眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

風の禁じ手

2024-05-06 17:31:00 | ナノノベル
 口を開かずとも強く存在している者がいる。私が愛用する扇子もそのような存在だ。触れているだけで不思議と心を落ち着かせてくれる。大きく開くまでもない。読みに集中する時には、パチパチと刻まれて読みのリズムと共鳴する。
 いま、私の玉頭に大きな脅威が迫っていた。
 最も危険なのは間違いなく飛車の直射。
 手筋!
 と飛車の頭に歩をあびせた。

「大駒は近づけて受けよ」
 格言にもある通りだ。



 連打連打と歩を叩く。将棋は歩の使い方で決まる。
 一歩ずつ飛車が近づきいよいよ自陣にまで迫ってきた。駒台に伸ばした手は、フラットな一面を撫でるばかりだった。
 あったのに。あんなにたくさんあったのに。まだあるはずだった。ないとおかしかった。あるとよかった。あってほしかった。読んでいなかった。あるとは限らなかった。愚かなことだった。取り戻せればよかった。本当はね。

(あの一歩一歩が)
 すべて特別な歩だったのだ。

 ここにきて歩がなければ、いままでのは何だったのかわからない。それは相手へのプレゼント。もはや脅威の飛車筋をきれいに止める手段は何もなかった。
 私は大きく扇子を開くと飛車に向けて念じた。
「立ち去れー!」
 すると大きな風が起きた。
「ひえーっ!」
 座布団の上の名人が吹き飛んで行く。
 私の反則負けだ。










コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« コーヒーを返したい ~言葉... | トップ | 最後の笛 »

コメントを投稿