山口 香の「柔道を考える」

柔道が直面している問題を考え、今後のビジョン、歩むべき道を模索する。

良き時代

2010-07-23 08:45:59 | Weblog
 暑い!暑い!暑い!と何度でも言いたくなるような、うだるような暑さが続いている。冷房の中に昼も夜もいるために身体はだるく、不快。夜は冷房を切ってと思うが、汗にまみれて悪夢でも見たかのような状態で目が覚める

 話は変わるが、最近は年齢のせいだろうか、会議がやたらと多い。勤務先、柔道、スポーツ関連などなど・・・会議のはしごなどは日常茶飯事だ。どれも重要な会議ではあるものの、自分自身が「気持ちを込めて取り組む」というのには少し違う。仕事は何でもそうだが、スポーツのように目標がはっきりしていない。失敗したことはわかっても、成功は感じにくい。また、成功したとしても満足感は得られにくい。おそらく、競技出身の人間だからそのように思うのかもしれないが・・。

 選手の頃は、夏は地獄だった道場内は40度を超えるような暑さで柔道着を着ているだけでも汗が流れた。夏休みは二部練習や合宿が続く。学生時代のアパートには冷房がなかったので身体の熱をとるためにお風呂に水をためて本を読みながら浸かっていたことを思い出す。毎日毎日柔道のことだけ、練習のことだけを考えて生活をしていた。

 今に比べてキツくてもわかりやすい充実感があった。もう一度あの頃に戻りたいとは思わない。あのキツさを繰り返す勇気も気力もない。それでも、あの頃は良かったなあと思う。目標がはっきりしていて脇目も振らずに頑張れば良かった。そしてそれを周囲も認めてくれた頃・・・。

 いまその厳しさのまっただ中にいる選手達は気がつかないだろうが、人生のうちで一つのことに全てを賭けられ、それが認めてもらえる時間はほんの少しだ。ほんとうに幸せな時間だ。そしてあっという間に過ぎ去ってしまう。

 9月の世界選手権まで2ヶ月をきった。選手達は最も追い込んだ練習をしているに違いない。大変なのは重々承知しているが羨ましくも感じる。ひとつのことに熱中できる時間を大事に悔いのないようにやりきってほしい
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小学校で柔道指導

2010-07-20 08:11:45 | Weblog
 先日、杉並区内の小学校で2日間に渡って6年生に柔道の授業を行った。数年前から毎年行っているもので、「道」というテーマで様々な講師から教えてもらうという試みである。柔道については、武道必修化もあって、中学校への導入を行う試みもあるようだ。

 始めに全体で講義形式で柔道についての話を聞いた後、実技は一クラス3時間(45分×3)行った。礼法、基本動作、受身、投げ技、抑え技と続く。道場はないので体育館に滑り止めを敷き、その上に畳みを敷いた。動きが激しくなると畳みが動いたり、スプリングもないため衝撃が大きいことはあるものの、導入段階の授業には十分といえる。

 一クラス約40人。指導にあたったのは私と交代で大学の柔道の先生がもう1人、そして近くの高校の柔道部女子が数名、2日目は大学生が2人手伝いに来てくれた。

 小学生や中学生を指導する場合、指導者1人では目が行き届かないところも出てくるので学生であっても補助してもらうと指導者も安心感があり、授業の効率もあがる。

 昨年は12月に行って非常に寒かったので今回は7月に設定したが、あいにく梅雨明けと重なり暑さが厳しかった。学校側の行事や私の都合などもあって最適な時期を選ぶのは難しい。私が行った授業のときは暑さ対策として準備運動や受身など柔道着を着用しなくてもできる部分は体操着のままで行い、さらに男女交代で行うときなどは、休んでいる時には柔道着を脱がせておいた。柔道場で柔道着を脱いで休むことは抵抗を感じる指導者も多いと思うが、授業の場合はやむを得ないと思う。

 今回のような特別授業の場合、連続して指導ができるので効率的だ。子供達も興味を持って意欲的に取り組んでくれた。中学校での授業では週1〜2回で10〜13時間行われると思われるが、畳みを敷いておく場所や外部に支援(指導の補助)を頼むことなどを考えれば、大学で行うような集中授業のように数日間で行うことも良いのではないだろうか。

 他のスポーツの場合は、ほとんどが小学校で遊び的な要素を含んだ導入がされて中学校に移ってくる。しかし、柔道においてはそれがない。柔道そのものは難しいだろうが、柔道遊びのようなもの、柔道着の着方やたたみ方、礼法など伝統文化を教えるなど、少しでも小学校の時代に導入ができれば中学校での授業展開もやりやすくなるのではないだろうか。

 中学校の必修化に対応するだけでも大変なのに小学校まで・・・とお怒りの声が聞こえてきそうな気もするが、これを機会に中長期的観点を持って教育現場における柔道の展開を考えていきたいものだ。
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意識の高まり

2010-07-13 18:13:17 | Weblog
 先週から今週にかけて全柔連関係のいくつかの会議があった。それぞれ違った会議であったが、参加者の関心は「柔道必修化」「指導者」「安全」といったところにあると思われた。こういったキーワードで話が進むと様々な意見が飛び交い、議論が白熱した。

 話をしていて難しいと感じるのは、いずれも「ベスト」という答えを導きだすことが難しく、百人いれば百人が意見を持っており、百通りの方法論があるということだろう。

 柔道に限らず、教育現場において指導者の重要性は皆が認識しているが、その理想像には違いもある。指導者資格についても議論はある。ただし、ここで問題となるのは柔道にはすでに「段」という資格が存在する。このシステムを指導者資格とどのように融合させていくかが難しい。しかしながら、一般的には黒帯を締めていればある程度の知識と指導者としての資質を備えていると見られるのも事実なので、今後は段の認定に指導者として必要な基礎的な知識や教養を試験の中に盛り込んでいくことも検討されてしかるべきかもしれない。その上で、黒帯=指導できるではなく、3段以上はその資格があるといったように、どのレベルから指導者として認めるかも議論されるべきだろう。

 学校の授業において難しいのは、体育の先生は教員免許を持っているために、柔道の段を取得していなくても柔道指導ができることになっている。先生によっては段を持たれている人もいるが、段も取得していないのに「見栄え」で黒帯を締めている先生もみかける。体育の教員は、指導法や救急法などは習得しているものの、柔道のように専門性の高い競技を教えるには難しい点も多い。しかしながら、柔道の授業をするために、さらに柔道の指導者資格が必要とすることが可能かどうか・・・。

 指導者資格が議論になるのも「安全」に対する意識が高まっているからではないだろうか。柔道は格闘技であり、危険な技、場面も存在する。しかし、子供達を危険から遠ざけることが子供を守ることにはならない。危険を回避するためにも逞しさを養う必要もある。大事なのは、どういった状況が危険で、事故が起きる可能性があるといった情報を皆が共有し、理解した上で安全に配慮し、指導を行うことが重要になる。全柔連も安全に対しての委員会を立ち上げた。

 安全には最大限の配慮が必要だが、指導者が萎縮してしまうことも心配だ。中学校の柔道部の数は激減している。理由は指導者数の減少である。中学校に限らず、クラブ等で指導されている先生は「やりがい」を感じて頑張っておられると思うが様々なプレッシャーやストレスにさらされているのも事実である。そういった先生方にとっても安心して指導に励める環境を確保することが必要だと思う。つまり、指導を受ける生徒達、指導する側の先生達、両方の立場から考えても事故を防ぐマニュアルや安全な指導を考えていくことは重要だといえる。

 体重別であるか無差別であるか、レベルの違い(経験年数や級など)での対戦をどうするか、危険な状況を回避するルールなどなど、試合や練習における方法をにおいても考える余地があるだろう。

 多くの柔道関係者がこれまで以上に、「指導者のあり方」「安全」といったことに対しての意識が高まっていることは間違いない。「自分は指導の経験もある。そんなことは言われなくてもわかっている。」と胸を張っていた指導者の多くも聞く耳を持ち始めているように感じる。講習会や勉強会を積極的に開催するなど、ベストではなくても良いと思った取り組みは迅速に実行し、目に見える形で進めていく必要がある。
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山下旗柔道大会

2010-07-06 21:34:26 | Weblog
 7月4日宮城県登米市で行われた山下旗柔道大会に柔道教室講師で参加した。この大会は今年で32回を数える。東北を中心に多くの小学生、中学生133チーム790名が集まり、盛り上がった

 会場に入って目についたのが赤いポロシャツを着たお母さん達(昔お母さんだった人もいた)だった。赤ちゃんを背中におぶって靴袋を配る人、受付、来賓接待などなど、手作りの大会であることがこの風景で伝わってきた。講師控え室でお茶を入れていただいたお母さんたちのポロシャツの背中には山下先生のサインが輝いていた

 柔道教室では礼法から入り、挨拶の考え方、大切さ、考えることなどを実技を交えて行った。元チャンピオンが来るということで技術指導を期待していた人には物足りなかったかもしれない。しかし、柔道には「勝つこと」よりも大事なことがあることも伝えたかった。「これまでに怪我をしたことがある人」という質問に多くの子供達の手があがった。確かにやむを得ない怪我もある。しかし、怪我が柔道の勲章であるかのように思ってはいけない。私が小さい頃に通った道場の先生は「怪我をしない、させない」ことが大切と言い続けていた。

 三様の稽古と言われるが、子供達には「うまくなる稽古」「強くなる稽古」と言う説明をした。相手が自分よりも小さかったり、弱かったりした場合には「うまくなる稽古」を心がける。研究中の技を試したり、得意技でも余裕をもって綺麗に一本をとるように投げることを考える。決して投げた後にバランスを崩して相手に倒れかかるようなことはしない。相手が自分と同じ体格、それ以上、自分と同じか強い場合には「強くなる稽古」をする。試合と同じように思い切って技を仕掛けて決めるところまでいく。

 スポーツなんでもそうだと思うが、弱い相手とやることは「うまさが身につく」、強う相手とやれば「強さが身につく」。サッカーの岡田監督が「今後はもっと競った試合の経験を積ませたい」と語っていた。世界で活躍するレベルにいけば、強さをより鍛えていく必要があるからだ。逆に成長の段階では「強さ」よりも「うまさ、巧みさ」を身につけてほしいそこに日本人の器用さが生かされる武器を持つことができる

 こういった大会に来るたびに、日本の柔道を支えているのがどういった人たちなのかを自覚する。800名近い子供、応援団を合わせれば千人を超える。これだけの人数を集め、滞りなく大会を運営することは容易ではない。聞くところによると準備委員会の何人かはひと月あまり自分の仕事もしないで関わっていたという。本当に頭が下がる

 こういった活動を全柔連や講道館がなんとか支援し、応援する方法はないものだろうか
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熱き闘い

2010-06-30 15:37:21 | Weblog
 ちまたに溢れる「にわかファン」同様に私も岡田ジャパンの闘いを熱くなって応援した一人である正直言って、こんなに頑張ってくれるとは期待していなかった。テストマッチでは結果を残せず、どん底の状態までいったことが浮上する力になったのかもしれない。岡田監督といえども選手やチームのここまでの活躍を予測できなかったのではないだろうか

 柔道は個人戦だが、オリンピックとなるとチーム総力戦となる。一人一人が自分の役目を果たすこと、バトンを渡すこと、チーム内の人間全てが勝利を信じて最後まで闘うこと、これができるチームは強い。日本女子がアテネ五輪で7階級中5階級で金メダルをとったときが、まさにそうであった。吉村ヘッドを中心にコーチ、選手、スタッフが一つだったそういえば、関係ないが吉村先生は岡田監督に顔が似ているとくに世界を闘い抜くチームであれば選手の個性が強く、一つ間違えばバラバラな集団になりかねない。個の力を生かしつつ、チームとしてまとめあげていくのが監督の力量であろう

 PK戦が終わっての選手達の涙、ゴールを外した駒野選手を慰める松井選手の姿をみても、チームとしては完成されていたことがわかる。「サッカーはチームで闘うスポーツである。それをみせたい。」この言葉通り、岡田監督の作りたかったチームが体現された。技術や戦術面ではまだまだ課題も多いだろうが、日本が目指すべきチーム作りの原型はできたのではないだろうか。

 今大会はフランス、イタリアいう強豪国が予選リーグ敗退した。それに比して日本や韓国、パラグアイ、ウルグアイといったダークホース的な国の活躍が目立っているこれらの国のサッカーは古豪の国から見たらどのように映るのだろうか。柔道の場合、スタイルが違う闘いをすると勝ったとしても「あんなのは柔道じゃない」という批判が聞こえてくる。日本柔道をサッカーに置き換えるとオランダサッカーのようなものだろうか。伝説ともいえるヨハン・クライフ選手の「美しく敗れる事を恥と思うな、無様に勝つことを恥と思え」という言葉は有名である。まさに王者の言葉であり、日本でいう「一本を目指す柔道」がそれである。つまり、その競技において歴史や伝統がある国と新興国では、自ずと戦術やスタイルは違ってくるのだろう。

 岡田ジャパンの闘いは立派であった勝つためのサッカーをやり抜いた。しかしながら、サッカーファンとしてみたときに興味深い、称賛すべきサッカースタイルであったかどうかは意見のわかれるところだろう。それでもカメルーン戦では辛口だった世界のメディアもパラグアイ戦の後には称賛に近いコメントを載せている嬉しい限りだしかし、ここまできたからこそ感じるのは、これ以上を目指すには何が必要かということだ。日本が今後決勝トーナメント常連国に仲間入りし、ベスト8、ベスト4というところを狙うには技術、戦術においても次のレベルが要求されるというのは皆が感じていることだろう。

 言いたいのは、柔道においても歴史や伝統のない新興国と呼ばれる国が私たち日本人が思うような柔道とは違うスタイルや戦術を駆使して勝ったとしても、それはそれで認め、称賛してあげたいということだ古豪と呼ばれる国、即ち日本はそういった国のチャレンジに文句を言うのではなく、余裕を持って受け止め、跳ね返さなければならない。そうすることで彼らは次の目指すべきレベル、ステージがあることを知る。

 寝不足覚悟で最後まで応援した感想をひとつなぜPKは5人で終わってしまうのか?120分も闘って決着がつかなかった試合をたった5人のPKで決めてしまうのはあまりに切ない。あそこまでやったのだから、時間無制限に決着がつくまでといいたいところだが、そうもいかないのであれば、せめて最後にピッチに立っていた10人全員がけるべきではないだろうか。10人蹴っていれば、もしかしたら違う結末、ドラマがあったのでは・・・などと考えてしまう

 PK戦になった途端にチームから個人の闘いになるようなものだ。誰が失敗したか、責任が明らかになる。見守る親達はどんな思いでみたのだろうか。おそらく見られなかったのではないか。駒野選手の悔しさ、やり切れなさは察するにあまりある。どんなに慰められても癒えるものではなく、生涯、記憶から消えることもないだろう私とてかける言葉はないが、昔誰かに言われた言葉を思い出す。「神様は耐えられる人間にしか試練は与えない」PK戦の場合、誰かが失敗しなければ終わらない。誰も傷つかずには終われないのだ。そういう意味で駒野はその試練を受けてもその思いを背負って生きていける人間だと選ばれたともいえる

 スポーツは時に喜びを、時に苦しみを、そして、希望を与えてくれる。やっぱりスポーツは素晴らしい

 
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嘉納治五郎生誕150周年記念国際シンポジウム

2010-06-07 08:38:11 | Weblog
 今年は嘉納治五郎師範生誕150周年である。これに伴って国内外においていくつかの記念行事が行われると思われるが、師範が長く校長を務められた筑波大学(前身の東京高等師範学校)では、6月12日(有楽町:国際フォーラム)、国際シンポジウムを行うこととなった。

 柔道家の多くは、嘉納師範について柔道における一面のみしか知らない。しかしながら、師範は柔道に留まらないスポーツ全般の推奨、発展に寄与し、さらに留学生を多く受け入れ、教育家としての功績が大きい。

 今回のシンポジウムでは海外からのゲストも招き、師範の目指されたものを再検証し、今後私たちがその思いをどのように受け継いで実現させていくかということが話し合われる予定である。

 是非、多くの柔道家に参加していただき、ともに考える時間となることを願っている。

シンポジウム

 
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指導者講習会

2010-06-01 11:38:24 | Weblog
 5月25日〜28日横浜において、「平成22年度子どもの体力向上指導者養成研修」が行われた。子供たちの体力向上を目指し、教員がスポーツの指導法を学ぶ講習会である。柔道の講習は平成24年から始まる武道必修化に伴って、専門外あるいは女性教諭であっても安全に楽しく、効果的な授業が展開されるようにというテーマで進められた。

 受講したのは中学校や高等学校で教鞭をとる約30名で、8割が柔道専門、2割が専門外であった。上記のテーマであれば専門外の教員がもっと多く参加しそうなものであるが、今回の研修を彼らが地区に戻って伝達講習を行う関係で、まずは専門の先生が学び、伝えていくという形である。

 私はウォーミングアップや受け身、投げ技、固め技、それぞれのパートごとの指導法を示し、実際に体験してもらった。授業であるので当然指導要領に従って展開をしなければならないが、アプローチの仕方には工夫ができる。武道というと「伝統・文化」という概念から’こうあるべき’とか’こうでなければいけないのでは’といった固定観念が強い。もちろん、基礎・基本は重要だが、限られた時間、生徒達の体力などを考えて、いかに子供達に興味を持ってもらうかが鍵となる。

 海外で行われている指導法を参考に、ボールやフープなどといった小道具を使っての指導法も紹介した。専門外の先生には、「自分の専門種目を柔道の指導に生かす方法もあり」という考えを持ってもらいたかった。技を仕掛けるということは自分を表現することでもある。とすればダンスの先生の得意分野である。サッカーの足さばきは柔道にも応用できないか?体操競技のバランス感覚や柔軟性は柔道にも生かせる!などなど。

 講義のあと、先生方が模擬授業を行った。どの授業もとても楽しそうで、同時に生徒自身に考えさせる内容のものだった。技術を教えることも授業としては重要だが、生徒自身が自分の身体の動きに気づき、技の理会いを理解し、自ら取り組んでいく授業は教育的な効果が高いと思われる。柔道というと格闘というイメージがあるが、一つ一つの技の完成を目指した達成型のスポーツでもある。相手に勝ったか負けたかではなく、自分の技がどのように上達したかを評価することが大事である。

 また、礼法など他のスポーツとは違う部分もあるが、こういった部分に関しては「なぜ?」ということを教えてほしい。伝統的な行動様式をただ行うのではなく、その意味を知ることによって日本人が受け継いできた考え方や大切にしてきたものを理解できるはずである。

 学校によっては武道場がなかったり、十分な広さが確保できなかったりと大変なことも多いと思うが、伝統的な文化に触れ、さらに柔道が楽しいと感じられるような授業が多く展開されるように願う
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ルネッサンスフォーラム

2010-05-20 10:15:04 | Weblog
 2001年から始まった柔道ルネッサンスも10年目を向かえ、この活動がより発展的に継続的に全国各地で行われていくことを願い、14日(金)〜15日(土)に講道館にて「柔道ルネッサンス・フォーラム」が開催された。

 各都道府県より推薦を受けた1名ないし2名の代表者、総勢57名が参加して、活発な議論が交わされた。私も委員の一人として参加したが、全国各地で行われている活動は私が想像していた以上に熱心で活発なものであった。また、柔道指導者の方々が集まった会はいつもそうだが、ひとりひとりの柔道に対する熱い思いを感じる。

 競技の部分が注目され、それに伴って勝利を求める気持ちが強くなって、柔道の持つ教育的な部分がないがしろにされてしまう傾向も否めない。金メダルを目指して頑張ることも大きな意味と意義はあるが、金メダルを目指したことが人間的にも成長する過程であってほしい。嘉納師範の言われた「精力善用」とは、柔道で得られた全ての力を善き方向に発揮しなさいということであり、逆に言えば「力を持たせることは、その使い道を誤れば、力を持たせたこと自体がマイナスになる」という示唆が含まれている。

 今回のフォーラムでは以下の「柔道ルネッサンス宣言2010」を採択した。

1.指導者自らが襟を正し、「己を完成し、世を補益する」事を実践します。
1.理にかなった技の習得、「一本」を取る柔道を目指します。
1.老若男女が親しめる、安全に配慮した柔道の普及・発展に努めます。
1.美しい礼、正しいマナーで、品格のある柔道人になり、育てます。

キーワードとなったのは「指導者」「一本」「安全」「品格」だと思っている。ルネッサンス活動も10年の節目を迎え、今後の活動は、柔道の稽古がそうであるように、「やらされてやる」のではなく「自発的」 なものとなっていくことが望ましい。

 世界の中の柔道、日本の立場、リーダーシップ、中学校武道必修化、指導者養成、安全への配慮などなど、現在の柔道が抱えている問題は少なくない。しかしながら、私たちは、嘉納師範の掲げられた柔道の理念を現代にあった形で継承し、次の世代へ引き継いでいかなければならない。「そのために何ができるか」をそれぞれが考え、実行していくことがルネッサンス活動につながるのだろうと思う。

フォーラム
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谷亮子氏

2010-05-11 11:37:45 | Weblog
 昨日、谷亮子氏が民主党から参院選に出馬するとのニュースが日本を駆け巡った。サッカーのWカップ代表選手の発表がかすんでしまうぐらいのビッグニュースとなった。

 スポーツ選手が政界に転身するのは決して珍しいことではないので、ニュースを聞いた瞬間でも大きな驚きは感じなかった。私も含めてびっくりしたのは「現役はもちろん続けます。ロンドンでは金メダルを目指します。」という発言ではなかっただろうか。

 2児の母としてオリンピックを目指すだけでも大変なのに、議員になっても頑張るという挑戦にはある意味敬服する。彼女の場合、他の誰もがなし得なかった未知の世界への挑戦ということに大きな意味と意義を感じるのだと思う。

 立候補を決めた段階であり、まだ当選したわけでもないので議員と選手を両立できるのかという議論はおいておきたい。私が興味があるのは、全柔連がこれに対してどういう対応をするかということである。彼女は第2子出産ということで2008年北京五輪以来、試合に出場していない。強化選手を決める公式な規定に「産休」はないが、彼女の実績を考慮して現在に至るまで強化選手トップの「ナショナル」に属している。これだけの期間において合宿、試合への出場が無条件に免除されてきた選手はいない。

 彼女がロンドンを目指すと公言した以上、全柔連としては合宿に参加させ、国際大会にも派遣しつつ、強化を図っていかなければならない。おそらくこれまでは出産、育児ということで大目に見てきたのだろうが、「選挙活動はできますが、合宿や大会には参加できません」というのは理由にならなくなってくる。

 現在、ナショナルに属する選手達は多くの大会へ有無を言わさず派遣されている。五輪、世界選手権などで既に実績のある選手も同様である。全ての選手がサバイバル戦を闘い抜いている状況を考えれば、これ以上特別に扱うことは難しいだろう。

 彼女の復帰戦は11月の講道館杯が有力だが、それまで全日本としての活動に参加しなくてよいという理由はない。全日本の強化選手として活動ができないという状況であれば、強化から外すしか無くなる。彼女の挑戦は挑戦として、全柔連は、強化は、組織としてどのように対応するのかが注目される。

 
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強化方針

2010-05-07 19:59:40 | Weblog
全日本選抜体重別、男女の全日本選手権が終わり、9月に行われる世界選手権の代表が決まった。国内の大会は一段落して、ここからは国際大会、合宿を経て世界選手権に臨む。

 男子日本代表(各階級2名、14名、90kg級西山選手は怪我のために欠場)は、早速、今週末チュニジアで行われるグランプリ大会に出場する。オリンピック2年前のシーズンに突入したこともあって、前年度に比べると出場選手も増えている。男子73kg級は最も多く42人である。オリンピック出場権をかけたランキングポイント獲得の闘いがいよいよ始まった感がある。こういった厳しい中でしのぎを削って生き残ったものがオリンピックに辿り着くということか。

 心配なのは選手の心理面、肉体面の疲労である。例えば、100kg超級の鈴木桂治選手は29歳である。4月に選抜、全日本と2つの大会を闘った。そして休む間もなくチュニジアへ。私自身の経験から考えても若くともこのペースで試合をすることは非常に難しい。大きな大会を終えれば自分が思っている以上に心身ともに疲労し、消耗する。消耗した状態で無理をすれば怪我を誘発することにもなる。

 国内の練習環境(レベルの高い練習相手)が十分でない海外の選手の場合には試合を練習の一貫と捉えて割り切っている選手も多い。しかし、日本の場合はコーチも選手も「出場した大会は全て勝たなければ」という観念的なものがあるので、試合が増えれば増えるほど大変である。そして、毎月のように大会をこなしていき、どの大会も勝たねばならないとなれば、世界選手権にピークを持ってくるのが非常に難しくなる。

 試合に出るのはプラスの面とマイナスの面もある。若い選手であれば、経験を積むというプラスの面が多いのだろうが、ベテランもしくは既にある程度実績を持った選手は、研究され、「勝ちづらくなる」マイナス面の方が大きいと思う。とくにヨーロッパの選手は一度負けた選手に関しては徹底的に研究する。1時間やったら勝てないとわかっていても5分間なら勝てる方法を見つけ出す。

 確かにランキング制になったことでポイントを獲り、より有利なシードを獲得して世界に挑むというのもわかる。しかし、実際にはその選手が強ければシードは必要ない。誰とやっても勝つ自信があればシードなど必要ない。鈴木選手や小野選手のような選手は、大会を多く闘って得られるものと、疲労や怪我、研究されるなどといった失うものとを天秤にかけて大会に出場するべきだろう。

 今年の世界選手権で勝つことは重要だが、最終的にはオリンピックが勝負となる。ポイントに振り回されて大会に出続けて肝心のオリンピックでは息切れしてしまったということがないようにしなければならない。「試合に出る以上勝たなければ」という意識の強い日本は、大会前はどうしても調整期間をとる。つまり、大会が増えれば調整の期間が増えて、実際に鍛える期間が削がれるといった心配もある。

 ナショナルコーチ達は私が考えるようなことは百も承知で大会を選び、強化計画を立てているとは思うが・・・。篠原体制になってからは一貫して厳しい強化方針を打ち出している。そのことは選手も理解していて、選ばれた大会には余程の怪我でない限り回避しないようだ。こういった厳しさは評価もできる。しかしながら、コーチの立てた計画に沿って懸命に頑張った選手が万が一結果がでなかったとしたら、その責任は、これまで言い尽くされてきた「選手の気持ちが甘かった」「勝とうという気持ちがみられない」というように選手のせいにするのではなく、強化委員会なり、コーチ陣の責任であると認識しなければならない。またそうでなければ、選手達も救われない

 
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