夫婦間の意見の相違はそうそう無くて、しいて言えば妻の理想には資金面の制限からほど遠いという、意見の相違でもなんでもなく、それは実現できませんというなんとも夢のない話くらい。一番困ったのは母。
リフォームにあたって一番会話を重ねたのが母。あまりにも母の意見に擦り寄って行くので妻がリフォームに興味を失いかけているのも気にかかる。
母は今年84歳になる。かくしゃくとはいえないが元気に今の家で一人暮らしをしている。八十の手習いで携帯電話、ＰＣ、スマホを扱うくらいは頭脳も明瞭。手先も器用。この好奇心が強く変化にも強い母だが昔っから何故か事を起こす時は現状維持派なのだ。とにかく今が良い。そういう人でもある。そしてその時その時の思い出が好きで物を捨てられない人。
当初、私たち夫婦が転居してくる将来を見越してバッサリ物を減らすことを考えていた。私たち兄弟や孫が家に送り込んだ不要な家具の類、衣類や本。親戚や知人から譲り受けた家具。全部捨てるとは言わない。有効・無効を判断し整理するんだと言っても母が許さない。どれもこれも捨てる物は無いという。何故なら箪笥の類には衣類を詰めてしまい、食器棚の類には使いもしない食器が詰まっているから。いざという時に役に立つ大事な物なのだそうだ。現状一人しか暮らしていないのにあれやこれや物をいたるところに置いている。父の葬儀の際にスペースを作るために不要なものをあわてて納屋などに移動させたとはいえまだ物が多い。一時期、兄弟家族8人が泊まれた我が家も今は全室物が散らばっている状態。唯一座敷とそれに続く居間だけが空いている。今のままでは私たち夫婦は着の身着のまま帰ってくるしかない。
こんな母だから工務店が提案してきた大胆な間取り変更には難色を示す。細かいことでは棚の位置、ドアの開閉方向、窓の位置にまで今のままを通そうとする。ドアの開閉方向を変えようと思い、そのためには置いてある棚（この棚は私が学生時代に使っていたもので30数年前の安物）をどかして・・・というような事を工務店にお願いしていたが、工務店から後日お母様があの棚と位置、ドアの開閉方向に思い入れがあるようで反対していらっしゃいますから元のままでと連絡があった。
工務店の担当者にも繰り返し繰り返し現状維持を言うので担当者が「今のままで何もしない方が良いんじゃないでしょうか」と言ってきたこともあった。この工務店は一番最初に声をかけたところで契約直前まで行ったが、主婦目線の提案力を売りにしていた割には古い電気配線やコンセントの撤去が抜けていたり窓の幅がおかしかったりと間が抜けていて、それを指摘して図面を直してもらうたびに金額が上がったので不信感が募り結局お断りした。減額のために施主様ご担当ばかり増やして気にしていないところも減点であった。サンプル資料を引き取りにきた担当者は自分が作った最終案について現状と何も変わり映えがしない内容になって・・・とか言って帰ったらしいが、母の言うことをいちいち真に受けていたらそうなるわな。
しかし母はリフォームの件は楽しみなのだという。そう言っていると叔母から聞いた。そうなのか。こちらは電卓を弾くたびに諦めることが多くなり、おまけに母の意見を通すばかりでフラストレーションが溜まる一方なのだが・・・。気に入った家具を入れ雰囲気を一新してという私や妻の思いはあっけなく潰え、直近に住む母の思いが勝り、妻や私は近い将来自分たちが住む段になった時に希望は実現できるであろうという思いに変わり、だんだん今のリフォームに興味を失っていくのだ。妻がしらけてきたのも良く理解できる。
あれやこれや悩んだ末に私たち夫婦は私の早期退職が無い限り後3年は帰ってこないのだから、母が要るというものはそのまま置いておくこととした。問題の早期解決ではなく後回しである。とにかく器を整えるのが先決。
さて、あれほどこだわっていた移動不可の棚がある日帰ったら無くなっていた。どこに行った？と問うと別の部屋に動かしたと言う。少々の重さの棚くらいは自分で動かせるほど元気があるのは良いとして、千年一日のごとく30年間置きっぱなしにしていて将来的にも動かさないはずのあの拘りは何だったんだろう。
＜追記＞
実家には井戸水が健在である。モーターで地下水をくみ上げ台所につながる。外にある水栓も井戸水。台所には上水道と井戸水の蛇口がそれぞれ今は付いている。スッキリ工事が出来ていればいいのだがタコ足配線のごとく塩ビのパイプがゴチャゴチャと壁の外を這い回り見栄えが悪い。私は当然のごとく台所は上水道一本にするつもりでいた。母は台所で井戸水も使えるものだと思っていたと最近言い出した。
