鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

・画像生成AIのHolara、DALL-E3と合作しています。

・第58話「千古の商都とレマリアの道」(その4)更新! 2024/01/09

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第58)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第35話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


 ――空振りして武器を地面にめり込ませたように見せかけ、わざと大きな隙を頭上に作ったか。素人だと思っていたが。
 ――僕は連想したんです、竜の力を。そして上空に向けての攻撃なら、強力なブレスを放っても街を巻き込む可能性は低い。
 相手の被害の状況を確認しながらルキアンは言う。
 若干、レプトリアの動きが重くなっている。本来の竜の場合であっても、炎の息や電光の息と比べれば、凍気の息それ自体の威力は劣る。だが本当に恐ろしいのは、敵を凍結あるいは麻痺させ、動きを奪う効果の方なのだ。
 アルマ・ヴィオでの戦いの基礎さえ知らないにもかかわらず、ルキアンは機体を己の身体同様に扱い、一流のエクター相手に奮闘している。その戦いぶりに、シェリルは彼のエクターとしての才能を垣間見た。
 ――先ほどの一瞬、あの少年は《竜》のイメージと自らをひとつに重ね、人ではなく竜と化し、機体と完全に一体になっていた。驚くべきは彼の想像の力、いくら魔道士の卵であるとはいえ、ここまでとは。それに、受けたダメージは積み重なる一方だというのに、彼の《パンタシア》の力は逆に高まり続けている。
 レプトリアの身体からゆるやかに蒸気が立ちのぼる。機体の発する熱を一時的に上昇させ、内部にまで入り込んだ氷を溶かしているのだ。
 ――ドラゴンブレスとは油断した。だがそんな手は何度も通用せん!
 地を蹴ってレプトリアが反撃に転じる。回避すらできずに倒れるアルフェリオン。とうとう衝撃に耐えかね、甲冑の右肩にひびが入り、音を立てて砕け散った。
 ――駄目だ。強すぎる……。これが本当のエクターなのか。
 降りそそぐ流星のごとき敵の攻撃は、さらに同じ箇所を正確に狙ってくる。ルキアンは機体を動かすことすらできない。
 ――何をしようと、力の差は埋めがたいぞ!!
 パリスの攻撃が続く。このままでは、アルフェリオンが破壊されるよりも先に、乗り手のルキアンが苦痛で気を失ってしまう。
 ――身体が砕けたみたいだ。痛くて、何も感じられない。もう僕は……ダメかもしれない。
 ――右腕部の動力筋、第一、第二、断裂。右肩の伝達系組織、中枢ラインの反応がありません。補助系統のラインも途絶えれば、腕は完全に制御不能になります。
 非常事態であるにもかかわらず、アルフェリオン・ノヴィーアの声は滑稽なほど平静であり、感情の起伏にまったく欠けている。そんな奇妙な警告に違和感を覚えることさえないまま、ルキアンの意識は急激に薄れてゆく。
 ――胸部装甲に亀裂、《ケーラ》に攻撃が達する危険があります。脱出してください……。脱出してください。


7 根深い自己否定…



 ◇

 《機体=仮の我が身》から受ける激痛に苦しむあまり、もはやルキアンの中では、朦朧とした意識に浮かぶものと現実との区別が曖昧となっていた。
 ――結局、何もできなかったじゃないか。やっぱり僕は駄目なんだ。
 自らの身体の存在する感覚すら失い、ルキアンの心だけが冷たい精神の谷底に落ちていった。
 ――でも僕だって、それなりに頑張ってる、はずでしょ?
 何故か、幼い頃からこれまでの記憶が鮮やかに浮かび上がる。過ぎ去った経験は憎々しいほどに明確なかたちをとり、ルキアンの辿ってきた仄暗い心の旅路が、残骸の山のように次々と重なって現れる。

  そこに光はなかった。
  少年の瞳から無邪気な輝きが失われたのは、
  いつのことだったろうか。
  思い出の中の時間が、新しい記憶の方へと巻き戻されてゆく。
  時が辿られるにつれ、夕暮れの道を行くように、
  記憶の中の風景を包む翳りは次第に深くなるばかり。

 ◇

 ――どうした、少年? 早く立て、立って戦え!!
 念信。音としての声にはならないが、激しい思念でシェリルが呼びかける。だがルキアンからの正常な返事は完全に途絶えている。
 本人の意思によらず、いや、本人が拒否したいにもかかわらず、めくられてゆくルキアンの記憶のページと、それに対する彼自身の解釈のページ。それらは、開かれたままの念信を通じてシェリルの心へと漏れ伝わってくる。
 ――何という、孤独で、暗いあきらめに満ちた心。
 少年の精神に巣くう虚無の果てしなさ、魂の奥底まで伸びた自己否定の根深さに、彼女は言葉を飲み込む。

 《どうせ》、どうせ僕は。僕なんか……。
 思っても、願っても、そんなの何の力にもならない。
 《やっぱり》、また駄目だった。

 だがシェリルは敢えて問う。
 ――そんなに駄目だというのなら、やめてしまえばよかろう?
 ルキアンの心が微かに反応した。彼の意識を現実の世界に引き戻そうと、シェリルは続ける。
 ――やめられまい。いま、君の心をのぞかせてもらって……いや、成り行きで否応なく見せられたというべきか……それで私にはようやく漠然と分かった。どうして君にそこまで強いパンタシアの力があるのか。少年、君自身、気づいているか? 自分は駄目だと思いこんでいながら、それでも今まで立ち上がって生きてきたのは何故だ? 何度倒れても、懲りずにまた、あきらめを深めるだけのために、失敗するだけのために、そのたびに起き上がって手を伸ばし続けてきたのは、どこの誰だ!?
 再び目覚め始めたルキアンの心を、シェリルの声が揺さぶる。
 ――君はあきらめたくなかったのだろう? 現実がどうあろうと、せめて想いの中だけでも……。それが無意味な空想だとは、むなしい妄想だとは、認めたくなかった。なぜならその想いの世界だけが、君のたったひとつの自由の場であり、君の帰れる、君が安らいでいられるところだったから。だからどうしても失えなかったのだろう?


8 主人公超覚醒!? 僕にとって空想だけが…



 ◇ ◆

 暗闇の中、幼い姿をしたルキアンがしゃがみ込んでいる。
 ――こんなの違う。何で僕だけ、だめな、いらない子なの? 何で僕だけ、どこにいてもうまくいかないの? 僕が本当に帰っていいところって、どこなの?
 銀の前髪の奥に表情を隠し、引きつるような、かすかな声ですすり泣いている。
 ――《おうち》に帰りたいよぅ……。

 今度は成長した少年ルキアンが、深くうつむき、握りしめた拳を振るわせながら立ちすくんでいる。
 ――帰る? 僕の本当の《家》なんて、この世界のどこにも無かったじゃないか。

  そう、気がつけば居場所はひとつしかなかった。
  手も届かぬほど果てしない闇の底に向かって
  僕は転がり落ちてゆくしかなかったのだ。
  でもそれ自体は苦痛ではなかった。
  この漆黒と静謐だけが、僕を受け止め、抱きしめてくれた。
  魂の深き淵。
  この無限のくらやみの中でだけ、
  僕の想いの翼は
  本当に自由に羽ばたくことを許された。

 ◆ ◇

 ――そう。この世でただひとつ、君の帰れる場所であった空想の世界。たとえそこが美しい光の園ではなく、どれほど暗い影につつまれていたとしても、虚ろな夢の庭であったとしても……その中で羽ばたく想いの翼は、唯一、君が手にした自由への大切な鍵だったのだろう?
 ――空想の世界。自由への鍵。この世界で僕がたったひとつ手にしたもの……。
 うわごとのように答えたルキアンに対し、シェリルは力強く断定的に言った。

  人にはみんな、見えない翼がある。
  夢や空想という名の、どこまでも飛べる羽根がある。
  それこそがパンタシアの力。
  現実への絶望が深いほど、
  あるいは現実が理想を失って著しく歪んでいるときほど、
  内なる幻想の翼は、いっそう大きく羽ばたこうとする。
  まずは君自身が認めることだ、己にその翼があることを。

 ――僕の、つばさ……。そ、そうだった!
 正気に返ったルキアンに向け、待っていたかのように彼女は叫ぶ。
 ――現実と夢想の狭間で、君の涙は無駄に流れ続けてきたのか? 《拓きたい未来》を夢見ているのなら、ここで《想いの力》を私に見せてみよ、ルキアン・ディ・シーマー、いまだ咲かぬ銀のいばら!!

 ◇

 鼓動……。ルキアンの胸の奥で何かが脈打った。

 突然、パリスは自分の身体を不可思議な力が通り抜けていったように感じた。何が起こったのか分からないうちに、透明な恐怖が指先から頭まですべてに染み渡っている。
 ――これは。全てを飲み込もうとする、この冷たく暗い妖気は……。
 巨大な黒い魔物が目の前にそびえ、こちらに迫ってくる。彼にはそう思えた。


9 果てなき妄想が、記憶の檻さえも突き崩す



 ◆

 ルキアンの記憶の中、いや、現実の記憶と空想とが入り交じったイメージの中。薄暗い深緑につつまれた森の奥に向かい、一本の小道が伸びる。苔むした老木の根元に銀髪の子供がうずくまっていた。小さい身体、華奢な背中いっぱいに、あどけない男の子が背負うには重すぎる孤独が、影のように染みついている。
 弱々しい、かすれた声で、幼いルキアンはつぶやく。
 ――おうちに帰りたいよぅ……。
 いつの間にか、黒い衣装に身を包んだ女が彼の前に立っている。腰まで届く長い髪も同じく闇の色、彼女の背中には漆黒の翼があった。
  ――私と一緒に、本当の家に帰りましょうね。
 翼をもった黒衣の女は、そっと手をさしのべる。
 みじめな幼子は不意に顔を上げ、何かに気づいたかのように周囲を見回した。しかし、誰もいないことを知ると、再びうつむいてすすり泣き始める。
 黒衣の女は血の気のない真白い手を伸ばし、彼の頭をなでた。だが彼女の手はルキアンの身体を通り抜ける。指先は、むなしく宙をつかむ。
 ――もう泣かないで。私の大切な……。
 ルキアンの額に、彼女は届かない口づけをした。ガラス玉のような瞳に感情の光を見て取ることはできなかったが、その背中には一抹の寂しさが漂っているようにもみえる。黒き闇の天使は翼を開き、いずこへともなく消え去った。

 ――リューヌ。あの頃からずっと見守ってくれていたんだ……。
 心象の世界の中に立つルキアンが、瑠璃色のフロックをまとった現在の彼の姿に変わる。いま再び、恭しく差し出された白い手を、ルキアンはしっかりと握りしめた。
 ――すべては御心のままに。《我が主(マスター)》よ。
 闇を司るパラディーヴァは、厳かにひざまずく。

 ◆

 周囲に重い魔力が満ちあふれ、冷たく息苦しい霊気が渦を巻いてアルフェリオンに流れ込んでゆく。地面の砂や木の葉が舞い上げられ、古びた遺跡の壁から剥がれるように石粒が落ちる。
 ――この毒々しい力、先程までと大きさも桁違いだ。これが同じ人間から発せられているとでも?
 目に映る風景がたちまち色を失い、どす暗い闇の色に塗りつぶされたようにシェリルには思えた。彼女は直感的に感じ取る。
 ――違う。こんな途方もない妖気が人間のものであるはずはない。精霊や妖魔の類か? 何か強大な力を持った存在が確かに居る。どうした、この私が震えているとは。
 この場に降臨した恐るべき何かを、彼女の心や体が知覚している。得体の知れない寒気がする。
 ――ルキアン? この感じは彼の霊気だ。あの絶大な闇の力の中に、小さい点のようだが、確かに感じられる。取り込まれず、それでいて完全に融合している。
 にわかに空が暗くなり、立ちこめる黒雲。気圧が急変し、周囲の気温も異常な速さで低下する。自然界の霊的バランスを狂わせるほどの巨大な力が発生しているのだ。
 ――あの白銀のアルマ・ヴィオの様子が急に完全に変わった! 理由は分からんが、今朝と同じか。
 あまりにも濃い魔力、いや、暗い情念に満ちた妖気の渦に巻かれ、パリスは吐き気すら感じる。


10 ゼフィロス・モード、真の発現!



 ルキアンの《目》が不意に見開かれた。実際の彼の身体は《ケーラ》の中に横たわって動かない。開いたのは彼の心の目である。
 アルフェリオンに流れ込む霊気の渦が、さらに風を呼び起こして竜巻のように成長する。
 ――目覚めよ、呼び声に答えよ、僕のパンタシア。思い浮かべるんだ、あれの姿を。《風の力を宿した飛燕の騎士》を。そして力を貸して、リューヌ!
 突風の壁の向こうで機体が青白く輝き始める。白銀のアルマ・ヴィオの姿がみるみるうちに変わってゆく。まず頭部から、兜の両脇に伸びる角のような部分が小さくなるに連れ、額の部分が光り、そこから翼を思わせる飾りが左右に伸びる。頑丈な肩当てや分厚い胸甲は縮み、甲冑全体のシルエットがずっと細身になりつつあるようだ。
 ――シェリルさん、これが僕の《想いの力》です。見てください、僕がずっと心の奥で育てていた《銀のいばら》を!
 激しい気流の壁を切り裂き、光が一閃する。途端に竜巻は天に昇ってゆくかのように消え去った。姿を現した《それ》の手に握られているのは、輝く三つ叉の刃を持った槍。
 そして最後に、背中の6枚の翼が2枚の流線型の翼に変わった。流れるような形の羽根は、まさに燕を思わせる。

 ――無駄なことだ!!
 竜巻が消え、アルフェリオンの姿が再び現れるやいなや、パリスはレプトリアを駆って突撃した。今度こそ勝負を決しようと全身の力をこめたレプトリアの攻撃は、たしかにアルフェリオンを正確に狙って繰り出されたはず。しかも、人の目ではとらえられぬ刹那の間に。
 だが手応えは無い。光の爪、敵を引き裂く必殺のMTクローは空を切っていた。
 ――まさか、かわしたのか?
 パリスが焦っているのは、単に渾身の一撃が当たらなかったからではない。
 ――どこにいる? 今の攻撃を回避することなど不可能なはず。それを、かわすどころか、一瞬で俺の間合いの外に出ただと。あり得ない、あんなところに!?
 闘技場の端、観客席のある古びた石積みの斜面の前に、彼は白銀色の機体を発見した。

 ――あ、あれ? 攻撃を避けようとしただけなのに、ひとっ飛びでこんなところまで……。どうなってるんだ?
 先程までと全く異なる機体の具合に、ルキアンの方も戸惑っていた。
 ――これは何、リューヌ? 分かるんだよ、何でか分からないけど、全部分かるんだ……。僕の周りに何があるか、どんな大きさの建物がいくつぐらい、そして何が動いているのか。これって、目で見てるんじゃないよね? 左右、上、いや、後ろの方まで手に取るように分かる。気持ちが悪いよ、落ち着かない。
 動揺気味のマスターに対し、リューヌはいつも通りの口調で静かに告げる。
 ――我が主よ、それがゼフィロスのもつ《超空間感応》による感覚です。今、あなたは自分の周囲の空間に存在するものを個別に把握しているのではない。空間そのものを丸ごと認識しているのです。そこに存在するものは、たとえどれほど速きものであろうと、姿なきものであろうと、ゼフィロスの《眼》から決して逃れることはできない。
 超高速の己をさらに凌駕する速さを誇り、しかも底なしの妖気をまとう敵を前にして、レプトリアもわずかに後ずさりする。
 ――怯むな! これしきのこと!!
 自らの機体に鞭打つかのように、パリスは意を決してなおも先手を取った。瞬間移動さながらに、広場の端まで一気に跳躍する速さだ。


11 目覚める銀の荊―ダメ主人公に才能が?



 だが……。レプトリアの輝く光のかぎ爪を、白銀の騎士の手にした三つ叉の槍が受け止めている。
 ――見切られただと。いや、人の目では追い切れない速さだったはず。まさか、当てずっぽうか?
 互いの刃が火花を散らすせめぎ合いから、パリスはさらに一撃を繰り出す。だが、機体の触れ合うほとんどゼロ距離からの攻撃が、またもや外れてしまった。しかも、アルフェリオンは敵の爪を武器で受け止めたのではなく、身体をひねる動きだけでかわしたのだ。
 ――これは何だ。これは! こんなことがあるか!?
 一瞬、練達の繰士パリスも我を忘れ、力任せに相手を押し倒そうとする。アルフェリオンは、あっけなく弾かれるように後ろに飛んだが、翼を開き、ひらりと宙で一回転して後方に着地する。
 その様子をじっと観察していたシェリルは、ルキアンの操る機体の特性が、速さ以外の点でも大きく変化したことに気づいた。
 ――おそらく今の形態に変わってからは、運動中枢や全身の伝達系、あるいは感覚器などにほとんどの魔力をつぎ込んでいるというところか。その分、装甲や結界などの守備力は下がり、パワーも格段に落ちた。先ほどまではルキアンのアルマ・ヴィオの出力の方が上回っていたが、今では反対に押し負けている。すべては、あの圧倒的なスピードと鋭敏な感覚を得るための代償だというわけか……。
 だが彼女は満足げに言った。
 ――それにしても、あれほどの《変形》を経た後の機体であるにもかかわらず、彼は何とか上手く使いこなしている。恐るべき共感レベルの高さ、いや、エクターとしての才能?

 その間にも、ゼフィロス形態のアルフェリオンとレプトリアは、ぶつかり合う二つの疾風のごとく、常識を越えた高速の戦闘を繰り広げていた。いずれの動きも肉眼ではとらえきれない。両者が激しく衝突する音で、位置がかろうじて分かる。だが音のしたときには、その場所にはもういないのだ。
 シェリルの目をもってしても、しかもティグラーの魔法眼を通して強化された動体視力であるにもかかわらず、闘技場を縦横無尽にふたつの影が飛び交っているとしか把握できない。
 空中で両者が交差した後、地上に降りたレプトリアが急旋回し、振り向きざまに背中のMgSを放った。青白く輝く雷撃弾が飛来する。だが炸裂するはずの魔法弾はアルフェリオンを通り抜け、奥の遺跡の壁に激突してようやく発動した。
 ――残像か? さすがに速い。だが!!
 MgSを放つと同時に、魔法弾にも劣らぬ速さで突進していたレプトリアは、弾を回避したばかりのアルフェリオンに飛びかかった。
 ――雷撃は、おとり? くぅっ、パワーが足りない……。
 レプトリアの爪をかろうじて受け止めるも、勢いに乗った敵に押され、アルフェリオンは地面をすべるように後退する。
 ――速くなったのはいいが、腕っ節は弱くなったようだな!
 素早く飛び上がったレプトリアが、機体の重さを乗せてMTクローを叩き付ける。地面が割れ、砂や石が舞い上がった。
 後ろに飛び退いたアルフェリオンの方で何かが光った。土煙を貫いて光の筋が宙を走り、レプトリアの足元に突き刺さる。光は鞭のようにうねり、なおもレプトリアを追う。魔法力で形成された鎖・MTチェーンだ。
 輝く鎖の先端には同じくMT兵器の刃が付いている。生き物のように襲いかかる鎖を、レプトリアは巧みに回避する。
 だが2本、3本、鎖の数は次々と増えた。
 ――同時に4方向からだと!?
 さすがにかわしきれず、MTチェーンの一本がレプトリアに命中した。
 鎖に気を取られていると、今度はアルフェリオンの本体が攻撃を仕掛けてくる。絶叫しながら槍を振り下ろすルキアン。飛燕の騎士の槍先は次第にレプトリアに近づき、直撃はしないにせよ、機体をかすめるようになり始めていた。繰り出される高速の突きは、一撃ごとに鋭さを増してゆく。
 全力を出しているとはいえ、パリスは徐々に追い詰められつつあった。
 ――負けられん。ここで勝たねば、ナッソス家の勝機が!!


12 決着、全方位から自在に襲う「縛竜の鎖」



 だが相手のルキアンは、今この瞬間にもゼフィロスとの交感レベルを爆発的に高め、すでに従来のフィニウス・モードのときと遜色ないほどにゼフィロスを操れるようになっていた。アルフェリオン自体も、パラディーヴァと融合したため、今までとは比較にならない膨大な魔力を宿している。
 ――とらえることのできないものを狩る者。風の力を宿した、飛燕の騎士。
 ルキアンはその姿をイメージし、自らの身体と同様に白銀の機体を動かす。
 ――行け、《縛竜の鎖》よ!!
 彼が念じると、4本のMTチェーンが不規則な軌道を描き、レプトリアに向けて殺到する。繰り出される鎖の動きも矢のように速い。
 ――くっ! 地面すれすれか!?
 光の鎖に足元をすくわれ、レプトリアが初めて倒れた。
 動きが止まったが最後、他の3本の鎖もたちまち飛んでくる。今の状態では回避できず、チェーンの先端に付いたくさび型の刃先が、レプトリアの脚に突き刺さった。さらに一本が首に絡みつき、最後の一本も後ろ脚をとらえる。
 たった一瞬の隙が、状況を大きく変えた。これではパリスは完全に動きを封じられたも同然だ。光の鎖を引き絞りながら、ルキアンが念信で伝える。
 ――降伏してください。もう勝負は付いています……。僕は相手を殺すために戦っているのではありません。

 ――ザックスの兄貴、すまねぇな。後のことは頼む。
 別の念信でパリスはそうつぶやいた。
 ルキアンは、自分に対しては無言のパリスに、もう一度呼びかける。
 ――これ以上の争いは無意味です。降伏してください。
 レプトリアがふらふらと立ち上がる。軽量化を最優先した高速型のため、その機体は意外なほど華奢な作りである。脚にまともにダメージを受けてしまっては、もはや動くことさえ困難らしい。
 パリスはなぜか微かな笑いとともに答えた。
 ――いいか、若造。最初に言ったろ、俺が剣を置くのは相手を倒したときか、相手に倒されたときだけだと……。
 次の瞬間、レプトリアは不自由な動きでアルフェリオンに飛びかかろうとする。だが四肢に絡みついた細い光の鎖が、恐るべき強靱さでその動きを封じている。あとわずかのところで、レプトリアの牙は届かなかった。
 ――お願いです。もう戦いをやめてください。僕はあなたを……いいえ、誰も、もう誰も殺したくない!!
 悲壮な声でルキアンが言った。
 しかしパリスは怒号を上げて彼の言葉を遮る。
 ――甘い、甘すぎる。素人同然の相手に無様に敗れ、しかも敵から情けをかけられるなどとは、機繰騎士として俺は死ぬよりも苦痛だ。そんな屈辱を受けるならば……。今すぐ俺を殺せ! 殺さぬなら、こちらが君を殺すぞ。
 ――そんな、命を失ってまで守る名誉なんて……。
 わずかな隙を見逃さず、残る全力をかけてレプトリアが襲いかかった。ゼフィロスの装甲は薄く、黒い竜の牙が肩に食い込む。ルキアンは慌てて突き放そうとするが、レプトリアは決して離そうとしない。
 ――本当の繰士とはこういうものだ。よく見ておくがいい!!
 パリスがそう叫ぶと同時に、リューヌがルキアンに警告する。
 ――我が主よ、敵は自爆する気です。ゼフィロスの防御力では、こちらも大破を免れません。とどめを刺すのです、早く。

 ――申し訳ない、カセリナお嬢様……。ナッソス家に勝利を!!
 パリスの最後の言葉が終わろうとするとき、ゼフィロスの手にした槍がレプトリアを深々と貫いた。
 ――えっ?
 何が起こったのか分からないルキアン。
 彼の心の中にリューヌの冷たい声が浮かぶ。
 ――お許しください、マスター。しかし、たとえどのような手段を使ってでも、あなたを守ることが私の使命です。
 ルキアンの意思に反し、リューヌがアルフェリオンを動かしたのだ。
 三つ叉の槍は敵の《ケーラ》を完全に貫通していた。乗り手が即座に息絶えたため、自らも《命》を失ったレプトリアの機体は、急に力が抜けたように地に崩れ落ちる。
 ――そんな。そんなのって……。
 ルキアンは言葉を失う。彼は呆然と宙を見つめたままだ。アルフェリオンも地面に膝を付き、動きを停止した。ゼフィロス・モードは解け、白銀の騎士は元の姿に戻ってゆく。


【第36話に続く】



 ※2007年6月~7月に鏡海庵にて初公開
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