鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第48話・前編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


 荒れ狂う炎を宿した戦慄の戦士。
 金剛の爪は、立ちはだかるものすべてを引き裂き、
 血に飢えた牙は敵の肉を喰らう。
 憤怒の面は顕現し、天の騎士は慈悲なき鬼神と化す。
 その無双の力の前に、抗う者は己の運命を嘆くであろう。

◇ 第48話 ◇


1 再会、歪められた運命…



 光の一切届かぬ闇の世界を突き抜け、まばゆい日光と空色の視界が飛び込んできた。風に舞う空気感と、《身体》にかかる重力と共に。
 ――戻った? いけない、落ちる!!
 ルキアンは機体の姿勢を反射的に立て直す。6枚の翼を陽の光に輝かせ、アルフェリオン・ノヴィーアは、白銀色の甲冑に覆われた巨体を上空に浮かべている。
 アルフェリオンの魔法眼を通じて四方八方に視線を走らせ、ルキアンは周囲の状況を慌てて確認する。まず、青空と流れる雲が見えた。空は空だ。これだけでは、ここが現実の世界なのか、いまだ夢幻の世界なのかは分からない。
 ――幸い、このへんに敵はいないようだけど……。あれは。
 緩やかな起伏のある緑の大地、草の大海と、そこにぽつんと取り残された丘がひとつ。見覚えのある光景が眼下に広がった。
 ――本当に現実かな。確かに、ナッソス城が見える。
 白亜の断崖のごとき城の外郭が、丘の中腹に連なる。その堅固な防壁の向こうから、ひときわ高い天守をはじめ、オレンジ色の鮮やかな屋根をもつ建物が幾つも頭を除かせている。
 ――そうか。多分、僕は、あの赤い結界に飛び込んだときの位置に戻ったんだ。
 一瞬、安堵感を味わいかけたルキアンだったが、彼は慌てて《念信》を飛ばす。
 ――メイ、バーン、聞こえたら返事して! クレドール……セシエルさん、聞こえますか。な、何だこれ。訳が分からない。
 無数の念信が戦場に飛び交っている。念信に慣れていないルキアンにとっては、頭の中をかき回されているように不快に感じられた。
 他方で地上を見ると、凍っていた時間が一気に解けたような有様だ。ほんの何秒か前には異様に静まりかえっていた戦場に、今や無数の砲撃が飛び交い、両軍の機体がそこかしこでうごめき、ぶつかり合っている。すさまじい乱戦、蜂の巣を突いたような騒ぎだ。
 それはそうだろう。ナッソス家の側から見れば、敵軍は生還不能な時空の彼方に飛ばされたも同然だったはずなのに、なぜかすべて戦場に舞い戻ってきている。ギルドの側からすると、自分たちは突然に幻の世界に取り込まれ、何が起こったのか分からないまま、いつの間にか元の戦場に立っているのだから。
 ――僕らが幻の世界に取り込まれてから今まで、どのくらい時間が経ったんだろう。いや、こっちの世界では、ほとんど時間は経っていないのか。
 敵方の攻撃に注意を払いながら、アルフェリオンはさらに高度を下げる。

 ◇

「そうですか。《柱》を破壊しましたか」
 クレヴィスは、おもむろに二、三度うなずいた。
「さすがバーンです。《魔法》が解けた瞬間、状況も何も分からないのに、ほぼ反射的に剣を振るうとは」
「一瞬のチャンス、戦士の本能ってか。時には何も考えないヤツの方が強いね……」
 刻々と変化する状況をクルーたちに報告しながら、ヴェンデイルが苦笑する。短い冗談を飛ばしたかと思うと、すぐにヴェンデイルの口元に緊迫感が戻った。
「でもナッソス家も甘くない。たかをくくって陣形の整備を始めていた敵軍は、またすぐに攻撃を開始してきたよ!」
 茶色のクロークの裾を翻し、クレヴィスは間髪入れずに命じた。
「セシエル、ラプサーやアクスの念信士と協力して、各隊に現状を速やかに伝えてください。我々の前衛は今の今まで狐につままれていたようなもの。戸惑っている間に、一気に各個撃破されてしまう恐れがあります」

 ルキアンの考えた通り、現実世界ではほとんど時間は過ぎていなかった。《盾なるソルミナ》の生み出す幻の中で広大な《迷宮》をさまよった彼の感覚でいえば、すでに半日近く経っているのではないかと思われたのだが。
 一方、クレドールの艦橋にいた者たちの実感としては、ナッソス城を不意に赤い結界が取り囲んだかと思えば、すぐにまた結界が消えてしまったという不可解な出来事だった。その短い時間に、ソルミナの支配する世界でいかに恐るべきことが起こっていたのかは、彼らには知る由もない。

 ◇

 現実世界へと生還したにもかかわらず、そのことをすぐには理解できないほど、レーイの意識は混濁していた。彼の五感もはっきりとしない。周囲で激しい乱戦模様になっていることを漠然と認識し始めたようだ。
 いつものレーイなら直ちに立ち上がって粛々と戦いを続けるのだろうが、今回はあまりに機体の損傷が大きい。それは、アルマ・ヴィオと一体化している彼自身にも《痛み》となってはね返り、同時に彼の精神力も激しく消耗させているのだ。彼の操るカヴァリアンは、随所に深い傷を負っているばかりか、膝の関節を破壊されて歩くこともできず、右腕さえも失っている。
 ――カセリナ、姫……。
 カヴァリアンを再起不能なまでに撃破したカセリナ。《ステリア》の覚醒によって彼女の狂気を呼び覚ましたイーヴァの姿は、目の前にはない。最後の賭けとして、レーイが己の機体と共にイーヴァを封じ込めたMTシールドの結界も、今は完全に消えている。
 ――俺は、ここで、倒れるわけには。
 気を失いそうになりながらも、まだ戦う意志を失わないレーイ。
 カヴァリアンは、なおも左手でMTサーベルを握って放さない。だが、その刃を形成する光は次第に弱くなり、すうっと消えてしまった。
 ――まだ、俺は。
 両脚を地面に投げ出しながらも、かろうじて起きていたカヴァリアンの上体が、ついに前のめりに倒れて動かなくなる。

 ――ここまでか。ヴィラルド、エレノア……。

 薄れゆく意識の向こう、かつてレーイに剣を教えたヴィラルドの姿があった。

 ――最後まで諦めるな。

 続いてエレノアの残した言葉が反響する。

 ――お前は《やさしさ》と《むなしさ》を知る者だから。

 二人はレーイに向かって手を差し出す。
 彼も最後の気力を振り絞り、心の中で手を伸ばした。手と手がふれあったとき、不意に遠くの方から違う声が届いた。
 ――聞こえますか、大丈夫ですか。
 レーイからの答えはすぐには無かった。声の主は続けて呼びかける。
 ――ヴァルハートさん、しっかりしてください! 僕です、クレドールの、ルキアン・ディ・シーマーです!!
 ――クレドールの……。ディ・シーマー君……。
 やっと気づいたレーイは、ルキアンの名を口にした後、微かに元気を取り戻したようにみえた。
 ――そうか、君が、来てくれたのか。
 ――地上の状況を確かめていたら、カヴァリアンを見つけました。良かった。
 地上に舞い降りたアルフェリオンが、カヴァリアンを慎重に抱え起こす。機体の様子をみたルキアンは、思わずつぶやく。
 ――こんなに大破しても、乗り手に意識があるなんて。すごい気力。
 ――いや。無様なところを、見せて、しまったな。
 レーイからの念信が徐々に明確になってくるのを感じ取り、ルキアンは胸をなで下ろす。

 言い方を変えれば、油断したのだ。戦いの場で。

 突然、ルキアンは短い叫び声をあげた。あまりの苦痛のために続く声が出ない。
 アルフェリオンの右胸付近、絶大な防御力を誇る白銀の魔法装甲を貫き、青白い光が突き刺さっていた。
 風を切って飛んできた投げ槍、MTジャベリンを放った者は……。

 殺気に満ちたオーラをまとい、悠然と近づくひとつの影。

 女の姿をもったアルマ・ヴィオ。
 その身体のすべては、天界の匠の手になる女神像のような計算し尽くされたラインで構成されている。頭部から首筋・肩口へと流れる、豊かな髪を思わせる造形と、腰部から大腿部にかけての箇所を優美な曲線を描いて護るスカート。
 華奢で可憐な外見の中、仮面を被った不気味な顔つきが際立って異様だった。

 ――白銀のアルマ・ヴィオ。ついに見つけた。パリスの仇。

 痛みに声を失っていたルキアンも、その名を口にせざるを得なかった。

 ――カセリナ。


2 砕け散る、こころ



 ――何をしている、落ち着いて敵を見るんだ!!
 レーイは気力を振り絞って叫んだ。本当はルキアンよりもレーイの方が、半死半生の状態なのだが。擬似的な《苦痛》ではあれ、大破した機体の状態をそのまま自身の体で受け止めながら、それでもレーイは超人的な精神力で呼びかけ続けた。
 ――カセリナ姫は《敵》だ。戸惑わず、戦わないと、君が殺されるぞ!
 ――どうしてなんだ。なぜ君が……。カセリナ。ど、どうして、アルフェリオンの装甲が、こんなにも簡単に。
 肝心のルキアンは目の前の現実を受け入れられず、真っ白な意識の中で混迷を深めてゆく。これは悪い夢ではないか。いや、今の自分が、まだ実は《盾なるソルミナ》の幻の世界に取り込まれたままではないのか。ありもしないことを思い、ルキアンは半ば逃避を始めようとした。
 ――投げ槍1本に、紙みたいに貫かれるなんて。そんな、そんな、有り得ない。
 しかし、現にアルフェリオン・ノヴィーアの胸甲を貫いた光の槍は、繰士のルキアンにも激痛を与えている。この耐え難い苦痛は、夢ではなく、紛れもなく本物だ。ルキアンがなまじ戦いを経験し、白銀の甲冑の鉄壁ぶりを実感してきたことが、かえって災いとなった。機体の性能に頼りすぎるなと、ミトーニアでシェフィーアに言われた矢先なのだが。
 ――このままでは二人ともやられる。
 レーイ自身の乗る《カヴァリアン》は、両脚を損傷してもはや立ち上がることすらできない。彼は焦燥感を募らせ、頼みのルキアンを落ち着かせようと念信を送る。だが、カヴァリアンの機体に肩を貸しているアルフェリオンの方は、動揺するルキアンの心境を反映し、ただ呆然と立ちすくんだままだ。
 ――ど、どうしよう。どうしよう! うわぁぁ。
 レーイの渾身の呼びかけにもかかわらず、ますます混乱する一方のルキアン。

 ――無様ね。

 これまで黙っていたカセリナから、ルキアンとレーイに念信が届いた。華奢な機体からは想像もできないほどの威圧感を放ち、頭部の《髪》を微かに鳴らしながら《イーヴァ》が迫る。
 ――本当に無様だわ。でも、あなたなんかに、あなたなんかに……。
 もしこれが生の唇から発せられた言葉であったなら、カセリナの声が怒りに震えているのが分かっただろう。高圧的な物言いがルキアンに突き刺さる。
 ――あなたなんかに、パリスが倒されるなんて。どんな卑怯な手を使ったの。ルキアン・ディ・シーマー。まさか、白銀のアルマ・ヴィオの乗り手が、こんな人だったなんて。
 ――ぼ、僕は、僕は。カ、カセリナ、これは、その……。
 思考が混乱して何も言えないルキアンに、カセリナが追い打ちを掛ける。
 ――よして。あなたなんかに名前で呼ばれる筋合いなんて無い。
 彼女の冷たい言葉の背後に、ルキアンに対する露骨な嫌悪感があることは、念信からありありと感じられる。
 ――それに、何。念信もろくに扱えないなんて。気持ちを垂れ流しにしないでくれるかしら。そんなふうに私のことをしつこく妄想するのはやめて。
 もはや弁解するどころか、ルキアンは返事さえ返せない。カセリナの次の一言が、ルキアンをどん底に叩き落とした。

 ――はっきり言って、気持ち悪いわ。

 ◇

  気持ち悪いわ。
  気持ち悪いわ。気持ち悪いわ。
  気持ち悪いわ。気持ち悪いわ。気持ち悪いわ。
  キモチワルイ。
  アナタナンテ キエレバイイノニ。

 暗闇に投げ出され、奈落の底へと落ちてゆくルキアンのまわりを、カセリナの言葉が無数に取り巻き、ささやき、叫び、かけめぐる。

 ――そうなんだ。僕なんて……。
 ――あはは。僕なんて。

  ルキアンの中で何かが壊れた。

 ――僕なんて、やっぱり居ても仕方がないんだ。要らない人間なんだ。

 魂を引き裂かれたような叫び。
 砕け散った、歪んだガラスの破片。
 そのひとつひとつに、少年の眼差しが無数に浮かび上がる。
 くらやみの万華鏡。

 ――だけど何で僕だけ……。いつも、そうなるの。
 宙空を漂い、ときおり薄闇の中で光る破片に浮かぶ、幾百、幾千の陰鬱な目つき。
 ――ねぇ、僕が何をしたの?
 ――答えてよ。僕は悪くないでしょ。ねぇ、そうでしょ?
 ルキアンの声のトーンは次第に高くなり、独白の調子も狂気じみてきた。

 ――これは?
 レーイは異変を感じ取った。アルフェリオンの機体が不意に動いたのだ。銀色の指が震え、いや、機体全体が微かに震えている。
 同時にカセリナも得体の知れない寒気を覚えた。
 ――な、何よ。何を意味の分からないことを。
 ルキアンの心の声は、相変わらず念信を通じて彼女の方に漏れ続けている。悶々と自分を卑下したかと思うと、今度は恨み言を口走るルキアンの異様さに対し、カセリナは次第に恐怖さえ感じ始めた。

 ◆

 血に染まった牙のイメージ。
 突如、それはルキアンの脳裏に閃光のごとく浮かんで消えた。
 闇を切り裂き、紅色の傷跡を残す鉤爪。
 そして再び、暗がりの中で光る牙。

 ◆

 カセリナが一気に踏み込んだのは、そのときだった。

 ――どうして……。

 泣きながら、我を忘れてつぶやくルキアン。
 いま、彼の視界からイーヴァの姿が消え――いや、消える間もなく、目の前にイーヴァの姿があったという方が正しい。そこで勝負は決まっていた。
 断末魔の苦しみか、凄まじい咆吼が周囲に轟く。一瞬、戦場のすべてを凍り付かせたその響きは、紛れもなく竜の叫びだ。もしそれを実際に聞いたことのある人間がいればの話だが。
 翼を広げた竜の騎士、白銀のアルマ・ヴィオの懐に、ひと回り小柄な戦乙女イーヴァの姿があった。アルフェリオンの胸とイーヴァの拳が重なっていた。その手に握られたMTレイピアは、アルフェリオンの中心を確実に貫いている。二体のアルマ・ヴイオはそのまま動じず、太陽の光を浴びてシルエットとなって見えた。あたかも彫像のように。
 ――駄目だ。直撃だ、《ケーラ》への。
 レーイは呆然とつぶやく。最後の希望を打ち砕かれ、ついに彼自らもそこで意識を失ってしまった。乗り手であるエクター自身が眠る《ケーラ》は、いわばアルマ・ヴィオのコックピットに相当する。これを破壊されれば、エクターは命を失い、アルマ・ヴィオはもはや魂のない《人形》も同然となる。
 さらに一度、長く弱々しい声で鳴いた後、アルフェリオン・ノヴィーアの機体から力が失われ、その巨大な体躯が、目の前のイーヴァに覆い被さるようにして崩れ落ちる。
 ――パリス、仇は討ったわ。
 心を微塵も動揺させることなく、カセリナは淡々としていた。

 ――こんな敵に倒されて、さぞ無念だったでしょう。


3 さよなら、リューヌ



「ぼ、僕は……」
 ルキアンは恐る恐る目を開いた。疲れて、重たいまぶたの感覚。目が霞み、狭くなった視界。彼の精神――あるいは魂は――アルフェリオン・ノヴィーアとの融合を解き、元の肉体へと戻っている。身体そのものには何の傷も痛みも無かった。
「機体の外? ケーラが壊される前に、何かの力で転移……したのか。まさか」
 浮遊感。ぼんやりとした意識の中で、自らの足では立っていないことをルキアンは自覚する。代わりに彼を優しく抱きかかえている者がいた。
「リューヌなんだね。あり、が、とう」
 ルキアンの声に、黒き翼の守護天使は静かにうなずく。だが次の瞬間、ルキアンの表情が変わった。
「いや、こんなことをして大丈夫なの? 君は力を使い過ぎて、ミトーニア以来、もう僕と話をすることさえできなかったのに」
 長い黒髪を風になびかせながら、彼女は翼を広げ、アルフェリオンの機体の上に浮かんでいる。漆黒の長衣をまとった闇のパラディーヴァの姿は、ある種の荘重さをも漂わせている。

 アルフェリオンにとどめの一撃を与えたとき、カセリナは、嘔吐が込み上げそうなほどの息苦しさを覚えた。何の前触れもなく、冷たい妖気が周囲に充満し、イーヴァを取り巻く大気が水のようによどんで重く感じられたのである。
 ――何なの。あれは……。
 付近一帯を取り巻く、肌を刺すような魔力を警戒しつつも、カセリナは信じ難い光景に息を呑んだ。
 ――黒い羽根の、天使?
 一瞬、戸惑ったカセリナだったが、彼女は言いようのない危険を感じて咄嗟に動いた。その意志に反応し、イーヴァはアルフェリオンの機体からMTレイピアを引き抜くと再び攻撃を加え、目にも止まらぬ速さで何度も刃を振るった。
 最初の一撃で受けた損傷がさらに広がり、アルフェリオンの腹部に大穴が開く。そこから亀裂が四方に走り、白銀の魔法装甲がひび割れ、機体は真ん中から折れるように背後へと倒れた。
 腹部の装甲の裂け目の奥、内部の骨格や肉の向こうにひとつの《黒い珠》が見えた。妖しいぬめりを帯びた宝珠から、菌糸を思わせる無数の繊維状のものが周囲に伸び、伝達系の組織や動力筋に絡みついている。
 普通のアルマ・ヴィオの《体内》に、こんな奇怪なものは存在しない。すでに完全に機能を停止した敵を目の前に、カセリナは無意識に一歩退いてしまった。
 ――こんなアルマ・ヴィオは無い。これは……。

 アルフェリオンが地面に倒れたとき、その機体の中心にイーヴァが開けた大穴から、無数の破片が周囲に飛び散った。それらを防ぐため、アルフェリオンの上に浮かんでいたリューヌは球状の光の壁で自らを包む。彼女自身には必要のない防壁だが、ルキアンを守るために。両手にルキアンを抱くリューヌの姿は、幼子を連れた母親の姿を連想させた。
「私がいる限り、傷ひとつ付けさせはしない」
「そんな、また僕のために力を……」
 リューヌの魔力が急激に弱まるのをルキアンは感じ取っていた。
「もう止めて! リューヌ、このままじゃ、君は」
「私は《古の契約》に従い、あなたの剣となるよう定められていた者。何があっても、あなたを、主(マスター)を護るのが私の存在のすべて」
 これまで一切の感情の光を持たなかった彼女の瞳に、小さな光が灯った。
「ここまで、よく頑張りましたね」
 あたたかい響き。
 彼女の声は、冷厳なパラディーヴァのものから、妙に人間臭いそれへと変わった。
「あの果てなき幻の世界の中、あなたはたった独りで最後まで戦った。あのとき、《御子》の力の本質をつかんだはずです」
 リューヌの力がますます小さくなってゆく。ルキアンは思わず叫んだ。
「嫌だ! リューヌ、消えないで!! 君がいないと、僕は……。リューヌ!」
 ルキアンを諭すかのように、彼女は穏やかに首を振った。
「この世界に私が存在し得るための力は、もうほとんど残っていません。現在の状態で何度も《封印》を超えて実体化すれば、じきにこうなるのは最初から分かっていました。でも、悲しまないでください。我が主よ、あなたの涙を見たくないから、私は喜んで自らを犠牲にできるのです」
 瞳に映るルキアンの姿を、彼女はかつてのマスターと重ねていた。
 彼女の最初のマスターにして創造主でもある者、旧世界のエインザール博士と。

 ――リュシオン、あなたの笑顔をずっと見ていたかった。

 ◆

 私は哀しみの中で生まれた。
 あなたの涙が私の血となって、
 この冷たい体に命を吹き込んでくれた。
 だから私は、いつでもあなたと共にある。
 あなたを傷つけようとするもの全てから、
 この手で守ってみせる。

 ◆

 ルキアンを抱くリューヌの手に力がこもった。人ならぬ存在としての冷たい体温と、それとは反対に慈母のもつ暖かさと、さらに不思議なあどけなさをもった透明な眼差しで、彼女はルキアンの顔をのぞき込む。
「私がいなくても、恐れないで。もともとパラディーヴァは、御子が真の力に目覚め、独りで歩けるようになるまでの支えのようなもの。リュシオンが私に命を与える以前、それまでに無数に生まれては消えていった世界において、御子たちは……。もうあなたも知っている《光と闇の歌い手》ルチアや《静謐の魔道士》ルカの側には、まだパラディーヴァなど居なかった。それでも彼らは《予め歪められた生》に抗い、《あれ》に立ち向かったのです」
 二人の見知らぬ人物の名が耳に入ると同時に、何故かルキアンは、ごく自然に思い浮かべることができた。ソルミナの化身との戦いの最中、ルキアンが幻影の向こうに見た者たちの面影を。輝くような笑顔を持った車椅子の少女の姿と、杖を手に荒野にたたずむ孤独な僧の姿を。

 ◆

 そして私は願った。
 あなたの哀しみを 私にください。
 あなたの胸の痛みを 分けてください。
 降り続く氷雨のようなその涙が、
 もうあなたの瞳を曇らせることがないように。
 さらに そうすることが
 私が本当の魂を得られる道でもあるのなら……。

 ◆

「我が主よ、《深淵》を見たのでしょう。ならば、じきに現実の世界でも《ダアスの眼》は開き、闇の紋章は再び輝く。それまであなたを守り抜くのが私の願い」
 風がざわめき、大地が震え、辺り一帯に漂う自然界の霊気がリューヌに集中してゆく。
「もういい、やめて! リューヌ、もういいんだ!!」
 必死で止めようとするルキアンに対し、リューヌは目を細めた。
 ルキアンの脳裏に、幼い日の孤独とリューヌのイメージとが重なって浮かび上がる。

  大きな木の下でうつむく、銀髪の幼い男の子。
  孤独な姿を後ろで静かに見守る黒衣の女。
  そっと、なでようとする彼女の手は、男の子の頭を空しく通り抜ける。
  実態のない彼女の身体で彼に触れることはできなかった。
  それでも黒衣の女は、男の子を見つめ続けている。
  すすり泣く声が止むまで。いつまでも。

「そうだ、ずっと僕のそばにいてくれたのは、リューヌだけなんだ。行かないで。僕は、僕は、本当に独りぼっちになる。そんなの嫌だ。嫌だよ!!」
 しかし、リューヌの姿は風と共にかき消え、彼女の気配も感じられなくなってゆく。ルキアンの絶叫は、むなしく空に響いただけだった。

 ――さようなら。私の大切な……。

 リューヌのいた場所から、最後の光のしずくが、ひとつ、ふたつと、天に向かって昇っていった。
 取り乱して泣きわめくルキアンは、宙に浮かんだまま光に包まれる。次いで彼の姿は、地上に向かって飛び去るように消えた。いや、もはや残骸となったアルフェリオンの内部、あの黒い宝珠の中へと吸い込まれたのだった。


【続く】



 ※2010年9月~2011年1月に、本ブログにて初公開
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