鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第45話・前編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


 昔々、聖なる杯を護る不思議な城がありました。
 杯を奪おうとして城に近づく者は、門をくぐった後、
 いつまでたっても中に入ることができませんでした。

 城には恐ろしい魔法がかけられていたからです。
 そう、「心の檻」に閉じ込められた者たちは、
 二度と戻ってくることはなかったのです。

          (イリュシオーネの伝説より)

◇ 第45話 ◇


1 ナッソスの重戦士、攻守一体の盾!



 ナッソス城のある丘にそびえ立つ黒い石柱めがけ、ラピオ・アヴィスがなおも急降下してゆく。雲間を突き抜け、羽ばたく赤い翼。最初は、地上に投げ落とされる矢のように真っ逆さまに迫っていたが、地上へ近づくにつれてメイは速度を調整していた。自らの腕と同様に、彼女はラピオ・アヴィスの両翼を自由自在に動かす。機体や翼の角度を刻々と変化させ、風をとらえ、細心の注意を払って空気の抵抗を操るのだった。
 ラピオ・アヴィスの上にかがみ、じっと地上を睨むアトレイオス。深紅のラピオ・アヴィスとは対照的に、アトレイオスの機体のすべては青系統の色で統一されている。頭頂部から後頭部にかけてのトサカ状の飾り以外にこれといった装飾の無い、簡素な兜は、鮮やかな瑠璃色だ。その兜の下で輝く目が、単機で待ち構える敵のアルマ・ヴィオ、ムートの《ギャラハルド》の動きを計っている。
 ――急いで降ろせ! あの生意気な小僧をお仕置きしてやる。
 喧嘩っ早いバーンが念信でメイに伝えた。だが、メイは《操縦》に全神経を集中しているのだろうか、まともに取り合わず、短い怒声で応答しただけだった。
 いや、メイには考えがあったのだ。彼女は不意に慎重な声になり、バーンに告げる。
 ――アンタね、変だと思わない?
 ――何が。
 ――なんで敵方は撃ってこないのさ。あいつの機体も、黙って見てるだけ。MgSを装備していないとか、まさかね。
 その間にも、二人の眼下の大地は見る見る近づいてきた。バーンが催促する。
 ――はぁ? お前こそ余計なことを考えてる場合か。早く俺を降ろせ、早く《柱》を撃て。
 メイの言う通り、地上や城からの砲火はなかった。たしかに、構造上、連射のできないMgS(マギオ・スクロープ)では、飛行型アルマ・ヴィオのような俊敏な相手を撃ち落とすことは困難である。実際、この世界の《対空砲》というのは、主に《足の遅い大きな的》である《飛空艦》を攻撃するための兵器だと考えられている(*1)。しかし、それにしても形ばかりの攻撃さえ無いのは奇妙だった。
 特に、地上で待ち受ける強敵、《ギャラハルド》が撃ってこないのは不可解である。先ほどまでは、上空から見るとオモチャの兵隊のように小さかったギャラハルドの姿が、一瞬ごとに大きく変わっていく。だが、黒っぽいギャラハルドの機体は、右手に曲刀を持って肩に担ぎ、左手に巨大な丸盾を構えたまま、悠然と上空を見上げている。
 ――そうね。裏があるかも知れないけど、ここは攻めるのみよ!
 メイの思念に同調して、ラピオ・ヴィスのMgSが石柱に狙いを定めた瞬間。

 ――えっ?

 ほとんど同時に彼女は機体を旋回させた。何らかの強烈な衝撃を受け、ラピオ・アヴィスは姿勢を大きく崩され、落下しかけた。必死に立て直し、上昇するメイ。
 ――まだだ、戻ってくるぞ!
 バーンが叫ぶ。アトレイオスはすでにMTシールドを展開しており、輝く光の幕のようなものが機体の碗部に盾状に広がっている。
 ――了解!
 機体の姿勢をほぼ九十度傾けたラピオ・アヴィス。間一髪、今までラピオ・アヴィスの翼のあった位置を、黒い物体が凄まじい速さで通り抜けていった。
 メイの巧みな動きに感じ入るように、ムートがつぶやく。
 ――へぇ、やるじゃないか。さすがはギルドの飛空艦のエクター。
 そう言いつつ、彼はギャラハルドの左腕を動かした。上空から何かが落下してくる。いや、地上に向かって急速に戻ってくる。よく見ると、その黒い塊とギャラハルドの間を、《光の鎖》が結んでいた。光の鎖・MTチェーンによって、ギャラハルドは落ちてくる何かを巧みに振り回し、操っているらしい。
 ギャラハルドの頭上で何回か円を描いた後に、鋼の物体が地上にめり込み、地震のごとき揺れが起こった。
 それを見ていたメイが声を上げる。
 ――た、盾?
 ――言ったはずだ。前の戦いのときとは違い、今回は俺の足場がしっかりしていると。
 ムートの念信の声が妙に無邪気に感じられる。そう、ギャラハルドは、あの巨大で分厚い丸盾を投げたのだ。しかも鎖鎌のように、盾をMTチェーンで自在に操ることができるらしい。
 危険を何とか避けた今になって、メイは真実を理解し、思わず戦慄した。
 ――あんな鉄の塊みたいなのをくらったら、華奢な飛行型なんて一撃で終わり。
 ――あぁ、一撃目はMTシールドで何とか受け止めたが、凄い衝撃だったぜ。下手すりゃ落っこちるかと思った。
 そう答えたバーンを挑発しようというのか、ムートが念信を送ってきた。
 ――正直、油断していたようだな。それでも避けたのは立派だ。普通なら、シールドで受け止めたところで、機体は吹っ飛ばされて落ちてくる。上手く受け流したか。

 そのとき閃光と共に、ラピオ・アヴィスのMgSが出し抜けに発射された。
 前触れらしい前触れもほとんどなく。
 ――ふん、油断はアンタの方さ。お喋りな戦士君。
 前方の黒い石柱のところで爆煙が立ちのぼる。強力な爆発力を持った火系の魔法弾が、柱を直撃したのだ。
 瞬時の動きで柱を正確に射止めたメイに、さすがのバーンも目を見張る。
 ――やるじゃネェか。いつ撃ったんだよ?って感じだったぜ。
 ――たとえ陸戦型の重アルマ・ヴィオでも、これだけ真正面から当たれば無事じゃいられないよ。まして、あんな柱、簡単なもんさ。
 誇らしげに言う彼女に対し、ムートは不敵に微笑するだけだった。

 石柱を包む煙は、たちまち風に散っていく。そこで彼らが目にしたものは……。
 その状況を言葉にしようにも、すぐには声にならず、メイが息を飲み込んだ。
 ――そんな。傷ひとつ、付いて、ない?
 ガラス状の黒い光沢を浮かべた石柱は、何事もなかったように天を突いて立っている。
 動揺したメイたちを狙い、ギャラハルドが再び丸盾を投げる。しかも投げられると同時に、盾の縁に沿ってMTの刃まで展開していた。
 ――同じ手を何度もくらうか!
 今度は余裕を持って回避したメイ。
 地上では、ブーメランさながらに戻ってきた盾を、ギャラハルドが受け止めた。しかも片手だけで。
 ――あの石柱には一切の魔法攻撃は通用しない。生半可なMTの刃も通りはしない。もし破壊できるとすれば、あんたの相棒の持ってるような大型の攻城刀を、何度も全力で打ち付けるしかないだろう。
 そこまで言った後、ムートの口ぶりが真剣なものに変わる。
 ――だがそんなことは、俺を倒さない限りは絶対に無理。分かっただろ、降りてきて戦え、青い騎士。
 ――おぅ、だから売られた喧嘩は買ってやるって、さっきから言ってんだろ。メイ、ここはやはり俺の出番だ。
 バーンの言葉に肯いたメイ。アトレイオスを降ろすために、ラピオ・アヴィスが地上に近づく。もちろん、ここで下手に邪魔をしてくるようなムートではなかった。息の合った動きでアトレイオスが地上に降り、ラピオ・アヴィスは再び上空に舞い上がった。
 赤茶けた砂利の目立つ地表。《蒼き騎士》アトレイオスと、ギャラハルドが対峙する。いずれも分厚い甲冑をまとった重装汎用型アルマ・ヴィオ、手にしている武器は互いに巨大な鋼の塊だ。力で相手をねじ伏せるタイプの機体。中に乗っている者も含め、奇遇にも、似たもの同士だ。
 機体の全高よりも長大な剣、攻城刀の柄を両手で握り、刀身を肩に担いだアトレイオス。攻城刀は、ほぼ真っ直ぐで片刃。刃のある側の刀身を、MTの光の刃がさらに覆う。
 対するギャラハルドは、右手に曲刀、左手に攻防両用の丸盾を構え、まるで大地から生えてきたかのように、揺るぎない体勢で構えている。
 バーンもいつになく真剣だった。不用意に突進せず、機をうかがっている。
 ――隙がねぇな。さすがはナッソス四人衆ってとこか。
 二体のアルマ・ヴィオをメイが上空から見つめる。
 ――腕力馬鹿が二人……。どちらの武器も小回りは利かない。当たれば必殺でも、外れれば、そう簡単には次の攻撃に移れない。

 睨み合いが続く中、バーンは次第に焦り始める。
 ――間合いを詰めねぇと、あの厄介な盾が飛んでくる。いったんあれを振り回されたら厳しいな。だがよ、盾をかわして無理な体勢で近づけば、今度はあの馬鹿でかい剣を避けられなくなっちまう。どうする?


【注】

(*1) MgSは魔法を《発射》する呪文砲であり、魔法弾を放つためには、呪文を唱えて魔法を使う場合と同様に一定の時間が必要となる。ただし、魔法弾をMgSに装填すると同時に、呪文の詠唱に相当する《抽出》という作業も予め行っておけば、一発目の弾を即座に発射できる状態にしておくことは可能である。しかし二発目の弾を撃つためには、結局、再び弾を込めて《抽出》の時間を取らなければならない。先込め式の火縄銃などと同様、MgSは連射できない兵器なのである。MgSの構造上のこのような限界のため、イリュシオーネにおいては、敵方の飛行型アルマ・ヴィオに対する籠城側の有効な迎撃手段は、同様に飛行型アルマ・ヴィオを出して攻撃することに限られる(この意味において、ナッソス軍がギルド側に制空権を奪われたのは痛手である)。


2 レーイ反撃、決死の秘策とは?



 ◇ ◆ ◇

  堅い木と木の打ち合う音。練習用の木剣がぶつかり、不似合いに小気味よい音がした後、一方の剣が宙を舞った。
 それを目で追い、金髪の少年は悔しそうな表情で頭上を見た。両側に茂った木々の間に、青空が川のように細長く開けている。地面に落ちた木剣を拾おうと彼は素速く駆け寄るが、それ以上の俊敏さで、もう一方の人物が地面の木剣を脇に蹴飛ばした。同時に、少年の喉元に切っ先が突きつけられていた。幸い、木製の剣先であったし、実戦でもないのだが。

「分かったか、レーイ。いま俺がやったのと同じようにして、今度はこっちの剣を奪ってみろ」
 少年に木剣を突きつけていた男は、おそらく剣の師匠か何かであろうか、厳めしい口調でそう言った。
「それから、戦いの最中に、落とした剣を無理に拾おうとするな。どうぞ斬ってくださいとわざわざ隙を作っているようなものだ」
 木剣を構えた男は、見た目には狩人か野武士を思わせるような出で立ちである。森に溶け込む深緑と茶色が中心の質素な衣服、毛皮のヴェスト。濃い茶色の髪は肩口くらいまでの長さだが、彼の口元の髭と同様、お洒落というより無精のせいで伸びたもののようだ。
「でも、ヴィラルド……。素手で戦えというの?」
 現在のレーイよりもかなり弱々しい、とても剣士とは思えないような話しぶりでレーイ少年は言った。いや、少年というより、まだ子供だ。
 ヴィラルドと呼ばれた男は大声で笑った。
「違う。とっとと逃げろ」
「え、逃げるの?」
「そうとも言う。だが、あくまで防御の一環だ。戦いを諦めるというわけではない」
 ヴィラルドは木剣の先でレーイの背後を指した。牧場の柵だとか家の扉の支え棒だとか、その程度の用途に使えそうな手頃な材木が積んである。レーイ少年の腕より少し細い程度の太さで、両手で持って振り回せないこともない。
「たとえば、そこの手頃な棒を取って構えろ。それで相手の剣をかわしながら、悟られないよう、剣を拾える位置に徐々に戻るんだ。決して無理をせず、自信があるなら丸太ん棒で戦い続けてもいい。使い方と場合によっては、丸太や杖も剣より厄介な武器になることがある」
 そしてヴィラルドは告げた。
「いいか、逃げるときは逃げる。だが、勝つために逃げる。最後まで諦めるな」

 ◇ ◆ ◇

 ――ヴィラルド……。
 レーイは心の中でつぶやいた。
 こうしている間にも、次の瞬間、レーイの命はこの世から消え去ることになるかもしれない。《ステリア》の力を発動させたイーヴァは、時間をも操る人知を超えた能力を発揮し、レーイのカヴァリアンを一方的に追い詰めていた。
 これまで決して敗れたことのないギルドの栄光の騎士カヴァリアンも、今や無様に地を這っている。右腕を切り落とされ、片脚も破壊されたこの機体にとっては、身動きの取れぬまま、残された左腕でMTサーベルを構えるのが精一杯であった。
 対するイーヴァは、《彼女》の最終兵器であろう輝く光の槍を手に、満身創痍のカヴァリアンを仕留めようと構えている。荒ぶる戦乙女の振るう、旧世界の超兵器《神槍のファテーテ》だ。
 イーヴァを中心に荒れ狂う強大な魔法力。その嵐の中心で本性を現し、凍った美しさを見せるイーヴァの真の《顔》は、ますますもって不気味であった。冥府の女王、あるいは死せる美姫、それは乗り手の心の闇を象徴しているようにも思われた。気高く可憐なカセリナの中に同居する暗部、大切な者たちに対する思いの裏返しである情念。
 ――私は戦う。たとえどのような力を使おうとも、守ってみせる。
 うわごと同然に繰り返されるカセリナの心の声。
 ――だから力を貸して欲しい、イーヴァ、あなたの力を。

 カセリナの中の心象風景が、イーヴァの内に秘められたステリアの力と一体化し、異様な様相に変わっていく。

 得体の知れない暗黒の空間。
 純白の羽衣一枚をまとったカセリナの姿が宙に漂っている。
 それはあたかも闇の祭壇に捧げられた生贄のようでもあった。
 足元からどす黒い妖気が立ち込め、カセリナを取り巻き、無数の漆黒の蛇と化して彼女の体や手足を絡め取っていく。
 だがそれは苦痛ではなく、カセリナの表情は恍惚としていた。
 虚ろな瞳。
 もはや闇の力に取り込まれたかにみえるカセリナの魂。

 最後に彼女は、ある言葉を無意識に思い浮かべた。
 戦いの前、想いを寄せる人がナッソス家から離れるときに告げた言葉を。

 ――お嬢様、私は、帝国に組みする戦いには正義を感じられません。

 なぜここで思い出したのか。理由は分からない。彼女の胸の奥に最も強く刻み込まれていたものが、自然に現れ出たのであろうか。
 ――デュベール?
 暗黒の空間に、にわかに亀裂が走った。
 幻の世界の中でカセリナを飲み込もうとしていた闇は、たちまち霧散した。
 漆黒の蛇たちも、朽ち果てるように彼女の身体から落ちていく。
 ――私、私は。

 ◇

 ――MTシールド、最大展開。

 ぽつりと、レーイが念じた。

 輝く球状のバリア、結界型MTシールドがカヴァリアンの周囲を包む。
 ――この光は!
 我に返ったカセリナは、なおも狂気と正気との間で揺らめきつつも、周囲の変化を理解した。白熱する光のドームが大地に形成されている。その中にいるのはシールドを張ったカヴァリアンのはずだが、何故かイーヴァの姿もそこにあった。
 ――以前の空中戦のときと同じだ、カセリナ姫。敵を圧倒すると、つい間合いを詰めすぎるのは、貴女の悪い癖なのか。そして一瞬、心に隙があった。詰めが甘い。
 結界型MTシールドによって、レーイはイーヴァの攻撃を防ごうとしているのではなかった。二体のアルマ・ヴィオは、互いの機体が触れ合うほどの狭い結界の中に押し込められている。レーイは、いわば檻の中に自機とイーヴァを一緒に閉じ込めたのだ。

 その狙いとは……。


3 託された思い…命燃え尽きるまで



 ――まさか、相討ちを?
 レーイの予想外の出方に、カセリナは瞬時に様々な判断をめぐらせる。しかし、かえって進退きわまる現状に気づかされることになった。肩を寄せ合うような窮屈な空間では、イーヴァの俊敏な《足》は生かせない。身動きが取れなければ、レーイからの攻撃を回避することも難しい。仮にイーヴァの攻撃が先にカヴァリアンに致命傷を与えても、次の瞬間にはカヴァリアンのMTサーベルもイーヴァをとらえるだろう。たとえその場合、カヴァリアンの方は破滅することになろうと。
 一瞬の隙も見せられない状況のまま、密着した間合いで両者が睨み合う。
 ――なぜ、そこまでして。命を捨ててまで、何のために。
 カセリナには理解できなかった。《愛のためには戦わない》といった相手がすべてに代えても戦い抜こうとする理由が何なのか。
 ――こうなっては、その《光の槍》も容易には使えまい。閉じた結界の中で巨大な破壊力をもつ攻撃をすれば、貴女のアルマ・ヴィオも無事では済まないだろう。
 死を目前にしても一切動じないレーイに、カセリナはますます脅威を感じ始めた。念信を通じて相手に伝わってしまわぬよう、彼女は密かに思考を巡らす。
 ――シールドを中から破壊することはできる。でも、それに乗じてヴァルハートから攻撃を受ければ、今の状態では避けられない……。これは?
 不意にカセリナは目まいを感じた。
 ――こんなにも力を消耗するなんて。覚醒したイーヴァに私が追いついていない。
 レーイが読んでいた通り、いかにステリアの力を借りようとも、時間に干渉するなどという途方もない《魔法》をこれ以上繰り返すことはカセリナにも困難であった。エクターである彼女自身の力が、さすがに限界に近づいている。
 そのことをレーイも確信した。
 ――カセリナ姫が光の槍で俺にとどめを刺せば、そこで姫の精神力もおそらく尽き、彼女の機体は戦いから脱落する。そうなれば、すでに二体のレプトリアを倒され、《レゲンディア》クラスの機体の大半を失ったナッソス家の戦力など、後は陸戦隊や艦隊のエクターたちが突破してくれる。ギルドの勝利だ。

 ――これで良かったのだろうか、ヴィラルド。

 少年時代のレーイが、主であるヴィラルドの居なくなった空っぽの部屋に立っている。
 武具以外には遺品らしい遺品など無かったが、部屋の隅に置かれた粗末な収納箱の中に、他の雑多な品々と共に一冊の使い古された革表紙の手帳が見つかった。それを開き、しばらく目を通した後、少年は泣き崩れたまま立ち上がれなくなった。

 ――エレノア。

 レーイは、ヴィラルドと一緒に暮らしていたのであろう山小屋から、剣を手にして駆け出した。泣きながら、しかし何かの熱に浮かされて。そしてエレノアを見つけた彼は……。握っていた剣の感触が生々しくよみがえる。剣に貫かれて血を流しながらも、自らを手にかけた少年をなぜか抱きしめた、あの赤毛の女戦士。彼女がエレノアなのであろう。

 ヴィラルドの言葉がレーイの思いの中で再び響く。

 ――最後まで諦めるな。

 そして、いまわの際にエレノアが語った言葉。

 ――これは報いなのだ、憎しみの連鎖から抜けられなかった私と奴の。
 ――いいか、もう二度と、情念に縛られた手で剣を握るな……。自らの愛や正義のために戦う者は、たしかに強い。だが、それ以上に強くなって、不毛な争いの鎖をひとつでも多く断ち切れ。

 皮肉にも、死によって、彼女は長い長い悪夢から解き放たれたのであろうか。
 穏やかな表情のエレノアの姿が、レーイの脳裏に浮かんだ。
 結局、生きている間には彼女が手に入れられなかった安らぎ。
 血で血を洗う戦い、一族の怨嗟の果て。
 エレノアがようやく手にしかけた普通の静かな時間。
 それを、たとえ運命のいたずらにせよ、彼女から生命と共に奪い去った者は、
 レーイ自身だ。

 ――エレノア、俺は償いのために戦っているのではない。そうしたところで、貴女が喜ぶとも、俺が赦されるとも思っていないからだ。勝手だと言われるかもしれないが。俺は、あなたが最後に託した思いのために戦う……。そのために剣を振るうことで、この手が新たな罪にまみれ続けようとも。

 ――それでも俺は逃げない。生きて、最後まで重荷を負い続ける。矛盾した存在であるこの身が、いつか死によって解放されるまで。

 カヴァリアンが、普通であればもはや戦闘の継続すら難しい状況に陥っているにもかかわらず、繰士のレーイの闘志は鈍るどころかますます高まっている。

 ――もちろん、俺は簡単には死ねない。この命、燃え尽きるまで、生きて戦う。

 ――何なのよ、あなた、何なのよ、レーイ・ヴァルハート!!
 レーイの異様な情熱は、対するカセリナの狂気すら覚まさせるほどに強烈なものであった。彼女は寒気を感じ、思わず叫んでいた。
 しかし、さすがにカセリナも第一級のエクターだ。心の動揺をたちまち鎮め、相手に付け入らせる隙は与えない。

 まったく身動きできないまま、極限的な消耗の中で対峙するレーイとカセリナ。
 彼らの分身であるカヴァリアンとイーヴァ。
 一秒、一秒が果てしない時間のように感じられる。
 両者のいずれかが次の動作に移った時点で、戦いは決するだろう。


4 うなる攻城刀、バーン渾身の一撃!



 ――こいつ、さっきまでの荒っぽい戦い方のわりには、こうして静かに向き合ってみるとまったく隙が無い。無理に仕掛ければ向こうの思うつぼだが……。
 愛機アトレイオスの《目》を通して、バーンは、真正面に立ちふさがった敵方の《重戦士》ギャラハルドを注視する。
 鮮やかな青の鎧に身を固めたアトレイオスと、黒を主体とした甲冑の所々から赤い関節部分がのぞくギャラハルド。いずれの装甲も、平均的な汎用型アルマ・ヴィオのそれに比べると倍近くの厚みがある。それぞれの機体が手にした武器も、これまた半端なものではない。アトレイオスは、刃渡り20メートルを超える化け物じみた攻城刀を両手で握り、右肩部に担ぐように構えている。対するギャラハルドの手にした曲刀は、長さに限っていえばアトレイオスの攻城刀の3分の2程度ではあれ、刃の幅や厚さについては逆に攻城刀を余裕で上回る。両者とも並外れた重装甲ながら、それでいて互いに相手に対して一撃で致命傷を与える攻撃手段をも備えているのだ。
 ――俺とヤツの剣は五分五分。だがよ、あの《盾》がある分、あちらが有利か。守れば鉄壁、攻めに使えば必殺ってか。まったく、とんでもないモノを持ってきやがって。
 自慢の攻城刀を振りかぶったはよいが、次の一手がなく、攻めあぐねるバーン。両者は睨み合ったまま動きを見せない。いや、ムートの方はむしろ余裕の構えで待ち構えており、バーンだけが焦っているようにもみえる。
 ――下手な小細工が通用する相手でもないしな……。やめたやめた、似合わネェんだよ、無いアタマで俺があれこれ考えたところで!
 バーンが結論を下したとき、アトレイオスは電光石火の速さで突進し、瞬時にギャラハルドを攻城刀の間合いにとらえた。いや、そのときにはすでに刀が振り下ろされていた。何が起こったのかが明らかになる前に、耳をつんざくような音が最初に響き渡る。もはやそれは爆音。鋼と鋼の衝突が大気を震わせ、地面や空さえも揺さぶっているかのようだ。


【続く】



 ※2009年8月~11月に、本ブログにて初公開
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