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龍が奔る杜-其の八

2015年06月01日 | スピリチュアル日誌



6月になりました。

今朝も氏神様へ
ハチくんと一緒に
朔詣りに行ってきました。


しかし
今日も暑い一日でしたね。
もう
真夏のような日差しでした。


よく晴れた昼下がり
空を見上げると
まるで龍のような雲がありました。




さて
龍雲の浮かぶこの地は
かつては安芸国の中心地
府中町の

宮の町
(みやのまち)


です。


この地には
多家神社
(たけじんじゃ)

呼ばれる歴史のあるお宮があります。

別名
埃宮
(えのみや)
とも言われています。


ちなみに
過去ブログでも紹介させていただいています。


▼過去ブログ「春の神社めぐり」




多家神社は神話ゆかりの地です。
初代天皇の神武天皇が全国を平定する旅の途中に
お立ち寄りになられた場所
と伝わります。


『古事記』では
阿岐国(安芸国)の多祁理宮(たけりのみや)に
七年滞在されたと記述されています。

あわせて
『日本書紀』では
埃宮と記述されています。
神武天皇が滞在された場所
つまり皇居が後にお社となった
ということになります。






ところで
古事記には
神武天皇の東征を助けるため
厳島の開山に関わった

「八咫烏の民」
(やたがらすのたみ)


が行動を共にすることになった
という一節があります。


東征途中
広島市から約30キロほど南にある
現在の呉市において
原住民部族と対立し
戦闘になりました。

無事、戦闘には勝つことが出来たものの
八咫烏一族の部族長の息子が亡くなりました。


その息子を葬った場所を

「烏小島」
(からすこじま)


と呼ぶようになった
伝えられています。


現在は
アレイからすこじま公園
となり
密やかに当時の名前を受け継いでいます。


ちなみに
「アレイ(ALLEY)」は
英語で路地を意味します。

烏小島は
周囲40m程の小島でしたが
大正時代に埋立てられて
消滅してしまいました。


▼アレイからすこじま公園から見た
海上自衛隊の潜水艦基地の夜景



あわせて
古事記に残る
“お休みになられた山”

休山
(やすみやま)


とは
この亡くなった息子の永眠した土地を
指しているとも解釈されています。



▼休山から見た呉市街地の夜景




呉市にある
「烏小島」と
「休山」の位置関係は
下記の地図から伝わりますでしょうか。

なお
休山の麓には

「八咫烏神社」
(やたがらすじんじゃ)

があります。






ふだんの八咫烏神社は
どこにでもあるような
小ぢんまりとした境内ですが
地域の住民によって
護られているお祭りの日は
境内に入りきれないほどの人で
溢れかえります。








龍も奔るが

烏も奔る。。。。。



新しい月の始まりに
いにしえの時を感じています。



多家神社/埃宮(えのみや)
******************************************
所在地◎広島県安芸郡府中町宮の町3丁目1-13
交通機関◎
・JR山陽本線天神川駅から徒歩で15分
・JR広島駅から広電バス2号線「府中山田」行
「府中埃宮」下車すぐ
******************************************




八咫烏神社
******************************************
所在地◎広島県呉市宮原11丁目165
交通機関◎JR呉駅より広島電鉄バス鍋桟橋行き
「宮原11丁目」または「坪内小学校下」で下車。
徒歩約5分
******************************************





◎感謝
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1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
洞爺湖温泉で… (ST)
2015-06-20 06:46:15
随分前だけど温泉に入ってたら「金龍現象」が起きたのを思い出しました…どうも“竜神様”が傍に居られたらしい。

小学校6年の時に手だけで起きたなぁ、とすると、えっ…

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