日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

美しき暦(40)

2022年07月11日 04時07分59秒 | Weblog

 節子は、重苦しい思いに反して、改めて健太郎の愛を強く確しかめると、翌朝は早く静かにベットを抜け出して、昨晩のお風呂の弱火を再度強くして入浴した。
 安らいだ気持ちで風呂場の窓越しの竹林の上に見える雲間の月を眺めて、思わず心の中で亡くなった理恵子の実母である亡き秋子さんに語りかける様に
 「お陰さまで、3人は元気で過ごしていますので安心してくださいね」
 「理恵ちゃんが、たまには元気が余って私達を驚かせますが、それも彼女が心身ともに成長している証しと考え、健太郎と小言を言いながらも、内心は今後の成長を楽しみにしております」
 「貴女のおられる世界は季節に関係なくお花が咲き揃っていますか?寒くはありませんか・・」
と囁いた。

 風呂から上がり、化粧鏡に映る自分の表情を食い入るように見ていて、揺ぎ無い自信を確かめたあと、何時も以上に入念に化粧をして心を引き締め、暖めておいた居間の堀炬燵に炭をたすと、昨日から決心していた退職願いをなんの躊躇もなく毛筆で丁寧に書き、茶箪笥の引き出しにしまうと、物音に気ずいた理恵子が起きてきて 目を擦りながら
 「母さん、早くから何をしているの?」「それに何時もと違う綺麗なお洋服を着て・・。何時もより派手なお化粧をして。。」
と、不思議そうな顔で聞くので「なんでもないのよ。貴女が心配することはないわ」と返事をすると、彼女は急に節子に寄りかかり、なをも母親の腕に縋りついて、母親のいつもにない態度が理解出来ないとみえて
  「ねぇ~ 今朝の母さんは少し変だわ?」
  「わたしの失敗で、夕べ父さんと何かあったの? 簡単で良いから○か×かで答えてぇ」
と聞くので、節子は「貴女 母さんに対しておかしな聞き方をするのね」と問い返すと、理恵子は
  「学校では皆が使っている聞き方よ。この方が答え易いでしょう」
と執拗に聞きただすので、節子も、ああそうか、これも選択式の授業の習慣かと半ば納得して「○だったわ」と指で丸を作って笑うと、理恵子は薄笑いを浮かべて
  「あぁ~ 良かった」「わたし 夕べの父さんの不機嫌な態度から、わたしが川にスキーごとダイビングしたことで、母さんにブツブツ小言を言っているのかなと心配していたわ」
  「まぁ~ 母さんの言葉を割り引いても△かな。でもよかったわ」
と溜め息をつく様に安堵してフフッと笑って納得していた。
 節子は、こんなやり取りの中にも、夫婦の関係に自然に立ち入ってくる理恵子が、精神的にも成長していることを心の中で密かに感じた。


 理恵子は、登校の準備をしながら
 「わたし 今朝は早く学校にいって、奈津ちゃんや江梨ちゃんに対し、スキー場で迷惑をかけたお礼をしてから、織田君に言わない様に口止めしなくちゃ」
と言いながら節子から渡された白い布に包まれた弁当を見て
 「母さん、今日は量が凄く多いみたいだが、これどうゆう意味?」
と言うので、節子は
 「奈津子さんと江梨子さん達の分も余計にお惣菜を作っておいたわ。皆で食べなさい」
と言うと理恵子は「母さん、有難う!」と笑って受け取ると、バイバイと手を振り襟巻きをして出かけて行った。

 朝風呂から上がって来た上機嫌の健太郎が、お茶を飲みながら節子を見て
 「何だ! 今朝は何時も以上に入念に化粧して・・それに洋服も・・」
と怪訝そうな顔をして聞くので
  「貴方 わたし御相談があるのですが、怒らないでくださいね」
  「わたし 今日限りで大学病院を退職し様と思いますの」
と話を切り出すと、健太郎は
  「急に また どうしたと言うことかね」
  「言いにくいが、やはりスキー場で、人間関係で問題でも起きたことが原因かね」
と聞くので、節子は伏し目がちに丸山先生との悪夢を振り払うかの様に、勇気をだして
  「違いますわ!。わたし、貴方の療養生活や、理恵子の発育盛りの精神的成長等をそばで見守りたいとゆう、平凡なことですが普通の主婦としての生活に入りたいのです」
と、精一杯の思いで告げると、健太郎は暫く黙して考え込んでいたが、最後には彼らしく
 「君と結婚するときにも言ったと思うが、どのような理由があろうとも、君の考えを尊重するよ。君がそれで幸せを感じるならば・・」
 「だけど 僕から一つだけお願いがあるのだが、平凡で刺激のない生活に慣れて、近所の人達の様にはなって欲しくないんだ」
 「そのために、可能な限り勉強をして、世間の流れに巻き込まれずに、君らしい生活を見つけだして欲しいと思うのだが・・」
 「それこそ、急な思いつきだが君が勤めをやめるとゆうなら、この機会に君の母さんを秋田から呼んで暫くここに居てもらってはどうかね」
と言ったあと、少し間をおいて
 「看護も介護も君の専門であり、秋田の母親を妹さん夫婦に任せ切りにしておくのも、僕としても気が引けるので、この際、暫くの間、ここに来てもらっては・・」
と普段と変わらぬ顔つきで言うと、節子の目は的を得たように輝きだし、彼女には予想もしない実母に対する思い遣りのある嬉しい返事を貰い、子供の様に早く母親に逢いたくたくなり、何処までも自分の考えを通してくれる健太郎の先行きを見通す優しい思いやりに、一層の深い愛情を心にしみいる様に感じた。

 節子は、出掛ける前に田崎教授に訪問の趣旨を電話で簡潔に話すと、病院に到着後同僚に見られないように気配りして、お昼休みに教授にお逢いできる様に時間をみはらかって家を出た。 
 病院に行く間も、丸山先生との山頂での出来事がしきりに頭を掠めた。 
 そして、忘れようとしても心の奥深く潜んでいる、あの瞬間的な出来事とはいえ、丸山先生に愛を感じたことは、決して偽りではないことも・・


 

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