ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ

2006年9月より、米国のハーバード大学ケネディスクールに留学中の筆者が、日々の思いや経験を綴っていきます。

Unforgettable Dinner

2007年11月02日 | 日々の出来事

 

 パチパチと音を立てながら温かく燃える暖炉。柔らかなチーズの盛り合わせと透き通るような白ワイン、そして隣のソファで微笑を浮かべながら語るのは、ケネディスクールのDean(校長)を務めるDavid Ellwood氏と奥さんのMarilynさん。

 ここは、ボストンから車で30分ほど走らせた閑静な住宅街にあるEllwood校長のご自宅。今日僕は、ケネディスクール同窓会の中心的メンバーとして活躍されている日本人OGの方にお声掛け頂き、Ellwood校長のご自宅で校長の手作り料理を頂くという、これまた得難い機会に恵まれたのです。

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 Ellwood校長は、1980年にケネディスクールの教授陣に加わりましたが、主に社会保障分野での功績と手腕を認められ、1993年のクリントン政権発足とともに連邦政府入り。保健社会福祉省(Department of Health and Human Services)で次官補を務めると共に、クリントン大統領の社会保障政策改革のためのワーキング・グループの取りまとめ役でもあった人物。

 キャンパス内で姿を見るのは、入学式での演説や、各国の大統領等、超大物が講演者としてやってきた時のフォーラムの司会役等、つまり、常に「校長として壇上に立っている人物」というのが、僕のこれまでの印象でした。そんなケネディスクールの校長から突然自宅にお招きを受けるというのだから大変な話です。

 「一体どのような会話をしたらよいのだろう?」

 期待以上の緊張を胸に、Ellwood校長のご自宅のベルを鳴らすと・・・

 「Goooood Evening!!!」

と満面の笑みの校長が飛び出して来ると日本風におじぎ。温かい笑顔を浮かべる奥さんのMarilynさんとともに、僕たちを居間に案内してくれたのです。

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 僕たち一人ひとりにワインを注ぎ、チーズを丁寧に切ってくれるEllwood校長。ソファーに揺られるMarilynさんを見ながら一言、

 「彼女はね、僕のボスなんだよ。」

 僕たちが笑うと、

 「イヤイヤ、本当にそうなんだ。だって、僕は彼女のリサーチ・アシスタントとして彼女に出会ったんだから。」

 何と、Ellwood校長が学部生時代にインターンをした研究所での直属のボスがMarilynさんだったとのこと。上司-部下の関係だった二人がどうやって恋人同士になり、そして結婚式を挙げ、結婚30周年である今年を迎えるに至ったのか、ジョークを交えながら語る二人に僕たちはすっかり打ち解けモード。白いタキシードとかわいらしいドレスに身を包んで教会のチャペルからお二人が手をつないで出てきてる、結婚式の写真を見せていただくと、Ellwood校長はこの頃からトレードマークのあごひげをはやしています。

 「今日はIron Chef (料理の鉄人)が腕によりをかけて皆のためにディナーをつくっているから。」

といって、キッチンとリビングを行ったり来たりするEllwood校長は大きな体に鷲のマークのついた小さなエプロンをつけていて何ともひょうきん。

 「私なんかよりよっぽど上手なんだから」

とMarilynさん。待ちに待ったIron Chef特性のメインディッシュができあがると、僕たちはリビングからすてきなテーブルクロスの掛ったダイニングへと移動。そして、エプロン姿のIron Chefが素敵な香りのするアツアツのシーフード料理を特製のソースとともに運んできてくれました。

    

  Iron Chefの異名?を取るのが頷けるEllwood校長の手作りディナーを楽しみながら、話題はそれぞれのケネディスクールに対する想いに移ります。Ellwood校長は様々な政治的・経済的利害を超えて世界中から「Make this world a better place」という共通の想いを持って人々が集まるケネディスクールについて、一つ印象的なエピソードを紹介してくれました。

   *        *        *

  2005年の8月、ロシアの小型潜水艦AS28は太平洋の海中で事故を起こし立ち往生していた。次第に少なくなる艦内の空気。海上ではロシア海軍の必死の救出作業を展開していたが、もともとAS28自体が救出用の超小型潜水艦であることもあり、どうにもうまくいかない。

 厳しさを増す状況を前に、ロシア海軍の提督(Admiral)Vladimir Avdoshinは最後の望みをかけて、モスクワのアメリカ大使館に電話をかけた。そして現場から数千キロ離れて受話器をとったアメリカ大使館防衛担当官は、数年前、ケネディスクールで共に学んだ友人Ben Wachendorfであった。

 「Ben、俺だ、ケネディスクールで一緒だったVladimirだ。仲間の命を救うために、力を貸してくれないか―」

 ロシア政府は軍関係者が直接外国政府関係者と連絡を取ることを原則として禁止している。必要な手続きなしにはアメリカ大使館になどに電話をかける等という行為は立派な処罰対象。だから、普通ならアメリカ側も取り合わない。しかし、友人のあいつなら何とかしてくれるかもしれない。

 こんな旧友Vladimirからの必死の思いにこたえるべく、アメリカ大使館のBenは上司への相談など必要な調整は全てカットし、太平洋上を航行中に米国艦隊に救援を要請。果たして、RS28は酸素切れ直前のところで駆け付けた米軍の力も借りながら引き揚げられ、乗組員は全員一命を取り留めた。

   *        *        *

 ケネディスクールは世界中から集まった学生たちが互いに刺激を与えながら学びあう場。そしてそこで培った信頼関係は、卒業後もオフィシャルな立場は違えど、強い友情として決定的なところで大きな役割を果たす。

 そんなことをまざまざと教えてくれるエピソードを、静かに語りながらEllwood校長は僕たちに尋ねます。

 「ケネディスクールをもっともっと良くするために、何が必要だと思う?是非教えてくれ。」

 とっさに聞かれた僕はこう答えました。

 「僕の所属するMPP(Master in Public Policy)プログラムは他のプログラムと比較して圧倒的に米国人比率が多い(約75%)。MPPで学ぶ学生は相対的に若く、Core Courseばかりで常に顔を合しているからこそ、より留学生比率を増やすべきではないでしょうか?アメリカ人学生もより多くのことを学ぶことができるようになる。」

 また、Ellwood教授は僕たち一人一人に、

 「10年後、自分はどうしていると思う?どうなっていたいのかい?」 

と尋ねます。一人ひとりが想いをぶつけたあと、Ellwood校長に尋ねました。

 「では、Ellwood校長は今から10年後、どうなっていたいですか?」

 いやまいったな、という感じで照れくさそうにしながら、しかしEllwood校長はとても印象的な想いを語って下さいました。

 「校長を続けたいとも、政府に戻りたいとも思わない。ただ、一教授の立場に戻りたいな。言うまでもなく校長はとても大切なポジションだ。しかし同時に孤独なんだ。皆をまとめたりケネディスクールの代表としてあちこちに顔は出すけれど教育者ではない。僕はもう一度教育者に戻りたい。学生から学び、学生と学び、そして彼らを育てる教育者に。」

 10年後といえばEllwood校長はもう70近い年齢。

 何歳になっても若者を育てるという教育者としての情熱を心に灯し続け、同時に、自分の子供や孫くらいの年頃の学生たちからであっても、何かを学びとろうという、実に謙虚な研究者としての姿勢を静かに語り、力強く行動で示そうというEllwood校長の意志に強く印象付られました。

 そしてふと、今年70歳になるケネディスクール前校長であり、以前、Harvard松下村塾で「日本のSoft Power」について研究している際にお世話になったJoseph Nye教授の顔が思い浮かびました。

 Nye教授はもちろん今も現役で、一教授として国際関係論やリーダーシップ論等、人気の授業で熱心に教鞭をとられています。

 単に学者や政府関係者として著名なだけでなく、生涯現役の教育者としての意欲を失わず、それでいて、生涯学生として学ぶ意欲を高め続ける、こんなケネディスクールの教授陣の存在が、ケネディスクールの“磁力”を高めているのは間違えありません。

 時計を見るともう夜の10:00。あっという間に3時間もの時間がたっていることに驚かされます。

 「是非、僕のオフィスに遊びに来てくれ。校長は孤独だから」といって最後まで温かい笑顔で送り出してくれたEllwood夫妻。帰りの車の中で別れ際に撮った写真を眺めていると、つい数時間前まで「壇上の校長」だったその人が、「僕たちの校長なんだ」という思いが自然に湧き上がって来るから不思議です。

 晩秋の季節。気の早いボストンの木々たちはもう殆ど葉を落し、熱い暖炉の火とIron Chef特製のディナーで暖まった体も冷たい北風にすぐに冷やされてしまいます。

 でも、そんな寒い晩秋の夜だからこそ、Ellwood校長と交わした会話が、ボストンの厳しい冬の寒さをもってしても冷めることなく燃え続け、忘れられない思い出として僕の胸に刻まれる熱いものであったことが、より一層実感できるのです。

  

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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (守屋)
2007-11-15 02:44:00
国家公務員ってこのような表現活動していいのですか?
いいんじゃないんですか (Toshi)
2007-11-19 12:38:05
なぜだめなのですか?
>守屋さん、Toshiさん (ikeike)
2007-11-24 03:40:06
こんにちは。ご質問・ご意見どうも有り難うございます。
確かに立場上書く内容に制約があることは確かです(例えば職務上知りえた機密に関する記述や、特定の商業活動・政党活動の宣伝等)が、その制約の範囲内であれば、組織の立場・見解を離れ、個人としてBlogや執筆活動等、表現活動をすることに問題はありません。
現に国・地方を問わず、所属組織の立場を離れた個人として、Blogや本、あるいは論文を出されている公務員の方は大勢います。当Blogにトラック・バックされているBlogにも、現職公務員の方のものがあります。非常に興味深い内容で、僕も楽しみに読ませてもらっているので、訪問して見ては如何ですか?

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