芋づる式ファン遍歴

2007-12-01 | 堂本光一
他の人の「ファンになったきっかけ語り」を読むのが好きなので、私が光一さんファンになった縁を辿ってこれを堂本光一カテゴリー最初の記事にしようと思う。

時は四半世紀も遡る。

TVドラマ『探偵物語』で松田優作ファンとなった私は優作ファンの愛読誌『バラエティ』(角川書店)を毎月購読していた。
おりしも『セーラー服と機関銃』制作中のカドカワは薬師丸ひろ子を大プッシュ、毎月制作過程など見せられるうちに“『バラエティ』読者なら彼女を応援すべし”な流れに呑まれ、野球大会イベントにまで足を運ぶひろ子ファンに。

『セーラー服~』を撮った相米慎二監督の『ションベン・ライダー』も制作過程が誌面で逐一報告された。
JOJO役オーディションに受かったのは宮崎の高校生、永瀬正敏。

『ションベン・ライダー』は試写会で観、前売り券を買って友達を誘い、ひとりでももう一回、と劇場で3回観て、TV放映を2回、ビデオで2回、人生で一番回数を見た映画。
当時『未来少年コナン』のような衣装を着た野生児がスタイリッシュな個性派俳優になるとは予想だにしなかった。

そのJOJOが93年にカメラマン安珠のストーリー写真集『星をめぐる少年』で共演したのが黒田勇樹くん。
94年7月のドラマ『人間・失格』を留加役の子と誠役の子がジャニーズだということも知らずに勇樹クン目当てで見はじめ、留加の神秘的な黒い瞳に惹かれ、留加が精神を病んでいくにつれ増してゆく色香に魅せられた。

そしてオーザックCMで初めてまったりした関西弁を聞き、95年3月10日、Mステで初めて“踊るアイドル”KinKi Kidsを見た。

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