矢島慎の詩

詩作をお楽しみください。

パンの列

2005-04-11 12:17:44 | Weblog
私はパンにありつくため ふらついた足を引きずり列につく
前に並ぶ肩越しに大きなパンの塊が見え隠れする
目眩のする程の空腹が私を無口にさせ動きを鈍くする
一人ずつパンが渡され 列が前へ少しずつ進むたびに
私の心にわだかまった気迷いが重く心を塞ぐ

 私にはパンと引き換えに渡すものがない
 私にはパンを配る人に気に入ってもらえそうなものがない

生唾を飲み込ませるような焼きたてのパンの匂いがする
艶のよい薄茶色をした一つが私の方を見たまま目を離さない
私は脳裏に僅かに残った意識の中で幾つもの問答を繰り返す
まず朗らかに挨拶し気に入られる言葉の一つも言ったらどうかと
私はそれを打ち消しているのであろう頭だけを横に何度も振っている
そろそろパンを受け取る人の声が聞かれる程に近づいたが

 私にはパンと引き換えに渡すものがない
 私にはパンを配る人に気に入ってもらえそうなものがない

パンは小麦粉を練りイーストを発酵させ釜で焼く
パンは英語でブレッドと言いスペイン語でもパンという
できるならこんなたわいもないことを考えながら順番を待ちたい
午後の陽射しが私の背丈よりも長い影を映しているのを見て
記憶している流行り歌の一節でも口ずさみたい

一歩一歩パンに近づくにつれ
どう気をまぎらわそうとしても苦しみが増してくる
パンの礼を言う声が大きく聞こえるにつれ
私の悩みは叫びとなり胸を裂く

 私にはパンと引き換えに渡すものがない
 私にはパンを配る人に気に入ってもらえそうなものがない

しかしパンを配る人はパンと交換に何もいらぬという
パンをもらうため この列に並ぶだけでじゅうぶんだと言う