田中秀臣の「ノーガード経済論戦」

田中秀臣の「ノーガード経済論戦」

2005年度上半期 私の目の前を通り過ぎていった経済本たち(ベスト・ワースト)

2005-08-04 | Weblog
 7月も終り、今年度の経済論壇(単行本のみ)の動向もだんだんみえてきた。『週刊 東洋経済』の最新号では、上半期経済書・経営書ベスト100の選出が行われて、去年の11月からの経済本、経営本の展望が可能になっている。同種の試みとしては年末に行われる『エコノミスト』誌と『週刊東洋経済』の年度ランキングがある。これらは各誌から依頼された経済学者やエコノミストを中心に選評が行われるものである。

 私もこの『週刊 東洋経済』の選評に参加させていただき、また他方で『週刊SPA!』上で上半期の経済本のベスト3・ワースト3を選んでいる。今回はそんな私の選評をご紹介しよう。まずベスト3にあげたのは、実は『週刊東洋経済』と『週刊SPA!』のものとは異なっている。前者は1位『デフレはなぜ終るのか』(安達誠司著、東洋経済新報社)、2位『経済失政はなぜ繰りかえすのか』(中村宗悦、東洋経済新報社)、3位『日本経済を学ぶ』(岩田規久男、ちくま新書)である。後者のベスト3は1位は同じ、2位は岩田本、3位には『お寺の経済学』(中島隆信、東洋経済)を入れている。少し『SPA!』の方では少し多様性を出したかった(『週刊東洋経済』の方は一目瞭然のいわゆる“リフレ派”の文献である)のでそのような構成になった。

 私のベスト3の大きな基準は、いま書いた“リフレ派”の経済学を中心とするものではある。この理由はあいかわらず日本の長期停滞がその基本において変化していないこと(デフレとデフレ期待)、そして長期的な年金や財政問題を考えた上でもリフレ(低インフレによって経済を活性化させる政策)とその後の低インフレ目標を想定した一定水準以上の名目成長率(仮に4~6%)が政策的に維持されないと、今後の日本経済の運行も苦しいものになる、ということを想定して、このような問題意識を共通してもっている論者を中心にチョイスした結果である。

 『週刊 東洋経済』の方では、幸運にも私の選んだ三作は1位、6位、7位の座をしめて、ひろくその価値が認められたようで安心した。ちなみに私の書いた『経済論戦の読み方』(講談社)も運よく第9位にあげられていて、これは予想しなかっただけに嬉しいことだった(本人の関心がいま書いている『冬のソナタの経済学』(仮題)に完全に移ってしまっていることもある)。

 リフレ派ばかりではなく、私は中島氏の『お寺の経済学』を高く評価したわけだが、中島氏の前作『大相撲の経済学』に続く、経済学をいままで経済学になじまないと考えられてきた分野に適用するシリーズの第二弾である。日本に何万ともある神社・仏閣がどのような法的な規制や保護をうけて運営されているのかが、簡単な経済学の知識と念入りな実証とに裏付けられていて評論されている。『大相撲の経済学』の方では、相撲力士の世界を日本型サラリーマン社会(年功序列、終身雇用など)と読み替えて解釈し、特に最近の若貴の相続問題でも話題になった名跡をめぐる市場分析が興味を引いた。名跡が量的に規制されているために、価格の高騰を生んだり、様々な闇市場(その昔の元横綱輪島の名跡売買問題)を生み出していることが鮮明に論証されていた。今回の『お寺の経済学』では、そのようなクリアな分析がみられなかったのは少し残念であるが、それでも未知の領域への開拓精神には敬意を表したい。

 『週刊SPA!』の方に書いたワースト3であるが、そこでわたしは1位に『経済の世界勢力図』(榊原英資、文藝春秋社)を選んだ。日本の長期停滞はアメリカと中国とインドの政治力に大きく依存していると断言し、日本だけでは問題が解決できないので、中国を中心とした共通通貨圏に組み込まれるしかないと断言している。この種の断言があたらないことを私としては祈るのみである。

 2位にあげたのは、『虚構の景気回復』(水野和夫、中央公論新社)である。水野氏の本は、実は私も予測していたのだが、私と立場が異なる人には熱烈に支持されるに違いないと思っていたが、やはり『週刊 東洋経済』のベスト100では第2位であった。基本的な主張は、水野氏の年来のものであり、『100年デフレ』(日本経済新聞社)と変わらない。21世紀は世界的に構造デフレの世紀であることメインにする点では、先の榊原氏とかわらない。しかし、日本以外の先進国はみなインフレであるのが実態ではないだろうか。水野氏の本の「強み」は彼のブローデルなどを援用した“壮大”な絵物語にある。文明論好きの読者にはたまらない魅力をもつだろうが、私にはなぜわざわざ16-17世紀のデフレを今日と対照させるか理解不能だったので、ワーストにいれさせてもらった。

 3位には『郵貯消滅』(跡田直澄、PHP研究所)をランクインさせてもらった。本書では、郵貯の存続は国家を破産させる、という断言が中心になっている。そして郵貯にある資金を民間へ開放することこそが日本を救うとも主張している。国民が郵貯を解約して、リスクの高い株や外国為替を買うと、財政破綻が防げるとしている。なんでだろうか? 低収益(リスクの低い)資産(国債など)を購入することは経済学的にはなんの問題もない。跡田氏の理屈だと国債を購入する経済主体はすべて日本国の財政破綻に加担することになる。もし彼の財政破綻への懸念がそれほど強いならば、個々人の資産選択行動に手を無理やり突っ込む政策を推奨するよりも、リフレーション政策で国債の利回りを経済成長率以下にすること、直感的な説明では、借金の金利よりも収入の伸び率を多くすること、の方がよほど安易で確実な財政破綻の回避方法であろう。