昭和・私の記憶

途切れることのない吾想い
生涯の記憶を切取らん

 

ヤングおーおー

2016年10月15日 | 4 力みちてり 1970年~

「昨日の ヤングおーおー 見たか」

「おー、見た、見たた」

「機械科の三好が、出とったやろ」

「出とった、出とった、あいつ よかったなあ」

「俺は会場におったんや、一緒にいっとったんや」 と、同級の下辻

「ナニーッ」

「ほんまかいや、お前もおったんかいや」

「なんやお前、なんで俺も 誘うて呉れへんかったんや」

「俺も行きたかったなァ」

月曜日・朝一番教室は、昨日のTVヤングオーオーの話題でもちきりだった

ヤングオーオー

昭和47年(1972年) 高校二年生

ゲスト歌手は三善英史

会場に偶々居た、同姓同名の人 と、然も 同い年 と謂う

たった それだけの理由で以て

機械科の三好は幸運にも、ステージに上ったのだ

照れくさそうにして、桂三枝の質問に答えている三好

彼の学生服の襟には

吾が校、都島工業高校の襟章が、彼の機械科のMの襟章が見える

全国の人が、この瞬間を、然も同時に、見ているのだ

「あいつ、ええ想いしたなぁ」・・・と

人生、偶々・・・・こんなことが起る

三善英史
昭和29年生まれ
謂わば、同級生である
「恋はいつの日も はかないものだから

 じっと 耐えるのが つとめと信じてる」
・・・雨
記憶に残るフレーズである

昭和47年

夕刊のコラムで、三善英史の記事が、偶々目にとまった

新しいタイプの歌謡曲として

水前寺清子の応援歌でもなく、北島三郎の演歌でもなく、艶歌でもなく、また、ムード歌謡曲でもなく

歌も、歌い手も、歌声も変わってゆく・・と

これからの時代は、三善英史の如く、中性化へと向かっていく

・・・と

時代は進化する

中性化は、きっと 時代の進化の課程なのであらう

「男女同権」 と謂う、殊更なる言葉も 今や死語である

然し、私は

男女差別無き社会は、然りと雖も

男女区別の無き社会は、納得がゆかない

・・・そう、想う 

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