陸中海岸
2009年10月16日 | 旅
志波城跡後方の岩手山が初冠雪と報じていた。平安時代に古代陸奥国最北端・最大級の城柵として坂上田村麻呂が、蝦夷の首長・阿弖流為らの投降した翌年に建造。
東北路2日目は、秋田県の内陸から岩手県の陸中海岸を巡る。
岩泉の龍泉洞は、清水が勢い良く湧き出し、一部は滝のようで、地底湖をつくり水深120mは日本一で透明度が高い。なによりドラゴンブルーの色が神秘性を増す。山口の秋吉洞と高知の龍河洞とともに日本三大鍾乳洞。iinaは、今回で総て潜ったことになる。
陸中海岸はリアス式で断崖と洞門や奇岩、岩峰など地形の変化に富む景観が見事なだけでなく、海水が透明で清い。
滝
北山崎の観光船めぐりにつきまとうウミネコが乱舞して、餌を空中キャッチする等飽きなかった。ウミネコの姿。
陸中宮古の宿に向かう途中に観た熊の鼻と山王岩。
熊の鼻のように見える「熊の鼻」 →
「山王岩」
鶯宿温泉で朝湯した肌にまだ硫黄が匂うが、この夜は普通の風呂。
そうですか。
残念ながら私は、まだ龍河洞へは行っていません。
三陸海岸がリアス式海岸とは、学校で学んだもののその知識しかもってないです。
できれば、温泉につかってウミネコと遊んでみたいな。
秋田から岩手へ、三大鍾乳洞をすべてご覧になったのですね。
岩手も花巻、遠野、平泉など見て回るところは、沢山ありますね。
私は中3から高3まで、岩手県にいました。
盛岡にも足を延ばさずに、でしたが、いい思い出となっています。
宮古からどのようなルートの旅になるでしょうか。
明日も?、楽しみにしています。
竜泉洞は、42~3年以上も前だったので、地底湖には行けなかったです。
当時は、訪れる人も少なかったようです。
陸中海岸も素晴らしかったです。
懐かしい思いで見せていただきました。
噺家に大卒が増えたのを枕に、わたしは「けいおう」です、
ハイ「京王線」から通ってますを”落ち”にしました。
費用対効果を考えると、大卒に見合う職の幅は狭められ、親からみると
相応の職に就けと云いたいでしょう。
しかし、人生に無駄はありません。むしろ無駄こそが必要で、めぐり巡って
何処かに活かされるものと考えます。
ただ、昨今の大学は出たけれどという就職難の現代は、そんな贅沢なこと
をいうと叱られそうです。 m(__)m
(六五六)さん へ
ウミネコがよくなついで、空中から手の平に置いた餌をとっていくのを何度も見ました。
陸中海岸の水の清さが、目につきました。
松島あたりは、海水も濁っているとは友が申していました。
(motoko)さん へ
「香りマツタケ、味シメジ」といいます。
シメジは、調理法も豊富で、シメジを入手しやすい時代に沢山食べていました。
今度の東北路は、友人の遠出に便乗したので花巻、遠野、平泉は通過でした。
温泉をメインにした観光めぐりでしたが、総て初めての訪問で珍しかったです。
motokoさんが、岩手に暮らしたことがあるとは懐かしいでしょうね。
きょうのアップは、宮古湾内の浄土ヶ浜です。
むかし、NTTの方の講演を聴いたことがあります。
電話に話す量に応じて代金徴収をという発想でした。
心通わす無言の間を料金に換算しないのは嬉しいです。
このとき、特急料金も不要という解釈もあると申します。
一定時間内に、多くの客を送り込むと量を稼げるので、
それで充分だと考えるべきだと・・・。
乗車賃の収入を面積でとらえたのです。
(銭無のとっつあん) へ
お茶の花は、冬に咲くのでしたか。メモメモ
きのうはいつもの公園に行ったら、カワセミの周りに人だかりでした。
珍しくも雄同士の2羽が一つの枝に長いこと止まり木してました。
生憎と、カメラを持って出かけなかったのが残念でした。
龍泉洞は、清水が滝のように噴出していたのが、他の鍾乳洞とは違って
見事でした。
3100mが知られ、700mを公開しているとかで、昔は船で洞内探検したのが、
いまは歩いて進めます。