鏡海亭 Kagami-Tei ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石? | ||||
孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン) |
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第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29
拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、 ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら! |
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小説目次 | 最新(第59)話| あらすじ | 登場人物 | 15分で分かるアルフェリオン | ||||
『アルフェリオン』まとめ読み!―第25話・後編
【再々掲】 | 目次 | 15分で分かるアルフェリオン |
10 悲しみの少女
◇
ルキアンもまた、己自身の戦いを続けていた。
シャノンとトビーを医務室に託し、後は祈ることしかできない彼だったが、哀しみに打ちひしがれている場合ではない。
現実には戦争の最中なのだ。その戦争を、少なくとも内乱を終わらせない限り、かりそめの安らぎすら王国にはあり得ない。明日にもナッソス家との決戦が始まるかもしれない今、ルキアンが為すべきことは……。
クレドールの格納庫でルキアンはアルフェリオンを見上げていた。
他にもデュナ、ラピオ・アヴィス、アトレイオス、リュコス、ファノミウルの姿がある。幸い、いや、奇跡的にも――昼間の艦隊戦で大きな損傷を受けたアルマ・ヴィオはひとつもないため、ガダックをはじめとする技師たちもいくらか手が空いている様子だった。
むしろ《墜落》したアルフェリオン・ノヴィーアの点検の方が、クレドールの技術陣にとっての急務である。銀色の機体に作業台が据え付けられ、沢山の整備士たちが行き交う。
今ではルキアンも、自らの手足となるアルフェリオンのことを少しでもよく知ろうと考えている。エクターとして……。
アルフェリオンのことを人殺しの道具だと思い、内心では嫌い、避け続けてきた彼であったが、少しずつ変わり始めていた。
ルキアンの隣には、薄桃色の可愛らしいドレスを着た娘が居た。もう1人の哀しみの少女、メルカである。
凄惨なトビーの姿を幼い彼女に見せるべきではない、というシャリオの配慮により、メルカはしばらく医務室から離れることになった。
トビーを医務室に運び込んだルキアンは、自らメルカを連れ出した。彼女との間にできてしまった心の溝を少しでも埋める機会になれば、と思ったのだ。
相変わらずルキアンに口をきこうとしないメルカ。
けれども――彼女の片方の腕は熊のぬいぐるみを抱きしめていたが、もう一方の手はルキアンの手を大人しく握っていた。許したわけではないが、許さないわけでもないという、微妙な意思表示かもしれない。幼い彼女なりにも、きっと他人との距離を複雑に考えていることだろう。
メルカの小さな指をそっと握りながら、ルキアンは思った。
――差し伸べた手を途中で引っ込めることが、どれだけ酷いことかって……それはよく知っているよ。僕自身、今までずっと傷つけられる役ばかりだったから。だからメルカに許してもらおうなんて思っていない。だけど、メルカとの距離を少しでも引き戻すことができれば、僕はこの子の力になれるかもしれない。力に、なりたいんだ……。
ルキアンの隣――メルカと反対の側には、ガダック技師長と1人の若手の技師が立っている。
広い庫内に向かって大声で指示を飛ばすガダック。巨体と太鼓腹によって繰り出される声は、人間離れした音量をもつ。破れ鐘か、さもなくば砲声のようだ。隣にいたルキアンは耳が痛くなりそうだった。
技師長とは対照的に、甲高く神経質な声で若い技師が言う。
「化け物ですねぇ、ほとんど……。あの高さから地上に激突したのに、へこんだ跡すらない。普通のアルマ・ヴィオなら木っ端微塵だったところですよ」
ガダックが技師の背中を叩き、アルフェリオンのことを褒めちぎった。
「あたぼうよ。コイツはただのアルマ・ヴィオじゃないんだ。旧世界の――それも旧陽暦末期の機体を復元したんだからな。こんなすごい機体、滅多にお目にかかれるもんじゃない。お前らは運がいい。しっかり見ておけよ!」
あたかも自分自身のことのように、ガダック技師長は妙に嬉しそうである。芸術家にとっての名画や名曲と同じく、優れたアルマ・ヴィオはガダックの技術者魂を揺さぶるのだろうか。
しかし若い技師の方は、ガダックのいかつい腕で何度も背を叩かれ、迷惑そうな顔をしている。彼は手慣れた様子でそそくさと距離を取った。
11 アルフェリオンの内部に異変が…
2人の様子を苦笑いしながら見ていたルキアン。
と、今度は、ガダックの出っ張ったお腹が彼の背中に当たった。
「よぉ、ルキアン君。とんでもないことになってるぞ! わしのガキの頃からの技術者生活でも、こんなことは初めてだ」
人懐っこいガダックは、さほど面識のないルキアンにも屈託なく話しかける。見た目には荒っぽそうな親爺だが、性格はとにかく陽気だ。
最初のうちはメルカも、見上げるような巨漢のガダックを怖がっていた。
ルキアンの背後に隠れる神経質な少女を、ガダック技師長は無骨な態度で懐柔しようとする。逆効果である気もしないではないが……。
「おいおい、これでもわしは女の子には優しいんだ。はっはっは。そんな顔するなって。で、あぁ、そうだ――ルキアン君、驚かないでくれよ。さっき少し調べたんだが、実はアルフェリオンの内部に異変が起こっている。中に乗っていて何も感じなかったか?」
突然、不可解なことを言い出す技師長。そのわりに彼は、鼻歌を歌いながら点検表を眺めている。
「と、特には……」
ルキアンには彼の言葉の意図がつかめなかった。
「コイツの中の様子、前と全然違うんだってば。ルキアン兄ちゃん!」
ぱっちりとした大きな目の少年が、いきなり飛び出してきた。技師見習いのノエルである。
やんちゃな少年の姿がルキアンの瞳に映る――人見知りしないノエルの明るさが、元気だったときのトビーと重なって見え、ルキアンの心は痛んだ。
年齢的にもノエルはトビーより2、3歳年上という程度なので、余計に2人が似ているように感じられる。
不意に表情を曇らせたルキアンに、ノエルは怪訝そうに尋ねる。
「どうかしたの?」
「うぅん。なんでもないよ……。そう、アルフェリオンに、何?」
「なんか顔が暗いよ。どうした?」
「そ、そうかな? 大丈夫、僕が暗いのは今日に始まったことじゃないし……。だからね、元気なときでもこんな顔なんだって。本当だよ。それよりアルフェリオンが?」
苦し紛れに、ルキアンは冗談のような本当のような意味不明の理屈をこねる。
すると、ぼんやりと宙に視線を走らせていたメルカが、その場の誰にも分からぬほど小さな変化を見せた。一瞬ではあれ、目つきが微かに和らいだ。
――ルキアン、笑ってる……。あんなに辛そうな顔ばかりしていたルキアンが笑ってる。こんな顔、初めて見た。どうしたのかな……。
勿論そんなメルカの心境は、ルキアンには届いていないにせよ。
折良くガダックが説明を始める。
「詳しく調べないとよく分からんが、見たままを言うとだな。機体の中心部にある《黒い珠》から、極めて細い糸状の組織が内部全体にくまなく伸び――まるで各器官が黒い玉っころに《乗っ取っられた》も同然の状態なんだ。クモの巣みたいなものは、今も物凄い速さで成長している。わしがこんなことを言うのも無責任な話だが、もはや除去するのは不可能だ。そのクモの糸は、伝達系や動力筋の繊維1本1本にまでも絡み付き、自分の組織と融合してしまう力を持っているらしい。ともかくエラいことになっちまってるのに、中に乗っていた君が特に変化を感じなかったなんて、にわかに信じろという方が無理な話だ。あの真っ黒な謎の器官について、お師匠は何か言ってなかったかい?」
「多分、その黒い珠のことだと思うのですが、カルバ先生は正体不明の器官をこの機体に移植したとおっしゃっていました。アルマ・ヴィオの能力を増強するためのものらしいとか、何とか。でも先生も十分にご存じではなかったようです。そもそも、というか、その《謎の器官》がどんな機能を持っているのかを解明するために、僕がテスト操縦をすることになっていたんです。あの事件が起きなければ……」
師・カルバの名前は、近くて遠い記憶を否応なく呼び戻した。
今では幻だったようにすら思えるコルダーユでの日々。その情景がルキアンの脳裏を足早に通り過ぎる。
カルバは本当に死んでしまったのだろうか? そして彼の娘・ソーナは、ルキアンが儚い思いを寄せていた美しき人は、今、どこでどうしているのだろうか? さらに、ここにいるメルカの未来は?
さしあたり自分の力ではどうしようもない心配だけが残った。
どうしようもない? 空虚なイメージ。
冷たい自分。そんなものか、所詮? いや、違う……。違うのか?
12 成長するアルマ・ヴィオ?
だが中途半端な妄想は一気にかき消されてしまった。
《黒い珠》の話からリューヌの姿が連想され、否応なく、彼女の謎のことでルキアンの心の中が一杯になってしまったからである。
――あのときリューヌは、アルフェリオンと一時的に《融合》すると言った。そういえば、ならず者たちと戦っている間、ノヴィーア本来の声は全く聞こえなかったな。ノヴィーアはリューヌに乗っ取られていた? いや、最初の融合の時点で完全に乗っ取られた?
何故か他人に教えるのがはばかられ、ルキアンは、現段階ではリューヌのことを技師長に告げなかった。クレヴィスだけには先ほど話したのだが。
黙り込んでしまった彼をしげしげと眺めながらも、ガダックは話を続ける。
「いや、内部だけじゃないぞ。アルフェリオンの両手付近の装甲に至っては、昼間のときと外形そのものが変化している。少しゴツくなったような感じだ」
「それは……。僕が今晩、暴漢たちと戦ったときに変化したんです。本当です。すごく腹が立って、むちゃくちゃな話ですが――この手であいつらを引き裂いてやりたいと思ってしまったときに、変わったんです。腕全体の形が今よりもっと刺々しい形に。爪も刃物みたいになって」
ルキアンは自分の手を握り締め、じっと見つめた。
ガダックは意味ありげに苦笑いしている。よく観察してみると、以外にも的を射たりという表情だ。
「腹が立ったら、アルマ・ヴィオの姿が少し変わっただって? ふぅむ。それから、後でおおむね元の形に戻った? そいつは突拍子もないことだ。しかしまぁ、分からんでもない。たまにではあれ、《変形》するアルマ・ヴィオを見かけるだろ? ほれ、飛空艦ラプサーのあの子――プレアーちゃんの乗っている《フルファー》な。それからルキアン君も戦っただろ、あの《アートル・メラン》もだ。これらのアルマ・ヴィオは、飛行モードと人型モードを持っている。その他に陸戦型と人型の姿を使い分ける機体も、世の中にはあるぞ」
「……なるほど。そ、そう言えばそうですね。プレアーさんって、よく知りませんけど」
ルキアンは曖昧に同意した。
すると謎解きの糸口を披露し始めたはずのガダックが、今度は難しい顔で溜息をつく。先程の自分自身の発言に対して、大いに疑問が残ると言わんばかりに。
「しかしだ、ルキアン君。予め決められている別形態への《変形》ならともかく、あのクモの糸のことは説明がつかん。勝手に《成長》するアルマ・ヴィオなんて聞いたことがないぞ……。例のプレアーの愛機も旧世界のものらしいが、変形前の基本形態は、以前からずっとどこも変わっていないらしい」
と、技師長の立派なお腹を押しのけるようにして、ノエルが急に横から顔を出した。
「知ってる、ルキアン兄ちゃん? プレアーって、めっちゃ可愛いだろ。でもアイツ、いーっつも兄貴にべったりくっついてんだぜ。なんかヤバくない? 兄妹なのに。あ? 痛いってば! 何すんだよ、おっちゃん!」
ませた口調で得意げになって語る少年を、ガダックが小突いた。
「無駄口たたく暇があったら、こいつの腕の1本でも調べてろ」
技師長は呆れ顔でアルフェリオンの方を指す。
ルキアンは適当な言葉が見つからず、白々しい作り笑いを浮かべてごまかしている。
13 「僕、ここに居てもいいんだよね?」
それにしてもガダックとノエルは、まるで賑やかな親子のようだ。
「え、えっと。プレアーさんはともかく。いいじゃないですか、まぁ。それで、少なくとも、どうにかすればアルフェリオンがもっと別の姿に変形したり、新しい能力を発揮したりできるということですか?」
強引に話を元に戻したルキアン。
彼の必死な様子が可笑しかったので、ガダックは笑いをこらえながら答える。この技師長も相当に呑気な男、いや、楽天家だ。
「はっはっは。すまん。歳取ると口元の締まりが緩くなってしまっていかんな。あぁ、その可能性もあり得る。なんだ、その――さっきの、腕にトゲが生えたり、ブレードが出てきたりするというワザは、少なくとも使えるはずだろ? だが今の段階では何とも言えんよ。わしは基本的に修理屋だからな。その手のややこしい理屈は、クレヴィス副長にでもに聞いた方が早いと思うぞ。それより、アルフェリオンの内部をもう少し調査させてもらって構わんかね?」
「はい。よろしくお願いします。僕もご一緒して構いませんか。邪魔しないように見てますから……」
途中まで話しかけて、急にルキアンは、恥ずかしそうにぺろっと舌を出した。遠慮がちに照れ笑いしつつ彼は言い換える。
「じゃなくって、僕もお手伝いしますから――ですよね。すいません。いつも言われるんです。気が利かないって」
「いや、気にすんな。ルキアン君は、お宝の天使様を世界でただ1人扱うことのできる、いわば一騎当千のエクターだ。もしここで君がケガでもして動けなくなったら、わしのせいで王国が滅んだ――なんてことにもなりかねんからな。はっはっは。ここで黙って見ててくれ。何かあったら質問するから!」
ガダックはおどけた調子で肩をすくめると、大きな体を揺らしながら、側の階段を下に向かって降りていく。
格納庫の壁から突き出たバルコニーのようなところに、ルキアンはメルカと共に残された。恐らくここは、格納庫での作業全体を監督するための場所なのだろう。
「ほら、メルカちゃん。メイやクレヴィスさんの乗っているアルマ・ヴィオだよ。沢山あるね……」
気まずい沈黙を破って、階下を指差すルキアン。
それに気づいた1人の技師が手を振った。
しばらくして、この技師に向かってガダックが指示を飛ばし始める。そうかと思うと、ノエルがまた何か騒いでいる。
仲間たちの働く様子を眺めるうちに、ルキアンは自然とつぶやいていた。深い感謝の念を込めて。
「僕、ここに居てもいいんだよね? ありがとう……」
その答えはルキアン自身にも分かっている。
「もう迷わない。僕の帰るべき場所は他のどこでもない、この船なんだもの。みんな、ありがとう。僕を受け入れてくれて」
ルキアンのつぶやきを、メルカは黙って聞いていた。微かにその小さな体が震えているような気がする。
やりきれない心持ちで、ルキアンの口から言葉が溢れ出た。こんな台詞を吐いても何も変わらないと彼は思ったが、言わずにはいられなかったのだ。
「ごめん、メルカちゃん――この船に乗るために、僕は君を置き去りにしようとした。すごくショックだったよね。もう、僕の顔なんか二度と見たくないと思ったかもしれないよね……。謝りようもない。僕はひどいヤツだ。何と言ったらいいのか分からない、分からないけど――だけど、この船は僕にとってそれほど大切なんだ。わがままで、すまない。でも僕の未来は、この船に……。僕は全てを賭けたんだ、クレドールに!!」
様々な思いを心に秘め、ルキアンは指先に力を込めた。
メルカの華奢な掌も、心持ち、それに答えてくれたような――そんな気がした。ルキアンの身勝手な空想かもしれないが、それでも確かに……。
【第26話に続く】
※2001年11月月に鏡海庵にて初公開
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