鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

・画像生成AIのHolara、DALL-E3と合作しています。

・第58話「千古の商都とレマリアの道」(その5・完)更新! 2024/06/24

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第58)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第36話・前編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


 新しき繰士ルキアン・ディ・シーマー、
 汝の崇敬する、月と魔法の女神セラスに誓いを立てよ。
 小さき者たちの盾となり、あるいは優しき者たちを護る剣となり、
 その力を正しい道のために用いんことを。

◇ 第36話 ◇


1 シェフィーア



 アルフェリオンがゼフィロス・モードから元の姿に戻るにつれて、今まで機体を取り巻いていた強大な魔力も、あたかも風が通り過ぎてゆくかのように何処へともなく消失していった。
 パリスの命を救えなかったことへの慚愧の念と、ともかく戦いを終えた安堵感とが入り交じり、ルキアンからも気力が急激に抜けてゆく。考えてみれば、昨晩からずっと、しかも徹夜でアルフェリオンに乗り続けていたのだ。その後、現在の時刻はとうに正午を過ぎている。特に戦闘の際にパラディーヴァの力を借りていなかったなら、これほどの長時間、連続でアルマ・ヴィオを操るのは不可能だろう。その過酷な事実を自覚できるだけの余裕がやっと生まれたせいか、ルキアンの中で緊張の糸がぷつりと切れてしまったらしい。
 すると、彼とひとつになっていたリューヌの意識も、一瞬、感じられなくなった。彼女が消えてしまったかのような錯覚に陥り、不安になったルキアンは思わず呼びかける。
 ――リューヌ、ちゃんと《居る》よね? 返事をして。
 いつもなら問いかけとほぼ同時に、彼女の声が自分の心の中に浮かぶはず。だが今回は返答が数秒間遅れた。
 ――大丈夫です。力を少し使いすぎただけ……。
 ――リューヌに頼ってばっかりで、ごめん。負担をかけすぎだね。
 やはり今までとリューヌの様子が違う。大丈夫だと言いながらも、彼女の心の声はみるみるうちに弱まり、精神を集中させないと聞き取れないほど小さくなっていた。
 ――しばらく休めば回復します。
 そう告げたきり、リューヌからの反応は、かき消えるように無くなってしまった。今も彼女の存在自体は感じられる。しかし呼びかけに対する答えは完全に途絶えている。おそらくリューヌは休眠しているのだろうが、ルキアンはとても心細く思う。
 闘技場の周囲に並ぶ観客席のひな壇に沿って、ぼんやりと流れていく彼の視線が、シェリルのティグラーの姿とぶつかった。鎧をまとった重装備のティグラーがゆっくりと地面にしゃがみ込む。背中のハッチが開き、ハシゴ状の足場を伝って一人の女性が降りてくる。
 金属板が擦れ合うような音、軽くぶつかり合うような響き。彼女は、いわゆるスケール・メイル――鱗状の鋼の板をつなぎ合わせた鎧――を思わせる胴着を身につけ、通常よりも丈の長い赤のエクター・ケープをその上に羽織っている。この独特の防具に加えて、銛(もり)のような形状をもつ短い槍を背負った彼女の出で立ちは、ルキアンにとっては見慣れないものだった。どこか別の国、異邦の戦士という印象である。さらには、かつてミルファーンやオーリウムの北洋沿岸に栄えた民族の戦士を連想させた。
 ――この人が、シェリルさん?
 こちらに歩いてくる彼女に向けて、ルキアンはアルフェリオンの魔法眼の倍率を上げた。
 午後の日差しに輝く黄金色の髪は、背中で一本に編まれている。整った鼻筋や引き締まった口元には、こざっぱりとした気品が漂う。それでいて彼女の全体的な容貌には、ある種の野性的な雰囲気も感じられる。
「君も降りてこないか、少年。いや、ルキアンと呼んだ方がよいか?」
 シェリルの実際の声や喋り方も、念信のときの《声》のイメージと同様に厳めしかった。だが、上目遣いにアルフェリオンの方を見ている彼女は、飄々とした笑みを微かに浮かべている。見た目の印象では20代後半くらいに見えるが、ちょっとした仕草や顔つきに一定の落ち着きが感じられ、声の質もそれほど若くはない。
 ――外国の人? そういえばミルファーンの話をしていたけど。
 彼女の生の言葉を耳にしてすぐ、ルキアンはそう思った。流暢で聞き取りやすいとはいえ、彼女の話すオーリウム語のアクセントやリズムは、ルキアンのそれとは明らかに異なる。

 言われるがままに、ルキアンもアルフェリオンから降りた。
 二人の視線がぶつかる。シェリルの青く澄んだ瞳は、これまでの間にルキアンの中に作られていた彼女のイメージよりも、ずっと穏やかな印象を醸し出している。
「さっきは、どうもありがとうございました、シェリルさん」
 ぎこちなく礼を言ったルキアン。
「なるほど……。こういう子だったか。大体、思った通り」
 シェリルは小さく頷いた。耳慣れぬ響き。言葉の意味までは理解できないにせよ、とりあえず彼女がミルファーン語を口にしたことは、ルキアンにも分かった。続いて、再びオーリウムの言葉が聞こえた。
「帝国軍は、次は間違いなくオーリウムに侵攻してくる。この国も君も厳しい状況に置かれるだろう。いよいよ困ったらミルファーンに来たまえ。王城に行き、シェフィーアという機装騎士を訪ねるといい。《灰の旅団》のシェフィーア・リルガ・デン・フレデリキアの知り合いだと言えば、分かってもらえるだろう。オーリウムとミルファーンとの今後の関係にもよりけりだが、少なくとも個人的には君の力になってくれる」
 そう告げた後、彼女は指を立てて口元に当てる。
「君がミトーニアで会ったのは、ただの傭兵のシェリルだ。内緒だぞ」
 彼女はルキアンの頭に手を置き、彼の髪を軽く揺すった。
「今度会うときには、もっと強くなっているように。期待している、《オーリウムの銀のいばら》、ルキアン・ディ・シーマー」
 最後にミルファーン語の短い言葉が聞こえた。
「君のことを少しは気に入っているのだから。興味深い少年」
「え? 今、何て?」
「さぁ。こういう台詞は、わざわざ説明すると無粋になるものだ。君の国の言葉でどう言い換えたら一番適切なのか、私には分からないし」


2 ナッソス軍、ミトーニアを目前に後退



 彼女はおもむろに右手を高くかかげる。すると突然、その手の指す方向、空の一角が陽炎のように揺らめいたかと思うと、蒼天と同様の薄いブルーの機体が姿を現した。
「《精霊迷彩》で姿を隠していた? いつから上空にいたんだろう。飛空艇、いや、あれは船ではなくて飛行型の重アルマ・ヴィオだ」
 先ほどまではゼフィロスの超空間感応の圏外に浮かんでいたのであろうが、大型のアルマ・ヴィオが気配すら微塵も感じさせず《潜伏》していたことに、ルキアンは少々驚いている。
 機体は再び精霊迷彩を展開し、二人の視界から消えた。その姿が次に現れたのは、遺跡のすぐ上空にまで高度を下げた後だった。動きの特徴からみて明らかに飛行型のアルマ・ヴィオなのだが、トビウオを思わせるその機体は、むしろ飛空艦のクレドールをそのまま小さくしたような形状である。
「す、すごい。さすがはミルファーンの……」
 ルキアンが感嘆を交えてそう言ったのも無理はない。ミルファーン王国は、飛行型アルマ・ヴィオに関してはイリシュシオーネ随一の技術水準を有するのだ。ちなみにサモン・シドーの愛機《ファノミウル》も、おそらく長期のミルファーン暮らしの間に彼が入手したものだろう。
「迎えが来た。そうそう、そのティグラーは借り物だから、ミトーニアに返しておく。なかなかよく調整されていたよ。ではルキアン、生きて再び会おう。死ぬなよ」
 背を向けて歩き出していた彼女は、振り返って片目を閉じた。
「今日の調子で、何があっても諦めるな」

◇ ◇

  ――ザックスの兄貴、すまねぇな。後のことは頼む。
 突然の念信。相棒のパリスから届いた心の声は、達観したかのように妙に澄み切った調子を帯びていた。あまりに静かな思念の波が、かえってただならぬ事態を思わせる。
 ――パリス、どうした? 応答しろ!!
 なおもレーイと戦闘中のザックスは、最悪の結果を直感的に予想せざるを得なかった。信じたくないが、パリスからの次の知らせは、その予感が的中したことを告げていた。
 ――例の白銀のアルマ・ヴィオは危険だ。高速型への変形に気をつけろ。俺はここまでのようだが、差し違えてでも、こいつを……。
 言葉の背後にあるのは、失われゆく命。長年の戦友からザックスへの返事は、それが最後だった。

 相手の動きが微かに鈍くなったことを見逃さず、レーイが鋭く斬り込む。手練れのエクター同士の戦いにおいては、刹那の隙によってさえ戦いの行方が大きく変わってしまう。カヴァリアンの手に輝く光の剣が、一振りごとにいっそう近く、レプトリアの機体に肉薄する。
 ――ちっ、ひとまず退くしかないか!?
 崩れた体勢のまま、今の攻防の流れの中でレーイの剣を受け続けていては、じきに回避しきれなくなる。ザックスは瞬時にそう判断した。驚異的な跳躍力でレプトリアが背後に飛び退く。
 ――あれほどの戦士が……いま一瞬だが、たしかに動揺した。
 レーイは敢えて深追いせず、周囲に気を配っている。この距離を一太刀で詰めて、ザックスに攻撃を浴びせるのは不可能だ。後手に回った後、かえって敵に主導権を与えることになる。カヴァリアンは悠々と光の盾を構え、敵に対して十分に優位な位置関係を築こうとしている。激戦の中でも我を忘れず、滅多なことでは熱くならないレーイらしい動きだった。
 頼みの先鋒を封じられ、一騎当千の繰士を失うことになったナッソス軍は状況を不利とみたのか、ザックス以下、いったん退却を始める。

 ――レーイ、無事か。それにしても、さっきの急襲も敵ながら見事だったが、引き際も整然としたもんだな。
 聞き慣れた声で念信が入った。クレメント兄妹の一方、兄のカインからである。
 ――ナッソス家の本隊を城門付近に到達させないよう、何とか押しとどめたよ。お前があの黒いやつを引きつけておいてくれたのと、サモンやプレアーが空から上手く援護してくれたおかげで、この大物を抱えて降下できたからな。
 銃身の長い巨大な魔法銃を担いで、後方から味方のアルマ・ヴィオが近づいてくる。その特別製のMgSドラグーンは、強固な装甲に身を包んだ陸戦型の重アルマ・ヴィオでさえ一撃で仕留めるだろう。他にも両肩に多連装のMgS、背中には口径の大きい長射程MgSが2門――普段にも増して火力を強化した《ハンティング・レクサー》だ。


3 



 ◇

 上空に浮かぶクレドールでも、歓声の渦が巻き起こっている。
「ルキアン君が! 勝った……。アルフェリオンが勝ったわ!!」
 念信装置の前に座っていたセシエルが、ルキアンからの報告を受けて思わず叫ぶ。これほど興奮気味の彼女の姿を目にするのは、仲間たちにとっても珍しいことだ。単なる勝利ではなく、見るからにか弱そうな新参者の少年が強敵を倒したという状況に、彼女も多少なりとも感激したのだろうか。
「あぁ、勝ってもらわないと困るとは思ってたけど、本当に勝っちまうなんて。すごいな。敵のアルマ・ヴィオは、あのレーイが苦戦していた相手と同じ機体だろ?」
 敵軍が城の方に撤退してゆく様子を《複眼鏡》で追いながら、ヴェンデイルが言った。
 士気の上がる艦橋で、クレヴィスだけは普段と同じく微笑している。
「ふふ……。カル、私が言った通りだったでしょう。別の主役たちがいて、脇役たちがいて、形の上では筋書きも決まっているような、そんな《舞台》に横から出てきた彼が――本来なら《端役》であるはずの目立たない一人の少年が――いつの間にか物語全体を違う方向に持っていってしまう。そういった不思議な力がルキアン君にはある。結局、今回も彼によって《因果の流れを変えるダイス》が振られたのですよ」
 クレヴィスの言葉にカルダイン艦長が黙って頷いた。相変わらず言葉は少ないが、普段よりも幾分、その表情は機嫌良さげに見える。

 ◇

 同じ頃、勝利に沸くギルドの面々には知るよしもないところで……。
 音も光もない暗闇に、不意に鬼火と共に何者かの声が浮かんだ。
「《御子》の中でも最も小さき光でしかなかった者が、まさかこれほど急激に目覚めつつあるとは。やはり恐るべきは、エインザールを継ぐ《闇の御子》よ」
 地底の割れ目から吹き上げる風の音、あるいは竜の寝息を思わせる不気味な空気音と共に、しわがれた声がする。
「この18年の間、《予め光を奪われし生》の中で生ける死人も同然であったあの者を、何がそうさせた? なるほど、それが人の《想いの力》だとでもいうのか」
 宙に揺れる青白い炎を浴びて、鈍く光るのは黄金色のマスク。それがひとつ、またひとつ、不可思議な空間の中に姿を現す。
「だが、この戦いで、闇のパラディーヴァは相当に消耗した様子。あの《封印》を越えて召喚に応えることを何度も続ければ、あやつでも無事では済むまい。おそらく次で消え去るだろう」
「いかに《御子》とはいえ、所詮、《人の子》のあがきなど……我ら《時の司(つかさ)》の前では、塵が風に舞う程度の現象にすぎぬ」
 あやかしの笑い――餓狼の遠吠え、けたたましく鳴くカラスの声、悟りきった老賢人の高笑い、そして幼子のごとき声、あるいは伝説の魔女を思わせる冷たい微笑――それらがすべて混じり合い、木枯らしや地鳴りのような音と共に、がらんどうの闇に響いては消えてゆく。こんな声を立てるものなど、この世には、あるいは、あの世にすら居ないかもしれない。


4 北洋の騎士、鏡のシェフィーア



 ◇ ◇

「シェリル様……いや、もう作戦は終了しましたから、シェフィーア様とお呼びして構いませんね。お帰りなさい」
 抑揚の無い声と共に現れたのは、透き通った微笑をたたえる長身の女だった。金属質な輝きをもつ銀髪と、不自然なほどに鮮明な青色の瞳は、どこか人間離れした冷たい雰囲気を漂わせている。
「ただいま、レイシア。いつものを頼む。いや、いつもよりベルリの実を少し多い目に入れてくれ」
 シェフィーアは質素な木製の椅子に座り、くつろいだ様子で吐息を漏らした。彼女は肩に背負った銛のような手槍を降ろし、出迎えた忠実な部下・レイシアに渡す。
「傭兵ごっこには疲れたよ。それでも今回のように《用心棒》というかたちで潜入できれば、下手に口で素性をごまかさねばならぬ場合より、相手の信頼を得るのはずっと楽なんだがな。ギルドに包囲されて猫の手も借りたいミトーニアが相手なら、なおのこと簡単だ」
 二人の居る場所、周囲には、ちょっとした応接室ほどの部屋が広がっている。アルマ・ヴィオの乗用室(ただし《操縦席=ケーラ》ではない)にしては非常に広い部類に入る。いかに飛行型重アルマ・ヴィオであろうと、これだけの内部空間を――しかも戦闘には直接関係のない、ある意味で無駄に広い空間を――有している機体など通常は見かけない。彼女たちの乗っているアルマ・ヴィオが飛空艇並みに大きいせいもある。飛空艇と同様、1体か2体程度のアルマ・ヴィオなら内部に格納することさえできるようだった。

 しばらく奥に行っていたレイシアが、湯気の立つポットを運んで戻ってくる。香りからして、野草と果実をブレンドした飲み物のようだ。
「しかし、お戯れが過ぎましたね。計画外の行動は、オーデボー団長にまた怒られますよ」
 そのように諫めつつも、レイシアは笑っていた。笑っていたといっても、目と口元のほんのわずかな変化に過ぎない、小さなものだが。
「分かっている。お望みならば、座敷牢にでも何にでも入るよ。ふふ。だが、わざわざミトーニアまで来て、遺跡見物だけで帰っては面白くないだろう。それに伯父上は、私に勝手な《戦闘》は許可しないとおっしゃったのだ。今回、私自身は誰とも剣を交えていないが?」
 シェフィーアは、だだっ子のように強引な理屈を並べている。呆れた顔でポットをテーブルに置くレイシア。
「すまないな。名にし負う《霧中の剣レイシア》に小間使いなどさせて。だがお前は何にでも有能だから困る。茶をひとつ入れるにしても、陛下のお付きの者たちより上手い」
「《霧中の剣》は貴女の剣でございます。いつでも何にでもお好きに使ってください」
 単調な声でレイシアは答えた。一見、感情のこもっていない声で二人がやりとりしているふうに聞こえるが、彼女たちの間には、言葉を越えた不思議な信頼関係があるようだ。
 野草と果実の茶が十分に引き出されるのを待ちながら、シェフィーアは呑気につぶやく。
「結局、私の気まぐれな行動は、抗戦派のボスたちにとっては降ってわいた災難だったか。たぶん今頃、共に市庁舎前を守っていた2体のティグラーは、押し寄せる市民に道を明け渡してほっとしているかもしれない。《邪魔》なお目付役の私も居なくなったことだし、心おきなく、己の良心に従ってな」
 そこまで言うと、シェフィーアはレイシアに向かって苦笑した。
「何だ、その疑わしそうな目は? ふふふ。私は別に何もけしかけてはいない。もともと、あのティグラーの繰士たちはミトーニアの市民。群衆の中には彼らの家族もいたようだ。ほどなく、例の市長秘書と神官は市庁舎開放の英雄になって、胴上げでもされるかもしれない。救出された市長らがギルドと予定通りに和睦すれば、市街戦も避けられる。あのルキアン少年の夢みたいな願いが、今回は本当に実現する、か……」
「それだけ結果を予想しながら、あの場をわざと離れて決闘の見物にお出かけでしたか。シェフィーア様も意外に意地悪ですね。それに今回の任務はあくまで情報収集。ミトーニアを内部から攪乱することや、ましてオーリウムのエクター・ギルドの手助けをすることは含まれていません。偶然の成り行きでそうなったとでも、団長には申し開きをなさるのですか。いつもの悪いくせです」
 レイシアには弱いのか、釘を刺されたシェフィーアは、子供のように笑ってごまかしている。
「だったらレイシアは、私があのまま傭兵という役柄を演じ続け、抗戦派を守って少年のアルマ・ヴィオと戦えばよかったと? 冗談だろう。いずれにせよ、ミトーニアの開城が早まることはミルファーンにとっても大いに好都合。その手柄でもって、伯父上にも、私の独断に対する責任を帳消しにしてもらいたいものだ。つまるところ、アール副市長をはじめ、抗戦派の者たちが甘すぎたのがいけない。自業自得だよ。いかに腕の立つ手駒が少ないとはいえ、得体の知れぬ私をあのような防衛の要に配置するなど、愚かしいこと」
「貴女の腕前を見せられれば、雇い主なら誰でも頼みにしたくなります。いかに《鏡のシェフィーア》の通り名は伏せていようと、手を抜いてみせても、実力は歴然ですから。もっとも、市長を裏切った抗戦派としては、ミトーニアの市民兵を身近に置くのが内心では怖かったのかもしれませんね」
 ふと、シェフィーアの脳裏に、ルキアンの姿が鮮明に浮かび上がった。
「だからこそ、ナッソス家にすがったのだろう。そこに選りすぐりの先鋒を送ってきたナッソスの読みは賢明だったが、これまた運悪く、あのルキアンという災難が降ってわいた……というわけだ」


5 珍しく正装のクレヴィス? 儀式の始まり



「そろそ飲み頃です。どうぞ」
 カップに茶が注がれる。レイシアの手は機械のように整った動きをしているが、逆に言えばロボットを連想させてしまう。振る舞いといい、容貌といい、一風変わった女性である。
「ありがとう。レイシア、お前も飲め。しかし本当に《偶然》とは怖いものだ。そうは思わないか?」
 ミルファーンの首都近辺で焼かれた貴重な白磁のカップを手に、シェフィーアは自問する。
 ――人間には抗し難いその力は、むしろ《必然》か? あの場に居合わせた私さえも、ひょっとすると《偶然という名の必然》の実現に無自覚に力を貸した、単なるコマであったのかもしれぬ。あの少年……ルキアン・ディ・シーマーには、何かそういう不思議な力を感じる。考え過ぎか? いずれにせよ、思わぬ種を蒔くことができた。

 二人を乗せたトビウオのようなアルマ・ヴィオは、精霊迷彩でその姿を隠し、遠くミルファーン王国をめざして羽ばたいてゆく。イリュシオーネの旧六王国のうち、オーリウムと最も関係の良い国、北方の王者ミルファーンに。


【続く】



 ※2007年7月~8月に鏡海庵にて初公開
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