山口 香の「柔道を考える」

柔道が直面している問題を考え、今後のビジョン、歩むべき道を模索する。

歴史を振り返る

2009-03-02 10:22:48 | Weblog
 柔道界には、内紛という暗い過去がある。日本人は忘れやすいというか、水に流すというか、過去にとらわれない部分がある。しかしながら、同じ過ちを繰り返さないためにも歴史を知り、検証することは大事でる。

 私が大学生の頃なのでもう20年以上も前の話になるが、1983年全日本柔道連盟から学生柔道連盟が「柔道界改革のため」という理由で脱退した。当時は、どういった理由でこういった事態になったのか詳しいことを知る由もなく、学閥争いぐらいに考えていた。

 その後、様々な人たちに当時の事情を伺ったり、書物、新聞などの情報を調べてみると学閥争いといったものよりも根の深い柔道界の問題が見えてきた。まずは年表で当時の流れを見ておきたい。

1979年1月 IJF会長選へ立候補 講道館鏡開き式後の全柔連理事会において、12月にパリで開かれるIJF総会の役員改選に、松前重義・全柔連理事をIJF会長候補として推すことを決定した。
1979年12月 松前氏IJF会長に
1979年12月 嘉納行光・第4代講道館長 就任 講道館維持員会にて決定。館長の実務は明年2月1日より。
1980年 嘉納行光・全柔連会長 就任 全柔連理事会において、嘉納履正・会長の辞任に伴う後任会長に、嘉納行光・講道館長(47)を満場一致で可決。
1983年1月 全日本学生柔道連盟が「柔道界の改革のため」として、全柔連に脱退届を提出。
1987年11月 IJF会長にカログリアン氏
1987年11月 IJFは全柔連に加盟していない日本国内のいかなる団体も参加を認めないとした
1988年4月 柔道界の紛争解決 30日全柔連、全学柔連とも別々に評議員会を開き、先に国会議員柔道連盟がまとめた「全柔連の法人化、全柔連と講道館の分離」を骨子とする最終調停案を双方が受入れることを決めた。なお、全学柔連と全大学柔連の組織一本化については、第三者の斡旋介入を断り、両団体間で話し合いによって解決することとした。全柔連は理事会、評議員会において、従来の主張通り「一本化へは全柔連が主体をもつこと」を確認。

 この流れをみればおわかりだと思うが、学柔連が脱退する前の動きとして、講道館館長、全柔連会長が交代している。また、その年に起こっていることは、松前重義氏がIJF会長に立候補することが決議されている。IJFの会長は3代講道館館長でもあった嘉納履正氏が初代を務め、その後イギリスのパーマー氏が2代目を引き継いでいた。この当時、履正氏が館長、会長を辞する意志を固め、後継者の検討に入っていたと考えられる。そして、その時期に松前氏がIJFの会長に推されたということは、館長、会長をも引き継ぐといった暗黙の了解があったのではないかと推察される。

 しかし、最終的には館長、会長は嘉納行光(現館長、会長)に引き継がれた。そして、その数年後に、学柔連が全柔連を脱退した。IJF会長は、学柔連の旗頭ともいえる松前氏であったこと、全柔連はIJFの加盟団体であること、国際的な大会には全柔連に加盟の選手でなければ参加が認められないことなど捻れた現象となり、選手達を巻き込んでの裁判沙汰へと発展した。この問題は、国会の予算委員会でもでも取り上げられている。(1986)質問に立った社会党の大出議員は以下のような要旨の発言をしている。

①講道館の建物に関する登記と税法上の疑義問題
② 講道館の段位承認料は同じ武道である剣道・弓道に比して異常に高額で、高校生が取る初段でも1万8千円~2万円かかる。高校生が払える金額ではなく、2段となれば更に高額で卒業前に支払い切れず、昇段を諦めたり、先生が負担したりしている。
③段位承認料は講道館の財源で、段位は講道館以外のものは認めない。文部省から補助金を受け取っている講道館と全柔連が昭和56年に会員に発送した通知文では「他の団体から段位を取得している者は全部返せ。さもなければ除名する」として、誓約書を書かせている。段位承認料は講道館の基本財源で全柔連加盟者は連盟から除名されない為には従わざるを得ない。
講道館長と全柔連会長は同一人物で、講道館の総務部長が全柔連の事務局長で2つの団体は一体であり、しかも講道館長の選挙規約では、館長が指名した百人の維持員が館長を選挙する。落選する筈がない。そんなことで講道館の「家元制度」は維持され実質「世襲」されている。国が補助金をこんな癒着関係を持った団体に出していて良いものか。
全柔連は地方組織から講道館の為の金を取り立てる組織で、この2つの組織は完全に癒着している。おおよそ民主的団体では毛頭ない。
⑤講道館の在り方に異を唱えた傘下の学柔連と全柔連が国際試合の参加資格を巡った紛争が裁判になり、裁判所が学柔連の仮処分申請を認めそうになった為、国会の柔道議員連盟が中に入って和解させたが、その直後にそれが反故にされた。仮処分申請が再度なされて認められた。問題は講道館と全柔連の癒着だ。国が補助金をこんな癒着関係を持った団体に出していて良いものか。

 大出議員は社会党であり、松前氏が同党であったことを考えると、学柔連サイドに立った発言になっている部分を差し引いて考える必要はある。また、学柔連が脱退という手段をとったこと、結果的には学生が人質のような立場になってしまったことなど肯定できない部分も多々ある。

 しかし、このような問題が起きた背景が講道館、全柔連のトップを決める人事に端を発していたこと、さらに、議員の指摘している問題について今もって尚解決されていないという事実である。紛争があったことは悲しい事実であるが、せめてそのことから何かが変わったり、良い方向にいったということがなければさらにむなしい。

 争いごとにはどちらにもいい分があるので、どちらの側に立つ気もないが、そのことから私たちは何かを学ばなければならない。私が指摘している講道館と全柔連の分離独立は当時から問題とされていたのである。トップの人事は明確な分離独立の意思表示となる。さらに、それぞれの団体が独立していることが、それぞれの方向性を明確にし、そのうえでの透明性のある協力体制を築いていけると信じる。また、節目には立ち止まってじっくり考え、将来を見据えた判断が必要であり、そのチャンスでもある。

 どの方向に進んでいくにせよ、熟考したというプロセスと柔道に関わる多くの人間たちが納得できる説明があるべきだと私は考える。議論もないままに、会議において後任候補の名前が挙げられ、「しゃんしゃん」で決まりではあまりにも悲しい。そんな決まり方では、柔道界に将来はあるのだろうかと思ってしまうのは私だけだろうか?



 

 

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6 コメント

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Unknown (ヒロ)
2009-03-02 23:29:41
山口先生のblogが本になってさらに多くの方々の目に触れる機会が出来る事を、切に望みます。


柔道界の最前線で日々戦っておられる先生のblogは、興味深い上、凄く考えさせられ、柔道界へ大変貴重な提言の発信でもありますし。
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Unknown (Unknown)
2009-03-03 09:22:11
講道館のサイトに『~人間と社会の進歩と発展に貢献すること、すなわち「自他共栄」をその修行目的としなければならない~』とありました。

嘉納治五郎先生の教えを守るべきなのはまず柔道家のはずですよね。

山口先生のブログを拝見して、何か自分に出来ることはないか・・と考えています。
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Unknown (柔心)
2009-03-03 22:15:58
今回の人事で上の方々(現館長だけ?)が講道館と全柔連に引き続きひとりの人間を置こうとしているのはなぜなのでしょうか?
単純に現状に対しての問題意識がないだけなんでしょうか?

身近な先生に質問してみたら二つに分けたら分けたで問題も多いからと言っていました。

それから癒着に関して、補助金を出してよいのかと言う質問に対して、どのように解決したのでしょうか??
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はじめまして (macky)
2009-03-03 23:09:41
私のブログ「神楽坂のキャピタリスト」に来ているアクセスから、偶然、貴女のブログの存在を知りました。柔道ファンで、ブログの上でも何度か柔道について書いたことがあります。恥ずかしながら、貴女についても下記の日に書かせて頂きました。今後ともご活躍を祈念しております。
http://d.hatena.ne.jp/macky-jun/20081007
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素人の感想 (田んぼ)
2009-05-20 22:27:18
山口先生、こんにちは。
新しい記事からさかのぼって来て、この記事までたどり着きました。

講道館と全柔連の関係は、民間企業で例えるならば企業本体と、その企業が設立した財団のような関係なのではないか、あるいはそれが望ましいのではないかと思います。

民間企業の多くは、建前は利益を社会に還元するために、本音は宣伝と税金対策の為に?
財団を設立し、研究者らに対して研究助成などを行なっていることはご存知かと思います。

そういう意味では、別団体であっても進む方向性は同じである筈で、分離独立というのはあり得ないと思いますが、いかがでしょうか。それはトップの人間が同一人物が務めるか否かに関わらず。

山口先生が、当時の議員の主張を全面的に支持しているとは思いませんが、②の段位については、新しい記事で触れられている「柔道が他競技に対してブランド力を持っている」と解釈することも可能かもしれません。それが現在も維持できているかは存じ上げませんが。

「トップは兼務するべきではない」という観点に立つならば、紛争当時、IJF役員と国内団体のトップを分離したことは方向性としては正しく、むしろ学柔連が分離を図る動きの方が、それに対して抵抗しようとしたように見受けられます。

ですので、この紛争を講道館と全柔連のトップの分離を主張するための経緯として取り上げることは、かえって論点がぼやけてしまうように感じられました。

最後に、一柔道ファンとして先生の今後のご活躍を期待いたしております。


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追伸 (田んぼ)
2009-05-20 23:23:49
たびたび失礼いたいます。

子供が通うそろばん教室で、次の「心を育むための5つの提案」という張り紙を見かけました。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/21/02/1236056.htm
下のほうのリンク先のものです。

この中に、「武道をやろう」というがなかったのは残念な限りですが(そろばんはあるのに)、この提言に象徴される社会のあり方に対する問題提起は、武道が再評価され、競技人口が回復することに追い風となるような気がします。

先ほどの発言とサッカーを引き合いにして申し上げるとすれば、講道館が教育的側面を前面に押し出して裾野の拡大を図り、企業としても収益を挙げることが出来るのであれば、トップレベルでも自ずと結果が出せるように思いますがいかがでしょうか。「日本のレベル低下」も、競技人口の減少が一番大きな要因のようにも思われますが。

リンク先の4に、親と子の約束のスローガンが掲げられていますが、私の知る少ない例でいえば、剣道の少年団ではこのようなスローガンを練習の後に復唱させますが、柔道の少年団ではやっていないように思います。このようなところにも、柔道の教育的側面が低下してきている兆候が現れているのではないかと感じます。

(ただし、剣士の飲み会は場が崩れないので、非常に窮屈ですが・・・それはよしとして)

また、5の「地域の力で教育を支える」という点については、柔道などの町道場はその受け皿の役割りを十分に果たせるのではないかと思います。

今度こそ最後に、柔道ルネッサンス、期待しております!




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