鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

・画像生成AIのHolara、DALL-E3と合作しています。

・第58話「千古の商都とレマリアの道」(その5・完)更新! 2024/06/24

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第58)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第25話・前編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


  憎しみや怒りに惑わされることなく、
  内なる闇と永遠の静寂の果てに、
  冷徹な心の目を開いて時代(とき)を見よ。

◇ 第25話 ◇


1 爪痕



 多数のティグラーの残骸が、暗がりの中で燻り続けている。
 その光景を見下ろすように悠然と立つアルフェリオン。
 機体のハッチが開き、シャノンの手を引いてルキアンが降りてきた。
 春とはいえまだ冷たい夜風が、2人に向けて無慈悲に吹きつける。
 たったいま戦場となり、荒れ果てた農園が満月の光に照らし出されていた。
 幸せに満ちていたあの家も崩れ落ち、黒く焼け焦げている。
 シャノンは無言で震えたままだった。
 否、アルフェリオンの凄まじい戦いを目の当たりにしたことにより、彼女は新たな恐怖感に追い打ちされているようにもみえる。
 何とかして励ましてやりたいと思ったルキアンだが、今の時点では自分に何もできないことを認めざるを得なかった。
 呆然と、無感情に、自らの涙を流れるままに任せているシャノン。
 その表情を目にしていると、ルキアンは不意にメルカのことを思い出した。あの打ちひしがれたメルカの様子が、脳裏によみがえる。虚ろな目をしたあどけない少女の姿が、今のシャノンと重なって見えた。
 ――いつもそうだ。僕は何もしてあげられない。誰かの心を動かす言葉も持っていない。誰かの気持ちを和らげるような暖かな腕のぬくもりも、僕にはないらしい。ごめん、シャノン、僕がこんな人間で……。でもそれが僕だから。
 自責の念に打ちひしがれつつも、他方でルキアンは、どうしようもなく投げやりな気分になった。自分自身にすら不可解な感情。
「トビーを探さなくちゃ!」
 彼は何かを取り繕うように、わざと大きな声で口にする。
 トビーを巻き込む危険を事実上忘れ、アルフェリオンをここで暴れ狂わせてしまったことに、ルキアンは今さらのように苛まれ始めた。
 ――僕は本当に勝手で、呑気で、鈍感な人間だ。もしトビーを踏みつぶしてしまっていたら、何と言ってシャノンに詫びれば……。
 この期に及んで言い訳がましいのは承知の上だった。祈るような気持ちで、ルキアンは周囲に視線を走らせる。
 どこを見ても、徹底的に叩きつぶされたアルマ・ヴィオの装甲や、生体兵器特有の生々しい体内器官の残骸ばかり。それらが焼けた異臭もひどい。
 だが、よく目を凝らしてみると、崩壊した家の脇に何かが横たわっている。
 ゴツゴツした金属片とは違う。人間の影だ。
「トビー!!」
 少年の体を抱き起こしたルキアンは、一瞬、思わぬ感覚にその身を震わせた。布地の手触りではなく、肌と肌とが接する感触が伝わる。
 言葉を失うほど酷い有り様だった。ならず者たちは面白半分にトビーの服をはぎ取り、何ひとつ守ってくれるもののない彼の身体に、よってたかって暴力を加えたのだ。
 それでも生きてくれていて本当によかった。幼い少年の体温が伝わってくる。
 ルキアンは複雑な気持ちで胸をなで下ろす。
 気が付くと――ルキアンの右手に生暖かいものが、べっとりとこびり付いていた。懐から新しいチーフを取り出し、ルキアンは少年の額を拭う。
 トビーの顔。黒く見えるのは血だ。血塗れだった。
「酷すぎる。どうしてこんなことを……」
 あまりの悲惨さに、ルキアンはただうつむくしかない。
 無垢な少年は、生きているのが不思議なほどの暴力を受けていたのである。
 むき出しにされた背中には、鞭や棒で打たれた傷痕が数え切れないほど残されている。
 顔も痣だらけで、半開きで血を流す唇。歯も何本か折れていた。
 何度持ち上げても力なく垂れ下がる腕には、ならず者たちに煙草を押しつけられた跡がある。
 さらに悲惨な仕打ちの爪痕も見つかるかもしれないが――これ以上のことを知るのが恐ろしくて、ルキアンは目をそらしてしまう。


2 ギルドの船



 今のところ生きているとはいえ、トビーは虫の息だ。
 素人のルキアンには全く容態が分からない。もしかしたらトビーがこのまま息絶えてしまうのではないかと、ルキアンは危惧する。
 ――多分、骨も折れているだろう。内蔵は大丈夫だろうか。血が出すぎて死んでしまうかもしれない……。どうしよう。どうしよう。
 動転しかけたルキアンだったが、そのときシャリオの顔が頭に浮かんだ。
 ――そうだ。シャリオさんに診てもらえば……。あの人は大神官だから、いざとなれば瀕死の人間を蘇生させる魔法も使えるかもしれない。トビーが生きている限り、シャリオさんなら何とかしてくれる!
 闇の中に灯る光のごとき、何ものにも代え難い希望。
 しかしシャリオにトビーの治療を頼むとすれば、新たな困難がルキアンに降りかかる結果となる。取りも直さず、それは――シャノンやトビーを、彼らの憎むべき敵であるギルドの船に乗せることを意味するのだ。そしてルキアンが自分たちの大切なものを奪う敵であるということも、彼らに公然と明らかになってしまうのだから。
 今までわざと隠していたわけではない。だがその事実が露呈することは、ルキアンにとってシャノンたちを裏切ることのように思えた。
 ――だけど、このままではトビーが……。
 ルキアンの腕の中で、少年の命の炎は次第に尽き果てていく。
 迷っている暇はない。
 ――僕がギルドの船に乗っていることは事実なんだ。理由はどうあれ、ギルドがナッソス家と戦っていることも、紛れもない現実なんだ。そして何よりも、今こうして、可哀想な1人の男の子が死んでしまうかもしれない……それは本当に起こっていることなんだから!
 ルキアンは覚悟を決めて、トビーを抱えたまま歩き出した。
 少女のように華奢なルキアンの体は、頼りなくふらついている。それでもルキアンは懸命に両手で支える。
「トビー……」
 あれ以来、初めてシャノンが口を開いた。聞き取り難いほど細い声で。
「大丈夫、生きている。だけどこの傷では……。シャノン、突然ごめん――あの、こんな酷い傷でも治してくれそうなお医者さんを知っているんだ。その人に診てもらえば、きっと……」
 猜疑の眼差し。シャノンはルキアンに頷かなかった。
 まだショックから到底抜け出すことができず、彼女には何もかも不審に思えるのかもしれない。今のシャノンには、目に映るもの全てが恐ろしいのだ。
「心配ない。本当だよ。そのお医者さんはとても優しい女の人で、おまけに偉い神官なんだから。僕もよく知っている。信じて! お願い、僕を信じて」
 《信じて》と言う自分が、実はもっと大きな裏切りを隠し持っていることに、ルキアンの胸は張り裂けそうになった。
 それからしばらく、ルキアンはシャノンを怯えさせないよう細心の注意を払いつつ、クレドールまでトビーと一緒に来てほしいと懇願した。
 ただし場所が《ギルドの船》であるとは、どうしても言えなかったが。


3 無性に懐かしく感じられた声…



 シャノンたちをアルフェリオンの乗用室に乗せたあと、ルキアンは重苦しい心持ちで《ケーラ》の扉を開く。
 一刻を争う時であるにもかかわらず、ルキアンの動作はためらいがちだった。ケーラの底に敷かれた赤いクッションに、彼は悲壮な顔で横になる。
「結局、これで何度目だろう。このアルマ・ヴィオに乗るのは……」
 ルキアンは生身の《口》でその声を発した後、アルフェリオンの機体へと意識を乗り移らせた。
 そう言えば、何処へ去ってしまったのか、リューヌの声はもう聞こえない。
 呼べばいつでも現れる――そう告げた彼女。しかし今、敢えて呼び出してみる気にはなれなかった。
 ――念信、クレドールに届くだろうか? とりあえず呼びかけてみよう。
 昼間の戦いの最中、アルフェリオンがどこに墜落したのかは定かでない。現在、クレドールが何処に移動しているのかも不明だ。いや、クレドールがあの戦いで沈み、もはやこの世に存在しない可能性も(少なくともその後の経過を知らないルキアンにとっては)あり得る。
 電波による通信に比べ、念信の届く範囲は非常に限られている。遠距離から連絡を行う場合は、いくつもの受信地点を介してリレーのように中継しなければならない。
 ――ミトーニア付近にいるのなら、なんとか連絡できるはずなんだけど。
 ルキアンは、クレドールの白い船体を心細げに思い浮かべた。
 ――やっぱり無理なのかな。もしかして……。
 何かというと最悪の状況を連想してしまう自分に、彼は辟易する。
 だがそのとき、心の中に言葉が湧いて出た。
 ――こちらクレドール。そちらの所属と名前は?
 自らが還るべき船の名前を耳にして、ルキアンはひとまず安堵した。だが落ち着いて考えてみると、念信に出たのは全く聞き慣れぬ声である。
 セシエルのそれではない――初対面のときには冷たい事務的な口調に聞こえるのだが、それも慣れるとかえって彼女らしいと微笑ましく思えるような、あのセシエルの声音ではない。
 ――こちら、アルフェリオン・ノヴィーアのルキアンです。えっと、ギルドの正式なメンバーではありませんが。その、セシエルさんは……?
 相手は若い男らしい。今の状況が状況だけに、彼の声も険しい印象だった。だがルキアンの名を聞いた途端、堅苦しい口振りが不意に柔らかくなる。
 ――ルキアン君? 君が、あの噂のルキアン君かい?
 ルキアン自身が返事をする間もなく、相手の男は続けた。
 ――《実物》、いや、失礼……《本人》と話ができるなんて嬉しいぜ! セシエルはいま、明日の戦いに備えて仮眠中だ。今晩は俺が代わりに念信を担当している。よろしくな。
 男はブリッジクルーの1人だったようだ。何某とかいう名前を告げられたが、早口でよく聞こえなかった。
 しばらく沈黙があった後、別の人間が――ルキアンのよく知っている声が応対に出た。
 ――ルキアン君、無事で良かったです。いや、あなたなら大丈夫だと信じていた、という方が適切でしょうか。すぐに救援を差し向けることができず、申し訳ありませんでしたね。
 ――クレヴィスさん! はい、大丈夫です。いま僕はミトーニア郊外の……座標は、えっと……。
 クレヴィスの声が無性に懐かしく思えた。ルキアンは少し涙ぐんでしまう。
 ――我々の艦隊は、ミトーニア市より少し南の上空にいます。そのまま接近して来てくれれば、改めて誘導しますよ。まぁアルフェリオンは良く目立ちますから、こちらの《複眼鏡》からもすぐ視認できることでしょう。
 ――ありがとうございます。急ぎます! それで、あの……。
 ルキアンは躊躇したが、シャノンとトビーのことをクレヴィスに伝えた。


4 もう「仕方がない」とは言わない



 ◇

 ルキアンは、仲間たちの待つミトーニア近郊へと早速向かうことにした。アルフェリオンのステリア系器官を起動すれば、ものの数分で到着できるだろう。
 そう、ステリアの力を使ったならば……。ルキアンは不意に考え込む。
 ――感じる。こうしていると、ステリアの力を感じる。闇の向こうで煮えたぎっているのが分かる。まるでステリアが待っているみたいだ。僕が憎しみに駆り立てられ、地獄の蓋を開けてしまうのを。そうなったら一気に溢れ出て、全てを飲み込もうと待ちかまえている。
 何気なく、それでいて重大な試みが彼の頭にひらめいた。
 偶然の思いつきのようであっても、それは、ある意味で必然の成り行きだったのかもしれないが。
 ――今までは僕が激しく感情を爆発させたとき、ステリアの力が発動した。コルダーユでも、パラミシオンでも、そしてさっきの戦いでも。だけど怒りに心を奪われちゃだめだ。
 気持ちを静めようと、何度も念じるルキアン。
 ――冷静に、冷静になるんだ。
 瞑想。カルバのもとで魔法の修行をしていた場面を思い出し、精神統一する。
 ――そうだ。いい感じ。もしかして、この自然体の心のままでも、ステリアの力を起動することができるんじゃないだろうか?

 紅蓮の甲冑をまといし巨人。輝く炎の翼を背負った死の天使。あの真っ赤なアルマ・ヴィオの獰猛な影が、脳裏によぎった。
 怒りと憎しみの象徴。おそらくそれはステリアの力の化身?

 ――いけない。ステリアの力に心を奪われれば、いつか僕もアルフェリオンも、あの《赤い巨人》のようになってしまうかもしれない。この世界に災いをもたらし、破滅に導く者に変わってしまうかもしれない。旧世界を滅ぼしたステリアの呪いに、僕らはもう魅入られてはダメなんだ。
 ルキアンは、精神の淵の奥底に怒りを封じようとする。
 けれどもそれは限りなく困難な業だった。
 ――闇を恐れるのでもなく、闇に身を委ねるのでもなく、暗黒と静寂の中へと冷静に自分を投げ入れ、僕の心の闇を飼い慣らすんだ。ひとつになるんだ。静かに、もっと静かに……。

 すると、アルフェリオンの機体がうっすらと光を帯び始めた。
 月光を浴びてきらめく銀色の鎧。
 その凍てついた輝きだけではなく、機体自体が淡い黄金色の光を放っている。

 ――その調子。もしかして、上手くいく? 落ち着け。焦っちゃ駄目だ。心の中を無に。憎しみを忘れ、だけど決意を胸に刻み……。

 ステリアの膨大な魔力が白銀色の装甲に満ちる。
 あまりに強い魔法力は、暗闇の中で火花を散らしそうなほどに高まっていく。

 ――今まで僕は、この世界が自分の理想とあまりに食い違っているために、現実をありのままに見つめることから逃げてきた。そして、ついに目を背けることができなくなったとき、僕はやり場のない怒りに身を委ねることによって、恐怖や困惑を押さえ付けようとした。だけど、それではダメなんだ。どんなに《あってはならないはず》のことであろうとも、目の前で実際に起こっている出来事ならば、それを現実として見据えていかなければ。

 ルキアンは自分に言い聞かせる。意外に気持ちは激昂しなかった。
 むしろ心地よい高揚感のようなものはあっても……。

 ――でも《現実を直視すること》と《現実を肯定すること》は、似ているようで全く違う。僕はもう、《仕方がない》なんて言って何もせずに逃げたりはしない。この現実が《それが現実だから》ということ自体で、それだけで正当化されるのなら、僕はおかしいと思う。だから……どんなに絶望的でも、どんなに怖くても、泣きながらでもぶつかってみせる!

 今までにステリア系が起動した時とは、機体の様子が明らかに異なる。
 どこまでも静かなのだ。
 強大な力を全身に漲らせ、恐ろしいほどの霊気の波をまといながらも、さながら静まり返った夜の海のように、神々しく穏やかそのものである。

 ――なぜなら僕にもクレヴィスさんの言うことが、ほんの少し分かったような気がするから。いつか……穏やかでありたいと望む人みんなが、ずっと優しく微笑んでいられるようになったら、どんなに素敵だろう。せめて、そんな小さな安らぎだけは誰にも奪われないような……そういう心ある時代が来てほしいと思うから。ただの夢でも、永久に絵空事でも構わない。結果なんて関係ない。その理想のために自分も何かすることができたという、一瞬一瞬の、単純な事実の積み重ねが僕には大切なんだ。だって僕自身、永遠じゃないんだから。そう、僕が戦うのは……。

 悠々と夜空に向かい、羽ばたき始める6枚の翼。
 最後に兜のバイザーが下に降り、アルフェリオンの顔を覆い隠す。

 ――優しい人が優しいままでいられる世界のためなんだ!!

 ルキアンの決意と共に、銀の天使の目に光が灯る。
 青白く……。
 憎悪に燃えるあの赤い眼光ではなく、それは透き通った青い輝きだった。


【続く】



 ※2001年11月月に鏡海庵にて初公開
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