和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

【SS】月にいる

2016-06-27 10:55:02 | 小説。
彼は今、月にいる。
そう、あの、夜空に浮かぶお月様に。

出会ったのは、僕らがまだ小学生の頃だった。
何やら難しい生い立ちの彼に、何も分からない僕は普通に話しかけていた。
それがよかったのか、僕らは自然と友だちになった。

彼は、言葉では表現できない程に頭がよかった。
常に難しいことを考えているようで、しかし僕と話す時はそんな素振りも見せなかった。
相手に合わせて、話題をチョイスする。
言葉を選択する。
そんなことがごく自然にできる小学生だった。
大人になった今も、僕には真似のできないことだ。

だからだろうか、喧嘩をすることもなかったように思う。
そもそも相手になっていない。
喧嘩なんて、真っ当な関係性でなければ起こらない。
僕らは、きっと、そんなに真っ当じゃなかったのだ。
一方的、というわけでもないのだが。
彼が、常に配慮してくれていたからだろう。
とにかく、僕が不快になるようなことはなかった。

彼は、不快だっただろうか。

こんな、低レベルな一般人と会話して、嫌じゃなかっただろうか。
今になってそんなことを心配する。

そんな関係はもはや友だちとは呼べないよ、という考えもあるだろう。
しかし、そんなことは思ったこともなかった。
二人で遊ぶことは楽しく、話すことは刺激的だった。
だから僕は、今でも友だちだと思っている。
向こうは――どう思っているのか、分からないままだが。
多分友だちだと思ってくれているんじゃないかな。

そんな彼が、時々口にする未来の話があった。
僕はいつか、月へ行く。
そしてそこに移住するのだ、と。
子供の戯言、と思ったことは一度もない。
彼ならやりかねない、そんな風に今でも思っている。
だから、彼と離れることになった時、自然にこう思ったのだ。

彼は今から、月へ行く。

どうやって月で生きるのか、そんなことは僕には想像もつかない。
だが、彼が行くと言うのなら行くのだろう。
そんな気がしている。

それから長い月日が経って。
僕は今、夜空の月を見上げながら思っている。
彼は元気で暮らしているだろうか。

彼はきっと、月にいる。
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