時にポメラは予測を遙かに超えた言葉を返してくることがあった。
「自分とだ」
他にはないと思えた僕の意図はあっけなく裏切られ、時分のあとに戸田が現れる。戸田? 戸田さんなんて知らない人だ。
一瞬、自分のミスタッチを疑ったがそうではない。
(他にはない)というのが、自分本位の感覚に過ぎない。
ああ、こんなに傍にいて伝わってないんだ。
距離なんて関係ない。
僕は僕。ポメラはポメラ。
何でもわかってもらえるわけがない。
「その動きいる?」
「えっ?」
タッチに無駄があると戸田さんは言った。
「左手がつられて動いてる」
戸田さんの指摘は間違ってはいない。
右手がキーを叩いている時、直接関係のない左手があてもない宙を泳いでいるのだ。ドリブルで相手を揺さぶる時の空踏みのように。
「みんな直立して歌うわけじゃないだろ」
「ここはステージというわけ?」
もしもそうなら僕はただ震えているばかりだ。どこにも届かないかもしれない。そういう恐怖とずっと付き添いながら。
「ここがどこかなんてまだわからないよ」
「だったら探しにいかないとね」
戸田さんは他人事のように言った。
「まあ、気が向いたらね」
「いつからそんなにふらふらしているの?」
「わからない」
タッチについて言われたことなんてなかった。
(誰も見もていなかったから)
「あなたは謎だらけね」
あなたの方こそ。
「ポメラは何も奏でないから」
どこかに響いたかなんてわかりっこない。
埋まらない距離を知りながら、僕は馴れ馴れしくポメラに触れた。
「おだいじに」
そう言って謎の戸田さんは去って行った。