鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第2話・前編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


  空と海とが接するところ、船は漂う。
    折からの上げ潮に心地よく揺られながら。


 ◇ 第2話 ◇

 空――風と雲とが、青に織りなす気ままな万華鏡。
 無限に多様な旋律を、いかに考え抜かれた技巧よりも鮮やかに、
 精緻な調子をもって奏で続けている。
 昼には世界の王たる太陽の光が、地に生きる命を育む。
 夜には慈悲深い月の光と、星々の白い瞬き。
 明暗二つの楽章。

 海――底知れぬ深淵を抱いた、紺碧の聖地。
 幾度となく魔所と化して、舟人に牙をむくことがあろうとも、
 やはりそこは生き物たちを産み出したふるさとに違いない。
 時に凪ぎ、時に荒れ、自在な緩急を見せつつ、
 あの半ば永劫のリズムを刻み続けている。
 ……寄せては返す懐かしい波の音。
 波濤は砕け、潮の華は白く泡立ち、やがて沖へと帰る。
 いわば世界の鼓動である。


「もしも世界を果てしない音楽に例えるなら……さしずめ、海はその通奏低音というところかもしれません」
 魔道士クレヴィス・マックスビューラーは、艦橋の硝子の向こうに広がる光景を指さして、感慨深げに言った。
 30代に差し掛かったばかりの年頃である。一見して生真面目で、少し神経質そうな人物にも見える。
 それでいて、にこやかな微笑を絶やさない面長の顔に、ツーポイントの眼鏡がよく似合っていた。腰辺りまで伸びた長い髪は背中で一本に束ねられ、やや暗めの、燻したような金色の光を放つ。
「なぁんだよ。黙って海を見ていたと思ったら、そんなことを考えていたのかい。まったくクレヴィスらしいな。しかし、あれだけ雄大な海が伴奏となれば、見劣りしない歌い手をさがすのが大変だねぇ。メロディを受け持つことができるとしたら、この世界広しといえども……そう、あの空ぐらいだろうよ」
 同じく窓際から外を眺めていた男が、とぼけた口調で応える。ほぼ同年代であろう。こちらの方はどこか茶化した感じの物言いをする。
 オーリウムの名門マッシア一族の異端児にして、思想家あるいは変わり者の文芸家として知られる、ランドリューク・グラフィオ・ディ・マッシア、すなわちディ・マッシア伯爵である。オリーブ色の髪を耳元で小ぎれいに切りそろえ、ウエストコート(=今日で言えばヴェストに近い)とブリーチズはどちらも黒、その上に灰色のビロード地のフロックをまとっている。高い襟のシャツと、首に巻いたクラヴァットは、ともに白だ。
 モノトーンでまとめられた彼の服装とは対照的なのが、他方のクレヴィスの格好である。茶色のクロークの下に鮮やかな珊瑚色のウエストコートを身につけ(*1)、それを懐中時計の金色の鎖でさらに引き立てている。地味な顔つきからは想像しがたい、粋な洒落者である。
 クレヴィスは軽い溜息と共に言う。
「至当ですね。ではランディ……この世界という楽曲の中で、私たち人間の営みをどう位置づけますか?」
「難問だな。まぁ、今日この頃の人間様のやってることは、悪趣味な不協和音ってところか……内乱なんて、不調和の極みとしか思えないねぇ」
 彼らは苦笑して、言葉を詰まらせる。

 飛空艦《クレドール》のブリッジには、2人の他にも多くのクルーたちが居合わせていた。
 服装はそれぞれ異なるが、揃って目立つのは、肩から腰へと懸けられた鮮やかな剣帯である。空色・白色・若草色で塗り分けられた帯は、《空、雲、緑の大地》を象徴するクレドールの三色旗にちなんだものだ。この旗のもと、艦長カルダイン・バーシュ以下、様々な乗組員たちがひとつに集っている。
 現在、同艦はコルダーユ港の沖合に停泊していた。港内に浮かぶ大小様々の船と比べて、ひときわ異彩を放つ白い巨体は、回遊魚を思わせる見事な流線型である。その右舷・左舷では半月状の曲線を描いた翼が休んでいる。飛空艦の外観は、一般的な船の姿とはかけ離れており、むしろ生き物に近い。
 むかし、海の中からいつも空を眺めては、一度でよいから自由に飛んでみたいと願った魚がいたという。ある日、神は気ままな思いつきで、魚のそんな願いを一日だけかなえた。翼を与えられた魚は歓喜に満ちて空を舞い、雲の間を気持ちよさそうに泳いだ……。クレドールの姿は、この伝説の魚を彷彿とさせる。
 《飛空艦》は、かつてイリュシオーネに栄えた文明――今日では《旧世界》と呼ばれる――の遺産である。魔法と科学とを巧みに融合した当時のテクノロジーは、文字通りに空を飛ぶ船を創り上げたのだ。現在、飛空艦はしばしば発掘され、保存状態の良い場合には、改修を経て実用に回されている。

 クレヴィスとランディとの間で交わされる、舞台めいた独白的な台詞のやり取りを耳にしながら、艦橋の面々は臨戦体制で待機していた。
 コルダーユの町外れの丘で起こった爆発を調査するために、メイとバーンがアルマ・ヴィオで出動してから、もう1時間半ほど経つ。万が一の連絡がメイたちから届き次第、つまり件の爆発が反乱軍の策動によるものである場合、必要に応じて直ちに行動に移れるよう、クレドールは準備を整えているのだ。


【注】

 (*1)イリュシオーネの紳士たちの中でも、ウエストコート(ヴェスト)の上にフロックをまとわず、直にクロークを羽織るという出で立ちの人々がいる。すなわち彼らは魔道士である。かつての魔法使いの――ミステリアスな長いローブに身を包んだ――姿の雰囲気が、今風の形で受け継がれているのだ。クレヴィスやカルバの服装を参照されたい。





 まだ残り火のくすぶるカルバの研究所を前にして、ルキアンは呆然と立ちつくしていた。
 彼の顔は心なしか青ざめている。
 怒りゆえか哀しみゆえか……震える唇、重苦しい吐息と共にはき出されたのは、風にかき消えそうに微かな言葉。
「まさか……信じられない」
 ルキアンは何度も小声で繰り返しては、首を振った。
 そんな彼の背中をじっと見つめた後、バーンは逞しい肩をすくめて、恨めしそうに天を仰いだ。
 メルカはメイの胸に顔を埋め、力無く泣いている。お気に入りの茶色い熊のぬいぐるみは、無造作に草の上に投げ出されていた。皮肉にもその玩具の表情は、哀しいほどに穏やかである。
 ふんわりと膨らんだ、メルカの亜麻色の髪を、白い手袋をしたメイの掌が撫でる。
「パパぁ……」
 メルカがか細い声ですすり泣く。
 そのときメイは、思わず腕に強い力を込めてメルカを抱きしめた。
「お姉ちゃん、痛いよ!」
 メルカは体をよじらせて言ったが、メイは何かにつかれたかのように、遠い目をしてつぶやいている。
「罪なき子らの澄んだ瞳を、哀しい涙でどれだけ汚せば気が済むというの?時代という名の魔物よ、進歩という名の身勝手な思い上がりよ……」
 メイの口から、彼女のものとは思えない言葉が紡ぎ出された。
 メルカが苦しそうに身悶えするのを見て、バーンが慌ててメイの肩を叩く。
「おい、よさないか! メイ、お前が動転しちまってどうするんだ」
「もしもこの世界の発展が……たとえ、それが人類の解放という偉大な夢につながろうとも、いつも沢山の血で贖われなければならないのなら、私は、わたしは未来など……」
「しっかりしろ! 何を、わけ分かんねェこと言ってんだよ!!」
 バーンはメイの両肩をがっしりと掴んで揺さぶった。


 ようやく我に返ったメイ。彼女は慌てて目を大きく開いた。
「ごめんなさい! 私、どうかしちゃって。ごめんね、メルカちゃん」
 メイはメルカの顔にそっと頬ずりした。
 べそをかきつつも、メルカはきょとんとした顔でメイを見ている。
 何事かと振り向いたルキアンの視線は、バーンの気まずそうな顔とぶつかった。一同の間にしばしの沈黙が漂う。
「すまないな、ルキアン」
 息苦しい空気の中、バーンがルキアンの耳元でささやいた。
「メイの親父さんとおふくろさんは……」
 バーンの声がそこでいっそう小さくなる。
「目の前で殺されちまったんだ。《タロスの革命》のときにな」
「お願い。やめて、バーン……」
 しっかりとした低めの声で、メイが話をさえぎった。
 ルキアンの瞳の中には、ぼんやりとうなだれるメイがいた……痛々しい姿で。
 彼は口を半開きにしたまま、一言も発することができなくなってしまった。
 バーンもそこで言葉を途切らせたが、話題を変えようとして続ける。
「それにしても、ゼノフォスのやつ、人間のする事じゃネェよ。何が《神帝》なもんか。あいつは血も涙も持っちゃいない《魔王》だ!」
 ルキアンも怒りを隠せない様子であった。
「本当にそんな酷いことが出来るものなのでしょうか。何かの間違いということはないですよね? メイオーリアさん」
 メイはメルカの手を両掌で柔らかく握ったまま、首を振った。
「えぇ、間違いないわ。私も誤報だと思いたいのだけれど……それからキミ、《メイオーリアさん》なんて改まって呼ばれると、なんだか気恥ずかしくなっちゃうじゃないの! 私のことは《メイ》でいいって言ったでしょ」
 しばらく曇っていたメイの表情が、苦笑いを伴って少し柔らかくなった。
 照れながら頭を下げるルキアンを見て、今度はバーンが笑う。
「何も謝る必要はないって。こんな男みてぇなヤツが、メイオーリアなんて、お上品な名前で呼ばれてるのを聞くと……こっちが変な気持ちになるぜ」
「もぅっ、失礼ね! 男、男って!!」
 海の香りを運んできた風がふわりと通り過ぎ、風車の丘で花々の匂いを一杯に吸い込んで、今度は街に向かって降りていく。
 可愛らしいフリルをそよがせながら、メルカがぽつりと言った。
「パパ、まだ助かるかもしれないよね?」
 もしここで誰かが、本心ではなくとも直ちに首を縦に振っていたなら、メルカの気持ちはどれほど落ち着いたことであろう。たとえ気休めにすぎないと分かっていたにしても……。





 しかし、そんな淡い希望さえも失わせてしまうほどに容赦ない、あまりに非道な事件がカルバを襲ったのである。いや、カルバだけではない、ガノリスの王都バンネスクの人々すべてをも。
 昨日バンネスクに起こった惨劇を、さきほどメイはルキアンたちに不承不承語ったところだった。
 ルキアンの師匠であり、メルカの大切な父親であるカルバ・ディ・ラシィエンは、不運にもその巻き添えになった可能性が高いのだ。
 周知の通り、ガノリス王国はエスカリア帝国と交戦中である。軍事大国としてその名を轟かせていたガノリスだが、今や各地で帝国に連敗を重ね、領内深くにまで敵軍の侵攻を許している。そして昨日、神をも恐れぬ暴挙が帝国によって行われた。
 帝国軍のシンボルであると同時に、世界中の人々の畏怖の対象となっているのが、浮遊城塞《エレオヴィンス》に他ならない。エスカリア皇帝ゼノフォス2世は、自らこの天空の魔城に乗り込んで、軍の指揮を執っている。
 エレオヴィンスがガノリスの首都に迫りつつあるという話は、オーリウムの人々も知るところとなっていた。しかしガノリスも、精強を誇る飛空艦隊とアルマ・ヴィオ兵団とをもって首都防衛にあたっていたため、エレオヴィンスとてそう簡単にはバンネスクに近づけないであろうというのが、世間のもっぱらの噂だった。いや、各国の軍部の首脳たちでさえ、恐らくそう信じ込んでいたに違いない。
 だが予想は見事に裏切られた。エレオヴィンスは、ガノリスの最終防衛線をいとも容易く突破したのである。数で勝っていたガノリス飛空艦隊は、帝国の飛空艦隊とまともに砲火を交えるにさえ至らず、エレオヴィンスに備えられた不可思議な兵器によって、瞬時に全滅させられたという。話の中身には誇張もあろうにせよ、少なくともガノリス艦隊壊滅という結果自体は、厳然たる事実だった。
 バンネスク上空を制圧したエレオヴィンスから、ゼノフォス2世はガノリス国王イーダン1世に対し、ある報復措置を振りかざして無条件降伏を迫った。
 これに対してイーダンは降伏を拒否。仮に首都が陥落したとしても、広大な国土を持つガノリスには、まだ徹底抗戦の用意がある。戦力の面でも、連合軍は地上部隊を中心に相当の余力を残している。そして何より、イーダン国王や彼の重臣たちは、ゼノフォスがその《報復》を本当に行うであろうとは信じていなかったし、まさか実際にそんなことが可能であるとも思っていなかった。
 だが王の考えは甘すぎた。ゼノフォスは、いかに多くの人間の血が流れ、無数の尊い命が失われようとも、自らの狂信的な理想の実現のためには決して妥協しないのだ。しかもエレオヴィンスには、彼の野望を実現するに足りる恐るべき力が秘められていた。その水準は、現在のイリュシオーネにおける最先端の技術をも遥かに凌駕する。
 ゼノフォスが予告した《報復》とは、エレオヴィンスに搭載された最終兵器《天帝の火》によって、バンネスクを一瞬にして壊滅させるというものである。
 この暴挙は冷酷に実行された。エレオヴィンスから放たれた《天帝の火》は、地上に降りそそぐ神の怒りさながらに、壮大な都を瞬時に焦土に変えてしまったのだ。無数の雷が同時に鳴り響いたような音、この世の果てにさえ届くだろうと思わせる巨大な閃光……刹那の悪夢の後、バンネスクは広大なクレーターに変わり果て、ただ瓦礫の山が王都の跡を埋め尽くすばかりであった。
「ねぇ、ルキアン君。こんな馬鹿なことが信じられて? バンネスクという都市は……地図の上から消えたということになるのよ」
 メイが吐き捨てるように言った。
「そりゃあ、ルキアンやメルカちゃんだって信じたくないだろうさ。俺だって、何万の人間が一度に殺されちまったなんて思いたくねぇよ。しかしな、メイ、あの化け物、エレオヴィンスが現に……」
 押し黙っているルキアンの横顔を、バーンが一瞥する。
 そのときメルカが手を伸ばし、ルキアンの袖をきゅっと握った。
 彼女は上目遣いにルキアンの顔をじっと見つめている。
 かすれた声でメルカはささやく。ルキアンの耳にかろうじて伝わるほど、その声は小さなものであった。
「パパも、お姉ちゃんも、みんないなくなっちゃった……でも、ルキアンだけは、私と絶対に一緒にいてくれるよね」
 今になって思えば、そのような不幸の中で追い打ちをかけるように、先刻の事件――ソーナの誘拐と研究所の破壊、が起こってしまったということになる。慎ましい幸せに見守られて育ってきたメルカは、昨日と今日のわずかな間だけで、その全てを失ってしまった。
 ルキアンはメルカが哀れに思えてならなかった。ついさきほどまで、彼女があんなにも無邪気であっただけに、ルキアンの心はなおさら激しく痛んだ。
 もちろんカルバはルキアンにとっても大切な師である。この2年間、同じ研究所で寝食を共にし、様々な教えを受けてきた。ルキアンの受けたショックも相当のものに違いない。
 そして……こんなとき頼りになりそうな兄弟子ヴィエリオも、あろうことか行方不明のままである。今しがたメイやバーンにも手伝ってもらって、研究所の隅々まで調べたのだが、ヴィエリオの姿はどこにもなかった。





 胸に秘めた呪わしい過去が、脳裏一杯に広がりそうになるのと必死に戦いつつ、メイもメルカの身を自らに重ね合わせ、深く嘆いている。
 ――あのとき、ちょうど私もメルカちゃんと似たような年頃だった。
 そこでメイはわざと明るい調子で言った。ルキアンとメルカを励まそうと……あるいは自分自身にも言い聞かせるように。
「エレオヴィンスだか神帝だか知らないけど、メルカちゃんのパパはきっと生きてるわよ。ねぇ、元気出そっ。お姉様だって必ず戻ってくるわ!」
 ルキアンは、自分よりもかなり大柄なバーンを見上げた。
「バーナンディオさ……いや、バーン。ソーナさんがさらわれた件……あのとき《アルフェリオン・ドゥーオ》が研究所を破壊して、飛び去ったはずなのですが、あなたがたの飛空艦の方でドゥーオらしきものを捕捉しませんでしたか?あれが向かっていった方角だけでも分かれば……」
 バーンは難しい顔で腕組みする。
「その通りだ。しかしよ、運悪くちょうど昼時だった。船からの見張りは普段よりも手薄だったと思うぜ」
「えぇ。しかも《鏡手》のヴェンは、私たちと一緒に昼食を食べていたじゃないの。あのとき見張りをしていたのは、誰か、代わりの素人ね」
 メイは残念そうに頭を抱えた。
 《鏡手》とは、《複眼鏡》と呼ばれる特殊な望遠装置で見張りを行う、早期警戒専門の技術者である。複眼鏡は、多数の魔法眼の集合体をレンズの代わりとしている。個々の魔法眼の視覚は、アルマ・ヴィオをエクターが操るのと似たような原理によって、鏡手の視覚と一時的にリンクされる。慣れた鏡手なら、数キロ先に群をなして飛ぶ鳥たちを、一匹ずつ別々に追跡することも可能だと言われている。
「でも、もしかしたら……」
 メイは何か思い出そうとして首を右に傾け、しばし目を閉じ、今度は左側に首をちょこんと傾けた。
「誰かが偶然ドゥーオを見ているかも。あるいは、近くのギルドの施設の複眼鏡にひっかかっているかもしれないわ」
 彼女はそう言うが速いか、真紅の翼を持つ怪鳥――飛行型アルマ・ヴィオの方に駆け寄っていく。
 走り出したメイの後ろ姿を目で追うルキアン。
 そのとき彼の視界にふと飛び込んできたのは、アルマ・ヴィオの翼に流麗な筆記体で書かれた名前である。
「ラピオ……アヴィス……?」
「あぁ、あれな。メイの《愛鳥》こと《ラピオ・アヴィス》さ。俺は飛行型にはどうも上手く乗れねェんで、メイにまかせっきり……。で、こいつが《アトレイオス》だ」
 騎士の姿をした青いアルマ・ヴィオの方を、バーンは顎でしゃくった。
「《蒼き騎士》って、俺が勝手にそう呼んでるだけなんだけどな」
 柄にもない気取った声で、彼は得意げに笑う。
 ルキアンも彼につられて微笑んだ。
 メルカも、べそをかいた目をこすりながら、2体のアルマ・ヴィオの間で視線を行ったり来たりさせて、興味深げに眺めている。
「それより、あれ見ろよ」
 メイが、ラピオ・アヴィスに登ってハッチの中をのぞき込み、何かしようと盛んに手を動かしている。
 バーンはそれを見上げるようにして、ニヤニヤしながらルキアンに顔を近寄せた。
「アイツな、あんな男みたいなヤツだけど……よくよく見ると、さすがは《元》貴族のお姫様だけのことはある」
 ルキアンも言われるままにメイの方を見た。
 彼女は昇降用のステップに片足を乗せ、背伸びするような姿勢で、もう一方の足先をさらに上のハッチの縁に掛けて作業している。形よく伸びる長い脚が少年の目に入った。続いて、彼女の持つシャープな外見に相応しい……美しく引き締まった腰。反面、意外に肉付きの良い部分。
 何故かルキアンは後ろめたい気持ちになると同時に、遠慮がちな胸の高まりを覚えた。
 バーンが下卑た声で笑う。
「いい眺めだろ。あのくびれがなんとも……いててっ、何すんだよ!」
 うす笑いを浮かべるバーンの頭に何かがぶつかって、地面にどさりと落ちた。
 大きな蜜柑だった。
 それを投げつけたメイが頬を膨らませ、大声で言う。
「何がくびれよ、ニヤケた顔しちゃって!」
「あはは。気のせいだってば……」
「あんたの考えることぐらい、ちゃんとお見通しなんだから。最低っ!」
 メイの剣幕に押されて苦笑しているバーン。
「いや、ルキアンも何のかんの言って、こんな目をして見ていたぜ」
 バーンが両目を指で大きく開けておどけてみせた。
 ルキアンは白々しく笑ってごまかしつつ、バーンの広い肩に隠れるようにしてうつむいている。サラサラとした銀髪を、風がゆるやかにかき分けていくと、その向こうには薄紅に染まった頬が見えた。どこか嬉しそうでもある。
 メルカは不思議そうに、ルキアンの真っ赤な顔をしげしげと眺めている。
 メイが元気よく叫んだ。
「今からクレドールに連絡する。バーン、戻るわよ! あ、ルキアンたちも一緒にどう? もしかしたらドゥーオのこと、それから……バンネスクのことも、何か情報が入ってるかもしれないもの」
 彼女は例の《念信》で、クレドールと交信しようとしていたところだった。
 いつしか重苦しい空気は消えていた。
 どん底に突き落とされた心持ちのルキアンであったが、バーンの戯言にのせられて、知らず知らずのうちに笑っていた。
 そしてルキアンの笑顔はメルカを何よりも安心させた。
 春風の柔らかさを肌で感じるだけの余裕が、一同に再び戻っていた。


【続く】



 ※1998年4月に鏡海庵にて初公開
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