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書評ー「牛を屠る」

2010-02-23 19:02:28 | 本ーノンフィクション
牛を屠る (シリーズ向う岸からの世界史)
佐川 光晴
解放出版社

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毎日のように牛や豚の肉を食べている。
酪農家が大事に育てた牛や豚が、「肉という形」になるまで、
いかなる過程を経て食卓に来ているのか、多くの人は知らない。
ここ神戸には、「KOBE BEEF」という、
日本どころかオバマ大統領もご存知な超ブランド牛がある。
三宮元町界隈にはステーキハウス・鉄板焼店・焼肉店が軒を並べている。
にもかかわらず、その過程を気にすることもない。
それは食肉用牛・豚を「している」ことを想像すれば、
いくらブランドビーフでも喉を通りにくいし、
業という職業が、世間的に見てアンタッチャブルな職業でもあることも
影響しているのではないか。
という現場・職業・過程があって、口に入っているということは
十分に分かっていながらも・・・。

本書は、著者自身が埼玉県大宮市にある、牛や豚を屠る(ほふる)食肉製造会社
「大宮食肉荷受株式会社」で働いた11年間の記録。
切れ味に優れたナイフ1本で牛・豚を屠る現場・風景描写は克明で、
汗が飛び散らせながらも、粛々と行っていく。
「♫包丁1本、晒に巻いてェ~」ではないが、
極めて熟練を要する職人の世界であることがよくわかる。

著者は北大卒業後、出版社に就職するも上司と衝突し退社。
また並行して書かれているのは、入社早々古参社員に
「ここはおめえみたいなヤツが来るところじゃねえ」と、
いきなり怒鳴られることに象徴される、
場という特殊な現場と世間の差別・偏見との対峙。
古参社員から見れば、一流大学を出た青白いヤツが、
どういう経緯であれ、過酷な現場が務まる訳がないと思うのは当然。
しかしながら、著者は「という職業に手応え」を感じ、
毎日始業前にナイフの切れ味を保つために、念入りヤスリで磨き上げ、
牛に敬意を払いながら、慎重に皮と肉の間にナイフを入れ続ける。

著者が働いた場は、東京芝浦の食肉工場のように近代化されてはいないが、
著者自身が入社前に抱いていた世間体とか、差別とか偏見に苛まれ苦しむ
職場ではなく、むしろ労働の喜び・生き甲斐を感じる所であった。
この11年間の経験が現在の創作活動の礎になっていることは言うまでもない。



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