癒(IYASHI)

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■【なでしこジャパン・鮫島選手】ユニホームは福島原発内の「守り神」・全員中国から凱旋!

2011年09月12日 20時24分25秒 | スポーツ

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中国・済南でのロンドン五輪アジア最終予選を、なでしこジャパンは無敗のまま1位通過。11日間で5試合をこなす過密日程にも、DF鮫島彩(24)はただ1人、フル出場した。一方で出番の少なかったFW丸山桂里奈(28)は、悔しさをぶつけるはずの最終戦で、思わぬ悪夢に見舞われた。

 東日本大震災から、ちょうど半年がたった11日。なでしこたちは中国との最終戦を前にしたミーティングで、W杯のときと同様に被災地のビデオを見て、モチベーションを高めた。

 「日本を勇気づけるために-」。とりわけ特別な思いを抱いてピッチに立ったのが、2006年から東電マリーゼに所属し、福島第1原発に勤務していた鮫島だ。

 あの日を境に人生が一変した。キャンプ地の宮崎から、福島県内の寮に戻ることもかなわず、チームは活動自粛に。7月にW杯を控えていたが、「心情的に難しい」と国内移籍に踏み切れず、J1・磐田のジュニアユースの男子選手に混じって調整した。米国への移籍が決まったのは6月も半ばを過ぎたころだった。

 「W杯がなければ、サッカーをやめていた」。被災地への思いを胸に、W杯では全6試合にフル出場。着用したユニホームは今、福島原発内に飾られ、職員たちの「守り神」となっている。

 今回の最終予選では過密日程に配慮し、主力を適宜、休ませながら戦ったが、ただ1人、またも全試合で最初から最後までピッチに立ち続けた。

 「被災地の方のことは常に考えている。私たちが諦めない姿勢を見せることで、少しでも何かが伝わればと思う」

 震災で一度はサッカーをあきらめた東電OGは、来年の五輪に向けて「まだまだ修正点はある。目標は明確なので、ひとつひとつ、質を上げていきたい」と誓った。

 もう1人の東電OG、丸山にとって最終予選は大きな試練となった。

 05年から5年間、東電でプレー。原発事故の際にはブログで東電を擁護して批判も浴びたが、W杯準々決勝ドイツ戦の決勝ゴールで一躍ヒロインに。凱旋後は容姿とキャラを買われ、メディアでの露出を増やしたが、最終予選は4戦目までで、1試合8分のみの出場と焦燥感を募らせていた。

 すでに五輪出場を決め、控え組のアピールの場となった中国戦に「なでしこ生命をかける」と意気込んだが…。試合前のウォームアップで、右膝を痛めてしまう。

 佐々木監督の「あまり出ていないので、彼女の思いもあってプレーさせた」という計らいで、後半32分から登場したが、プレー中に患部はさらに悪化。最後は座り込んだままで終了の笛を聞き、チームメートに担がれてピッチを去った。

 五輪本戦の登録メンバーは、現在の20人から2減の18人。鮫島の左サイドバックのように手薄なポジションもあるが、FW陣は若手の突き上げもあり多士済々だ。不完全燃焼のスーパーサブは、捲土重来の舞台までたどり着けるか。【時事通信】

 

     頑張った・全勝お目出とう


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