鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

・画像生成AIのHolara、DALL-E3と合作しています。

・第58話「千古の商都とレマリアの道」(その5・完)更新! 2024/06/24

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第58)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第36話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


◇ ◇

 すでに夕刻に向けて傾き始めているとはいえ、午後の太陽は、まだ思ったより高い位置で輝いている。長い冬が終わり、本格的な春の訪れたオーリウムでは、最近、日毎に夕暮れの時刻が遅くなっている。
 クレドールの艦橋――窓際で中央平原を見下ろしながら、クレヴィスとバーンが何か雑談をしている。バーンは珍しくエクター・ケープを羽織っていた。緻密な刺繍入りの生地を幾重にも重ねたケープは、バーンのたくましくも無骨な後ろ姿には、残念ながらあまり似合っているとはいえない。
 彼の隣に立つクレヴィスは、床に付きそうなほど丈の長いチャコールグレーのクロークに身を包んでいた。黒っぽいマントを着けた彼の姿は、魔道士を絵に描いたようであった。これで眼鏡を外し、杖でも手にしていれば、あたかも伝説の物語の中から現れた魔法使いといったところだ。その衣装の上に、彼もエクター・ケープをまとっている。
「何だか肩がこりますね。魔道士の正装をするのは、その昔、魔道士の称号を授けられたとき以来かもしれません。エクター・ケープを着るのも何年ぶりでしょうか」
 クレヴィスは苦笑いしている。実際、彼がエクター・ケープを着ている姿など、付き合いの長い仲間たちでさえ、カルダイン艦長をのぞけばほとんど見たことがなかっただろう。
 エクター・ケープは、いわば繰士にとっての晴れ舞台の装束である。かつてイリュシオーネの騎士がまだ鋼の鎧と兜に身を固め、馬上で手柄を競っていた時代、出陣する騎士たちが武勲を祈願して誇らしげにまとった衣装に、エクター・ケープは由来するという。メイのように、出撃の際には毎回のようにエクター・ケープを身につける者もいる。しかし格式を重んじる機装騎士の間ではともかく、何か特別なことでもない限りケープを着けないエクターが近年では増えているらしい。
「あいつ遅いな。何を手間取ってんだ?」
 先ほどから、艦橋の入口の方をバーンが何度も振り返っている。
「まぁまぁ、まだ夕暮れまでに時間はあります。ただ、ミトーニア市との会談までに、一応、こちらの打ち合わせももう少し詰めておきたいところですが」
 クレヴィスは愛用の懐中時計の蓋を開けたり閉じたりしていた。手持ち無沙汰なときの彼のくせだ。
「もっとも……よりによってこんなときに、今回の話を持ち出したのは私です。後で日程が窮屈になっても、その原因は私自身にあるのですけどね」
 いつも通り眼鏡の奥に涼しげな微笑を浮かべているクレヴィス。彼に向かって、バーンが不思議そうな顔で尋ねた。
「でもよ、クレヴィー。この話をルキアンがよく受けたもんだな。俺は意外だよ」
「えぇ。私も無理を承知で持ちかけてみたのですが。多分、いまルキアン君の中で何かが変わり始めている、あるいは目覚め始めているのかもしれません」
「その、なんだ、心境の変化……ってやつか?」
「そんなところでしょうね。おや、来たようですよ」
 クレヴィスの視線の先で、艦橋の入り口が開いた。


6 艦長の回想―もうひとつのクレドール



 わざとらしい咳払いの後、まだまだあどけなさの残る少年が姿を見せた。ノエルである。クラヴァットをおそらく初めて巻いたのであろう、彼の首や襟元はとても窮屈そうに見える。このやんちゃな少年には、本格的な正装はいまひとつ不似合いだった。大人用の衣装を子供が着てみたという感じの、滑稽な様相だ。
 彼は両手に短剣を持ち、予めどこかで教わったような大仰な動作で刃をゆっくりと合わせ、打ち鳴らしている。剣の先は丸く、鍔や束には込み入った装飾が施されている。実戦用ではない儀式用の物だ。
「え~、オーリウム・エクター・ギルドの誇り高き、白き翼の船……白き……あれ? 何だったっけ?」
 頭をかいて笑っている彼の背後、入口の奥から、メイが声を抑えて叱っている。
「あんたね、あれだけ教えたのに! 《大空の神アズアルから白き翼を賜りし伝説の魚――フォグ・フィクスの似姿にして、かの争いでの猛々しき戦船(いくさぶね)の名を受け継ぐもの、誇り高きクレドール》の諸君。だってば。いや、そうだった、かな。あはは」
「へいへい。大空の神……」
 メイから告げられた長たらしい言葉を、少年はオウムのように繰り返す。要するに、この船に与えられている格式張った舞台での称号のようなものらしい。艦橋のクルーたちは思わず爆笑し、ヤジや冷やかしが方々から飛び出した。
 そこで大きな咳払い。今度はノエルではなく、メイが彼に続いて艦橋に入ってきた。
「うるさ……いや、諸君、静粛に!」
 似合わない口ぶりで彼女が叫ぶ。それが余計に仲間の笑いを呼んでいる。艦橋の席の方からカルダインが一声かけ、ようやく周囲は静かになった。

 ――かの争いでの猛々しき戦船の名を受け継ぐもの。
 艦長は心の中で繰り返す。

 ◇ ◆

「だったら、カルダイン! あなたの船の名前は私が付けてあげます。クレドール、そう、《クレドール》というのはどうかしら? 《希望》を意味する、この国の古い言葉です」
 若い娘の声。元気に弾んだ口ぶりだが、そんな気さくさの中にさえ、優雅な空気が漂っている。
 記憶の向こうに、今も鮮明に刻まれている笑顔。
「勿体ないお言葉。このカルダイン、エレア様のお言葉、謹んでお受けいたします」
 青年カルダインは、レマールの海で日焼けした顔を伏せ、深々とお辞儀をした。
 ゼファイアの王女エレア・ルインリージュは、身体が弱く病気がちであるにもかかわらず、今日、ここでは快活さに溢れていた。決して大きくはないが、見事な調度品や天井画に彩られた広間。そよ風に栗色の長い髪を揺らし、王の座のある一段高いところから姫君が降りてくる。
 エレア王女は不意に真剣な面持ちになって告げる。
「カルダイン。この国は小さく弱い……。オーリウムとタロスという大国に囲まれ、それらの国から少し風が吹けば、消し飛んでしまいそうに見えます。そんなゼファイアを支え、広大なレマール海での貿易を担う国として発展させてきたのは、あなた方のような勇敢な冒険商人たちです。そう、あなたの新しい船は、私たちゼファイアの《希望》です。これからも頼みますよ。これは私からのささやかなお祝いです」
 彼女は再び、たおやかな笑みを浮かべる。その白い手には銀の腕輪があった。
 背後にいた部下の者たちとともに、カルダインは王女に――いや、正確には、国王の急死を受け、じきに女王として即位するであろう人に――ひれ伏した。
「このご恩は生涯忘れません。世間では海賊呼ばわりされる私たちのような者にさえ、いつもこのようなお心遣いを……」
 そう言い終わるが早いか、彼は機敏な動作で立ち上がり、鞘に入ったままの短剣を胸に当てた。ゼファイア海軍の敬礼か、そんなところであろう。
「この命、すべて姫様のために! ゼファイアに栄光あれ!!」

 ◆ ◇

 ――エレア様、私は貴女との約束を守れませんでした。タロスの飛空艦隊を追い詰め、勝利を目前にしながら、最後の最後で敗れてしまった。ゼファイアの《希望》を守り抜くことができなかった……。
 しばし目を閉じ、カルダイン艦長は、そんな感傷など微塵も起こさなかったかのように、いつも通りの厳めしい顔つきに戻った。

 そう、《クレドール》というのは、元々はカルダインがゼファイア時代に有していた飛空艦の名前なのだ。その旧クレドールは、貿易用の船ではあれ、空の海賊の出没するイリュシオーネでの広範な航行にも耐えうるよう、最初から多少なりとも武装を備えた船だった。そして革命戦争の勃発以降、何度も武装を重ねて軍艦同様の船となり、タロス新共和国の大艦隊を相手にレマール海一帯で神出鬼没のゲリラ戦を展開することになる。《ゼファイアの英雄》の指揮した飛空艦に他ならない。
 革命戦争の一応の終結の後、オーリウムのエクターギルドは、亡命したカルダインを組織に迎え入れようと躍起になった。その際、彼は次の2つの条件を主張して決して譲らなかったのである。《ひとつ、自分の乗るべきギルドの新造飛空艦にはクレドールという名を付けること。ふたつ、同艦の副長への就任を、魔道士クレヴィス・マックスビューラーが承諾すること》というものだ。
 双方の条件が満たされ、カルダインはギルドの飛空艦の長となった。


7 シャリオさんのターン! 大神官の衣装に…



「準備は整ったな。時間のない折、略式ではあるが、これよりルキアン・ディ・シーマーを繰士と為すために式を執り行う」
 カルダイン艦長が重々しい声でそう告げると、艦橋の面々は、真ん中の通路の左右に整然と並び始めた。だが、若干心配そうな表情の者もいる。それを目ざとく見つけたカルダインは、上機嫌そうに言った。
「かまわんよ。もうナッソス軍には、高空にいる飛空艦を攻める手だてはほとんど残されていない。いま動くことは奴らにとっても好ましくないだろう。それに……昔は、戦いの最中に騎士が多数討ち死にして足りなくなり、見習いを慌てて戦場で騎士に任じたことも、希にあったと聞いている」
 艦長はクレヴィス副長を伴い、通路の奥に臨時に設けられた段の脇に立った。クレヴィスの合図により、ノエルが再び剣を打ち鳴らしつつ、両側に分かれた人の壁の間をおもむろに進んでくる。ちょうど先払いのような具合だ。
 それに続いて廊下から艦橋に姿を見せた者がいた。周囲からざわめきが起こり、嘆息が漏れる。
 しきたりに従い、神官が入ってきたのだ。勿論、シャリオ・ディ・メルクールである。王や諸侯の臣下が繰士になる場合には、自らの主君によって任ぜられるのが常である。しかしギルドの繰士の場合、そうもいかないので、手近な神殿の聖職者に叙任の役を委ねるのが慣例になっている。
 ただしシャリオは普通の神官ではなく、準首座大神官という極めて高位の聖職者である。彼女自身も最初は遠慮したのだが、周囲にせがまれ、大神官の正装でこの場に姿を現すことと相成った。
 その壮麗な姿は一同を驚かせ、水を打ったように艦橋が静まりかえった。シャリオは大神官の位を表す黄金作りの二重の宝冠をいただき、普段の白と青の法衣の上には、赤地にこれまた黄金色で刺繍の施された長衣をまとっている。裾を床の上で静かに滑らせながら、彼女は儀式用の聖杖をかざして前方の段に歩み寄ってゆく。先端が渦巻きのように大きく湾曲し、玉石の散りばめられた巨大な杖だ。小柄で細身のシャリオには、少し重荷に過ぎる感さえあった。だが、そこはさすがに手慣れた様子である。
 列に加わって見守るベルセアが、隣にいるサモンに耳打ちする。
「おいおい。俺のときは、田舎のしみったれた坊さんが出てきただけだったぞ。これじゃ戴冠式みたいじゃないか。すげぇな」
 侍女を思わせる出で立ちのレーナが、長剣を重そうに両手で抱えてシャリオの後に続く。どうやら、先ほどのノエルの場合といい、この儀式の補助は年若い少年少女が行う習わしのようだ。
 カルダイン艦長、クレヴィス副長となにやら簡単にささやき合った後、シャリオは段に立って厳かに告げた。儀式が始まるらしい。
 が……。艦内が微妙にざわめいた。
「ルティーニ、いま、彼女は何て言ったんだ?」
 ウォーダン砲術長が怪訝な顔で口髭をなでている。いまばかりは彼も砲台から艦橋に上がり、ミルファーン海軍の制服で正装していた。彼をはじめとして、かつて所属していた組織の衣装を今でも式典の際には利用するという者が、ギルドには多い。そのため室内は様々な格好の人物であふれている。奇妙な眺めだった。
 傍らにいたルティーニが小声で彼に教える。
「あれは古典語ですよ。大きな神殿の儀式では、普通はオーリウム語ではなく古典語を使いますからね。たぶん《それでは新たな繰士にならんと欲する者、進み出よ》と言ったはずです。でも全部は聞き取れませんでした」
 周囲の雰囲気の変化に気づき、シャリオは頬を少し染めた。
「あら、いやですわ。わたくしとしたことが」
 段の脇に立つクレヴィスが、そのまま続けて構わない、と彼女に頷いている。
「分かりました。では、皆さん。神殿の正式な作法に則り、儀式の進行は古典語で行いますが、大切な部分はオーリウム語でも繰り返します」
 シャリオはそう言い、深く息を吸い込んだ。古典語の荘重な響きの後、同じ意味のオーリウム語が繰り返された。
「神の御名において、汝を祝福し、繰士に任じます。ルキアン・ディ・シーマー、入りなさい……」


8 誓い―優しい人の優しい笑顔を守るために



 ◇

 シャリオの言葉を受けて、艦橋にルキアンが入ってくる。正装した他のメンバーに比べ、彼の出で立ちは普段と変わらない。瑠璃色の生地に金の縁取りの入ったフロック。その胸元を飾るのは、朝の高原に漂う霧を思わせる、非常に淡い青の――よほど注意深く観察しない限り白にしか見えない――いつもと同じ色のクラヴァットである。もっとも、普段着としてはいささか堅苦しいその服装自体は、このような場にも相応しいものであろう。
 艦橋入口から両側に並ぶクルーたちの間を通って、ルキアンは、臨時に設置された正面の祭壇へと進んでゆく。ブリッジの一番手前で待っていたバーンが、ルキアンの肩を揺すりながら言った。
「よぉ、ルキアン! これでお前も正真正銘のエクターだな。これからもよろしく頼むぜ!!」
 ただ、口ではそう言いつつも、ルキアンが繰士になる決意をしたことに対し、彼自身は少なからぬ違和感を覚えていた。
 ――でもいいのか、本当に? たとえ王国のためでも正義のためでも、不本意ではあろうとも、エクターってのは、戦ってりゃ結局は人を何度も殺すことになるんだぜ……。それを誰よりも嫌っていたのは、お前自身だったろ。
 バーンは心の中でルキアンに語りかける。勿論、それはルキアンには聞こえない、胸の内での独り言だったが。
 ルキアンの頼りなさげな表情や、居並ぶ面々に向けられる彼の穏やかな笑顔、華奢な肩や腕などは、以前と何も変わらない。遠慮がちな足取りも同じ。だが、いつもうつむいてばかりであった彼の顔は前を見ていた。これまでのルキアンとはどことなく雰囲気が違うことに、その場の何人かは気づいている。
 ベルセアは、敢えて無言のまま、にこやかにルキアンに手を振っている。ベルセアの隣に居たサモンの前を、ルキアンが通り過ぎてゆく。一瞬、サモンの瞳の奥に強い意志の光が浮かんだ。
 ――なるほど。以前より目に迷いが無くなったな。何かをつかみ始めたか。
 緩慢な口調と飄々とした風貌からは想像できないほどに、鍛え抜かれた精神をもつ剣士、サモン・シドー。今は無きナパーニアにかつて存在したという《兵(つわもの)》の魂を現世界に受け継ぐかのような、恐るべき剣の達人だ。その黒い瞳は、ルキアンの戦士としての微かな目覚めをも見逃さなかった。
 だがルキアンの変化を最も明確に意識しているのは、正面の壇上にいるシャリオと、その傍らに立つクレヴィスに他ならない。二人とも淡々と式の進行を司っているにせよ。
 ゆっくりした足取りで、シャリオの前までやってきたルキアン。彼は片膝を突き、神官のシャリオに向かって恭しくひざまずいた。彼女は問う。
「まずは尋ねる。ディ・シーマーよ、汝の守護者たる神は?」
 イリュシオーネは多神教の土地柄である。その中でも、本人の身分、職業、居住地、あるいは人生観等の違いによって、いかなる神を信仰の中心とするかは人それぞれだ。ただし、いかに見習いであるにしても、魔道士の卵であるルキアンが守護者とあがめるべき神は限られてくる。なおかつルキアン自身が、幼い頃から《翼》のイメージに自分の夢や救いを重ねていたことから、彼の守護者たる神は明らかだ――月と魔法の神、翼を持つもの、闇の中の光、すなわち女神セラス以外にはあり得ない。
 ルキアンは信仰する神の名をシャリオに告げた。勿論、すでに例のパラミシオンの《塔》での一件以来、彼女はそのことを熟知している。あくまで儀式なのだ、これは。
 今まで大儀そうに抱えていた長剣を、レーナがシャリオに手渡す。意外にも手慣れた様子でシャリオは剣を鞘から抜き放ち、自らの胸元に引きつける。彼女の細腕では、こうして長剣を支えていることは、本当はかなり大変なことかもしれない。しかしシャリオは平然とした表情で、そして厳かな古典語とオーリウム語でルキアンに告げた。
「新しき繰士ルキアン・ディ・シーマー、汝の崇敬する、月と魔法の女神セラスに誓いを立てよ」
 ひざまずいたままのルキアンは、黙って頷く。
「小さき者たちの盾となり、あるいは優しき者たちを護る剣となり、その力を正しい道のために用いんことを」
 シャリオが言ったその表現は、エクターの叙任式にしばしば登場する文言に彼女が多少アレンジを加えた程度のものにすぎない。と、続けてシャリオは、ささやくように言葉を付け足した。彼女はルキアンに視線を合わせ、本当に小さな笑みを目に浮かべた。
「誓ってください。《優しい人が優しいままで笑っていられる世界》のために……」
 静かに息を吸い込んだルキアンは、普段より大きな声で答える。
「はい。私は、貴族の誇りと、この一命をかけて、セラス女神に誓います」
 その言葉に頷いたシャリオは、手にした剣の峰の部分をルキアンの肩に当て、そのまま、祝福の祈祷を手短に行った。全員の拍手が巻き起こる。歓声と拍手の渦の中、シャリオは壇から降り、真新しいエクター・ケープを携えたカルダイン艦長と役目を交代した。
 カルダインは普段とあまり変わらない口ぶりで、ルキアンに尋ねる。
「これで君はエクターになった。勿論、エクター・ギルドに加わるかどうかは、これからゆっくり時間をかけて決めればよい。ただ今回のような場合、たとえ居候であろうとも君が共に旅をしている飛空艦クレドールの長として、私がエクター・ケープを君に掛けるというしきたりになっている。構わないか?」
「はい。ありがとうございます。艦長」


9 闇の予言、終焉の門を飾る血染めの荊!?



 しかしカルダインの次の言葉は、ルキアンには初耳だった。おそらく事前にルキアンに儀式の進行について説明したメイあたりが、教えておくのを忘れていたのだろう。
「繰士としての、この場での君の《称号》を自ら定めたまえ。一応、儀式の際に必要なのだ。勿論、ここでの称号なんてものは形ばかりで、本当に優れた繰士には、放っておいても後から勝手に世間が《通り名》を付けてくれるものだがな。たとえば《緑翠の孤剣カリオス》だとか。あるいは昔、《地獄の猟犬》などと物騒な名で呼ばれていた奴もいたっけな……」
 彼の傍らで、クレヴィスが苦笑いしている。
「カル……。こんなときに、それは趣味の悪い冗談ですよ」
 ルキアンは慌てて考え込む。今までとひと味違う雰囲気だったルキアンが、いつもの頼りない彼に戻ってしまったような気がする。
「そんな、急に言われても、適当な名前が浮かびません……困ったな」
 彼の横からシャリオがそっと助言した。
「どうしても思いつかなければ、代わりに艦長に考えてもらうというのも、儀式の流れとしては構いませんのよ」
 だが、急にシャリオの目が真剣さを帯びる。
「難しく考えなくとも、ルキアン君、あなたが掴んだ何かを、そのまま言葉にすればよいのです。それは何ですか? 私も知りたいですわ」
 そう告げたシャリオの顔が、ルキアンにはなぜか不意にあの女性のイメージと重なって見えた。ミルファーンの機装騎士、シェフィーア・デン・フレデリキアだ。
 シェフィーアの言葉がルキアンの胸の奥で繰り返される。

 ――《拓きたい未来》を夢見ているのなら、ここで《想いの力》を私に見せてみよ、いまだ咲かぬ銀のいばら!!

 ――今度会うときには、もっと強くなっているように。期待している、《オーリウムの銀のいばら》、ルキアン・ディ・シーマー。

 ルキアンは、おずおずと口を開いた。
「あ、あの……。ちょっと偉そうな名前で、僕には似合わないんじゃないかと、恥ずかしいんですけど。みなさんも笑わないでくださいね」
 彼は艦長とクレヴィス、シャリオの表情を順番に見つめ、その後、艦橋に居並ぶ仲間たちを見回した。
「構わんさ。新しき繰士ルキアン・ディ・シーマー、告げてみよ」
「はい、艦長。では……。僕は、そのぅ……。銀の……。銀のいばら。オーリウムの《銀のいばら》と、この場では名乗ります」
 ルキアンは恐る恐るそう告げた。その途端、艦橋全体に再び大きな拍手がわき起こる。
 カルダインはルキアンの肩にエクター・ケープを掛けてやった。
「よし。オーリウムの銀のいばら、ルキアン・ディ・シーマー。汝の誓いを受け、繰士の証を与える」
 艦長がそう言い終わるか、まだ言い終わらないかのうちに、儀式的な雰囲気は一挙に崩れた。ブリッジにあふれかえるほど集まっていたクレドールの乗組員たちが、我先にルキアンめがけて押し寄せ、思い思いに祝い始めたのだ。飛び付いたり、抱きしめたりするのはもちろんのこと、中にはルキアンに頭から酒をかけたり、自分まで頭から酒をかぶって踊り出す者もいる。この場ばかりは何でもありだと、カルダインもクレヴィスも敢えて止めずに見守っていた。

 だが、そんなお祭り騒ぎに、艦橋の外から凍り付いた眼差しを向ける者がいた。
「水さえやらなければ、暗闇の奥で眠っていた種が芽吹くことはなかったのに。もう遅い。銀のいばらは目覚めてしまった。くすくす……。これからどうなるのかしら」
 薄暗い廊下に純白の衣装が怪しく浮かぶ。その色が本来は崇高さや清純さを表す色であることを疑わせるかのごとく、不気味な闇の光を放つ白……。同じく影の中で爛々と輝いているように見えたのは、美しくも呪わしき少女の瞳。
「銀のいばらは、血にまみれた蔦(つた)で終焉の門を飾り、すべての終わりのときを真っ赤に彩るだろう」
 エルヴィン・メルファウスは目を大きく見開き、何かに乗り移られてでもいるかのように、あるいは預言者のように語り始めた。

  暗き淵に、すなわちその蒼き深みに宿りし光が
  憎しみの炎となりて、真紅の翼はばたくとき、
  終末を告げる三つの門は開かれん。

 そう。シャリオとクレヴィスのいう《沈黙の詩》のあの一節だった。


【第37話に続く】



 ※2007年7月~8月に鏡海庵にて初公開
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