創価学会は本当に正しいのか?

活動を続けるべきか?辞めるべきか?
30代半ばの男子部員は、ある結論を選びました

就職すると、信仰しなくなった。

2008年11月30日 | Weblog
創価学会員2世・元男子部ジョゼの、
学会活動体験を綴ったブログです。
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高校卒業と同時に就職しました。19才で転勤に。

ご本尊はその時にお受けしていました。
信仰心はほぼまったくなかったのですが、
転勤(自活)の際、母に強く勧められたからです。
で、そこからパタッと学会活動を辞めました。

ご本尊は置いてあるだけの状態、仕事に疲れきっていたのが大きいです。
転勤した当初は地区の男子部の人が頻繁に会合に誘いに来ましたが、
丁寧にお断りしていました。仕事が本当に忙しかったせいもあります。
あの頃は、休みは月に1回。
ひどい時は2ヶ月休みなし、なんていう時もあった。

その後、転勤は半年で終了。
実家に帰ったのですが、仕事の忙しさは半端ではなく、
それを理由に学会活動はしなくなりました。
母も、子供の頃のようには、あまり厳しく言わなくなっていました。

幽霊会員の誕生です。

実家に帰って2年後、今度は完全に独立し、一人暮らし。
ここでも地区の男子部の人が、
随分こまめに誘いに来たが、一切参加しませんでした。
嫌だったせいもありますが、一番の理由は仕事が忙しすぎた事です。

普通の会社員が出勤する時間には、わたしはすでに職場についていたし、
マンションに帰るのも最終電車とかが多い。
実は、その男子部の人とは、一度も顔を合わせていません。
連絡は全部その人が新聞受けに入れるメモ書き。
会合の日程が書いてある。
その時間はことごとく仕事の時間とバッティングしていました。
あの頃のわたしに信仰心があったとしても、仕事を優先したならば、
会合に参加するのは一度として無理だったと思います。

その頃(20代)のわたしは、創価学会について、信仰について、
深く考える時間もなかったというのが本当のところだったと思います。


そんな生活が何年か続きました。
創価学会員でありながら創価学会にほとんど無関心なわたしでしたが、
いつの間にか、少しづつ創価学会に対して違和感を持つようになります。

日蓮正宗との宗門問題が勃発したからです。

仕事に明け暮れる中で、自分は、はたからそれを見ていました。
実家の母からも電話がありました。
心配している風だったが、
わたし自身は「あ〜そうなのか〜」という感じだった。
なぜかわかりませんが、ご本尊を取り替える話は出なかったと思います。

それからさらに数年後に自分で気づき、取り替えないといけないと思い
(罰があたると思っていた)、
自分一人で会館に行って、取り替えました。
何年ぶりかで行く会館は想像してたより立派な建物でした。

こうやって文章にしてると思い出します。
そうだった、わたしは、宗門問題の時に、
はじめて創価学会に違和感を感じたのだ。

とりわけ自分が違和感を感じたところは、宗門問題そのものではなくて、
電話で母が日蓮正宗の悪口を言っていて、
その[悪口]に違和感を感じたのだ。
自分の中では、それまで信仰は、穏やかなもの、慈悲にあふれたものであったのが、
母が言う[悪口]に何とも言えない違和感を感じたのでした。

母とは半年に一度くらいの割合で電話のやりとりをしていましたが、
たまに、例の[悪口]を言っていました。

やはり変な感じがする。

それまで母に「勤行してるか?」と聞かれて「してないよ」と言っていたわたしですが、
それでも罪悪感のようなものを感じていました。
なのに、母が言う[悪口]は、ただの[悪口]にしか聞こえない。

今思えば簡単です。[悪口]は[悪口]だからです。

もうひとつの違和感は、政治のことです。
創価学会が公明党を支援するのは、それまで理解していたつもりでした。
ところが、旧連立政権(細川内閣時代かな)時代に、
母から電話で、
「今度の選挙は、新生党(新進党)に票を入れて」と言われました。
そのことも、かなりの違和感を感じさせました。

宗門問題にしろ、選挙にしろ、信仰というよりも何かの営利団体に
母が巻き込まれてしまったような感覚というか…

が、
そんなわたしが、5年後にバリ会員に変身しちゃいます。