は、みんな……。
 悲痛な面差しでルキアンは反芻する。
 彼の様子を見て、クレヴィスが静かに告げた。
「どうです? 人はここまで愚かになれるのです。極めて高度な研究を行うだけの頭脳がありながら、同時にこんなにも低劣な発想に及ぶことができるのですよ。人間という壊れた獣は、知性を保ちつつ、感情だけ狂ってしまうことができますからね」
 心の奥からわき上がってくる、形容しがたい感情。ルキアンは声も出せずにじっと身を凍らせていた。彼だけではなく残りの者たちも、身じろぎもせず。
 沈黙を破って、ルティーニが低い声で尋ねる。
「副長、ひょっとしてこれは全て……本当は、人間……なのですね?」



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 クレヴィスは黙ってうなずいた。
「《マキーナ・パルティクス》を注入して、人体を細胞レベルで改造する操作……それによって人間を全く別の生命体に造り替える実験や、あるいは魔法技術も併用して、異なる生物と人間とを接合し、一種のキメラを作り出そうとする実験。それらをここで行っていたのです。下の階で見たように、マキーナ・パルティクスは本来、アルマ・ヴィオの再生や変形を行うために作られた極小の粒子機械です。それが人体実験のために用いられていたというのです。自分たちの行いが異常だということ……それすらも分からないほどに、歯止めが効かなくなっていたのでしょうね」

 ルキアンは、いたたまれなくなって天井を見上げた。
 高きところ――吹き抜けの終端、つまり《塔》の屋上はガラス張りになっており、燦々と日を浴びた青空がそこからのぞいている。
 天から降り注ぐ暖かな光。しかし輝きに満ちたこの部屋は、本当は果てしない闇に閉ざされた奈落に他ならない。神の祝福から永劫に切り離された空間が、ここなのである。
「なんという人たちでしょう……」
 目を閉じたまま、シャリオも天を仰いだ。
「この犠牲者たちも、みんな同じ、人間なのですよ。どういう理由で、こんな悪魔にも等しい振る舞いが許されると言うのでしょうか? このような恐ろしいことが続けられていた一方で、旧世界の人々は平和な日々を安穏と送っていたというのでしょうか。知らなかったのでしょうか? それとも狂っていたのでしょうか! せめて、そのどちらかであってほしい。もしも旧世界の人々が、この事実を知っていたのだとしたら……もしも、人を愛する心を持ちながら、同時に別のところでこんな醜い行為を認めていたのなら、神よ、人の傲慢さは……」
 彼女の心の中で、旧世界の2つの側面が交錯する。
 クリエトの塔が立ち並ぶ、壮麗で快適な都市空間。春の陽光の中で微笑む、あの幸福な家族の写真。豊かで満ち足りた超科学文明――光の情景。
 闇の世界――それは冷酷に行われた無惨な人体実験。平穏な社会の中で、次第に大きくなっていった孤独の影。あの犯罪者たちの顔。うつろな目の人々。
「人の世は、どうして矛盾に満ちて……」
 うめくような彼女の言葉。
 それに対して悲観的な目で応じ、クレヴィスはつぶやく。
「たったひとつ確かなことは、そんな旧世界が結局は滅びたという事実です。それが神の御意志による結果なのか、あるいは人が自ら辿った道なのか、私には分かりません」
 2人のやり取りが、ルキアンの脳裏にぼんやりと響いていた。

【第9話に続く】



 ※2000年3月~4月に鏡海庵にて初公開
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