さいごのかぎ / The quest for grandmaster key

「うみねこのなく頃に」の推理を行うブログです。
まずは■うみねこ推理 目次■ ■ローズガンズ 目次■からどうぞ。

■うみねこ推理 総合目次■

2016年11月15日 00時18分03秒 | ■うみねこ目次■
■うみねこ推理 総合目次■

 この頁は『うみねこのなく頃に』の推理記事のもくじです。

 執筆時期がまちまちです。初出の年月日を確認してお読み下さい。
 番号付きのものは、番号順に読まれることを想定しています。

(興味のある記事だけを拾い読みしたい方は、■目次(トピック別)■へ飛んで下さい)

 初めていらした方で、概要をつかみたい場合は、■初期推理・朱志香犯人説序説■の「サファイア・アキュゼイション」か、■特集■の「朱志香=ベアトリーチェの物語」を通読すると、ストーリーラインが追えます。
 動機などについては、●EP7推理の通読がおすすめです。

 当ブログでは一貫して「赤字は真実でないことも言える(言っている)」と主張しています。「朱志香は殺人を犯していない」という赤字があっても「Ep1~4の犯人は朱志香だ」としていますし、「古戸ヱリカは犯人ではない」という赤字があっても「Ep5の犯人はヱリカである」としています。そしてマスターキーは6本あります。それをふまえてお読み下さい。なぜそう言えるのか知りたい方は■赤字懐疑論・勝利条件論■へ飛んで下さい。

 目次は以下のような構成となっています(リンクで飛べます)。

■特集■
 注目してもらいたい記事をまとめたものです。現在「朱志香=ベアトリーチェの物語」「世界構造」シリーズを掲示しています。
■初期推理・朱志香犯人説序説■
 Ep4当時の「朱志香=ベアトリーチェ」説、概説。およびEp1~6の犯行方法の簡単なまとめです。のちに変更した部分がかなりありますが、発想は現在でも当ブログの中心となっています。
■各エピソード推理■
 各エピソード単体の謎を扱った記事です。それぞれ、各Ep発表当時の推理です。
■キャラクター背景考察■
 殺人以外の謎について。キャラクターの過去や人物解析などです。
■盤面解析(駒の動き方)■
 当ブログで特に価値が高いと思われる推理です。ベルンカステルが示唆する「駒の動き」「ゲームのルール」を解析します。
■カケラ世界構造論■
 盤面解析同様、自信のある推理群です。メタ世界とは何なのか。ゲーム盤とは何なのか。ラムダデルタとは何者なのかについて考えます。
■赤字懐疑論・勝利条件論■
「赤字は真実でないことも言える(実際に言っている)」。この認識に到達することが「うみねこを解く」ということです(と思います)。なぜそう言えるのかについて論じます。
 勝利条件論では、「作者の用意した答えに『ああ、そうなんだ』と思うのは、魔女の主張に『ああ、そうなんだ』と肯くのとほとんど同型なのでは?」といったことを語ります。

■その他の推理■
■エッセイ■

     ☆

■特集■
 注目してもらいたい記事をまとめたものです。現在「朱志香=ベアトリーチェの物語」「世界構造」シリーズを掲示しています。
 朱志香=ベアトリーチェの物語・Ep1
 朱志香=ベアトリーチェの物語・Ep2
 朱志香=ベアトリーチェの物語・Ep3
 朱志香=ベアトリーチェの物語・Ep4(上)
 朱志香=ベアトリーチェの物語・Ep4(下)

 世界構造(上)/ただの創作じゃない、全てに実体がある
 世界構造(下)/フェザリーヌの魔法の正体
 世界構造(補遺)/あなたの魔法を賛美する

 すべてのヘクセンナハトのために 


■初期推理・朱志香犯人説序説■
 Ep4当時の「朱志香=ベアトリーチェ」説、概説。およびEp1~6の犯行方法の簡単なまとめです。のちに変更した部分がかなりありますが、発想は現在でも当ブログの中心となっています。
●Ep4時初期推理
 「朱志香=ベアトリーチェ」説・総論
 朱志香説総論その2・家具の正体と黄金郷の正体
 サソリのお守りが効いた理由
 ep4は親チームのドッキリではないか?
 魔女が鏡に弱い理由
 留弗夫「俺は殺される」と「07151129」
 「魔女の手紙」の取り出し方(共犯者特定)

●各Ep犯行方法まとめ
 犯行告発ep1・サファイア・アキュゼイション1
 犯行告発ep2・サファイア・アキュゼイション2
 犯行告発ep3・サファイア・アキュゼイション3
 犯行告発ep4・サファイア・アキュゼイション4
 犯行告発ep5・サファイア・アキュゼイション5(上)
 犯行告発ep5・サファイア・アキュゼイション5(下)
 犯行告発ep6・サファイア・アキュゼイション6


■各エピソード推理■
 各エピソード単体の謎を扱った記事です。それぞれ、各Ep発表当時の推理です。番号付きのものは、番号順に読まれることを想定しています。

●EP5推理
 ep5初期推理その1
 ep5初期推理その2・ノックス十戒と赤字への疑問
 ep5初期推理その3・新たな連続殺人者
 ep5初期推理その4・第一の晩
 ep5初期推理その5・第二の晩
 ep5初期推理その6・戦人の謎
 ep5初期推理その7・ノック問題
 ep5初期推理その8・赤で語るプレイヤーと赤い竜
 【ヱリカ犯人説】Ep5第二の晩以降の展開は?
 『Land of the golden witch』の大ネタって何? 

 ep5狂言説あれこれ1・ノック狂言説
 ep5狂言説あれこれ2・夏妃を陥れるつもりはなかった?
 ep5狂言説あれこれ3・南條は誰の味方?

●EP6推理
 ep6初期推理1・紗音嘉音問題/八城十八と「ふたつの真実」 
 ep6初期推理2・姉ベアトの正体と雛ベアトの“お母様”
 ep6初期推理3・密室解法/戦人は単騎で脱出できる 
 ep6初期推理4・戦人脱出その2/金文字/一なるトリック

 ep6幻想祝福論・虚実境界線は引けない  
 ep6イメージ密室の「謎の人」は誰?(密室解法まとめ)
 六軒島殺人事件は本当にあったのか?(あった論) 
 島の人々が嘉音を認識している理由/「お父さんの罪」とは?

●EP7推理
 Ep7をほどく(1)・「さいごから二番目の真実」
 Ep7をほどく(2)・まずEp7を紗音説で読む(上)
 Ep7をほどく(3)・まずEp7を紗音説で読む(中)
 Ep7をほどく(4)・まずEp7を紗音説で読む(下)
 Ep7をほどく(5)・分岐する世界の同一存在 ★★
 Ep7をほどく(6)・ベルンの動機、読者の動機
 Ep7をほどく(7)・ジェシカベアト説(上)
 Ep7をほどく(8)・ジェシカベアト説(中)
 Ep7をほどく(9)・ジェシカベアト説(下)
 Ep7をほどく(10)・すべてのベアトリーチェのために
 Ep7をほどく(11)・そしてアンチミステリーへ
 Ep7をほどく(補遺)・Ep7は『Land of the golden witch』そのものでは?

 【Ep7公開前】肖像画の男女は誰だ?(盛大に外れました)

●EP8推理
 Ep8を読む(1)・語られたものと真実であるもの(上) 
 Ep8を読む(2)・語られたものと真実であるもの(下)
 Ep8を読む(3)・「あなたの物語」としての手品エンド(上)
 Ep8を読む(4)・「あなたの物語」としての手品エンド(中)
 Ep8を読む(5)・「あなたの物語」としての手品エンド(下)
 Ep8を読む(6)・ベアトリーチェは「そこ」にいる
 Ep8を読む(7)・黄金を背負ったコトバたち
 Ep8を読む(8)・そして魔女は甦る(夢としての赤字)
 Ep8を読む(9)・いま、アンチミステリーを語ろう
 Ep8を読む(10)・右代宮戦人の「幸せのカケラ紡ぎ」
 Ep8を読む(11)・「悪の金蔵」とリフレインする運命
 Ep8を読む(補遺1)・探偵小説史の縮図としての『うみねこ』

 【Ep8発売前予想】伯母さんと「鍵」と大月教授(盛大に外れる予定)
 【Twitterから】信用できない相手との「交渉」
 【Twitterから】「アンチミステリー」って何なのさ?


■キャラクター背景考察■
 殺人以外の謎について。キャラクターの過去や人物解析などです。
 朱志香の喘息・鎮守の祠と鏡・ep5死体移動
 明日夢はいったい誰なのか?
 【カケラ紡ぎ】六軒島の惨劇を起こさない方法 
 霧江が会ったベアトは誰/マルフク寝具店にあったもの
 竜騎士トラップ解析3・薔薇は郷田が摘んだ?
 右代宮霧江とシンパシー・フォー・ザ・デビル 
 補遺・右代宮霧江とシンパシー・フォー・ザ・デビル
 疑うという“信頼”(上)・ベアトリーチェは捕まりたい
 疑うという“信頼”(下)・古戸ヱリカの見た地獄 


■盤面解析(駒の動き方)■
 当ブログで特に価値が高いと思われる推理です。ベルンカステルが示唆する「駒の動き」「ゲームのルール」を解析します。
 駒の動きその1・南條(大爆発説)
 駒の動きその2・戦人、真里亞、嘉音
 ルールXYZを指さそう
 駒の動きその3・銃(とわたしはだあれ)
 駒の動きその4・盤面(I)
 駒の動きその5・盤面(II)
 駒の動きその6・盤面(III
 チェックメイト――黄金郷再び・金蔵翁の黄金郷


■カケラ世界構造論■
 盤面解析同様、自信のある推理群です。メタ世界とは何なのか。ゲーム盤とは何なのか。ラムダデルタとは何者なのかについて考えます。番号順にお読み下さい。
 「犯人」がループ存在だとしたら? ★★
 ループ犯人から見た「駒の動き」

 カケラ世界1・ep1が最初に起こった
 カケラ世界2・ep2~4を実在させる方法
 カケラ世界3・上位戦人の正体
 カケラ世界4・魔女の後見と、平行世界
 カケラ世界5・すべてが正解になる
 カケラ世界6・ラムダデルタの正体
 カケラ世界補遺・神々のお人形遊びとTIPSの謎

 【続・カケラ世界】上・金蔵はいつ死んだ?/死体のありか
 【続・カケラ世界】中・ゲーム盤世界は常に異なる
 【続・カケラ世界】下・縁寿を幸せにする「カケラ紡ぎ」
 【続・カケラ世界】補遺・カケラ紡ぎ「86.6.17の家族写真」

 世界構造(上)/ただの創作じゃない、全てに実体がある 
 世界構造(下)/フェザリーヌの魔法の正体 
 世界構造(補遺)/あなたの魔法を賛美する


■赤字懐疑論・勝利条件論■
「赤字は真実でないことも言える(実際に言っている)」。この認識に到達することが「うみねこを解く」ということです(と思います)。なぜそう言えるのかについて論じます。
 勝利条件論では、「作者の用意した答えに『ああ、そうなんだ』と思うのは、魔女の主張に『ああ、そうなんだ』と肯くのとほとんど同型なのでは?」といったことを語ります。

●赤字懐疑論
 なぜ戦人は赤字で「明日夢から生まれた」と言えないのか
 グランドマスターキーの発見・もう謎なんてない
 ラムダデルタはなぜベアトリーチェに強いのか
 赤字の真偽と、「真実」の定義について 
 赤字問題は「神」や「メディアリテラシー」に似ている
 うみねこに選択肢を作る方法(と『黄金の真実』) 

 疑うという“信頼”(上)・ベアトリーチェは捕まりたい
 ep5初期推理その2・ノックス十戒と赤字への疑問
 ep5初期推理その8・赤で語るプレイヤーと赤い竜
 Ep8を読む(7)・黄金を背負ったコトバたち
 Ep8を読む(8)・そして魔女は甦る(夢としての赤字)
 Ep8を読む(9)・いま、アンチミステリーを語ろう

●勝利条件論
 プレイヤーの勝利条件は大魔女「作者」を否定することだ
 「作者」に屈服しない方法
 作者も二次創作者も「後期クイーン問題」に直面する
 愛なき解の凝集と、愛ある解の霧散


■その他の推理■
 上記の分類に属さない雑多な推理です。「Land of ~」「探偵視点は~」「Ep6紗音による救出は~」がおすすめです。
 碑文解読――台湾説と主教楼説
 碑文解読ep5・台湾説でFA
 天草=ゴルゴダ=ゴルゴ13
 竜騎士トラップ解析1・ミラクルスナイパーはいない
 竜騎士トラップ解析2・「槍」が心理を誘導する
 【お題回答】関東大震災/アニメ版の情報量
 容疑検討エメラルド・ジャッジメントEP5
 Ep4三択の真里亞解答/煉獄七杭を本物に変える魔法
 『Land of the golden witch』の大ネタって何? 
 【余談】源氏物語とうみねこのなく頃に
 【過去投稿サルベージ】メタメタ世界存在予言・その他
 【過去投稿サルベージ】バッドウィッチ・ローザに花束を
 【過去投稿サルベージ】ミステリはベルンを殺せない/明日夢自殺の可能性
 探偵視点は誤認ができる 
 まぼろしと本当の振幅(続・探偵視点は誤認ができる)
 Ep6紗音による救出は「ベアトを殺す一手」ではない 


■エッセイ■
 「推理」の範疇から若干はみだし気味の文章です。「愛について~」の評判が、わりあい良いようです。
 「No Dine宣言」を訳してみる(ゆるやかに)
 愛について恥ずかしながら考えてみた 
 【歌詞】『名探偵は知っている』に歌詞をつけてみた
 【歌詞】オルガン小曲第6億番で称える大ラムダ卿のうた
 『名探偵は知っている』を歌ってくれた人々
 白夢の繭を日本語で歌おう!
 すべてのヘクセンナハトのために 


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■ローズガンズデイズ 目次■

2014年03月12日 04時47分04秒 | ■ローガン目次■
■ローズガンズデイズ 目次■

 この頁は『ローズガンズデイズ』に関する記事のもくじです。

【RGD感想一部公開】ローズガンズデイズ、タイトルの出所
ローズガンズデイズ体験版/勝手な感想/勝手な予想
ローズガンズデイズ season1 感想その1 マダム・ローズと日本人たち
ローズガンズデイズ season2 感想・チャイナの日本人
ローズガンズデイズ season3 感想「理想の日本人」とヤクザたち

ローズガンズデイズ Last Season 感想・竜騎士トラップのつくりかた、その他
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ローズガンズデイズ Last Season 感想・竜騎士トラップのつくりかた、その他

2014年01月20日 20時15分14秒 | ローズガンズデイズ
※『うみねこ』推理はこちらからどうぞ→ ■うみねこ推理 目次■ ■トピック別 目次■


ローズガンズデイズ Last Season 感想・竜騎士トラップのつくりかた、その他
 筆者-Townmemory 初稿-2014年1月20日


     ☆

 ローズガンズデイズのseason4(最終巻)を読みました。以下、思ったことを書き付けます。

 お話の結末などについて全部ぺらぺら明かしますから、まだ本編をお読みでない方はお気を付け下さい。

 これまでの感想記事は、こちら。
 ローズガンズデイズ体験版/勝手な感想/勝手な予想
 ローズガンズデイズ season1 感想その1 マダム・ローズと日本人たち
 ローズガンズデイズ season2 感想・チャイナの日本人
 ローズガンズデイズ season3 感想「理想の日本人」とヤクザたち



●お話の閉じ方

 全体的には、特に大きなどんでん返しはなく、順当にお話が終わったという感触です。開いた扇子を、閉じました、といった感じで、スマートに着地しています。大仕掛けはない。トリプルアクセルを飛ばない浅田真央ちゃんの演目みたい。

 こういう着地になるのは無理もないのであって、前にも何度か書いていますが、竜騎士07さんのキャリアは「渾身の大仕掛けを、ユーザーが理解しない(あるいは、できない)」ことのくりかえしですから、「どっちみち評価につながらないなら、ぶっぱなさないほうが良い」という判断になってるものと個人的に想像します。他の作品と比べて、だいぶん大人しいですよね。


●ガブリエルのトラップ作法

 今回、一番おもしろかった部分は、ガブリエルがリチャードをほいほい誘導していくところです。

 米軍の高級将校ガブリエルは、マフィアによって妹を殺された過去を持っており、「マフィアというもの」そのものを激しく憎んでいました。
 GHQに派遣された彼は、
「なるべくむごたらしくみじめな方法でマフィアを壊滅させよう」
 と考え、それを実行に移します。

 具体的には、日本人マフィアのプリマヴェーラと、中国人マフィアの金龍会のあいだに全面戦争を発生させ、双方を壊滅させようともくろみます。
 そのきっかけとして、暗殺者を放って、プリマヴェーラの要人リチャードの妹ステラを殺します。
 同時に、金龍会の李梅九(だめだ、どうしても「うめきゅうさん」としか読めない)の妹、梅雪を襲い、これも殺そうとします(しかしこれは失敗しました)。

 妹を殺されたガブリエルは、あいつらの妹も殺してやれ、と思ったのですね。

 誰だって、肉親を殺されたら激情します。そこで、「ステラを殺したのは金龍会だ」「梅雪を殺したのはプリマヴェーラだ」という方向に誘導し、全面戦争を引き起こさせ、それを高みで見物しようと目論んだわけです。

 が、梅雪の殺害に失敗したこと、そして梅九さんが冷静だったことにより、金龍会はうまく踊ってくれませんでした。やむなくガブリエルは、うまくひっかかってくれたプリマヴェーラのリチャードだけに目標を定めます。

 まずガブリエルは、悲嘆にくれているリチャードに、「実は僕も妹を殺された過去があるんだ」と打ち明け、迫真の演技で、同情しまくってみせます。
「同じ境遇だから気持ちがわかる。同志みたいなものだ」か何か言って、ちょいと泣いてみせたりするわけです。
 リチャードは賢人ですから、ふだんだったらそんな三文芝居には乗らないわけですが、実の妹を失って、気持ちが弱り切っているもんですから、「ああ、なんていい人だ」かなんか思ってうっかりハートをまるごと明け渡してしまいます。
 つまり「この人は味方だ、善人だ!」と思いこんでしまうのでした。

 そこにもって、「この事件は金龍会のしわざだよ」というのを、段階的に吹きこんでいきます。段階的なところが、いやらしい。

 最初に「どうも金龍会のせいらしいよ」と吹きこんだ段階では、リチャードもまだ踏ん切りが付かない部分がありました。何しろ、金龍会は大組織ですから、そこと戦争になるというのは大ごとです。
 リチャード自身も、「金龍会がいちばんアヤシイ」と思ってはいるのですが、彼にはまだまだ冷静な部分が残っていて、「様子を見なければ」というふうに身をこなしている。

 ガブリエルはそこに、もう一撃喰らわすわけです。
 目に入れても痛くない甥っ子の祐司を、毒で暗殺する。
 しかも、中国マフィアにしか手に入れることのできない特殊な毒で殺す。
 毒で苦しみ抜いて命が消えるさまを、リチャード自身が目撃してしまうようなタイミングで殺す。

 更にだめ押しで、「李梅九がステラの暗殺を命じた」という書類を偽造して、「GHQの鑑定の結果、この書類は本物だと判明した」というふうに、真実性を「保証」する。

 段階をふむごとに、リチャードの心の中から、「冷静に判断しなければ」という部分がしりぞいていく。じわじわと「金龍会め、金龍会め」という気分が増殖していく。
 もう、確実だ。もう、許せん。

 リチャードはついに、金龍会との全面戦争を決意します。そのために、穏健派のマダム・ローズを地方に監禁するという方策までとります。


 これは、もしわたしが実際にやられたら、この誘導にはたぶん抵抗できないなと思いながら読んでおりました。


●感情のぶつけどころが欲しい

 ポイントとしては、本文にも書いてあることですが、リチャードは「この襲撃事件の真相を知りたい」のでは「ない」のです。

 彼は真実を知りたいのではなくて、
「犯人がいて欲しい」
「敵が存在して欲しい」

 その敵を討ち滅ぼすことによって、心の辛さを少しでも解消したいのです。

「肉親を失った辛さ」を、辛さのままずっと持ち続けなければならないというのは、拷問に近いのです。
 この辛さを、何らかの形に変えて、外部に発散したい。
 そうでなければ、自分というものが壊れてしまう。

 だから、この心の中にわだかまった激情をぶつける場所が欲しい

 そこにガブリエルは、「ほら、あそこですよ」とささやく。「あなたが欲しがっているものはあそこですよ」と指さす。

 そうなるともう、リチャードは、その指さす方に向けて突進せざるをえない。そこに向かって拳を振り下ろさずにはいられない。普段の冷静さは鳴りをひそめてしまう。というか、その普段の冷静な思考力のすべてが、「金龍会のせいだ」という方向で、自分自身を説得してしまうのです。

 このガブリエルの手口は、「人の動かし方」として巧妙です。
 そして、この手口って、竜騎士07さんの得意技なのです。


●竜騎士さんの得意技

 竜騎士07さんは、この手口がどうもお好きらしくて、頻出します。『うみねこ』なんかには、わりあいしょっちゅう出てきます。

 ひとつ簡単な例でいえば、
「真相を知りたいというよりは、憎むためのはっきりした敵の姿が欲しい」
 というのは、『うみねこのなく頃に』における、兄を亡くした縁寿の心理状況とほぼ同一です。

『ひぐらし』の方から例を挙げれば、これに相当するのは大石警部です。彼は連続殺人事件について、「はっきりした、わかりやすい、憎むべき犯人がいてほしい」という願望にとらわれ、「わかりやすい犯人像」として園崎組犯人説にとらわれつづけていました。
 真相を見れば、園崎組はほとんど何もしていなかったのですが、大石は「全部のことを、園崎組がやったんだ」という観念から、どうしても逃れ得ませんでした。そのせいで結果的に、いくつもの悲劇を誘発してしまいました。
 園崎詩音もこのパターンかもしれませんね。

 具体的なシーンで述べれば、『うみねこ』のEp5が、好例です。終盤あたり、古戸ヱリカが、
「犯人はあの人です、そう、右代宮夏妃さん!」
 と「指さした」とたん、その場にいる全員が、聡明な霧江なども含めて、全員がその結論に飛びついてしまうという凄いシークエンスがありました。

 ここでのポイントは、悲嘆にくれる絵羽の姿です。絵羽という人は家族愛のかたまりなのですが、このエピソードで夫と息子を一度に失ってしまう(殺されてしまう)のです。
 いつもは気丈な絵羽さんが、あられもなく、外聞もなく、子供のようにオイオイ泣きじゃくって悲しむ姿を、右代宮家の一同は、何も言えずに見守ることしかできなかった。それで、彼らの心中は、やるせなさでいっぱいになっていました。

「絵羽さんがあまりにも可哀想すぎる」
「やるせなくて、心が痛んで、どうしようもない」
「このどうしようもない気持ちを処理するために、誰か悪い奴を罰したい」


 という気分が醸成されたところに、「犯人はあなたですね、夏妃さん」。

 冷静にひとつひとつ見ていけば、夏妃犯人説は穴ぼこだらけです。でも、感情的になっている人々には、そんなものは関係なくなる。

 感情をゆさぶり、可燃化したところに、「あそこだ!」と指を指して一方向に誘導し、スタンピードを作る。
(スタンピードとは、パニックや激情に基づく殺到のことです。元の意味では、バファローの群れが拳銃の音に驚いて、一方向に雪崩をうって突進する現象のことなのですが、転じて、人間の群衆が突発的な行動をとるときにも使われるようになりました)

 これで、筋を見ていけば無茶だらけの夏妃犯人説を、「感情的に押し通す」ことが可能になっていました。もちろん、絵羽は夏妃犯人説に飛びつき、「あんたがやったのね!」などと怒鳴って、夏妃に殴りかかっていました。

 同様のスタンピードの作り方が、『おおかみかくし』でも使われていました。
 ちょっとうろおぼえなのでアウトラインだけ書きますが、
「この街には怪物がひそんでいる」
 という疑心暗鬼で人々がいっぱいになっているときに、
「あいつだ、あいつが怪物だ!」
 という「指さし」が発生し、群衆が暴徒と化し、襲いかかるという場面がありました。
 恐怖から逃れるために、わかりやすい、少数の「敵」がいてほしい。そいつをみんなでつるし上げて血祭りすることで、恐怖から逃れ、安心したい。そういう集団心理があり、暴徒が発生したのです。


 言葉を飾らずにはっきり言うと、これは竜騎士さんがしょっちゅう使う、常套手段なのです。


●信じさせる最良の方法は、信じたいと思わせること

 ポイントとして注目したいことは、こうです。

「相手に嘘のストーリーを信じ込ませたいとき、どうするか」

 他人に、とある物事を信じ込ませたいとき。いっしょうけんめい汗を流して説得するよりも、スマートな方法があるということです。

 相手本人に「これを信じたい」と思わせること。そういう感情(状況)をつくること。

 リチャードは、妹を亡くした痛みを消化するために、拳の振り下ろしどころを必要としたのです。だから、金龍会が犯人で「あってほしかった」
 内心で「金龍会が犯人であってほしい」という感情がある相手に、「金龍会が犯人である」ということを信じ込ませるのは、簡単。

 人間は、他人による説得はなかなか受け容れにくいのです。プライドもありますしね。
 しかし、人間は、自分自身の声にはたやすく説得されます。

 大石警部は義憤にかられており、殺人の犯人をこの手で捕まえなきゃおさまらん、という気持ちでいっぱいでした。だから、「手近な悪い奴」である園崎組が犯人であってほしかったのです。
 大石警部自身の声が、「園崎組が犯人にちがいない」と自分を説得し続けるので、どうしても、かたくなに、園崎組犯人説にこだわりつづけたのです。

     *

 そして、『うみねこ』の戦人とベアトリーチェのやりとりの中にも、この手口は何度も繰り返されます。

 ベアトリーチェは、Ep2において、「赤い字というものは真実のみを語るので、赤い字で書かれたことは疑わなくて良い」というルールを提案しました。
 ベアトリーチェは、このルールを戦人に信じてもらいたかったのですが、戦人は当初、
「なんかうさんくせぇ。ウラがあるんじゃないか?」
 という態度を見せました。つまり、簡単には信じなかった

 そこでベアトリーチェは、
「楼座が、使用人たちを殺人犯だと決め付け、汚い言葉で非難しまくる」
 という展開を用意して、戦人に見せつけました。

 戦人は、使用人のみんなのことが大好きなので、犯人だとはとても思えませんでした。というか、「彼らが犯人だなんて思いたくなかった」のです(そう書いてあります)。

 右代宮邸に、マスターキーは5本しかない(ということになっている)。そしてその5本は楼座によって完全に管理されています。
 だから、使用人たちを追い出して、部屋に閉じこもって鍵をかけてしまえば、仮に使用人たちが犯人だったとしても、楼座たちに危害を加えることはできません。マスターキーがなければ、鍵のかけられたドアを明けることができませんからね。
 実際に楼座は、マスターキー5本を全て取り上げ、使用人を部屋から追い出し、鍵をかけて閉じこもりました。

 それだけのことをして、なお、楼座は使用人たちを信用しないのです。
「何も信用できないわよ、家具どもが」
 おまえらの言うことなんか信じられるもんか、ばーかばーか。くらいのことを吐き捨てたのです。

 何で信用しないかというと、「マスターキーが5本しかない」という条件を、楼座は認めていないからです。
 どうせ、複製された6つめの鍵があるに決まってる。使用人たちがマスターキーを提出して部屋から出て行ったからといって、安心できない。6本目の鍵を使ってこのドアを開け、私たちを殺しにくるにちがいない!

 戦人が「マスターキーは5本しかないんだよ!」と一生懸命訴えますが、楼座は「6本目があるに決まってる」と言い張ります。
 マスターキーが5本しかなく、その全てが楼座の手の内にあれば、使用人には犯行ができないのですから、使用人の疑いは晴れるのです。
 でも「マスターキーが5本しかない」という条件を楼座が信じないので、使用人の疑いが晴れないという状況です。

 そこでベアトリーチェは、憎ったらしい顔をして、赤い字でこう言うわけです。
赤:マスターキーは5本しかない

 ついに戦人はベアトリーチェにすがりつくようにして、
「頼むからその赤い字を楼座おばさんに言ってやってくれ! 真実を語る赤い字で《マスターキーは5本しかない》って楼座おばさんに教えてやってくれ!」
 そんなふうに絶叫するのでした。

 おや。戦人は「赤い字が真実を語るなんて、うさんくさい話だ」と思っていたのに、いつのまにか、「真実を語る赤い字を使って楼座さんを説得してくれ!」と言い出し始めていますね。

「使用人のみんながこんなに疑われてるなんて、我慢ならない!」
 という激情があるところに、
赤:マスターキーは5本しかないという赤い字をポンと置いてやるのが、「指さし」なのです。

 使用人たちの疑いを晴らすために、マスターキーの本数は5本だけであってほしい。
 マスターキーが5本しかないことを証明するために、赤い字が真実であってほしい。

 いつのまにか、戦人の中に、「赤い字で語られることは真実であってほしい」という「願望」が発生しているのです。

 もう一度繰り返しますが、相手を説得するときには、相手自身の願望を誘発することで、「自分自身を説得させる」方向に持って行くのが上策なのです。

 この手口に、戦人くんは何度も騙されます。これは、戦人が馬鹿だというより、この手口が強力すぎるのです。

 Ep3の「北風と太陽作戦」も、これと同じです。『うみねこ』の前半エピソードは、「戦人が、《魔女》というものの存在を認めるか、認めないか」ということが、重要な論点になっています。
 魔女ベアトリーチェは、「妾が魔女であることを認めろ! 認めろ!」と強要してくるのですが、戦人は強情なので、絶対に認めようとはしません。

 そこでベアトリーチェは作戦を変えます。改心したフリをして、紗音や譲治や嘉音のことを、身を挺してかばい、善意を尽くす姿を戦人に見せます。
 すると戦人は、ふらっと、
「こいつ、案外いいやつじゃないか。こんないい奴だったら、魔女ってやつを、ちょっとくらい認めてやってもいいかな
 と思ってしまいます。

 他人から強要されたストーリーは頑なに拒んできたくせに、戦人は、「ちょっとくらい認めてやってもいいかな……」という「自分が自分を説得してくる声」には、まったく無防備だったのです。


●「読者の願望」を拾う作者

 ……さて、このように、「他人の心をうまいこと誘導する」という手口を頻出させる竜騎士07さん、という作者がいるわけです。

 竜騎士07さんは、ミステリ作家です。読者をうまいこと誘導して騙してなんぼ、というご商売です。

 この手口を、「わたしたち読者」に対して使っていないとしたら、そっちが不思議というものです。是非とも、騙されないように注意したいものですね。

 たとえば。
 またうみねこの例ですが、わたしは以下のように思っているのです。

『うみねこのなく頃に』は、難しいミステリでした。何しろ、幻想描写だとかいって、「嘘が堂々と描写される」という作品なのでした。
 普通、ミステリは、正しい描写がなされ、それを材料に推理していきます。ところが『うみねこ』は、「嘘が書かれる。そして、どこが嘘でどこが本当かは、わからない」という形になっています。
「どれが信頼できる情報なのか、わからない」
 のですから、雲をつかむような話で、真相が解析できませんでした。

 あまりにも手掛かりが薄いので、ユーザー間で話し合いがなされていくうちに、
「戦人が見たものについては、嘘や幻想は混じっていないのではないか」
 というアイデアが、自然発生してきました。

 これは、わたしが見る限りでは、理論的に導き出されてきたというよりは、
「この物語が解読可能なものであってほしい
「解読可能なものであるために、疑わなくて良い明確な手掛かりが存在してほしい
「明確な手掛かりとして、戦人の見たものくらいは実在したものであってほしい
 という、
「願望」
 であったように思うのです。

 もちろん、ネット上でのユーザー間の議論を眺めることのできる竜騎士07さんは、
「ほぉ、読者のみなさんにはそういう願望があるのか」
 というふうにリサーチするわけです。

 そこで竜騎士さんは、「探偵視点」という特別な視点かあるかのような描写を、後続のエピソードに書き足してくる。

「探偵役が見たものは、正しく存在し、見間違いや虚偽の記述はない」
「そして、戦人は基本的に探偵役である」


 というルールがある「かのように読める」描写を繰り出してくる。

 読者たちは、潜在的に持っていた願望が充足されたので、「やっぱりそうだったか!」と満足する。「思った通りだ」と受けいれてしまう。

 しかし、ようく注意深く読めば、「探偵視点があっても見間違いを起こすことができる」のです(「探偵視点は誤認ができる」を参照のこと)。つまり「探偵の視点は見間違いを起こさない」というルールは存在しないのですが、ユーザーの大勢は、そういうルールが存在するように思いこみました
 そういうルールが存在して欲しいという願望があったからです。

 竜騎士さんは、これによって、「存在しないルールを存在するかのように思いこませる」ことができました。

 竜騎士さんという人は、ネットでの読者のやりとりをわりとじいっと見ていて、そのように「願望充足によって、読者をミスリードする」ということを、丹念にやる人だと思うのです。

 この手は竜騎士さんの得意技で、「竜騎士トラップ」の基本のひとつだと思うのです。多少気に留めておくと、以降の作品を読むときに何かと便利かもしれませんよ。


●三者会談と家族会議

『うみねこ』にことよせた解説が続いたついでに、もうひとつ拾っておきます。

 season3に、
「ローズ、バトラー、梅九の三者会談の苛烈さを目の当たりにして、ステラが絶句する」
 という場面がありました。
「そこで行なわれていたのは言葉での殺し合いだった」
 くらいのことが書いてありました。

 しかし、ステラがさらに驚いたのは、その「言葉の殺し合い」が終わったとたん、この三人はサッとにこやかな表情に戻り、「ああ、有意義な話し合いができた」かなんか言って、笑顔で談笑し、乾杯しあい、ふだんの友好的な彼らに戻ったということです。
 その変貌ぶりに、何なのこれ、とステラは呆然としていました。

 さて、それで思い出したことは、『うみねこ』で毎回行なわれる、「親族会議」というやつでした。
 親族会議では、右代宮家の大人たちが、父の遺産を争って、それはもう、聞くに堪えない醜い争いあいをするという、「言葉の戦争」の場でありました。

 この会議のあんまりな争い方が有名になって、
「右代宮家の一族は、全員が全員、金の亡者で、自分だけに利益を引っぱろうと必死で、ほんとにどうしようもない人間の屑だよなあ」
 といった後世の世間的な評価が発生していました。縁寿なんかはその評価を完全にうのみにしていました。

 が、『うみねこ』のEp8では、「しかし、それでもなお、右代宮家の一族は、お互いを想い合っていて、仲良しで、絆があったのだ」という主張がなされます。

「親族会議はひどい言葉の暴力が飛び交う聞くに堪えないものだったが、同時に、右代宮一族は深い絆で結ばれていて、楽しくパーティしたりなんかして、プレゼントしあったりして、幸せな一族でもあった」
「《ひどい親族会議》と、《愉快で楽しい右代宮家》は、矛盾することなく同時に成立するのである」

 という、ちょっと不思議な主張がEp8にはあるのです。

 この矛盾めいた関係性の正体が、ローズガンズseason3に描かれた三者会談の姿ではないでしょうか。

 利害は利害としてきっちり守り、相手から取るべきものはきっちり切り取る。そのためには交渉相手をそうとう強い言葉で攻め立てたりもする。神経をヤスリでこすりあうような神経戦をガマン大会のように繰りひろげる。

 が、交渉が終わったあとは、ぱちんとスイッチを切りかえて、友人同士に戻り、馬鹿話に興じたりもする。

 そういう洗練された関係性が、ローズ・梅九・バトラーの間にはあった、というわけです。

 こういう洗練された関係性が「右代宮一族にもあった」と想定することで、「ひどい親族会議」と「仲良し右代宮家」は、矛盾ではなくなります。

 利害は利害。家族愛は家族愛。そこにはきっちり区別がなされていて、一方が他方をバイオレートすることはない。遺産や将来についてきっちり戦ったあとは、お互いの健闘をたたえあって乾杯する。

 こういった大人の社交のしかたは、百戦錬磨のステラにとってすら珍しいものだったのですから、戦人やら、縁寿やら、まして興味本位の世間の人々が想像しえないのは当然でした。

 でも、そういう姿を「あえて想像する」「あえて想定する」ことで、「不幸ではない右代宮一族」「心豊かな親族たち」という姿を見いだすことができる。手に入れることができる。

 そういう例示として受け取ることは可能だなと思って読みました。


●キースとの相互承認が憎悪を高める

 話をちょっとリチャードのところに戻しますが、リチャードのそばにキースという人物を置いたところが、お話として(誘導として)ニクいところです。

「ステラという家族を奪われた憎しみ・悲しみ」

 を背負っているのが、もしリチャード一人だけだったら。どっかの段階で、
「あれ、なんかおかしくね? もうちょっと冷静になって考えた方がよくね?」
 というふうに、我に返った可能性が高いように思うのです。

 しかし、隣に、すぐそばに、同じ悲しみ・同じ憎しみを抱えたキースという存在がいることで、リチャードとキースは、お互いにお互いの感情を承認しあって、「我に返らなくなる」のだと思うのです。

「犯人が憎い」
「絶対に復讐を遂げてやる」
「全てはそのためだ。俺たちは間違っていない」

 というふうに、リチャードとキースは向かい合わせになって、お互いの激情を承認しあっています。まるで、鏡に映った自分自身に「おまえはまちがってないよ」とうなずくような状況にあるわけです。
 たとえば、リチャードが一瞬、すっと冷静を取り戻しかけたとしても、キースを見ると、キースの激情がうつって、感情の閾値が元の水位に戻る。
 逆にキースが怒りを持続できなくなった場合も、リチャードの感情とシンクロして、また元の高い水位に戻る。

 この二人が互いに向かい合って「俺たちはやるぜ」「うん、やったるぜ」と言い合っていることにより、
「あれ、俺ら、なんかちょっとおかしくなってねぇ?」
 という気づきが発生しないわけですね。この構造は、ちょっと身に覚えがあるし、これは凄いなあ、鋭いなあと思って、読みました。


 以下、余談。


●余談1・林原樹里の正体関連

 なんとローズとレオは、林原樹里のおじいちゃんとおばあちゃんであった、という真相がございました。樹里はこの二人のお孫さんであったわけです。樹里本人がビックリしておりました。

 微妙なところではありますが、ひょっとしたら、この真相は当初から予定されていたものではなくて、シリーズの途中で思いつかれたものなのではないかな、という考えがちらっと浮かびましたので、一応ここにメモしておきます。

 というのも、レオの本名が航太郎であることはseason1で、ローズの本名が美咲であることはseason2で、ごく初期に明かされています。

 もし、マダム・ジャンヌの昔語りの中に、この名前が出てきたのだとしたら、さすがに樹里が気づかないのはおかしい。

 もう一つ。当初の物語では、樹里がジャンヌに呼び出されたのは、樹里が新聞記者だったからであり、「マダム・ジャンヌが昔のことを語りたいと思うので、それを記事にしてほしい」ということだったわけです。インタビューしに来い、それをまとめて公開せよということだったわけです。

 ところが今回のLast Seasonでは、「この話はローズの孫であるあなた一人に教えたかっただけなので、他言してはいけませんよ」というふうになってしまっており、前提条件がまるで変わっています。

 ひっかかかるのは、このインタビューは、半年に1回ずつ、2年ごしで行なわれたものです。樹里は最初の1回目で聞いたことを、その時点で記事に起こして公開するかもしれなかったのです。
「最後まで語り終えるまでは記事にするな」とジャンヌが差し止めていたかもしれませんけれど、その差し止めがちゃんと守られるかどうか、保証はありません。
 ジャーナリストというものは、「これは今すぐ公開して世の中に問わねばならない」と思えば、口止めなど無視して世の中に出してしまうことが往々にしてあります。
 たとえば、樹里の上司が、
「次回のインタビューが取れるかどうかなんてアテにならない。だからこれは今すぐ記事にしろ」
 と命令したのであれば、樹里は断れないように思います。

 ついでにいうと、「林原樹里は稀少な純日本人である」という条件もあやしくなってしまいます。ローズは半分ギリシャ人であって、つまり、容易に辿れる範囲に海外の血が入っているわけです。

 そのへんをうまく消化する理論として「樹里がローズの孫であるという設定は、当初は存在せず、シリーズ途中で思いつかれたのである」という条件をひねりだしてみました。
 Season1が書かれたときには樹里は本当に純日本人であって、ただの新聞記者であった、途中で設定が変更された、というふうにすると、うまく消化できるわけですね。

 が、「灰原」の姓をいじって「林原」にするというあたりは、最初からそういう設定を決め込んでいないとできないつながりかただなあと思いますし、レオとローズの下の名前が初期段階で語られているということについても、「ジャンヌはそこまで詳しく語ったわけではなかった」というふうに思ってしまえばそれで済むことではあります。
 記事をいつ公開するかしないかという論点も、「プリマヴェーラが脅しをかけたので、全部話を聞くまでは記事にしようがなかった」くらいに思えば問題ではなくなりますね。


●余談2・マダムの死、マダムの再生

 マダム・ローズが、23番市の全ての悪の体現者となる。そんな悪のマダム・ローズをジャンヌが打ち倒し、新たな善なる君主マダム・ジャンヌとなる。悪の王を打ち倒し、善なる王が即位する。
 それによって、世の中に希望と活力がよみがえる。

 というストーリーを設定し、みんなして演じた結果、うまいことマダムの交代が成し遂げられた、という形になっています。

 これは、なじみ深い類例で言えば、昔話の「泣いた赤鬼」ですし、もっと大層に言えば、フレイザーの『黄金の枝(金枝篇)』に書かれた「森の王殺し」であって、つまりこれはきわめて神話的な類型です。昔からよくある形ってことです。そういえばローズガンズデイズは、竜騎士さんの作品の中ではいちばん神話っぽい形状をしていますね。

 けど、個人的に、この結末をみていちばん強く想起されたのは、何年か前のテレビアニメ『コードギアス 反逆のルルーシュ』という作品でありました。
 主人公ルルーシュは、物語終盤、世界を力と恐怖で支配する悪の権化と化すのですが、それは、「のちにわざと殺され、この世の全ての悪を一身に背負って滅びることによって、世界を解放する」という意図によるものでした。
 つまりこれも「泣いた赤鬼」であって、マダム・ローズの破滅のしかたとほぼ同一です。

 重要な点は、この『コードギアス』という作品は、「架空の超大国による侵略を受けて、日本が主権を喪失し、植民地と化し、日本人は二級市民となった」という舞台設定を持っていることです。ローズガンズデイズとえらい似ています。
 そして竜騎士さんは、『コードギアス』の脚本を書いた大河内一楼さんと対談をしたことがあります。その対談は『コードギアス』のムックに載ったもので、内容もそれに関することでした。つまり竜騎士さんはこの作品を通しで見ている見当になります。

 おそらく、結構な影響を受けているのではないかな、ということを、一応ここにメモしておきます。


 以下、余談はますますどうでもいい話題になっていきます。


●余談3・謎の大統領夫人

 レオは南の国に行って独立戦争を手助けして、1950年に帰国してきます。

「独立戦争が終わったのはだいぶ前なのに、帰ってくるのが遅かったな」
 みたいなことを聞かれたレオは、
「俺のジョークを聞かないと眠れないって、大統領夫人が引き留めるからさあ」
 といった、洒落と下品を紙一重でまたいだような軽口を言います。

 さて、ここで、レオの行っていた南の国というのは、インドネシアのことである(もしくは、明確にインドネシアをモデルにした国である)というふうに分析できている人は、
「大統領夫人」
 というキーワードにぴくんとして、
「インドネシア初代大統領スカルノの夫人といえば、まさかあのテレビでお馴染みのデヴィ・スカルノ夫人か……」
 というふうに一瞬で想起するわけです。自然ななりゆきとして。

 あのデヴィさんがレオに向かって、
「あっはっは、あーたおもしろいわね」
 かなんか、あのおっとりした口調で言うところまで想像したりしてね。

 が、しかし、デヴィ夫人は1940年生まれですから、このときまだ10歳。史実に準拠するならば、ここでレオの言っている大統領夫人はデヴィさんではありえないということになります。だからこれは第1夫人ファトマワティさんか、第2夫人ハルティニさんのことですね。残念……。


●余談4・自分に当たる弾だけ避ければいい

 レオの馬鹿話を真に受けるシリーズその2。

「どうやったら、何十人もの敵と銃撃戦で渡りあって、しかも勝てるんだ?」
 というふうに聞かれたレオは、
「自分に当たらない弾は避ける必要ないんだから、自分に当たる弾だけ見分けて避ければいいだろ?」
 という、むちゃくちゃなことを言います。

 これっていわゆる、「弾幕シューティングゲーム」の基本的な動かし方ですよね。

 東方シリーズなんかがそれです。

 東方のSTGは、youtubeなんかでプレイ動画を見るとわかりますが、画面全体をぶわーっと覆い尽くすような弾幕が広がります。こんなもん避けきれっこないよ、と、最初は思います。

 が、ようく弾を見てみると、自機に向かってくる弾はほんの少しであって、ほとんどはあさっての方向に飛んでいきます。
「自分のところに飛んでくる弾と、そうでない弾を見分けて、当たる弾だけ最小の動きで避ける」
 ということを覚えるのが、弾幕ゲーを遊ぶための第一歩だそうです。

 で、そんなことを俺は生身でやらかすことができるぜ、とレオは自分で言っているワケです。

 レオという人物は、
「もう伝説的に、超人的に、むちゃんこつおい」
 というふうに描かれるわけですが、書いてる竜騎士さんが具体的にどういう強さを想定しているか、というイメージが、ちらっとここに出てるのかもしれないです。
 つまり、常人の群れの中に、一人だけ「東方シリーズ」の世界の妖怪的超人がいるようなイメージ。
(竜騎士さんが東方ファンなのはおなじみのことですしね)

 たぶん想定として、「レオは博麗霊夢や八雲紫とタイマンが張れるくらい強い」みたいなイメージを核にして「強さ」を描写してるんじゃないのかなー、くらいのことを思いました。
 そのくらいでなきゃ、「伝説の夜」のホテルロビーでの戦いなんて、ありえないですもんね。

 アランやキースは、「ものすごい高度な能力を持った常人」として描かれているのに対して、レオは明確に「超人」として描かれていると思うのです。そういうとらえ方をしてみると、わたしはしっくりきました。


●余談5・マダムジャンヌの正体

 は、クローディアだと想像していたんだけどなァ……。おもいっきり、外しました。


●余談6

 ……は、思いついたらここに追加して書きます。


(以上)



■ローズガンズデイズ 目次■
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ローズガンズデイズ season3 感想「理想の日本人」とヤクザたち

2013年09月17日 17時43分18秒 | ■うみねこ目次■
※『うみねこ』推理はこちらからどうぞ→ ■うみねこ推理 目次■ ■トピック別 目次■


ローズガンズデイズ season3 感想 「理想の日本人」とヤクザたち
 筆者-Townmemory 初稿-2013年9月16日


     ☆

『ローズガンズデイズ season3』を読みました。ちょっと読みづらくて、読了までにかなり時間がかかりました。

 読んで思ったことを簡単に書き付けておきます。

 これまでの感想記事は、こちら。
 ローズガンズデイズ体験版/勝手な感想/勝手な予想
 ローズガンズデイズ season1 感想その1 マダム・ローズと日本人たち
 ローズガンズデイズ season2 感想・チャイナの日本人



●醤油戦争

「醤油戦争」というエピソードが描かれました。

 この作中で日本人はマイノリティ化しており、文化的にも経済的にも、米中の物量に呑み込まれ、同化されようとしています。
 マダム・ローズは、日本人たちが「“日本人”性」を保ち続けるためには、日本人の食文化を旧来のまま存在しつづけさせることが必要だと考えました。そこで日本食の神髄の部分としての「醤油」に着目しました。

 戦争と災害のため、(作中では)都市部の醤油製造業は壊滅しています。米中に占領されていることもあって、東京都内で本物の醤油は手に入らず、ギリギリ手に入るのは粗悪な合成醤油だけという状況でした。このままでは、「醤油の味を知らない日本人」が発生してしまったり、「醤油を使って日々の食をまかなう」という風習がすたれてしまいかねません。

 そこでローズは、千葉県の任侠の大親分と交渉して、現地の醤油醸造業者に、都市部向けの安価な醤油(しかし本物)を増産してもらい、仕入れてきて、ほとんど利益度外視で東京23番市に提供する……ということを始めたわけです。
 ローズの醤油は、戦前の3倍の値段がしてしまいますが、ぎりぎり人々の手が届きます。昔のたった3倍の値段で、本物が手にはいるというのは、奇跡にちかい話です。
 醤油の味は日本人のソウルフードですから、すさんだ日本人の心を癒すことにもなります。それに、「同じ醤油の味で育った仲」というふうに、日本人の横の連帯を期待することもできます。

 うまくいけば、そりゃもう偉業となるはずでした。

 が。
 近隣の中国マフィア金龍会が、ものすごい妨害をかけてきました。豊富な資金を使って、ローズの醤油を人々から倍の値段で買取り、代わりに安価で粗悪な代用醤油を売り出すということをしはじめました。

 人々は、ローズの醤油を買って金龍会に売り、差額で儲けて、その金で代用醤油を買うようになりました。ローズの醤油は、ローズが血を流すような思いで供給しているものなのですが、人々は(つまり日本人たちは)それを転売したあげく、中国産の偽醤油を購入してそれを食べるという行動に(一斉に)出たのです。

 おまけに、「ローズは権力を使って、自分の醤油を3倍の値段で売りつける悪党だ」という評価が発生してしまいました。食い詰めた日本人たちは、貧すれば鈍すのたとえの通り、安いからといって偽物の醤油を喜んで買い求めて食べ、日本人の心だからということで本物の醤油をいっしょうけんめい手に入れてきた人のことを売国奴呼ばわりするようになったのでした。何かこう、説話のような響きがありますね。

 さて、それについてなのですが。


●「理想の日本人」と「現実の日本人」

「日本という共同体のことを考えるならば、安いからといって粗悪な海外品に飛びつくのはよろしくない。品質が良いのならば、多少高くても国産品を買って、国内産業をサポートするのが国益にかなう(でないと国内の産業がスカスカになってしまう)」

 というふうにとらえなおせば、これはわれわれ現代の日本にも通じる話になってきますし、それが意図されているとも思いますし、正論だとも思います(わたしは100円ショップが好きですが、100円ショップは亡国への道の第一歩だなぁとも思います)。

 なのですが……。

 でも個人的には、そこの部分にはあまり興味がありません。
(正しいか正しくないかはさておいて、それほど興味がないということです)

 それよりもわたしは、
『あの時期の23番市には、「理想の日本人」と「現実の日本人」がいたのだ』
 というところに興味があって、注目しています。


●「モデル化された日本人の理想」としてのマダム・ローズ

 season1の感想や、season2の感想で書いたことなのですが、マダム・ローズは日本人というものの特徴のほとんどを備えた「The 日本人」だと思うのです。

 以前書いたことの繰返しになりますが、season1で描かれたマダム・ローズ像は、

・豪腕は持っておらず、
・知恵や知識にもさして優れているわけではなく、
・経営感覚といえばゼロに近く、
・よって、クレバーな選択をしたくてもできない。
・だったら慎重にすればいいのに、やたら発作的な面があり、
・キレると後先考えない行動に出る。
・そのあと、自分が駄目だとわかると、いきなり自分を全否定にかかる。
・ずっしり反省しすぎて、自分自身を縛り、まったく身動きとれなくなり、
・自分一人がすべて悪かった、このまま死んでしまいたいみたいな極論を言い出す。


 といったものでした。
 この姿は、日本人の、戦前~戦後の姿(選択・行動)をなぞっているかのようなのです。突然キレて相手国に戦争をしかけ、負けたらこんどは数十年にもおよぶ自虐的反省モードに入る。
 マダム・ローズは、日本人の、日本人的な弱さ・弱点・マイナス面をまとめて取りそろえた、モデルケースのような人物造形でした。

 ですから、おそらく、「日本人の弱点の結晶であったマダム・ローズが」「日本人なら誰しもこうありたいと願うような理想を体現して」「その後、日本的な美学に即した散り方で死ぬ」というようなストーリーが用意されているのかな、ということを、わたしは個人的に想像しました。
(マダム・ローズは志半ばで死ぬ、ということは明言されていますものね)

 そのことで、ローズは「日本人らしい弱さ」と「日本人らしい理想」と「日本人らしい破滅」をすべて備えた、「日本人そのもののような存在」として成立する……。そんな感じじゃないのかなというふうに、season1のときに想定しました。

     *

 さて。話は戻って。

 そんなマダム・ローズは、season2や今回のseason3で、「日本人社会と日本文化のために、自分自身のすべてを捧げる」と決意し、まさにそのような行動を取ります。百戦錬磨のメリルやステラが「とても真似できない」と思うような激務をこなし、それはすべて「日本人のために何ができるか」「そのすべてをやってやろう」という動機にもとづいています。

 日本人というのは、一般的なイメージとして、「滅私性」「献身性」という精神的特徴を色濃く備えているようです。
 いや、正確に言えば、そういう精神性を「清く正しい日本人の姿として尊ぶ」という強烈な価値観を持っています。その価値観(ドグマといってもいい)に後押しされて、そういう行動を取ることがある。そしてその行動は周囲から賞賛される。そういった傾向があるわけですね。

 まさに、日本人みんなのために献身する個人、という存在が、season2~3のマダム・ローズですから、この時期の彼女は、「日本人自身が、日本人ならかくあるべきだと考える理想の姿」と言えそうです。
 この時期のマダム・ローズは、「理想の日本人」なのです(と思うのです)。

     *

 その「理想の日本人」マダム・ローズが、理想の実現のために興したプロジェクトが「日本社会に本物の醤油を取りもどそう」だったわけです。

 作中の東京23番市は、「日本人社会に醤油がない」という、ギョッとするような状況にあるのですから、「あるべき日本人社会の姿」を取りもどすためには、正しい醤油を取りもどさねばならない。

 日本社会の理想を追い求める日本人が、日本人の理想のひとつとして「醤油のある生活」を手に入れようと思った。これは理に適った考えです。

 日本人なら醤油のある生活を誰しも理想だと感じるはずだ。都内の醤油産業は壊滅している(と推定される)ので、よそに増産を頼んで持ってこなければならず、そのためコストはかさんで3倍の値段になってしまう。しかしそれでも日本人は誰しもこれを喜ぶはずだ……!

 ところが、あながちそうでもなかったわけです。


●日本文化は教義ではない

 現実の日本人は、そういうふうにはならなかった。

 前述の通り、これを「日本人ってこういう目先の利益ばっかり追い求めて自分の首を絞めるよね、まったく」というふうに理解することはできますし、またそれが意図されているとも思いますけれど、わたしは個人的に、以下のように受け取ります。

「理想の日本人が推し進める理想実現計画に、現実の日本人がついていけなかった」

 そのように受け取ったとき、このエピソードはとても印象的でした。


 現実の日本人には、現実の生活があり、その現実的生活を成り立たせるために汲々としています。
 その現実の日本人に、「3倍のお金を払って、理想の日本人の生活に参加してくれ」というメッセージは、強い訴求力を持たなかった。

 作中では、醤油計画は金龍会の横やりによって失敗した感じになっていますけれど、たぶん横やりがなくても早晩頓挫したような気がします。だって実際、ローズから安く手に入れた醤油を、よその区域に持っていって高く転売しようという「日本人業者」がいたわけですしね。それと同じことが個人単位で発生しなかったわけがないのです。

 そうなると結局、ローズが23番市に供給しているのは醤油という食品ではなく、「転売品」ということになる。23番市は「醤油が買える理想の街」ではなく、「高く転売できる物品が異常に安く買える現実的な街」におちてしまう。

 マダム・ローズは、「理想と現実」について、少し誤解していたふしがあると思うのです。
 日本人にとっての醤油は、もちろん「欠かせないもの」という感覚はあるけれども、決して「教義ではない」のです。ユダヤ人にとってのエルサレムのようなものではない。

 日本人の生活というのは、一神教的なお告げに基づくものではないのです。神様が「あなたたち日本人は、醤油を使って食物をたべなければならない」というふうにお告げをしたから醤油を食べるわけではないのです。
(ユダヤ教やイスラム教には「あなたたちはこれこれを食べて生きるのであって、あれとかそれについては食べてはならない」というお告げがありますね)

 日本人が醤油を使うのは、「たまたま歴史的にそういう調味料が開発され、そういう生活が支配的になったから」であって、何かちょっとしたことで、他の調味料が醤油の代わりの座を占めた可能性だってあったのです。
 元をただせば、日本人が醤油を食らうのは、それが作りやすく、手に入りやすく、それを使う生活が簡便であったからにすぎないのです。
 歴史的に、もし醤油を入手するのが困難なのであったら、別の物が醤油の代わりを務めたでありましょう。

 日本人が醤油を食らうのは、「自然にそういう生活になったから」であって、教義だからではない。ボトムアップなのであって、トップダウンではない。

 ところがローズは、「日本人は醤油とともに生きる」ということを、単なる生活形態ではない日本人のドグマだと思い込んだふしがあります。

 ドグマ(教義)であるのなら、それを実現するためにあらゆるものが投げ打たれるでしょう。しかし、醤油というのはじつはドグマではなかった。それよりは生活の一部であった。だから、生活をおびやかしてまでもそこに注力するということは、日本人たちは行なわなかった。

 ローズにとっては、「日本文化」「日本人らしさ」というものは、あたかも天に輝く星のような、そこを目指さなければならない理想の目標らしいのです。でも現実の日本人にとっては、日本文化とか日本人らしさというのは、目標ではなく「生活」です。

 現実の日本人は、「日本人らしく生活しよう」なんて思いはしません。

 そうではなくて、日本人が時間をかけて生活してみたときに、自然に現れてきたもの(形態)が、結果的に「日本文化」と呼ばれるようになっていくのです。順序が逆です。

「日本人らしさ」というものがあらかじめあって、それに沿って生活していくのではありません。日本人が生活したら、自然に出てきたもの。それが「日本人らしさ」として認識されていくだけのことなのです。
「日本人が生活するにあたって基準とするべき規範としての日本文化」というものが先験的に存在するわけではない。

 ローズにとっては、日本文化というのは、あらかじめ存在して、「こうあるべきもの」という一種の規範でした(たぶん)。
 しかし、現実の日本人にとっては、日本人の自然な生活形態が結果的に「日本文化」と呼ばれたりする、それだけものにすぎないはずなのです。

 だから、「理想の人」になってしまったローズの描いた絵に、現実の日本人たちは、ついていかなかった。


●日本人が日本文化を語るパラドックス

 ちょっと余談になりますが、わたしは個人的に、日本の文物を日本人が「日本文化」と呼ぶことが、好きじゃありません。
「日本文化はこれこれこうである」という語り方をする日本人がいますが、まったくもって、馴染めません。
 日本の文物を「日本文化」というふうに見るのは、観光客の視点です。当事者の視点とはいえません。

「日本文化」という概念は、基本的に「外から見たときに照らしだされるもの」であって、いわば外国人の視点から自分を見たときの概念。
 もちろん、そういうふうに外部の視点で自分をかえりみることは重要なことです。

 でも、われわれ日本人にとって日本文化は、日本文化である以前にまず「生活」であるはずです。生活であるべきです。

 生活というのは、つとめて意識しないもの、空気のようにあたりまえのもののはずです。自分の生活を「日本文化」として紹介するのは、あたかも「空気の存在を自慢する」かのようなナンセンスさがあると思う。

 醤油ひとつとっても、わたしたちは醤油を口にするとき「日本文化を口にしている」とは意識しないはずです。それよりは、醤油いうものは生活の一部だ、と認識しているはずです。
 生活の一部であるのなら、生活全体のために、醤油を売ってお金や他の物に替えようというのは、ごく自然なことだと理解できます。その行為は、非難するにはあたらないものと思えます。

「日本人の魂である醤油を売るなんてとんでもない」というふうに言う場合、その醤油はもう食品ではなくイデオロギーになってしまっています。マダム・ローズは、「おいしい食品を買って食べて下さい」というつもりで、いつのまにか「素晴らしいイデオロギーを、お金を払って買って下さい」ということをやってしまっていた、と思うのです。

     *

 別の例を挙げれば、歌舞伎や、能や、文楽。
 わたしは、これらのものを「日本文化」と呼ぶことに、それほど抵抗がありません。なぜなら、わたしという日本人の生活のなかに、それらはもうないからです。
 歌舞伎や能を見に行くことはありますが、それは生活として見に行くのではありません。観光として見に行くのであって、つまり、海外からの観光客がそれらを見るのと同じ視点から見ている(もはやそうとしてしか見ることができない)ものだからです。
 つまり、「日本文化」というレッテルを付けてみて、違和感がないものは、もはや「生活としては失われたもの」「死せる生活」だということです。

 かつての江戸の町民たちにとって、歌舞伎はきっと、生活でした。今のわれわれのテレビ・ショーのようなものだったでしょう。当時の江戸の都市生活者に「文化」という単語が通用するとして、彼らに「歌舞伎ってまさに江戸文化ですよね」などと言ったら、きっとぽかんとされると思います。われわれだって「日本のテレビ番組は日本文化ですね」なんていわれたら、「ハァ、えーと、そうですか」と微妙な気持ちになるでしょう。だって、文化うんぬん以前に、生活の中に密着したツールですからね。
 つまり、その時代には、歌舞伎というのは、生活の一部として、生きていた。
 しかし、今はそうではない。


●自明ではないから理想化する

 そのように、「理想の日本人」と「現実の日本人」。「文化」と「生活」。ふたつの間に生じた、ズレ。

 そうした齟齬を浮き彫りにしたエピソードとして見たときに、この醤油戦争のお話は魅力的だと思います。
 season2の最後でジャンヌが言ったような「ただただ、日本人が浅ましいというだけの話」というふうには、思いませんでした。

 それよりは、「マダム・ローズは、現実を超越するほどの理想をかかげてしまった」というエピソードとして、魅力があると思うのです。

「現実の人々がついてこられないほどの理想への邁進」
 ということでいえば、ケイレブが破滅していくエピソードの裏返しとして見ることも、できるかもしれません。

 ローズは、醤油戦争の顛末を機に、武闘派路線へ舵を切っていくことを模索し始めます。それは単に暴力解禁ということではなくて、理想主義だけでつきすすんでいって失敗が見えたから、現実的な着地点をちゃんとさぐっていくというバランスのようにも感じられました。イデオロギーは幻想ですが暴力はリアルですからね。

     *

 ローズが、日本文化を「生活の結果、自然発生したもの」ではなく「先験的(あらかじめ存在する)な規範」のように認識してしまうのは、彼女がギリシャ人の父親に養育されたから、という部分が大きいように思います。

 その父は、単に異邦人ということではなくて、「日本の伝承や民話にどっぷりハマった」人であって、「日本の文化や日本の心を重視した教育をローズに与えた」そうです。

 season1の感想のところにも書きましたが、ローズの父親はラフカディオ・ハーンその人か、もしくはラフカディオ・ハーンをモデルにした人物だと想定できます。

 ラフカディオ・ハーンは、日本文化の中に人間の理想を見いだした人です。われわれ日本人にとってはとてもありがたい人ですが、いじわるな言い方をすれば「ニッポン幻想に幻惑されちゃった人」であります。

「ニッポンに対する幻想」におもいっきりとらわれた人に育てられたのですから、日本の風習を、カギカッコつきの『日本文化』として認識してしまうのは、いたしかたないのかなという気もしますね。

 わたしたち日本人は、日本国内に住んでいる限り、ふつう、「自分は日本人だ」ということを強く意識したりはしません。なぜなら、そんなことは自明のことだからです。意識なんかしなくても自然に日本人なのです。

 でも、ローズはギリシャ人とのハーフです。つまり、血縁的に、容姿的に、日本人であることが自明ではない立場でした。ですから、おそらく彼女は、幼少時から「自分は日本人だ」ということを強く意識し、自認しなければならなかった(そうしなければ“日本人”性があやうくなる)立場だったと考えられます。

     *

 まとめますが(繰返しになりますが)、ローズさんは、日本の中で、日本人として生活していながら、日本を見る目が外部的なのです。日本というものを、外国から見るような目で見ているふしがあります。

 ローズは、日本文化というものを「自分の外側にあるもの」のように語る人です。「日本文化とは、自分の裡から自然にわき出るもの」という感覚が皆無です。

 だから、日本文化というものを、教条として捉えてしまう。
 教条として捉えるということは、「意識化する」ということです(本来の日本人は、そんなものを意識化しません。空気のようにあたりまえのものだからです)。
 意識化するということは、字義通り、それを意識して刻み込んで生きるということですから、「理想としてそれを求める」という行動につながります。
 つまり、マダム・ローズは、「理想の日本人」というものを体現しやすい性質を備えていた人なんだということになります。

 ローズガンズデイズは、「文化圏としての日本」が消滅の危機にあるというif世界ですから、そういう世界で文化圏としての日本を生き残らせようとするならば、ローズのような「意識化された日本」という視点が必要なのです。ですから、マダム・ローズが「日本を生き残らせる」という運動のリーダーになったのは、必然ですし、最適任でした。

 しかしローズは、日本人の現実を超えて、理想的な日本人になりすぎてしまった。
 日本人互助のために、彼女自身が理想化された日本人像になった(一種の「文化的超人」になった)結果、とたんに現実の日本人がついてこられなくなった。

 そんな物語として、わたしは読みました。


●余談1・ツェルの正体

 ここからはわりと余談的な話題。

 ツェルの正体については、season2の感想エントリで推測を試みました。細部でところどころ外したものの、まぁまぁいいところは突いていたかなという感じです(ちょっと読み過ぎましたね)。


●余談2・プリマヴェーラと日本ヤクザ

 プリマヴェーラは、物語に描かれているとおり、元はといえば、マイノリティ化して消えゆく定めにある日本人というコミュニティをなんとか存続させるための互助組織でした。

 しかし、2013年の、林原樹里の時代には、そうではなくなっています。単に巨大で圧力的な暴力組織として人々に認識されています。

 そのくだりを読んで、ああ、これはまさに現実の日本のヤクザが経てきた流れだなというふうに思いました。
 どうもローズガンズデイズは、現実の日本のヤクザの成り立ちをうまこと踏襲していますね。

     *

 例えば、神戸に本拠地を置いている、恐い恐い山口組さんという極道さんがいらっしゃいます。日本最大のヤクザ組織です。

 その山口組は、もとはといえば、神戸港の港湾荷役労働者の斡旋業者として始まりました。港で、荷物の積み下ろしをするのには、マンパワーが必要です。初代の山口春吉さんは、港から「何日に何人が必要」という依頼を受け、日雇い労働者をかきあつめ、港に派遣するという、そういう業者だったのでした。「手配師」とも呼ばれる職業です。

 当時、港湾労働者たちは、薄給で、底辺労働者であって、つまりすこぶる待遇が悪かったのです。
 なんでそんなに薄給なのかといえば、丸投げの丸投げのさらに丸投げが横行していたからです。元請けの斡旋業者が仕事を請けると、マージンを取って下請けに丸投げする。下請けは、またマージンを取ってさらに下請けに流す。どんどん下流に流れていくうちに、実際の荷役を行なう労働者に渡る賃金はギリギリまで目減りしている。そういうカラクリでした。

 ローズガンズの作中でいう、「23番市特別枠」のエピソードとまったく同じですね。

 で、不当な待遇に甘んじていた港湾労働者たちは、手配師の山口春吉さんを親分として、疑似親子関係をむすび、団結し、組織化することになりました。それが山口組さんのはじまりだそうです。
 団結して組織化することで、底辺の労働者の福利を獲得(確保)しようという、そういうところからはじまったのです。どっかで聞いた話ですよね。

 これはべつだん、山口組さんにかぎった話ではありません。
 港湾荷役に限らず、その日その日の単位で雇われて働く日雇いの業種があれば、そこには必ずマネジメントをする「手配師」というものが生じます(「人を集める」「ツテを持ってる」というのは、結構特殊なスキルですからね)。
 そして、「立場の弱い日雇い労働者と手配師が、子分親分の疑似親子関係をむすんで団結、組織化する」というのは、江戸時代くらいからよくあることでした。「人望があるから手配師をやっている」のが、「人望があるから親分になる」にスライドするのですね。

 芸能、遊郭、花柳界、土木関係といった「需要に応じて呼ばれ、その日その日でスキルや労働力を提供する」という業界で、このような親分子分の疑似家族集団が発生していきました。

 そういった集団が、のちにいう「やくざ」になっていったわけです。
(だからやくざは、土建屋とつながりがあったり、芸能事務所や風俗店を経営していることが多いのです)

 つまり、ヤクザというのは歴史的に、「底辺労働者の互助組織」という側面を持っている(ことが多い)のです。

 プリマヴェーラは、夜の女の互助組織としてはじまりましたし、クラブ・プリマヴェーラを頂点とする、下部店舗との上下関係がありました。
 また、ケイレブファミリーや、それを引き継いだマフィア・プリマヴェーラが最初に行なったことは、日雇い斡旋業者の下請け孫請け曾孫請け構造を解消し、自前で元請けの権利を握るということでした(すなわち23番市特別枠)。


 そして、話を現実の日本ヤクザに戻せば、日本のヤクザというのはひとつ不思議なところがあります。
 組織の存在目的として「日本社会に寄与する」ということを掲げている場合がひじょうに多いのです。

 たとえば山口組さんは、山口組綱領の前文に、「山口組は侠道精神に則り国家社会の興隆に貢献せんことを期す」という一文を掲げています。

 でも、現実的には、ヤクザは「国家社会の興隆への貢献」の正反対のことをなさってる場合がずうっと多いのは、皆さんご存じの通りです。


 まとめると、ヤクザ組織は、

(多くの場合)「下層労働者の互助組織として発足し」
「日本人共同体への寄与を存在目的として掲げており」
「しかし現実には、暴力を背景にした違法行為を行なう組織となってしまっている」


 ということなわけです。プリマヴェーラは、これと全く同じ経緯を辿って、林原樹里の時代にあのありさまになっているわけです。

 どうもローズガンズは、フィクショナルではありますけれど、一種の「ヤクザ史概論」のような感じにもなっているな、と感じます。かなり現実に忠実に、「ヤクザの成り立ちとその後の変質」を描いています。

 竜騎士07さんは、『ひぐらし』のころから顕著ですが、どうもやくざ周りの物事とか、被差別部落問題といったことに詳しい方のようですね。ひょっとして公務員時代に、そういったことを担当する部署にいたのかもしれませんね。


●余談3・マダムジャンヌの後継者

 あの、わりとオーソドックスな想像だと思うのですが、「林原樹里がマダム・ジャンヌの後継者になる」みたいな流れって、ある程度想定されてるかもしれませんね。

 想定されているといっても、ストーリーが実際そうなるかもしれないし、ならないかもしれないです。ただ、ストーリーがそうならないとしても、「そういう雰囲気を匂わせることで興味をひっぱる」というテクニックとして匂わされているなあということです。

 系譜的に、ローズ→ジャンヌというふうに、女ボス→女ボスで来たのですから、次代も女性がトップにつくのが物語として据わりがよい、ということもありますしね。

 あの世界のあの時代には、林原樹里のような混ざりけなしの純粋な血を持つ日本人は希少だそうです。まあいってみればレアポケモンみたいなものですね。「艦これ」だったらぜかましちゃんとか瑞鶴さんみたいな感じでしょうか。

 マダム・ジャンヌは、「次世代のプリマヴェーラは、マダム・ローズの日本人互助路線に戻って貰いたい」という希望を持っているのですから、次世代のボスが日米ハーフだったり日中ハーフだったりしたら、話になりません。

 血縁的に、米国の利害や中国の利害を背負っていていてはいけないというわけです。「このプロジェクトを進めたら、母方の一族が困っちゃうかなあ……」みたいな立場の人は、プリマヴェーラのボスにはふさわしくないはずです。血縁的に日本人でないと、組織の運営において、米国的利害や中国的利害で決断をしてしまう可能性がある。

 そのてん、林原樹里は、「父方も母方も日本人」「女性」「マダム・ローズの理念やプリマヴェーラの歴史を網羅的に熟知している」ということなわけで、なんかこう、いろいろ「ちょうどよい」感じがあるわけです。
「四か国語を話せる才媛で」「古武術の達人でもある」なんていう設定もありますから、ますます良い感じです。マフィアネームは「マダム・ジュリー」くらいでどうでしょう(微笑)。

 彼女の性格はマフィアのボスに向いてないだろう、といったことは、問題ありません。第一マダム・ローズという人が、まさにいちばんマフィアのボスに向いてない人だったのですものね。

 ただ、「マダム・ジャンヌは、次代のボスの英才教育のつもりで樹里に昔話をしている」とか考えだすと、変なことになってきます。ジャンヌは別に、そんなつもりで物語を語っているのではなくて、何かなりゆきで、結果的にそんなふうになるとか、そんな感じでとらえたらいいんではないでしょうか。

 そういえば、虎継くんが新聞社で番犬よろしく吼えてくれたおかげで、「ちょっぴりイケてた経理部のチェン君」だの「実家が香港の富豪だというマー君」だのが、樹里にメールを送らなくなるという、素敵なエピソードもありましたね。


●余談4・ウェインの奥さん

 すなおに考えたら、メリルかなあ……くらいの感じですけれど、どうなんでしょう。


(おわり)


■Last Seasonの感想はこちら→ ローズガンズデイズ Last Season 感想・竜騎士トラップのつくりかた、その他

■ローズガンズデイズ 目次■
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ローズガンズデイズ season2 感想・チャイナの日本人

2013年01月19日 17時24分17秒 | ローズガンズデイズ
※『うみねこ』推理はこちらからどうぞ→ ■うみねこ推理 目次■ ■トピック別 目次■


ローズガンズデイズ season2 感想・チャイナの日本人
 筆者-Townmemory 初稿-2013年1月17日


     ☆

 ローズガンズデイズ season2を読みました。
 以下、思ったことを簡単に。


 これまでの感想記事は、こちら。
 ローズガンズデイズ体験版/勝手な感想/勝手な予想
 ローズガンズデイズ season1 感想その1 マダム・ローズと日本人たち



●ひとつの結末とひとつの導入

 ローズガンズseason2は、大きく2パートに分かれていました。
 ケイレブ編の結末と、ワンダリングドッグ編の導入。
 そんな感じの構成でしたね。

 ケイレブ編は、順当に風呂敷が畳まれました。わたしの好みをいえば、風呂敷は畳むよりも、広げた勢いでひっちゃぶく方が好きですし、竜騎士さんもおそらく、ひっちゃぶく方が好きではないかと推察するのですが、そういう終わり方を評価する読者はどうやら少ないようですから、そっちに合わせて、さっと綺麗に着地したという印象です。

 season1のときに、いくつか予測したことがあるのですが、それらについて、かなりつっこんだ追加情報がありました。


●拳銃嫌いと心中賛美

 season1発売直後くらいに、「ローズガンズデイズ season1 感想その1 マダム・ローズと日本人たち」という記事を書きました。

 そこでわたしは、

・マダム・ローズは「日本人」が持っている属性(特に弱さ、ダメな所)を結晶化したような、いわば「THE 日本人」である。

 といった話をしました。

 ローズという人は、日本人の特徴をかきあつめたような人物造形となっている。
現実的な日本人の弱さ」を持っている者が、「理想的な日本人のあり方」を体現して、「日本的な美学」に即して死ぬ。
 日本人の強さも弱さも、日本人の理想も現実も、日本人の栄光も蹉跌も、すべて含んで呑み込んだ存在に、マダム・ローズはなる。
 そのことで、ローズは、もっとも純粋な「日本人」として完成する。

 そういった展開が想定されているだろうと推測していました。

 今回のseason2でも、そういう展開(仕組み)を想起させるエピソードがいくつかちりばめられていました。
 梅九(どうしても「うめきゅう」と読んでしまう)とのお茶会で出てきた「龍と豚」のたとえ話なんかもそうですね。

 ローズは拳銃嫌悪の傾向がある、という描写もなされましたね。

「……私、銃って、もっと汚らわしいものだと思ってました。」
「引き金を引く度に、……誰かの命が失われる。」

「だから内心は、……銃を持つ人すべてを、軽蔑していたかもしれません。」


 日本人、あるいは日本社会というやつは、おしなべて拳銃アレルギーの体質を持っています(とわたしは思うんだが、どうだろう)。
 例えば1992年にルイジアナ州バトンルージュで起こった日本人留学生射殺事件。当時、アメリカに対して決してNoと言わないことで有名だった日本人たちが、それはもう猛烈な拒否反応を示して抗議の声を挙げました(と、わたしは聞いています)。

 そういう拳銃アレルギーのローズちゃんが、うめきゅうさんにちょいとノセられて、「やったる、自分、やったるでー!」というテンションになった挙句が、ハラにダイナマイトを巻いてケイレブもろとも自爆テロしたろうやないかというこれまた極端な行動であったわけですね。
 こんなのはもう、人間爆弾桜花に乗って敵艦に体当たりする神風特攻隊みたいです。

 一方に「拳銃アレルギー」、もう一方に「神風特攻隊」という、両極端な揺れ幅を(同時に)持っているのが、わたしたち日本人という人々であって、そしてマダム・ローズはまさにそのような性向を端的に示している存在であるわけです。
 ルース・ベネディクト(最近知りましたがこの人女性なのですね)は日本人を「菊と刀」というたとえで説明しましたが、「拳銃嫌いとカミカゼ」というのも、かなりいいセンをついている気がしますね。


●獅子神レオはインドネシアへ還る

 同じく、「ローズガンズデイズ season1 感想その1 マダム・ローズと日本人たち」で、

「レオ獅子神が戦中にいた場所は多分インドネシアじゃないかなー」

 と推測しておりましたが、season2でもっと詳細な描写が出まして、やっぱりインドネシアで間違いなさそうですね。東インド会社への言及がちょっと出てきますが、これはオランダ東インド会社とみるのが適当かなと思います。
 いや、まあ、この物語はフィクションなのですから、「インドネシアという国が存在しない架空世界」であるという可能性すら考えることができます。が、「明らかにインドネシアをモデルにした南方の国」くらいのことは間違いなく言ってよろしいでしょう。

 ちょっと長くなりますが、かいつまみつつ、引用してみます。

「俺は、とある南の国で、そこで教官をやっていたんだ。」

     *

「日本が降伏して引き上げになるまで、敵さんは攻めてこなかったからな。」
(略)
「俺はあいつらに、たくさんのことを約束したんだ。」
「あいつらはみんな、純真に信じてくれたよ。」
「理想を語り合いながら、どんな苦しい訓練にも、歯を食いしばって頑張ってた。」

(略)
「俺は、……やつらとの約束を、裏切ったんだ。」
「………え?」
「……俺が守ってやる、俺が叶えてやる。」
「そう約束したのに、………俺が自ら、裏切ったんだ。」


     *

「戦時中。……俺は南の、ある遠い国に行っていた。」
「うん。」
「気の毒な国でな。……東インド会社の時代からずっと数百年間にもわたって、その国は外国の植民地だったんだ。」

(略)
「俺の仕事は、彼らに自分の国を守る方法を教えることだった。」
(略)
「……どいつもこいつも、若々しい、いいヤツばかりだった。」
「彼らにはみんな、郷土への誇りがあった。」
「200年以上もの間、失われていた民族のアイデンティティを取り戻せるかもしれないと、情熱に燃えていたよ。」

 若いレオにとって、そんな若者たちはどれほど輝いて見えただろう。
 レオは彼らと誓い合った。
 彼らの郷土の独立を勝ち取る戦いの日、きっと共に戦おうと。
 レオは、日本軍はその為にここへ来たのだからと胸を張ったのだが……。


     *

 そして1944年4月1日。
 列島規模での激甚大災害が発生。戦争は唐突に終わりを告げる。
 レオたちにも、直ちに武装解除の上、帰国することが命じられた。
 その後には、連合軍として、元の支配国の軍隊が再上陸するという。
 若きレオにとってそれは、これから独立を勝ち取ろうと意気込む彼らを、見捨てろと言われたように聞こえた……。


     *

「日本に帰って来て、……復員局で新聞を読んだ。」
(略)
 彼らはその国の各地で義勇軍を作り、立ち上がっていたのだ。
 彼らにとっての真の戦いの日は、レオが収容所で自暴自棄になっている間に、もう訪れていたのだ。

「あいつらは今、その国の各地で義勇軍を作って、独立の為の戦いを挑んでる。」
「その日を夢見て、汗をぼたぼた垂らして訓練してきたんだ。」

(ローズガンズデイズ season2)


 前の記事にも書いた通り、日本軍のインドネシア駐留軍政府は、インドネシアにインドネシア語での教育体制をつくり、また志願した若者に軍事教練をしたそうです。教育と軍事教練を通じて、
「インドネシアを国として独立させよう! もちろん日本が全面バックアップする。オランダが襲ってきたら一緒に戦うんだ」
 という方向に持っていったわけです。
 が、インドネシアを独立させる前に日本は降伏しちゃったので、インドネシアの若者はハシゴを外されちゃったような状態になりました。
 ハシゴを外されても、インドネシアの人々は独力で独立戦争を始めました。
 もしレオがインドネシア駐留軍政府の士官であったと仮定する場合、彼は「現地の人々に夢を語っておきながら、最後まで面倒見ずに逃げだした男」ということになります。
 そのことにずっと負い目を感じている……。
 というふうに見た場合、描写と整合するので、きっとレオの戦場はインドネシアだったろう……と想像できたわけです。

 だいたい、その通りとみてよろしいかなって思います。

 Wikipediaによれば、オランダ東会社がジャワ島に設立されるのが、ちょうど徳川幕府の開府と同じ頃ですから、「数百年間の植民地」ということになります。また、オランダ東インド会社が「17世紀後半にはマタラム王国を衰退させ、そして1752年にはバンテン王国を属国とすることに成功した」とのことですので、「民族のアイデンティティが200年間も失われていた」も合います。

 ところで、話は急に変わって、しょうもない余談になりますが……

 再びインドネシアに渡ったレオ・獅子神は、きっとインドネシアの義勇軍でも頭角を現したでしょうから、現地の指導者であるスカルノ(のちの初代大統領)との面識を持つ可能性が高そうです。
 ひょっとして、すでに軍政府時代からスカルノと面識があったかもしれませんね。

 そして、わたしたちの現代日本でテレビによく出演してらっしゃるデヴィ夫人。時々知らない方がいるみたいなのですが、デヴィ・スカルノさんはスカルノ大統領の第3夫人であられます。(イスラムなので奥さんを4人まで持てるのですね)

 というわけで……
 インドネシア独立戦争をうまく生き延びた場合、レオ・獅子神はデヴィ夫人と面識ができて、なんと2人は知り合い同士! という可能性が出てくるのでした。
 デヴィさんは国籍はインドネシアですが日本生まれの日本人ですので、ますます知り合う機会があります。

 なんだかそう思うと、うっかり「デヴィさんにレオ獅子神のことを問い合わせたい」という欲求が芽生えてしまうわたしなのでした。あぶないあぶない。

(「日本人なのに西洋名を名乗る人々」という点でも、ローズガンズデイズとデヴィ夫人には共通項があるのですが、これはちょっとうがちすぎですね)

 しょうもない余談おわり。


●ワンダリングドッグ登場

 わたしはワンダリングドッグ編のほうが好きです。
 オリバー、チャールズ、ニーナの3人組。これが、じつにかわいい。

 ゴニョゴニョしたことを先にさっと述べますが、ツェルはちょっとアレというか、まぁハッキリいうと、わたしはあんまり好きじゃないかもしれません。
 なんかこう、見透かしたところがあるというか、「くっくっく、計算通り」キャラに見えるところがありますね。今のところ、ツェルさんは「がんばってるヤツ」ではなく、「がんばってるヤツらをうまく操縦するヤツ」になっており、ふつう、人は、がんばってるヤツを応援したくなるものなので、3人組の隣にいることで、ちょっと割を食っているところがあるように思います。

 3人組のほうは良いですね! キャラクターデザインが良いし、3人の個性のバランスがいい。
 3人が揃ってうだうだしているところがいちばんおもしろいわけなのですが、特に一人を選ぶならニーナが良いかな。


●「あなたは満州に行っていましたね?」

 今回のseason2には、
「ツェルという人は、いったい何者だ」
 という一種の謎があるわけですね。

 断片的に提示された情報を、大ざっぱにまとめると、

・日本語ベースで思考しているが、中国語もすんなり理解できる
・小蘭(チャイナタウンの少女エージェント)に監視されている
・格闘技の動きが体にしみついている


 といった感じでした。

 わたしが、何となく想像したのは、
「満州生まれ、もしくは満州育ちの日本人子女」
 ということではないかなー。ってことでした。以下、想像を自分かってにふくらませます。

(満州でなくとも、中国本国でもいいし、金蔵と同じく台湾でもいいですが)

 ツェルは思考言語が日本語だそうですから、日本人の家庭に生まれ育ったはずです。
 しかし同時に、中国語を「そのまますんなり」理解できると言うのですから、中国語が周囲に飛び交っているような環境で育った可能性が高いのです。
 少なくとも、「大きくなってから、勉強して、中国語ができるようになった」のでは「ない」と考えられます。

 ということを鑑みれば、「満州か中国か台湾で生まれ育った日本人」という結論がごく穏当に、得られるわけですね。
 その中では、満州が有望だろうと思えました。

 われわれの(実在の)歴史を元にするならば、日本は満州を植民地化して「満州国」をつくりました。そして「満蒙開拓移民」といって、希望者をつのって日本人を満州に移民させていったのです。
 これから国を建設していく満州には、仕事もチャンスもいっぱいありますし、今から経済が発展していくのだから早めにおいしい所を押さえておいたほうがいい。しかも現地には日本軍の大軍が駐留しているわけで、軍隊というのはそれ自体が巨大な消費圏ですから、周囲にいればおいしい商売もできそうだ。
 そういうふうにして、「よし、いっちょう満州で一旗揚げようか」という人々が……特に貧困農民層(このまま日本にいてもあまり先がない)を中心に、いっぱいいたそうです。

 そういう日本の開拓移民の家庭に生まれて、中国語の飛び交う土地で育った少女がツェルなんじゃないかな、と想像しました。


●「中国大陸に進出した日本」という背景

 ツェルがもし満州にいたキャラだとしたら、それは、
「中国大陸に進出した日本」
 という要素をフィーチャーするためのギミックだろうと思います。

 前の編の主人公であるレオが、
「日本の東南アジア進出」(日本人とインドネシア人)
 という状況をバックグラウンドとして背負っていたのと同様に、

 今回の主人公であるツェルは、
「日本の中国大陸(もしくは台湾)進出」(日本人と中国人)
 というバックグラウンドを背負っており、

 それにからめた物語が語られることになるのかな……というのが、わたしの想像です。

 ゲーム本編を読んでいる途中の考えでは、わたしは、
「おそらくツェルは、中国で生まれ育ち終戦を契機に日本に引き揚げてきた人で、『現地の日本人から見た日本の満州国経営』みたいなことを語るためのキャラなんじゃないかな……」
 といった想像をしていたのですが、その後、
「あ、違うかも」
 ハタと気づきました。

 こうかもしれない。
「ツェルは中国で生まれ育った日本人少女で、終戦時に、引き揚げ船に乗ることに失敗し、大陸に取り残された

 そっちのほうがドラマチックで、語れることが多そうだ。

 つまりツェルは「中国残留日本人孤児」問題の少女だったりするのではないかな……。そっちのほうが有望そうです。


●残留日本人孤児

 中国残留日本人孤児、という問題が、80年代に取りざたされ、帰還事業が盛んに行なわれていました(行なわれたそうです)。

 太平洋戦争末期、ロシアが日本に宣戦布告して、満州に侵攻してきました。満州は日本人が多数入植しています。
 ロシア軍が攻めてきたら、殺されたり財産を奪われたり収容所に入れられたり強制労働させられたりもっとひどい目にあわされたりそれはもうエライことです。
 ですから日本は、引き揚げ船を仕立てて、満州の日本人を本国に避難させようとしました。

 でも、船に乗れなかった人が、そりゃもういっぱいいたわけです。Wikipediaの「満蒙開拓移民」によれば、満州開拓移民の総数は27万人ないし32万人。うち日本に帰還できたのは11万人あまり。残りは大陸に取り残され、死んだり、シベリア抑留の憂き目にあったりした。

 避難のドサクサで家族と散り散りになって、そのまま二度と会えないなんていう話もザラでした。治安とか秩序とかないに等しかったそうなので、事故やら暴力やらできっと人がいっぱい死んだりしたでしょう。
 そのようにして、親を失って孤児になってしまった子供がいっぱいいた。

 そういった子供たちのうち、多少運の良い子は、中国人家庭に引き取られて養子になり、生き延びました。
 そして何十年もあと、日中国交正常化がなされたのをきっかけに、「満州で離ればなれになった兄弟や家族は今どうしているのか。会いたい」という声が日本国内から上がって、中国残留日本人の捜索が行なわれたわけです。中国人家庭で生き延びた孤児たちのうち一部は、壮年になってようやく、日本の土を踏むことができました。

 そういう話があります。
 それをふまえて、ツェルのことを考える。


●金龍会のエージェント

 ツェルが満州に入植した日本人の娘であり、大連港の引き揚げ船に乗れずに、中国大陸に取り残された境遇である……と仮定した場合。

 ツェルはちゃんと生き延びているのですから、現地で中国人の保護を受けた可能性が高い。

 そこで、「ツェルは小蘭によって監視されている」というポイントを思いだします。
 小蘭はうめきゅうさん……李梅九の部下でした。
 李梅九はチャイニーズマフィア金龍会の幹部です。

 足し算しますと、
「満州で孤児になったツェルは、現地で金龍会に拾われた。そして戦闘技能や様々な知識を教え込まれて、小蘭同様、マフィアの工作員となったのである」
 ……といったストーリーを想像することができそうなんです。

 中国マフィア金龍会は、「戦勝国民として、これから日本に乗りこんでいって、ばんばん権益を切り取ってやろう」という思惑を当然持っていた。
 そんなおり、日本人少女のツェルを拾う。
 日本人少女は、当然のことながら、日本人としての生活習慣を完全に会得しているわけですから、日本社会に完全に溶けこむことが出来ます。

 中国人が日本人のふりをしても、必ずどっかでボロがでます(これは逆でも同じです)。有名なところでは、「タオルを渡して顔を拭かせてみると、日本人か中国人かは一発でわかる」なんて話がありますね。
 ツェルのような人材を手元に置いて、育成し、手先にして、スパイだとか工作員として利用するのは、これは便利にちがいありません。

 だから拾って、スパイとして完全に育て上げたところで、金龍会はツェルを日本に連れてくる。日本の闇社会にまぎれこませて、情報収集や工作活動にあたらせる。

 ところが。
 運悪く交通事故が起こって、ツェルは記憶喪失になってしまい、しかもマダム・ローズの客分に収まってしまった。

 金龍会としては「危険だが、おもしろい」状況になりました。

 ツェルが記憶を取りもどしたとき。
 もしプリマヴェーラが、「ツェルは金龍会のエージェントだ!」と気づいてしまった場合、ツェルの口から金龍会の重要な情報がダダ漏れになる危険性があります。

 しかし、同時に今、
「ツェルはプリマヴェーラの中枢に食い込み、幹部たちから大きな信頼を得ている」
 という、素晴らしい状況にあるのです。
 これを利用しない手はない。うまく記憶を回復させ、ツェルのコントロールを取りもどすことができるのであれば、プリマヴェーラの内部情報を切り取り放題です。
 もっといえば、例えば、
「マダム・ローズを暗殺し、その罪をグランドボスのサイラスに着せる」
 くらいのことだって余裕でできそうです。

 だから、梅九は小蘭を使って、ツェルを注意深く監視させる。
 小蘭は、おそらく年齢的にいって、「ツェルと一緒に育った」可能性が高そうです。だから小蘭は「姉妹分の間柄であるツェルが個人的に心配だ」という気持ちもあって、見守っており、ときどき助力を与えたりする。


●プリマヴェーラにとっての切り札

 そのようなストーリーを(わたしが勝手に)仮定した場合、ツェルは金龍会にとっての強力な切り札なのですが、
 しかし同時にツェルは、「プリマヴェーラにとっての強力な切り札」にもなりえます。

 現在の彼女は記憶喪失です。
 この記憶喪失状態のあいだに、マダム・ローズの世話になっているうちに、ツェルはマダム・ローズに心酔するようになってしまう可能性があります(実際そうなりつつある)。
 彼女の記憶が戻ったとき、「やっぱり私、マダム・ローズの役に立ちたい」とツェルが考えた場合。ツェルは金龍会に対しての逆スパイとして機能するかもしれません。

 例えば、金龍会に戻ったはいいが、金龍会内部でこっそり、プリマヴェーラの有利に働くような工作をしたり。情報を流したり。
(そしてそういう動きが小蘭に見破られて、一対一で小蘭と戦闘になったり)

 そのようにして、
「金龍会にとっても、プリマヴェーラにとっても、ツェルは最後の切り札」
 であるという状況が発生し、

 ツェルはこの物語の「vs.チャイニーズマフィア編」のキーパーソンになっていく……というような物語になるのかな、なっていったらいいなー、というのが、わたしの予測しているローズガンズデイズ次回の展開です。

 どうかしら。


●マダム・ジャンヌの正体

 前回同様、あいかわらずわたしは、「マダム・ジャンヌの正体はクローディアが最有望」と思っています。

 何人かの人に、「ジャンヌはクローディアだと思うんだけど、どう?」といったことを振ってみたら、
「いやー、クローディアはないっしょ」
 という反応が支配的でしたので、ますますクローディアが有望だなと思うようになりました。

     *

 以上です。


■season3の感想はこちら→ ローズガンズデイズ season3 感想「理想の日本人」とヤクザたち

■ローズガンズデイズ 目次■
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