天邪鬼往生記 天邪鬼はアマノジャク、往生はオウジョウ 

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0228-逝く冬とともに

2018-02-28 14:24:03 | 日記

2月晦日、冬最終日。なのにあす大荒れ天気の予報で警告されている。当地目下無風日射満面春暖期待される。でも58年前母との永訣だった。種子馬鈴薯の消毒とて床下から台所に出して広げた状態だった。「カーちゃんが!」の側近の悲鳴に右往左往がはじまり在宅でも死の瞬間、末期の表情の記憶はない。この瞬間よりもその後の家・家族の身の振り方の暗澹だった。

 それと永訣は不可避としてもその寂寥の根源は何か。現前は病気が元で死亡したのだから病気に帰すことはできる。でもそれだけでは納得できなかった。多分自身以下所謂結婚適齢期になっていた所為が強かったろうがその悲嘆の原因を親の結婚に帰結させたのだった。

 巷間「結婚して幸福を掴む」とかの常套語句・観念が忌避より嫌悪・憎悪にさえ覚えた。その一部は今に脳裏に現存する、そんな観念論はさておき土葬だったから翌日は埋葬だった。その時祖父も生存していたが父健在で葬儀の運営は父任せですんだが「位牌持」=施主であった。葬儀の冒頭の住職の「森羅万象蕭々として声なく梅花馥郁として陽春を告ぐ・・」と唱えたのだけは記憶している、季節に託した表現と類推はしたがそれ以上の詮索は脳力の限界でなす術なかった。


0218-春節

2018-02-18 11:14:12 | 日記

2018/02/18  過ぎた16日が元旦で中国文化圏では「春節」として年頭行事が盛大なそうな(でも自然保護のため今年は花火・爆竹厳禁となったとか)吾が記憶の初めに「お正月は終わった」のにの頃「キュウ正月」とて日常食事に少し異常が出てこれは楽しみだった。

 過日、畑で「旧暦も合理的だよナ、元旦には本当に(暦の上でなく)春を実感うるからナ」と会話したのだった。この時、ほうれん草の今年蒔き初めをしたのだった。これからは希望に満ちた新年が彷彿とさせるのだが?癌闘病中の義弟の容態が悪化し2月初め遂に逝去した。俺より数年若かったのに。でもこの事実の進行を抗い・阻止の術はなかった。

 その配偶者は俗称未亡人となった。後継者はいるにはいるが大蔬菜栽培農家だった家業を継承するのは至難(別途就職している)。遺族の懊悩はこれからである。俺もより年長であればこっちが先で当然だったと思うと慄然である。不定なる無常と悟りがましい言葉も空々しく馬耳東風である。

 元来、このブログも多くの人の眼になど眼中になく単に自分史のメモとの意識だけだったが、それさえ「他人事」の異変の余波に翻弄されてしまった。この渦中に『時間という虚構(フイクション)』なる概念に遭遇して考えさせられている。とりあえずここまで!