飛行場・滑空場・不時着陸場・場外離着陸場・空港・戦跡など

    思いがけない所に戦跡があったりします。
     2度と愚かな戦をしない、させない意味も込めて調べてみました。

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(69)下志津陸軍飛行學校

2017-05-11 12:14:42 | 飛行場関係
千葉県の下志津という地には古くは佐倉藩の「下志津火業所」があり跡地には1886年陸軍砲兵射的

學校が造られました。

1918年フランス航空団による技術講習が行われました。砲兵學校の近くが空からの着弾地確認に適

しているという事で同じ下志津原に飛行学校が作られました。

1919年に所澤陸軍航空學校が作られてその分校として1921年に千代田村(現四街道市)に校舎

が作られ1923年に都村(千葉市若葉区)に移転しました。


「翔魂(島根少飛会)」によりますと

1921(大正10)年陸軍航空學校下志津分校設置

1924(大正13)年3月独立し下志津陸軍飛行學校

偵察機操縦、偵察、戦術、通信などの教育にあたり少年飛行兵1期から4期までの操縦生徒

(偵察機要員)の所澤陸軍飛行學校、熊谷陸軍飛行學校卒業後の実践機よる訓練や教育を

実施、とありました。


「陸士57期航空誌総合編」には

陸軍航空學校下志津分校1921(大正10)年4月1日(通信・偵察)

下志津陸軍飛行學校1924(大正13)年5月17日

下志津教導飛行師団(KFD)1944(昭和19)年6月13日

教導航空軍新設当初戦力:司偵隊(3個中隊)・軍偵隊(2個中隊)計50機

KFD 5KF1945(昭和20)年7月10日ともありました。


1924年面積

面積23万7118坪   校内1万9300坪

飛行学校跡地は現在陸自下志津駐屯地になり高射学校があります。


元飛行場があった地域は現在も飛行場地区と呼ばれているようです。



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