鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

・画像生成AIのHolara、DALL-E3と合作しています。

・第58話「千古の商都とレマリアの道」(その5・完)更新! 2024/06/24

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第58)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第49話・前編


【再掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


 私には否定できない。
 このままでは世界が緩慢に滅びゆくしかないということを。
 それでも、現在(いま)という日々の営みに懸命な人々を
 世界の再生のために犠牲にすることを、私は許せない。
 結局、いずれは終わる世界と知りながら、今日この日を守りたくて
 私は戦っている――だが、何のために?

  (静謐の魔道士 ルカ・イーヴィック)

◇ 第49話 ◇


1 すべてを焼き尽くす、灼熱の息



 地の底深き鉱脈から呼び出された、幾本もの尖柱。
 出し抜けに現れた鉱石の槍に貫かれ、鋼の戦乙女イーヴァは無残に手足を投げ出し、ステリアの青白き光の加護を失った機体を地に横たえている。
 《逆同調》によって本来の魔性を取り戻し、その身に眠る力を解放されたアルフェリオン・テュラヌスの前には、第二形態のイーヴァでさえも、か弱い餌食でしかなかった。
 一瞬で豹変し、乗り手のルキアンの意思を離れて「暴走」し始めたアルフェリオンの姿を、戦場の誰もが凍り付いた眼差しで見つめている。彼らがいま直面しているのは、理屈や経験を超越した、生き物としての本能を振るわせる始原的な恐怖だ。目の前の激烈な戦いすら忘れさせるほどの絶対的な力が、敵味方を問わず、あらゆる者を支配して放さない。

 そのような状況の中で、唯一、醒めた笑いを浮かべながらアルフェリオンを注視、いや、監視し続ける者がいた。
 ――あらら、キレちゃったよ。怖いねぇ。
 人を小馬鹿にしたような、それでいて無邪気とも思える口調で、何者かが念信を発する。
 ――01(ゼロワン)、帰ろうよ。ボクらがここにいても、もう意味ないじゃん。ああなってしまえば、《鍵の器》が必ず勝つ。勝つっていうか、敵も味方もみんないなくなって、アルフェリオンだけが残る?
 念信を交わす際、経験を積んだ念信士や、魔道士の資質を持つ聞き手であれば、伝わってくる心の声から話し手の人柄や姿をいくらか把握できるという。この念信の主は、一言でいえば冷淡で高慢な少年、いや、少女かもしれない。多分、実際に本人を前にしたとしても、にわかには性別がはっきりしない外見だろう。ひとまず、彼の一人称に応じて《彼》と呼んでおく。
 《彼》は抑えた声でつぶやく。その背後には本心からの殺意が込もっていた。
 ――《鍵の器》がダメダメだから、もうちょっとでボクがカセリナ姫を殺っちゃうところだったよ。惜しかったな。……聞こえた? 冗談だよ。ねぇ、早く帰ろうってば。
 ――まだだ、02(ゼロツー)。《鍵の器》を守ることの他に、我々にはもうひとつの任務があるだろう。
 今まで黙っていた他方の者が、威厳のある口ぶりで答える。念信の感じから察するに、寡黙で大柄な中年の男のように思われる。口数は少なく、必要以外のことは一切口にしようとしない。
 ――あぁ、そうだったね。もし今の時点で《擬装》が解けた場合、深層レベルの《実行体》が《ブート》する前に破壊する。ははは、今ならボクらでもまだ何とかできそうだ。とばっちりを食うのはごめんだから、もう少し上から見張ってようよ。
 ゼロツーは機体の高度と魔法眼の倍率とを上げ、アルフェリオンに焦点を合わせる。ナッソス城の遙か上空、見たことのないアルマ・ヴィオが静止し、雲海に「立って」いる。その形態は、長い翼をもった一本角の悪魔、神殿等にしばしば置かれているガーゴイルの像を思わせる。体表は銀色のようでいて、光の当たり具合に応じて虹色に変化し、オパールさながらに様々な色合いを浮かべる。
 もう一方、ゼロワンと呼ばれる男のアルマ・ヴィオは、一見すると全身が赤い。よく見れば、紅色を基調に、所々に黒とダークブラウンが使われている。汎用型の機体にありがちな、鎧をまとった騎士の姿なのだが、日輪のごとき巨大な輪を背負っているのが印象的だった。
 二体のアルマ・ヴィオは、《精霊迷彩》で姿を消しているわけでもなく、戦場の上空に悠然と浮かんでいる。あまりにも大胆な、隠れる素振りすら感じさせない様子だ。にもかかわらず、ナッソス城周辺にいる誰も気づいていない。クレドールをはじめ、飛空艦の《複眼鏡》にさえ感知されていなかった。理由は分からない。ただ、姿を消すのではなく、見る者や各種のセンサーに存在を把握させない。そんな不可思議な結界兵器が旧世界で造られたという伝説もある。
 ――野放しの猛獣の番をするのは疲れるね、ゼロワン。獣が大きく育つには多少のエサも必要だけど、あまりに手が付けられなくなれば、処分するしかないじゃない? でも、それは嬉しくないな。《鍵の器》は貴重だからね。
 そう言いつつも、美しき悪意の子ゼロツーは、魔性に目覚めたアルフェリオン・テュラヌスが破壊の限りを尽くそうとするのを今か今かと楽しそうに眺めている。

 ――そう、みんな死んじゃえばいいよ。この世界は、いったん滅びなければ変わらないんだ、旧世界のようにね。

 ◇

 ――何をしている、カセリナお嬢様をお救いするぞ!
 ナッソス家の機装騎士の一人が、念信で付近の友軍機に伝えた。逆同調したテュラヌスの発する威圧感に飲まれて、今の今まで彼は思念を発することさえできなかったのだ。
 ――そ、そうだった。この身にかえてもお嬢様を。
 周辺にいたナッソス方のアルマ・ヴィオが、一体、また一体と動き始める。ギルドとの激戦で傷ついた体を奮い立たせ、陸戦型を中心にたちまち数十体のアルマ・ヴィオが、武器を構えてテュラヌスとイーヴァを取り囲んだ。何の策もなく、ただ、敬愛する姫君を守りたいという気持ちで、抗い難い絶望の前に歩み出た。

「不用意なことを……」
 テュラヌスに立ち向かおうとするナッソス家のアルマ・ヴィオたち。その様子をクレドールの艦橋から把握したクレヴィスは、悲しげに首を振る。
「敵とはいえ、あのような無謀な試みは見るに堪えません。いや、今のアルフェリオンを下手に刺激しては、我々すべてに危険が及ぶ」
 彼の言葉が終わらないうちに、テュラヌスは魔獣の本性を剥き出しにした。
 刹那の閃光。地表付近が白熱化し、一瞬の目映い光と衝撃波が、上空のクレドールにまで到達する。
「何てことだ! しっかりつかまってろ」
 爆風に船体が揺れる。カムレス操舵長が、鬼のような形相で舵を切った。艦橋に居る他のクルーたちは手近な座席にしがみついている。
「直撃どころか、狙われもしていないのに、これだけの影響を受けるのか?」
 剛胆であるだけでなく、派手な心の動きを表に出すまいとする生真面目なカムレスだが、今ばかりは彼の声も微妙にうわずっている。
 暴れ狂うテュラヌスの姿を最も間近にとらえられる者、《鏡手》のヴェンデイルも、思うように報告ができていない。彼の声も震えている。
「あ、あんなの……ないだろ。無理だよ。無理だって」
 そう告げるのも仕方がなかった。他の面々には見えていないだろうが、艦の《複眼鏡》を通じてヴェンデイルは克明に事実を突きつけられていた。抗う気迫さえもすべて奪い去るほどの、白銀の魔物のもつ厳然たる力を。
 荒れ狂う炎を身に宿した戦慄の戦士、アルフェリオン・テュラヌス。いま、ナッソス家のアルマ・ヴィオたちを瞬時に焼き払った一撃は、ヴェンデイルの言葉ではないが、もう人間業でどうにかなるようなものでは有り得なかった。カセリナを救うために押し寄せた数十体のアルマ・ヴィオばかりか、その遙か背後にいた機体まで、ナッソス家のものかギルドのものかを問わず、原形をとどめない金属のいびつな物体と化して地上に点在している。

「いかん、逆同調しているぞ。《氷雪の鉄騎隊》は全速で後退する!」
 黒塗りの鎧と、牡牛を模した二本角の兜を身につけた機体の一団が、アルフェリオンに起こった異変にすぐさま反応した。《盾なるソルミナ》の世界から解放され、再び戦列を形成しつつあったギルドの前衛。戦いだけでなくアルマ・ヴィオにも精通する彼らは、さすがに判断が早かった。
「《エルハインの冠》の諸君、我らも撤退だ。続け!!」
 ギルドの最前列をなしていた王のギルド連合の部隊も、速やかに退いてゆく。大型の甲冑と盾で重装備した汎用型の機体は、素速く動くことはできない。だが、恐慌や混乱に陥らず、整然と後退する様は見事だ。
「この戦い、もう俺たちの勝ちだ。盾や兜、他に直ちに外せる追加装甲があれば、ひとまずパージして逃げろ」
 少しでも身軽になってこの場から離れられるよう、重い武器や防具を放置し始める者もいた。それほどの危険が迫っているということに、繰士たちの直感が気づいているのだ。

 状況を伝えるヴェンデイル、言葉も途切れ途切れだった。
「お、俺には、よく分からないけど……その、転がっているアルマ・ヴィオは、外殻だけ、しか、残ってない。中身は、動力筋や伝達系、液流組織は、要するに肉の部分はみんな溶けてなくなったのか? しかも、外殻も破壊されている。どんな高温でも、炎の魔法弾でこんなふうになったのは見たことがない」
 静かにうなずいたあと、覚悟を感じさせる重々しい声でクレヴィスが告げる。
「あのブレスの正体は単なる火焔や閃光ではなく、一定以上の質量をもつ、実体のある何かでしょう。よく分かりませんが、以前、旧世界の兵器を調べていたときに読んだことがあります。極めて重く融点の高い何らかの粒子に、超高温を加え、さらに圧縮し、加速して解放する」
 地上を見すえるクレヴィスの眼鏡が、鈍く光った。

 凶暴化したテュラヌスが第二のブレスを放つまで、時間はかからなかった。進むことも引くこともできないナッソス家の機体を、狂える竜の灼熱の息が襲う。立ち上がったテュラヌスは、輝く炎のごとき何かを吐き続けながら、右から左へと悠々と首を振った。逃げようが、とどまろうが、結果は同じだった。アルマ・ヴィオの屍がたちまち山となって視界を埋め尽くす。
 爆煙と、燃え盛る炎の海の中、テュラヌスの影が不気味に浮かび上がる。無数の棘を帯びた外殻、引き裂く鉤爪、刃物状の突起をいくつも生やした異形の巨人。
 その姿を呆然と見つめるナッソス公爵。彼は机に両手を叩き付け、顔をうずめた。
「何ということだ……。カセリナを、この城を」
 公爵はしばらく身動きひとつしなかった。そして喉の奥から絞り出す声で、最後の希望を口にする。
「レムロス、後はそなただけが頼りだ」


2 時の司は語る、人の子と闇の力…



 ◇

 暗闇の中に突如として浮かび上がった鬼火。底知れぬ暗黒の世界に揺れる炎は、ひとつ、ふたつと増え、その数が四つになったとき、空間から這い出すように同じく四体の影が現れた。赤々と燃える炎に照らされ、金属質の光沢をもつ黄金色の何かが輝く。赤紫色の布のような物が宙を舞う。
 いつの間にか、4体の異形の者が立っていた。彼らは皆、頭巾の付いた赤紫色の長衣をまとい、頭頂からつま先まですっぽりと覆い隠している。ゆらゆらと宙に漂う衣。その動きを見ていると、中身は空っぽではないかという想像すら働いてしまう。
 ただひとつ長衣から露出している部分は、彼らの《顔》だ。だが、その顔の様子こそが最も不気味なのであった。
 道化師のごとき、目を細めて笑う翁のマスク――《老人》の黄金仮面。
 のっぺりした顔に、丸く小さな目と長いくちばしをもつマスク――《鳥》の黄金仮面。
 見る角度によって若い女性にも老婆にも思われ、突き出した顎をもつマスク――《魔女》の黄金仮面。
 そして、落ちくぼんで穿たれた両目の他には、何の造作もないマスク――《兜》の黄金仮面。
 仮面に隠れた彼らの視線の先に、《逆同調》して破壊の限りを尽くすアルフェリオン・テュラヌスの姿が幻灯のごとく浮かび上がる。白銀色の魔獣の戦士は、目に付くものすべてを、輝く灼熱の息で灰燼に帰してゆく。業火の燃え盛る地獄絵図のような状況を見つめ、《老人》の黄金仮面がつぶやいた。
「これが闇の御子の内に秘められた力の本質。すべてを無に還そうとする衝動だ。自然界の四大(*1)とも異質で、天なる《光》の力とも異質な、忌まわしき力」
 抑揚のない機械的な口調ながらも、全体としては一定の節回しのある声。それはどこか呪文を連想させる。その声質は、四体の中でも最も異様だ。死霊の歌声、そう表現するのが似つかわしい。
「人の子らは、《すべてを支配する因果律の自己展開》によって導かれ、かの《絶対的機能》の栄光を彼らのあるべき進化によって体現し、高らかに賛美する存在となるはずであった。だが善き子らが《愚かな人間ども》へと堕落したのは、彼らの《仕様》に本来は含まれていなかったあの力のため、すなわち《闇》のためなのだ」
 荒れ野の藪が夜風に揺れる音、あるいは嵐に木々の枝がしなる音のように、《魔女》の黄金仮面の声が応じた。
「闇の力、それは、人の子らの霊子のレベルにまで刻み込まれ、受け継がれ、肥大化してゆく負の叫び。失敗し続けた過去の無数の世界において、次第に蓄積されていった影、あるべき魂を侵蝕してゆく《染み》。我ら《時の司》が幾度となく世界を《再起動(リセット)》しても、大いなる計画通りに人の子らの進化が行われることがなかったのは、《闇》の力によるところが大きい」
 吹き抜ける北風のごとく、乾いた残酷さをもって、《魔女》の黄金仮面は付け加える。
「歴史を繰り返せば繰り返すほど、《闇》は人の子らの魂に沈殿し続け、修正し難いほどに彼らを支配してしまっている」

 《人の子らはもはや救い難い。始原の時から計画をやり直すべきだ》

 一瞬の静寂を破り、甲高く嘲笑する声が応じた。
「救いが無いどころか、人の子に巣くう《闇》の力は、この世界という《揺りかご》そのものを無に帰そうとしている。蓄積された闇の力は、大いなる計画に対してすら影響を及ぼし始めているのだ」
 黄金仮面たちの無表情な口調の中で、唯一、表情らしきものを過剰なまでに伴っているのが、《鳥》の仮面のそれだった。聞く者の気持ちを逆なでするような、けたたましく、挑戦的で、他人を愚弄するかのごとき響き。
「我らにとっては塵に等しい人間どもが、大いなる計画に逆らって、自らの意志で世界を変えようと試みた。それを半ば成し遂げかけていたエインザールのような存在が、人の子らの中から現れたのだ。このことがすべてを物語っている」
 《老人》の黄金仮面が頷き、漆黒の空間に浮かんだアルフェリオンの姿を指さす。
「そして見よ、エインザールを継ぐ、今の御子の姿を。やはり早いうちに芽を摘んでおかねば、大いなる計画に対して再び災いをなすことにもなりかねまい。忌々しいエインザールのパラディーヴァは、たしかに死んだ。だが、それと引き替えに闇の御子の《紋章回路》が起動するとは誤算であった」
「誤算であった……。それは誤算であった」
 他の黄金仮面が《老人》の仮面の言葉を反芻する。
 大地の底から轟くような、地鳴りを思わせる声で応じたのは、《兜》の黄金仮面だった。
「ならば、我らも《執行者》を目覚めさせるか?」
 しばしの沈黙の後、その言葉を《老人》の黄金仮面が打ち消した。
「否。現段階では《執行者》投入の条件は満たされていないと、我は解釈した」
 《鳥》および《魔女》の黄金仮面が復唱する。
「条件は満たされていない。満たされていない。法の定めは絶対である」
「了解した。だが放置はできまい?」
 《兜》の黄金仮面が問いかけた。
「我らの導きの糸によって、人の子らの争いがじきに動く。その結果、条件は近い将来に満たされるであろう」
 《老人》の黄金仮面がそうささやくと、すべての仮面たちはそれに同意してどこへともなく消え去った。

 ◆ ◇

 周囲の敵を――いや、敵か味方かなどに関わりなく、攻撃の届く相手すべてを――アルフェリオン・テュラヌスの灼熱のブレスが幾度も焼き尽くした。もはや邪魔をする者がいなくなったためか、それとも単に破壊する対象が手近に無くなったためか、テュラヌスは再びイーヴァに牙を剥く。
 身動きひとつせず大地に横たわったイーヴァに対し、テュラヌスは腕を振り上げる。戦いの間に成長を繰り返した鉤爪は、分厚さと鋭さをいっそう増している。実体を持つ鉤爪の上をさらに光が覆い、イーヴァに死を宣告するためのMTクローが展開された。もちろん、それはルキアンの意思によるものではない。《逆同調》し、解き放たれてしまったテュラヌス自身の欲することだ。
 イーヴァの乗り手のカセリナも意識を失っている。もはや激痛すらも、彼女の目を覚まさせることはなかった。いずれの繰士も意識のないまま、糸の切れた人形のテュラヌスが、動かなくなった人形のイーヴァを襲う状況は異様である。
 天を貫くようにひときわ大きく吠えると、テュラヌスは腕を振り下ろし、イーヴァの首を断ち切ろうとした。そのとき……。

 鋼と鋼が激しくぶつかり合う、耳を引き裂くような轟音と、空気をざわめかせ大地までも刺し通す凄まじい振動とが、突然に生じた。
 一瞬、テュラヌスの右手が宙に舞う。そして地響きと共に地に落ちた。
 輝くMTの刃を周囲に広げた円盤状の巨大な鋼の塊が、ブーメランを思わせる軌道を描きつつ、空を背後へと戻ってゆく。それを別のアルマ・ヴィオの手が巧みに受け止めた。
 ――もう戦えない相手に、しかも傷ついた貴婦人に手を挙げるってのは、よくないぜ。いや、そんな話はもう聞こえないのか、ギルドの銀天使。
 心の中でそうつぶやいたのは、ナッソス四人衆の一人、若き戦士ムートだった。
 攻防両用の分厚い丸盾を左手にかざし、これまた化け物じみた大きさの曲刀を右手に構え、ムートの操る《ギャラハルド》がこちらに進んでくる。
 だが、黒と赤の重戦士・ギャラハルドの放つ圧倒的なオーラを気にもとめない様子で、テュラヌスは切断された右腕を地面に向けた。右腕の切断面から銀色の液体が、いや、液状化した金属が流れ落ちる。それは生き物も同然に地を這い、地面に転がっている右手のところまで到達した。テュラヌスの右腕と、ギャラハルドに断ち切られた右手とを、銀色の流れがつなぐ。
 ――何だよ、それ。
 目の前で繰り広げられた光景に、ムートは息を呑む。
 銀色の液体金属は瞬時に状態を変化させ、弾力のあるムチのようにしなる。長大な鉤爪のために重量も半端ではないテュラヌスの右手は、いとも簡単に吊り上げられ、もともと付いていた場所まで引き戻された。
 ――嘘だろ……。
 ムートがそういっている間にも、テュラヌスの右手は元通りに腕とつながった。
 その様子を映したギャラハルドの魔法眼に、ほぼ同時にテュラヌスの姿が大写しになる。気づいたときには、丸盾の中心から四方八方へと亀裂が走ったかと思うと、あっけなく盾はひび割れ、いくつもの鉄塊となって地面に落ちた。テュラヌスの突きを真正面から受け、頑強な甲冑に身を包んだギャラハルドさえ背後に吹き飛ばされる。
 ――危ねぇ。見た目によらず、あの速さか。しかも、ギャラハルドの盾を一撃で破壊するとは、いったいどんだけのパワーなんだよ。
 最後まで手に残った盾の破片を投げ捨て、ギャラハルドは両手で曲刀を構える。
 ――今のは命拾いしたが、次はかわせるかどうか。せめてカセリナお嬢様だけでも。
 敵との絶望的な実力差を読み取ったムート。勝てる可能性など有り得ない、次の瞬間にも死が訪れるかもしれない状況であるにもかかわらず、彼の中に流れる《古き戦の民》の血は最善の手を考え、なおも冷静に計算を働かせる。

 ――死ぬのは怖くない。俺が怖いのは、無駄死にすることだ。


【注】

(*1) 自然界を霊的に構成する四大元素、火、水、風、土のことを指す。


【続く】



 ※2011年2月~10月に、本ブログにて初公開。
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