天邪鬼往生記 天邪鬼はアマノジャク、往生はオウジョウ 

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9204-おとな

2017-02-04 13:07:50 | 日記

2017/01/11 15:32成人の日は知らぬ間に行ってしまった。でも成人=大人になる。これは思慮分別のできる知識と技能の維持・活用が条件だと私釈してきた。最近韓国の慰安婦を介しての対応に「大人の」という要望も出るようだが、とすれば大人とは=子供でなくなったとまず定義されよう。その具体的な行為として私釈としてはウソを合理的に駆使できることと思う。家庭外の社会に対しその福利を損なわないウソで人間(ジンカン)の意思疎通を潤滑にする。この術を体得することだと思う。それにはウソが不可欠であろう。

 言葉だけ知りかけた三つ子が他人の持ち物を欲しがり、その欲望を露骨に相手に、また自身の保護者に要求する。率直に見聞すれば「可愛さ」の表現でもあろうが、それが相手の迷惑となり自身の保護者にも至難のことであれば不本意でも断念が強いられる、それを受容する雅量の涵養が優先されるのを納得し、させねばならない。

 それよりも大人は子供でないの定義に留まらず大人~乙名の概念である。これについては改めて考えたい。この画像について背景の5円貨幣と比べて小ささが判るでしょうが興味はその名の由来です。昔忍者の文庫本で「睾丸」に「ふぐり」とルビされて意味は分かったがこの植物との因果が不詳だった。「大人」になるにつれて花ではなく果実が犬のそれに似ているに依ると聞いた。それ以上の事は大人の見識に俟つとする。

 


9202-「忘れ」る事

2017-02-03 14:54:51 | 日記

16:48 私は日頃、物事を忘れないよう努める心算だが往々外れる、教師が学童に「忘れ物」のないよう喚起しているが

「忘れ物」は後を絶たない。非教員の私は「余り責めなさんな。人間は忘れる能力を持っているのだから・・」。と悟りの境地らしきを閃かしてその場を鎮めた。

 私のそれは永訣の慟哭や出産の苦痛が忘却されないと、二人目・三人目の出産は忌避されるだろう。人は初産の苦痛を体験してもそれは忘れて二人目・三人目に挑む。これは苦痛を忘れる能力の所産でこれで該当部分の人口の維持・増加=発展が約束される説に従った。

 現在の人口論はそれらを超克しないと集団の力は減衰されるという事だろう。「産めよ増やせよこそ」国力の発展に不可欠を吹聴され遵守してきた心算だったが大東亜共栄圏は画餅だった。

 そして我論「忘れる能力」も復唱されることもなく荏苒今に至り『忘れられる権利』が膾炙されている。我論との乖離の大きさ形容しきれない。国論の焦眉は「人口減少」、国際間では移民の拒絶や制限、それが基本的人権に齟齬するか、法治国家・独裁国家の峻別に惑う昨今である。

gazouhunyoi