朝日新聞 前大阪市長・橋下徹インタビュー詳報

朝日新聞 前大阪市長・橋下徹インタビュー詳報(1)

トランプ勝利を「ポピュリスト」が大解剖


日本にも「ポピュリスト」と呼ばれた政治家がいました。大阪府知事、大阪市長を8年近くにわたって務めた橋下徹。昨年末に政界を引退後、初めて新聞社の取材に応じました。「ポピュリズム」が広がる世界について、彼が何を語ったのか。5回に分けて詳報します。(聞き手=GLOBE編集長・国末憲人、構成=GLOBE記者・左古将規)


国末 以前からトランプの勝利を予想されていたようですね。


橋下 まあ、たぶんこの時期になると、「オレはトランプの勝利を予想してたんだ」という人がいっぱい出てくると思うんですよ。僕はそこまで完全に予想していたわけじゃないです。ただ、日本にとっては、クリントンよりもむしろトランプの方がメリットが大きいんじゃないかと思っていました。


トランプが大統領になれば、安全保障、経済、さまざまな課題で対米依存だった日本が、自分の国の自立というものを考える、大チャンスになると思っていたんです。実際に今、そうなっていると思いますよ。政治家と官僚が大慌てしてます。これが日本にとって一番良いことだと思います。


国末 そもそもトランプは今回、なぜ勝ったのでしょうか。


橋下 選挙後いろんな報道を読みあさりましたけど、的確にとらえてないなあ、と思いますね。専門家はこまかく考えすぎなんですよ。地域別、教育レベル別、事後的にいろいろ分析してね、ああだこうだ言ってますけど、事後的な分析なんて簡単なものです。僕は政治を8年経験してきて、支持を得るかどうかはたった1点だけ。現状に満足している人は、それまでの政治が継続する方向を支持します。でも現状に不満足な人は「チェンジ」の方向に行くわけですよ。民主政治である以上、有権者の過半数に「満足」を与えなければいけない。本当にそこだけだと思います。


「満足」の中身が、経済の問題だったり、国家のプライドの問題だったり、思想の問題だったり、いろいろなものがありますけど、その満足というものをどうとらえていくかというのが政治家の能力の一番重要なところだと思います。これは理屈でも論理でもなく、ある意味、政治感覚で探っていくしかない。


オバマは残念なことに、過半数の支持を得ることができなかった。アメリカは連邦制の国なので、州ごとの過半数です。それがヒラリーに響いてきた。その不満足の部分をトランプがすくいあげた。有権者が不満足であったとしても、トランプがとんちんかんなことを言っていれば、「オバマ政治には不満だけど、トランプと比較すればクリントンの方がましだよね」ということでクリントンに行くんでしょう。でも今回は、トランプが有権者の不満をうまくすくいあげたということじゃないですかね。


ハーメルンの笛吹き男


国末 トランプを見ていると、「ハーメルンの笛吹き男」のようです。不満をすくいあげて、人を集めるのは得意ですが、これからどこに連れて行くのか。ちょっと心配です。


橋下 その国の民主主義のレベルによって変わると思いますけど、アメリカくらいの国になれば、誰か1人に国民全体がどこかに連れて行かれるなんていうことは絶対ないですよ。絶対ない。メディアもあって、学者もいて、コメンテーターもいて、そういう人たちが何千何万人もいるわけですから、トランプ1人のかけ声によって、みんながどこかに誘導されるなんていうことはないですよ。有権者はそこまで馬鹿じゃない。トランプを批判する人たちは、有権者を信じていない人が多いですよね。



政治家の資質で一番重要なのは、課題を見つけられるかどうかです。僕はテレビ番組で、民主党のニューヨークの下院議員に会ってインタビューさせてもらいました。きわめて上品でしたよ。セントラルパークの東側のアッパーイーストに住んでいる議員で、言葉はきわめて上品。でもね、アメリカが抱えている課題に対する認識が全くなかったんです。不法移民の問題、イスラム過激主義の問題、ロシアや中国との関係、日本を軍事的に支援するのかどうか。正面からは何も答えないんです。その議員に比べればトランプは超下品ですけど、アメリカの根幹の課題を直視してますよ。国末さん、具体的にトランプのどの言葉がダメなんですか。


国末 たとえば「イスラム教徒を入国させない」と言って、宗教でひとくくりにして攻撃しました。移民に対しても直接的に攻撃してますよね。


橋下 宗教の自由は重要ですよ。でも、イスラム思想を持った一部の人が過激主義に走っているという現実があるじゃないですか。イスラムを全部排斥するのはダメだけど、イスラム過激主義が国に入ってこないように対応することは国家運営にとって必要不可欠です。それがテロ対策ですよ。


それよりも、フランスの週刊紙シャルリー・エブドが行っているイスラムを風刺する表現の方が問題じゃないですか? あれは行き過ぎです。イスラムに対する侮辱ですよ。ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)を口にする上品なメディアや知識人は、表現の自由を盾にシャルリー・エブドを擁護する。でも、トランプの下品さと比べてもシャルリー・エブドの表現の下品さは勝るとも劣らずですよ。トランプの表現の核にはテロ対策というものがありますが、シャルリー・エブドの表現の核には何もない。単なる知識人の戯れです。これを許してトランプだけを批判するのはフェアじゃありません。

前大阪市長・橋下徹インタビュー詳報(2)

トランプ勝利を「ポピュリスト」が大解剖
米国は自由にモノを言えない社会になっている


「自由の国」のはずの米国が、じつは、自由にモノを言えない社会になっている--。前・大阪市長の橋下徹はそう指摘します。どういうことでしょう。(聞き手=GLOBE編集長・国末憲人、構成=GLOBE記者・左古将規)


国末 トランプのようにポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)を尊重しないという人が最近になって出てきています。現在こういうふうに急に変わってきたのは、どうしてだと思いますか。


橋下 有権者が政治家のきれいごとに、口ばかりで本気で課題解決をしない政治に、おかしいと思い始めてきたんですよ。日本で言うところの永田町にあたる、米国で言えばワシントン、英国で言えばウェストミンスターの中だけで通用するプロトコル(儀礼)できれいごとを言っても、それはしょせん、明日のメシを満足に食べられる連中だから言えることですからね。


理想とか、きれいごとは、明日のメシを安心して食えるようになってから、その次の問題だと思うんですよ。優先順位の問題です。第2次世界大戦後、高度成長時代には、みんなの生活レベルはまだそんなに高くなかったし、今日より明日は良くなるという希望のもとに、国民の不満が鬱積(うっせき)している状態ではなかったんでしょう。だから、政治家がきれいごとを言っていても、みんな気にも止めてなかった。でも、どんどんグローバルな社会になって、僕は自由貿易推進論者ですけど、だけどグローバル化が進めば格差が出てくることは間違いありません。弱者と強者の差が広がってくる。そういう中で、明日の生活に不満を持つ人たちが増えてきた。その中でね、ポリティカル・コレクトネスの優先順位が一番じゃなくなっちゃったわけですよ。きれいごとよりも明日のメシだという有権者を増やしてしまったこと自体、これまでの政治の失敗です。さらに、国民の教育レベルが上がり、情報収集手段も発達している今、政治家や知識人が国民よりも絶対的に優秀だ、賢いということはあり得ません。国民は政治家や知識人のきれいごと、欺瞞を見抜いています。


英国がEU離脱を決めた国民投票では、ウェストミンスターの政治に対して有権者からあれだけの「ノー」が出て、やっと首相のメイが「我々は今まで一部の人たちだけのために政治をやっていたんだ」と気づいたわけです。これからは「ノー」を突きつけた人たちの声も聴かなきゃいけない、そういう人たちのための政治をしなきゃいけない、と気づいた。


アメリカ大統領選の今回の結果でも、民主党側の、ポリティカル・コレクトネスを重視している人たちが、自分たちは絶対的に正しいわけじゃないんだと気づいたんじゃないですか? トランプを支持している人たちの不平、不満って何なんだと。これに目を向けるようになりますよ。トランプ自身は、大統領選に勝利して、これからは全国民のために政治をやると言っています。政治家だから当たり前だと思いますが、当選してからも偏った政治をやるのであれば、メディアが徹底的に批判して、下院の中間選挙で鉄槌を食らわせたらいいじゃないですか。


これまでの政治に対して「ノー」を突きつける。そして、これまでの政治が正しいと思っていた政治家に、目を覚まさせる。これこそが民主主義ですよ。EU離脱という英国の国民投票の結果も、トランプの当選も、その文脈です。今後またおかしな状況になれば、民主主義で修正していけばいい。このように、振り子が振れながら前進していくのが民主主義です。


日本でも民主党時代の政治は悲惨でしたよ。でもあの政権交代があったからこそ、自民党が変わったというのも厳然たる事実でしょう。政権交代を一度経験して、自民党も何か失敗すれば野党に下るかもしれないという危機感を持つようになった。民主党への政権交代には、大きな意味があったんです。


心の中ではトランプを支持している


国末 かつてポリティカル・コレクトネスは政治家の条件だったのに。いまではある種下品な人が支持されている。


橋下 アメリカ大統領選の世論調査で、多くのトランプ支持者が「おもてではトランプ支持だとは言えない」って言ってました。怖い、って。朝日新聞とかがよく言ってますよね。「モノが言えない社会はダメだ」と。政治家が国民に一定の方向性を押しつけて、メディアにも介入して、市民がおびえる、モノが言えない恐怖の社会。そんな社会は最悪だと。僕もそう思います。みんなが自由にモノを言える社会にならなきゃいけない。



ところが今のアメリカ社会では、ポリティカル・コレクトネスをあまりにも過度に重視しすぎたために、ものすごく怖い社会になっているわけです。メディアや学者、知識層、それに、自分が属するコミュニティーの人たちからたたかれたら怖いっていうね、今そういう社会になっていますよ。


トランプを応援してると言ったら、総袋だたきにあう。だから、おもてでは言えないけど、心の中ではトランプを支持している。そんな人がものすごく多い。


僕も過度なポリティカル・コレクトネスには疑問を呈して、「人間なんて下品なんだから」と下品な言葉を言い続けてきました。そうやって言い続けることができたということは、日本はまだアメリカほど「政治的な正しさ」におびえるような社会ではないのでしょうね。アメリカは多民族国家ですから、ポリティカル・コレクトネスは必要です。でもそれをやりすぎると、政治家も有権者も本音を言えない社会になります。不平、不満が鬱積して、社会の分断が生じる。きわめて危険な状態だと思いますよ。

前大阪市長・橋下徹インタビュー詳報(3)

トランプ勝利を「ポピュリスト」が大解剖

「トランプの政策にも一理ある」


メキシコとの国境に「壁」をつくるとぶち上げたかと思えば、国内の反体制派を武力で弾圧してきたシリアのアサド政権を容認することもほのめかす--。そんなトランプの外交政策について、前・大阪市長の橋下徹は「完全に間違ってるとは思わない」と理解を示します。(聞き手=GLOBE編集長・国末憲人、構成=GLOBE記者・左古将規)

国末 トランプが今後つまずくとすると、どういうところだと思いますか。

橋下 これまでに言ってきたことをできなかったときですね。課題を突きつけて、大統領選に勝った。今度は組織を動かして課題を解決しなきゃいけない。それができなかったとき、有権者から総スカンを食らうでしょう。

メキシコとの国境に壁をつくる。これはやるんでしょう。これも現実路線になって、壁だけじゃなくて一部はフェンスでもいいんだと言ってます。当たり前ですよ。彼が言いたかったのは国境管理の厳格化ですから。メキシコとアメリカの国境管理があまりにもずさんだから、国境管理をしっかりやりますよ、と。これはすぐできるでしょう。


それから犯罪歴のある密入国者、不法移民を200万~300万人返す。これは日本でもやってますよね。世界各国で、密入国者、不法滞在者、しかも犯罪歴のある人間に、そのまま市民権を与える国なんて僕は知りませんよ。今までアメリカは不法移民に寛容すぎたんです。これに加えて、犯罪歴のない不法移民に市民権を与える法律を、議会の共和党を抑え込んでつくったら、こんな大統領は過去にいないというくらいすごいと思います。オバマ大統領でも法律の制定はできなかった。大統領令でやりましたが司法に無効とされた。そして密入国者、不法移民に法律上真正面から市民権を与えるという国は世界にも類がない。実現できれば素晴らしいことです。


国末 トランプの他の政策をどうみますか。


橋下 貿易政策も、じつは理にかなっています。


TPP(環太平洋経済連携協定)から離脱する方針を掲げているので「自由貿易反対論者」であるかのように言われていますが、これは違う。彼は「多国間協定」から「2国間協定」に変えようとしているだけです。これもアメリカの利益を考えている。多国間協定だと、中小国が手を組んでアメリカに譲歩を迫ってきます。2国間協定にした方がアメリカにとって条件の良い協定を結ぶことができる。トランプはそう確信しているんでしょうね。決して自由貿易の否定じゃない。


この貿易の話に「安全保障上、同盟国はフェアな負担をしていない」という話を絡めてきました。いくら日本が「カネの負担」をしていると言っても、「血の負担」はしていません。日本に負い目を感じさせて、貿易協定で有利な立場を得ようとしている。トランプは交渉人そのものですね。


これまで防衛費の増額を嫌っていたNATO加盟国が、トランプ当選という結果だけで、素早く防衛費の増額を決めました。日本がトランプから求められる防衛費負担の増額は2000億~3000億円くらいじゃないですか? そのくらいはさっさと「払う」と投げ返して、その代わり、日米地位協定の改定や、沖縄米軍基地の再配置の交渉に乗り出せばいいと思いますよ。日本が主体的に国の防衛を考える最大のチャンスです。


日本の政治力が試されます。貿易協定も、EUからの離脱を決めた英国や、トランプのアメリカとそれぞれ2国間協定を結んでいけばいい。坊ちゃんお嬢ちゃんの、頭でっかち、きれいごとの政治では、彼らには太刀打ちできません。



さらにシリア問題ですよ。ポリティカル・コレクトネスを重視する人間は、アサド政権も人権侵害をしているから倒さなきゃいけない、イスラム国(IS)も倒さなきゃいけない。両方とも倒さなきゃいけないと言ってる。オバマはそんなきれいごとを言うから、結局何もできない状態になってるわけです。トランプは、どれだけ本気か分かりませんけど、今までの発言を見ると、まず優先順位はISの壊滅だと。そのためにはアサドを暫定的にでも認めて、ロシアと手を組まなきゃいけない、と。優先順位をしっかりつけて目的を達成させる。すごい判断をするなと思いますね。


西側諸国で「アサドを認める」なんて言ったら、メディアから総攻撃を受けますよ。あんな人権侵害の独裁者を認めるのか、って。でも、ISを壊滅させるためにはしょうがない部分があるんです。これで本気でISを壊滅させたら、もうトランプは他の仕事をやらなくていいんじゃないですかね。


国末 アメリカとロシアが手を組むとすると、たとえばウクライナはものすごく困ります。そういう世界でいいんでしょうか。


橋下 僕もそこはお聞きしたいんです。朝日新聞が言うような「世界平和」は理想ですよ。でも、世界平和のために大国と大国が協調するときには、小国の平和と矛盾する場合が出てくるわけです。世界190カ国の利害が全部一致するような平和が、実際にあると信じてるんですかね。


国末 国際法で「主権を侵さない」というのは原則だったわけです。それをロシアは破ってしまった。どう考えてもウクライナが良い者で、ロシアが悪者という構図ですよね。


橋下 僕も力ずくの併合とか、そういうのは良くないと思いますよ。でも、もともとウクライナで政変が起きたわけじゃないですか。親ロシアの政権が倒されて、親EUの政権になって、プーチンがあわてて強引にクリミアを併合した。僕もクリミアの併合のしかたは認めないけど、じゃあその前にウクライナの親ロシア政権が倒された過程はどうなんだと。あれは非民主主義的な過程で倒していったわけですよね。


国末 そのへんの議論はいろいろあるでしょう。


橋下 そうです、議論があるんですよ。現在のウクライナが善で、ロシアが悪というのは西側の価値観で決めつけているだけなんです。実際の世界情勢を見ると、国益と国益がぶつかりあうのが現実じゃないですか。僕はやっぱり、大国が紛争を起こさない世界はいいと思うんですよ。そうなると、西側諸国が「クリミア併合を認めない」と言って、ロシアがそれに対して反発を続ける。それでいいんですかね。それとも、クリミア併合についてはいったん棚に上げて、ロシアと中国とアメリカで大きな紛争が起こらないような協調的な国際社会をつくっていくのがいいのか。


クリミア併合については国際法に反するし僕も賛成はできないけど、今、世界政府というものがない以上、ロシアが国際法違反を自ら認めてクリミアを解放しない限り、事態は打開しない。そこでトランプは優先順位をつけて、まずロシアとの協調をとると判断したわけでしょ。オバマはロシアと敵対したままシリア問題を解決できなかった。その方がいいのか。これは選択ですよね。



いま国末さんが言われたように、クリミアの併合を絶対に認めないという考え方も一つあるけれども、トランプの考え方が全部間違いで、世界のことを何も考えてないっていうのはどうですかね。僕はやっぱり、両方の考え方があって、あとは選択の問題だと思ってます。


どっちが正しいかは正直分からないですよ。大国のアメリカ、ロシア、中国が手を組んでコントロールする世界は、日本にとっては窮屈でしょう。ウクライナの立場がまさに日本の立場ですから。中国やロシアの価値観が太平洋に押し寄せてくる。それは僕は日本国民として非常に嫌だけれども、ただ、トランプの考え方が完全に間違ってるとは思わないんです。最後はアメリカ国民の選択です。


政治って、常に究極の選択を迫られる。誰からも文句を言われない判断の方がまれです。その判断から逃げていては重要な課題を解決できない。課題を解決するために、反対はあるけれども究極の判断をしていく。オバマよりも、トランプの方がしっかりと判断をしていると思います。
インタビューする編集長の国末憲人(左)


トランプの下品な言葉尻だけにヒステリーになると、このようなトランプの問題提起に気づかなくなってしまいます。今回のメディアや知識人たちがそうだった。ところが多くのアメリカ国民は、アメリカの課題をしっかりと考え、トランプの問題提起を真正面から受け止めたんでしょう。

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