今日は本を紹介します。ここ10年間に読んだ本の中で、もっとも心を動かされた本です。
加東大介著 『南の島に雪が降る』 (光文社 知恵の森文庫)
著者は黒澤映画にも何作か出演している、あの俳優の加東大介です。
ついでに言うと沢村国太郎・沢村貞子の弟にして、長門裕之・津川雅彦兄弟の叔父さん。
この本には加東大介が太平洋戦争中の昭和18年に応召し、衛生兵として西部ニューギニアのマノクワリ地方に駐屯していた約2年半の生活が描かれています。もちろん実話。
外部からの通信が途絶え、食べる物もろくに無く、「ボソリボソリ」と戦友が死んでいく中、ある日加東さんは上官からの命令で「演芸分隊」を結成・差配することになります。
演芸分隊の発足は、希望の無い極限状態の中ですさんでゆく兵士の心を少しでもなだめ、励まし、「みんなで仲良く暮らして行けるように」という上官たちの深謀遠慮なのでした。
この計画は見事に図にあたり、この演芸分隊による「マノクワリ歌舞伎座」の公演が、この地に取り残されたすべての兵士たちの心のつっかい棒になって行きます。
私は、人というのは今日食べるものが無い、あした死ぬかも知れないというときには、何かを口に入れる以外のことなど考えられないのでないかと思っていました。
でもこの本を読んで、それが間違いだということがわかりました。
ものの無い中でも、発想と工夫次第で人間はどれだけのものを生み出せるか。また、芸能というものがどれほど人を助け、なぐさめるものか。この本を読むと、それがよくわかります。
この本には肉体的な飢えはもちろんのこと、精神的な飢え、特に日本の四季の風物に対する兵士達の飢餓感が印象的に描かれています。
マノクワリには、四季はありません。あるのは一年中肌を汗ばませる高温多湿の夏だけ。
けれども「マノクワリ歌舞伎座」の舞台には、日本の四季がありました。
長火鉢にかかって湯気をあげる鉄瓶。茅葺きの屋根を照らし柿の実を輝かせる西日。波打つ海と磯馴れの松。それからこの本のタイトルの由来となった、雪景色。
日本にいればありふれたものでしかない、しかもニセの景色も、四季のない南の島で暮らす兵士たちにとっては、憧れの絶景なのです。
「関の弥太ッペ」という芝居の中で演出された雪のシーンでは、白いパラシュートの雪が地面をおおい、屋根には脱脂綿の雪が降り積もり、そして細かく三角に切った紙の雪が降りしきっています。
この雪景色を見て兵士たちが興奮する場面は、この本の中でももっとも記憶に残る部分です。
芝居の大詰め、幕が上がり一面の銀世界を目にした兵士たちの大歓声が爆発する。それがこの芝居の恒例となっていました。
ところが何日目かのこと、このシーンの幕が上がっているのにいつまでたっても客席が静まりかえっています。
いつもの大歓声が聞こえないことを不審に思って加東さんが客席をそっとうかがうと、三百人ほどの兵士たちが一人残らず両手で顔をおおい、肩をブルブルふるわせて、ジッと静かに泣いている。
その日芝居を見に来ていたのは、東北の兵士たちだったのです。
芝居が終わったあと、その部隊の将校が加東さんにあるお願いをします。
その隊には病気でもう歩けなくなり、今日の芝居も見に来られなかった兵士が何人かいるのだけれど、その兵士たちに雪だけでもいいから見せてやりたい。明日の朝連れて来るから、それまで舞台をこの雪景色のままにしておいてくれと言うのです。
翌朝早く、宿舎で寝ているところを部下に「ちょっと来てみてください」と起こされて、加東さんが舞台をのぞいて見ると、パラシュートの雪の上にふたりの病人がタンカごと寝かされていました。ふたりとも、ひと目で重症の栄養失調とわかる、瀕死の病人でした。
ふたりは手を伸ばして、もう力の入らない指で紙の雪をつまんでは放し、放してはつまみ…加東さんはその様子を見ていられなくて、そんなのはただの紙っきれじゃないか、「紙じゃねえか。紙じゃねえか」と、わけのわからないことを叫びながら宿舎へかけもどったとあります。
戦死というと爆弾にやられてとか銃で撃たれてとか、つい武器でもって殺されたことばかり考えがちですが、飢えや風土病(ニューギニアの場合はマラリヤ)や絶望によってじわじわと死なせられた戦死というのも数多くあるのだということを、この本を読んで改めて思い知りました。
『南の島に雪が降る』 は、文藝春秋に掲載された当時(掲載時タイトル「南海の芝居に雪が降る」)大反響を呼んだといいます。映画化・ドラマ化もされた有名な著作なので(と言いつつ私はつい最近まで知りませんでしたが)、既に読んだことのある人も多いと思いますが、まだの人はぜひ読んでください。
こんなところでヘタな紹介文を読んでるヒマがあるんだったら、ぜひ、読め、今すぐにでも。
いや、ほんとうにすばらしい本なので、どうぞお読みください。
ニューギニア戦線では 実際の戦いよりも 飢えと病で死ぬ兵士の方が多かったそうですよ この映画を観たときも 戦争の虚しさを心底感じました
増村保造の「赤い天使」なんかも余りしょっちゅう観たい映画ではないですが 戦争の虚しさを描いていて 強く心に残っています
今すぐ読みたいです~。
実はつい2,3日前に加藤大介さんを見たばかりよ。前回のカルチャーセンターは「七人の侍」だったから。勘べえの古女房の七郎次役でしたよね。へえ、沢村貞子さんの弟と走りませんでした。そういえば、少し似ているかも。品のあるお顔立ちですよね。
映画をご覧になったんですね。
加東大介自身が出演しているんですよね(リメイク版もあるようですが)。
本の方では復員後の話もあるのですが、映画のラストは
どうなっているのでしょうか。
>ニューギニア戦線では…飢えと病で死ぬ兵士の方が多かった
そうなんですか…。
ほんとに虚しい話ですね。
そういうことを実体験のほんの何分の一かでも教えてくれる
映画や活字は、大切です。
この本、息子にも読ませたいと思っているんです。
>品のあるお顔立ちですよね
まんまるの可愛らしい顔してますよね。
この本に加東大介の兵隊姿の写真が載っているんだけど、
それ見るとやっぱりちょっと玄人っぽい色気があるんですよ。
映画の中で見ると、かえってわからないけどね。
この本の文章もさばけた口調で書かれていて、
人柄が良さそうなんです。
きっと読んでください。