京都・静岡・宝塚・東京・横浜、
そして尾張名古屋からの季節だより
熊本地震、
その後、
熊本のシンボル熊本城罹災、
道路は崩れた石垣により寸断、
高い石垣の向こうに、
大天守閣・小天守閣、
復元なった本丸御殿は無事、
大天守閣の屋根瓦の殆どが落ちる、
石垣無残、
櫓の石垣も穿たれる、
空堀の向こう、
櫓を支える石垣、
その隅石の頭石とは、
隅石の重要さ、
櫓を、
その一本の算木積みの石垣が支える、
「隅の親石」(要石・キーストーン)、
御見事、
桜田門(櫓門)を通り、
石橋、
鉄橋(二重橋)への砂利道を行く、
霞む八重洲口方面、
石橋(正門外石橋)、
正門、
右手奥に鉄門(正門内鉄門)、
二重橋とも言う、
こちらは坂下門、
緑の芝生に黒松、
櫓が濠に姿を写す、
石垣と濠そして松もまた妙、
和田倉門方面、
和田倉橋、
白鳥一羽、
メトロ大手門駅から戻る、
メトロ西早稲田駅下車、
事務局までの道に見つける初夏、
行き成りハイビスカス、
近づけば薫るイチジクの花芽、
名前を知らない花でした、
そして、
一面の白い、
美しい、
事務局にて報告書を認める、
文部科学省に出向く、
4年前、
何度となく通い折衝を繰り返す、
今回は別件で先ず打診を行う、
地下鉄虎ノ門駅から地上に、
途中、
江戸城外堀の石垣跡、
鋭い楔形の切石、
暗闇の中に置かれている、
当時の石垣が地下から甦る、
何れの藩の仕事となのか、
江戸城総郭、
エスカレーターにて地上に、
文部科学省新館、
本館の表札、
仕事の内容について、
資料が足りず、
資料を送付し、
次週電話となる、
1時間が過ぎる、
どうしようか考えながら、
地下鉄を1駅歩く、
旧法務省、
現在も使用なれど一部オープン、
2階バルコニー、
桜田門、
旧法務省を後に横断歩道を渡ると、
桜田門(高麗門)、
桜田門(櫓門)、
気に入りの石垣、
組まれた石垣の美しきこと、
御見事、
日本陶芸倶楽部、
初代理事長 松永耳庵、
初代会長 谷川徹三、
原宿駅数分、
倶楽部に毎週3年通う、
信楽並土、
釉薬鵜の斑に乳白釉、
平茶碗、
信楽並土、
釉薬鵜の斑に乳白釉、
信楽赤土、
釉薬鵜の斑に乳白釉、
以前紹介なれど気に入りの赤薬、
二度焼成、
赤楽は手捻り形成、
対する他はロクロ形成、
それぞれなれど、
先ずは、
心に描く形がなければ、
生まれてこない形、
ここが難しい所、
初夏の休日、
昼下がり、
久しぶりに茶の湯の稽古に、
銀座一丁目京橋、
ビルの三階に設えられた茶室、
界隈には古美術商が軒を連ねている、
御濃茶の点前をさらう、
続いて薄茶点前を、
帰り道、
京橋のビルを背に、
葦簀に囲われた、
御神輿四基、
山王日枝神社の京橋町のとか、
夕暮れとなる、