佐々木俊尚の「ITジャーナル」

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続・Winny裁判

2005-07-25 | Weblog
■「蔓延」という言葉は誰が使ったのか――警察、それとも金子被告?


 先日のエントリーに続いて、Winny裁判の話。

 ASAHIパソコンの記事にも書いたが、金子被告は本富士警察署での事情聴取の際、著作権侵害を広める意図があったという趣旨の発言をしたとされている。検察側の証人尋問で今年1月に出廷した京都府警の捜査官は、次のように証言しているのだ。

 「著作権侵害の主犯を逮捕した際、金子被告を文京区の自宅近くの本富士警察署で任意聴取した。この時金子被告は、『著作権を侵害する行為を蔓延させて、著作権を変えるのが目的だった』という驚くべき論理を展開し始めた」

 この時に金子被告が書いた申述書が、京都府警が金子被告逮捕に踏み切る端緒になった可能性が高いとみられている。

 この証言について弁護団は、こう反論している。

 「この時の金子被告の申述書には『著作権侵害行為を蔓延させる』という表現があるが、これは京都府警の捜査官が見本を書いて渡したものを書き写させたことが、証人尋問から明らかになっている」

 確かに前出の捜査官は証人尋問の際、「私が手本を書いて、金子被告に見せた」と証言している。この「手本」がどの程度、金子被告の申述書を誘導していたかが問題になるのだろう。「蔓延」という言葉は金子被告が日常使う言葉ではなく、一方で警察当局や、あるいは警察当局と密接な連絡を保っていた社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)は、公表文書などでひんぱんに「蔓延」という言葉を使っている。だから弁護側は、「金子被告が『著作権侵害を蔓延させる意図を持っていた』というのは、警察・検察当局側の誘導であった可能性が高い」と批判しているのである。

 では金子被告には本当に、著作権侵害を蔓延させる意図はなかったのだろうか。

 金子被告は2ちゃんねる上で「47」氏と名乗り、ダウンロード板に膨大な量の書き込みを行っていたと見られている。その中には、著作権に対する挑戦的な言辞は少なくなかった。

 「著作権含むけど、それと知らない人が単にデータを中継しただけでも捕まるってのなら逮捕可能かもしれないけど、それってルーター使ってたら逮捕と同じなわけで、システム使ってるだけで無条件で逮捕可能にしないと、捕まえられんだろう」

 「個人的な意見ですけど、P2P技術が出てきたことで著作権などの従来の概念が既に崩れはじめている時代に突入しているのだと思います。お上の圧力で規制するというのも一つの手ですが、技術的に可能であれば、誰かがこの壁に穴あけてしまって後ろに戻れなくなるはず。最終的には崩れるだけで、将来的には今とは別の著作権の概念が必要になると思います。どうせ戻れないのなら押してしまってもいいかっなって所もありますね」

 「あと作者の法的責任に関しては、情報公開を要請されるとか公開停止程度の勧告はありえますが、逮捕というのはまずありえないだろうと考えています」

 検察側はこうした書き込みを含む膨大な2ちゃんねるスレッドを証拠申請しているが、弁護側は同意していない。つまりこれらの発言を金子被告のものとは認めず、徹底して「金子被告は技術開発のためにWinnyを開発したもので、著作権侵害の意図はなかった」と訴えるという作戦なのだろう。

 弁護団のひとりは裁判開始当初、私に「スレッドの書き込みが金子被告本人のものであるかどうかは証明できないのではないか」と漏らしている。もちろん、2ちゃんねる運営側は書き込み者のIPアドレスを捜査当局に提供しているから、本人特定は不可能ではない。だが膨大な数の書き込みについてすべて特定を行うのは、相当な困難が伴うはずだ。このあたりがどう立証されるかによって、金子被告の「意図」が裁判所に認定されるかどうかの分かれ目となっていく可能性が高い。