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017― 宣長の処方傾向と補中益気湯 ―本居宣長と江戸時代の医学 

2015-03-12 19:52:42 | 本居宣長と江戸時代の医学

 

  宣長の残した『済世録』は宝暦八年宣長が29歳の頃から、享和元年72歳の頃までの医療帳簿ですが、現存しているものは以下の一部です。

安永七年
安永八年
安永九年
安永十年(=天明元年)
天明二年
天明三年
寛政四年、五年
寛政六年、七年、八年
寛政九年、十年、十一年
寛政十二年、享和元年

 前回は宣長の細かな症例を見たので、今回は焦点を木から林に移し、宣長はどのような薬をどれだけ、どんな割合で使用したのか見てみましょう。最古の『済世録』は安永七年ですが、これは宣長49歳の頃のものです。

 凡例
1.方剤名があるものを数え、生薬を加減してある処方は基本方剤と同じとして数えてあります。
2.方剤名がないもの、宣長が生薬をひとつひとつ選び組み合わせて使用した処方は、「宣長方」として数えました。
3.同一人物に対する処方で、前回と同じ処方である場合は、初出の一つ目だけ数えてあります。
4.処方数の多さの順位、( )に処方数、方剤名の順に記してあります

安永七年

一月
1.(6)補中益気湯
2.(5)銭氏白朮散・葛根湯
3.(4)宣長方・目洗薬
4.(3)(五物)香薷飲
5.(2)胃苓湯・不換金正気散
6.(1)半夏瀉心湯・参蘇飲・加味逍遙散・大承気湯・二陳湯・小柴胡湯
(計37)

二月
1.(14)補中益気湯
2.(13)銭氏白朮散
3.(10)参蘇飲
4.(8)不換金正気散・葛根湯
5.(5)胃苓湯
6.(4)烏梅丸・二陳湯
7.(3)小柴胡湯・柴胡湯・柴平湯
8.(2)桂枝湯
9.(1)道中薬・大承気湯・宣長方・五苓散・香蘇葛根散
(計83)

三月
1.(16)参蘇飲
2.(10)葛根湯
3.(7)銭氏白朮散・二陳湯・補中益気湯・宣長方
4.(4)胃苓湯
5.(2)香蘇葛根散・(五物)香薷飲・烏梅丸・不換金正気散
6.(1)内托散・附子湯・目洗薬・桑白皮湯・小柴胡湯・六君子湯・半夏瀉心湯・柴苓湯・柴胡湯・芍薬湯
(計76)

四月
1.(17)参蘇飲
2.(15)葛根湯
3.(10)補中益気湯
4.(8)不換金正気散
5.(6)六君子湯
6.(5)柴胡湯・香蘇葛根散
7.(4)胃苓湯・二陳湯
8.(2)銭氏白朮散・柴平湯
9.(1)烏梅丸・産後養栄湯・内托散・桂枝湯
(計82)

五月
1.(12)参蘇飲
2.(11)補中益気湯
3.(10)不換金正気散・二陳湯
4.(8)柴平湯
5.(7)銭氏白朮散
6.(5)葛根湯・小柴胡湯
7.(2)三生飲
8.(1)内托散・大承気湯・小承気湯・香蘇葛根散・桑白皮湯・六君子湯・宣長方・桂枝湯・烏梅丸・竹茹温胆湯・芍薬湯・(五物)香薷飲
(計82)

六月
1.(24)胃苓湯
2.(16)補中益気湯・不換金正気散・銭氏白朮散
3.(6)消疳湯
4.(5)柴平湯
5.(3)六君子湯・二陳湯・大腹皮湯・小柴胡湯・芍薬湯・柴苓湯・柴胡湯・葛根湯
6.(2)宣長方・大承気湯・小承気湯・三生飲
7.(1)理中湯・半夏瀉心湯・天青湯・蝉蛻鉤藤飲・参蘇飲・三和湯・粉薬・建六・桂枝湯・還睛丸・烏梅丸
(計126)

七月
1.(23)不換金正気散
2.(22)胃苓湯
3.(16)補中益気湯
4.(10)消疳湯
5.(7)銭氏白朮散・柴平湯
6.(5)芍薬湯
7.(4)五苓散
8.(3)六君子湯・二陳湯
9.(2)大承気湯・宣長方・大黄丸・柴苓湯・小柴胡湯・小半夏湯・小承気湯・烏梅丸
10.(1)桂枝湯・附子理中湯・異功散・参苓白朮散・平胃散・正気天香散・参蘇飲
(計123)

閏七月
1.(19)胃苓湯
2.(16)補中益気湯
3.(12)参蘇飲
4.(7)不換金正気散
5.(4)五苓散・宣長方・銭氏白朮散・二陳湯・柴苓湯・桂枝湯・消疳湯・柴平湯
6.(3)蝉蛻鉤藤飲
7.(2)烏梅丸・芍薬湯・小半夏湯・小承気湯
8.(1)六君子湯・公法・小柴胡湯・(五物)香薷飲・香蘇葛根散・三生飲・三黄瀉心湯・四苓湯・甘姜苓朮湯・還睛丸・半夏瀉心湯・鵞口瘡伝薬
(計109)

八月
1.(11)補中益気湯
2.(10)宣長方・胃苓湯
3.(9)参蘇飲
4.(7)銭氏白朮散
5.(6)消疳湯・柴平湯
6.(5)二陳湯・不換金正気散
7.(4)烏梅丸
8.(3)六君子湯・半夏瀉心湯・葛根湯
9.(2)蝉蛻鉤藤飲・三生飲
10.(1)八味順気散・順気剤・大承気湯・五苓散・附子理中湯・龍王湯・小承気湯・小柴胡湯
(計94)

九月
1.(14)補中益気湯
2.(8)参蘇飲・胃苓湯
3.(5)宣長方
4.(4)銭氏白朮散
5.(3)小柴胡湯・不換金正気散・二陳湯
6.(2)桂枝湯・芍薬湯・烏梅丸・消疳湯・還睛丸・六君子湯
7.(1)蝉蛻鉤藤飲・加味逍遙散・甘姜苓朮湯・順気剤・平胃散・大承気湯・大黄丸・葛根湯・柴平湯・三生飲・小半夏湯・香蘇葛根散・小承気湯
(計73)

十月
1.(22)参蘇飲
2.(9)二陳湯
3.(4)正気天香散・銭氏白朮散・葛根湯
4.(3)不換金正気散
5.(2)宣長方・甘姜苓朮湯・三生飲
6.(1)平胃散・烏梅丸・補中益気湯・小承気湯・桂枝湯・小柴胡湯・桑白皮湯・六君子湯・胃苓湯・消疳湯・理中湯・香蘇葛根散・内托散
(計65)

十一月
1.(16)参蘇飲・二陳湯
2.(11)銭氏白朮散
3.(7)補中益気湯
4.(3)胃苓湯・宣長方・葛根湯
5.(2)香蘇葛根散・甘姜苓朮湯・三生飲・消疳湯・烏梅丸
6.(1)桑白皮湯・小柴胡湯・大黄丸・桂枝湯・加味逍遙散・異功散
(計75)

十二月
1.(6)参蘇飲
2.(4)六君子湯・加味逍遙散・甘姜苓朮湯
3.(3)葛根湯・烏梅丸・銭氏白朮散
4.(2)補中益気湯・小柴胡湯・宣長方・胃苓湯・異功散
5.(1)半夏瀉心湯・消疳湯・香蘇葛根散・少半夏湯・不換金正気散・内托散・三生飲・二陳湯
(計45)

(安永七年一月から十二月まで 計1070)

 見ての通り、宣長は風邪などの呼吸器系、食あたりや胃腸炎などの消化器系の疾患、疳の虫などの小児疾患を主に治療対象としていました。

 季節の移り変わりに従い、多用する処方の変化があります。六七月頃はやはり食あたりが多いですね。冷蔵庫がない時代なので当然です。十月頃からは咳などの風邪が多くなりました。乾燥し気温も下がり始める季節ですから。小児の治療は季節に係わりなく常に多かったようですね。

 また一年を通してどれだけ方剤が使われたか見てみましょう。

1.(131)12.24% 補中益気湯・参蘇飲
2.(104)9.72% 胃苓湯
3.(90)8.41% 銭氏白朮散
4.(88)8.22% 不換金正気散
5.(70)6.54% 二陳湯
6.(60)5.61% 葛根湯
7.(43)4.02% 宣長方
8.(37)3.46% 柴平湯
9.(32)2.99% 消疳湯
10.(25)2.34% 六君子湯・烏梅丸
11.(24)2.24% 小柴胡湯
12.(15)1.40% 香蘇葛根散
13.(14)1.31% 芍薬湯・桂枝湯
14.(13)1.21% 三生飲
15.(12)1.12% 柴胡湯
(以下省略)

 



 宣長が参蘇飲とならび最も多く用いた方剤が補中益気湯でした。補中益気湯を作った李東垣はこう述べています。

内経にいう、労はこれを温め、損はこれを益す。けだし温はよく大熱を除き、苦寒の薬にて胃土を瀉すを大いに忌む。いま補中益気湯を立つ
内傷脾胃はすなはちその気を傷り、外感風寒はすなはちその形を傷る。その外を傷るは有余なり。有余はこれを瀉す。その内を傷るは不足なり。不足はこれを補う*1

 つまり、補中益気湯は脾胃を温め、気の不足を補うための処方なのです。宣長の『方彙簡巻』にある「 益氣【椹 彡 皓 伽 斤 薫 周 甘】」がそれで、黄耆・人参・陳皮・白朮・当帰・柴胡・升麻・甘草がその配合です。

 宣長は学生時代に友人に薬について述べた事があります。

某は某の経に入り、某は某の薬を佐ける。左より昇り、右より下る。気分に入り、血分に入る。陰中の陽なり、陽中の陰なりと謂う。凡そ是の類は蒙昧の甚だしく、弁ずるにおいて容れず。補中益気湯の柴胡・升麻を入れる説、すなわちその他立方の意旨を観るに、推してこれを知るべし。其れ猶、拠を信ずべきや。*2

 「なぜ薬が効くのか」という問いは、いつの時代にもありました。江戸時代には、例えば補中益気湯はこんな風に説明されていたのです。

升麻は右より昇し。柴胡は左より昇すと云うことは理を以て論ず。柴胡は肝に入る。肝木は東方なり。升麻は陽明胃に入る。胃土は西南の隅に位す。左右は南面の位を以て別つ。然れども治療の上にては其の分かちなし。さて益気湯の全体はたとへて云はば、甑にてむしたつるが如し。黄耆を以て蓋をなし、人參茯苓甘草白朮にて甑の中にあるものをひきしむれば、蒸気のぼることを得ず。故に陳皮にてひきしむる中をすかし、柴胡にて肝をひきたて、升麻にて胃の元気をのぼせて心肺へ通ず。升麻柴胡は甑にあなをあくるが如し…*3

 宣長はそんな説明などは「蒙昧の甚だしく」、根拠を信じる事は出来ないと言いました。しかし説明を信じなくても、その補中益気湯は用いるのです。それも12.24%という非常に高い頻度でです。なぜでしょう。それはその薬に効果があったから、そしてまた宣長の哲学に合致していたからです。どんな哲学だったのか。それについては後にして、次回は視点を林から森に移してみましょう。

つづく


(ムガク)

*1 『内外傷弁惑論』李東垣
*2 『送藤文與還肥序』
*3 『方意便義』岡本一方

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