黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に、シンガー・ソングライターの竹内まりやが出演。いちばん多く楽曲を提供した岡田有希子について、また、自身の音楽に対する考えについて語った。
黒木)今週のゲストはシンガー・ソングライターの竹内まりやさんです。9月4日にデビュー40周年を迎えてリリースされるアルバム『Turntable』。この収録曲を聴きながらお話を伺っているのですけれども、まりやさんは沢山の方に楽曲を提供なさっています。そのなかでも岡田有希子さんへの楽曲は、いままでご自分では歌えなかったということですが。
竹内)有希子ちゃんは私が、いちばん多く楽曲提供をした歌手でした。キラキラ煌めくティーンネイジャーの新人のころから曲を書かせていただいています。でも、残念ながら18歳で亡くなってしまってからは、彼女へ書いた曲をセルフカバーするということがなかなかできませんでした。何となく有希子ちゃんの曲は永遠に歌わないかなと思っていたのですが、33回忌を経て、彼女が生きていたらもう50歳を過ぎていることを考えると、天国にいる有希子ちゃんに、「私も頑張ってこの曲を歌っていますよ」ということが届くかなと、今回3曲選んで歌わせていただきました。デビュー曲の「ファースト・デイト」を含めて、届いているといいなと思います。
黒木)そのときの彼女が見えるようです。
竹内)本当に煌めいていたのですよ。素直なお嬢さんで、夢もいっぱいあっただろうなと思いますけれどね。一緒にレコーディング・スタジオでお仕事をしたシーンを思い出しながら歌いました。60代の私が「ファースト・デイト」という、ティーンネイジャーの気持ちで歌うのはちょっと難しいところもあったのですが、でも彼女と心の交流ができたのかなという気はしますね。
黒木)喜んでいらっしゃるでしょうね、きっと。
竹内)そうだといいですね。
黒木)Disc2に入っていますが、達郎さんがまりやさんの音楽について素晴らしいコメントをしています。まりやさんは時代のトレンドに媚びないで、追随をせず、その先の普遍性というものを常に模索し続けているから、30年前の楽曲でも古くは聴こえないのだと。そして何よりすべての作品に通底しているのが、人間の存在に対する強い肯定感である。その考え方が、浮き沈みの激しい音楽シーンのなかで長く受け入れられて来た大きな要素だと自分は考えている、とおっしゃっています。
竹内)たぶんそれは、彼自身にも言えることだと私は思いますけれどね。その普遍性というものを追求して音楽を作って行くというのは、音楽の流行り廃りに左右されてしまうと、自分の核がぶれてしまいます。そうではなく、これが自分には似合っている、これが好きというものがぶれなければ、信念を貫いて自分の音楽性を追求できるわけです。こうした方が売れるかなとか、こうしたら時代遅れかな、などと考えないで、自分にいちばんフィットするもの、いまの自分に合うもの、そういうものを探すことで、逆にその普遍的なものになるのではないかと思います。30年経ったときに、これは古いよねというものではなくて、30年経ったときでもその時代にフィットするようなものが、そこあるような音像であったり言葉であったり。人間の思いというものは、そうそう変わって行くものでもないのです。人間の深い思いのようなものがそこにあれば、どんなジャンルの音楽でも普遍的なものになり得ると思います。
黒木)そのぶれない強さは、やはり普遍的なものですね。まりやさんはもちろん、達郎さんもそうですけれど、それがあるからずっと第一線で歌を提供しているのですね。
竹内)偉そうなことを考えて音楽をやっているわけではなくて、音楽が好きというパッションがあることだけは自負しているのですね。そのパッションがなくなったら音楽はつまらないものになって行くので、その音楽にときめいている自分がいるということが、いちばん重要なことです。小手先でいろいろなことを考えてやるのではなく、「歌いたいな」とか、「いいメロディを書きたいな」とか、そういう音へのときめく思いですよね。それがあるうちは歌えるのではないかと思っています。
黒木)ずっとそのパッションは続いているものですか?
竹内)続いていますね。子どものときから変わらないです。それこそ、ターンテーブルに針を落とす瞬間の「はっ」と思う気持ちがある限り、自分は歌って行けるのではないかと思います。😎 😉 😏