日々礼讃日日是好日!

まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

スマホの偶然

2018年09月18日 | 日記
 長い間、といっても五年ほどにすぎないが、愛用してきたスマートフォンを新しい機種と交換することにして、ついでに通信サービス会社も料金の安いところに変更することにした。新しいスマホは、ワイモバイル京セラ製の深いライトブルー、本体の厚みが少し薄くなった分、液晶画面がひとまわり大きくなって、シンプルとうたいながらもかなり機能がふえている。
 そのスマホは、インディゴブルーのスエードの手触りそっくりのポリウレタン素材、COSMOというブランドの二つ折りカバーにセットされて、机上のパソコンの横に置かれている。丈夫そうな造作、色合いと指に触れた感触が、昔から使っていたみたいにとってもなじむのがいい。ちなみに、Hamee株式会社というその製品の企業所在地は小田原市栄町2-9となっていて、これもお気に入りの理由のひとつ。

 さて、機種変更に伴ってメールアドレスも変わることになったのだが、まずは古くからの友人たちへその旨を知らせようと思っていたその夜に、ふるさとの中学時代の友人からスマホに最初の電話が入ったのには正直驚いた。なにしろ卒業以来、その同級生からわざわざ電話をもらうことがはじめてだったのだ。その用件は、今年11月にあらたまってふるさと同窓会を開くから都合はどうかというもので、これまたびっくりした。なにしろ中学卒業以来すっかりクラスメートとはご無沙汰で、同窓会が開かれていたのか知る由もなかったし、ほとんど気に留めることもなかった。それがスマホを変更したその日の夜、四十数年ぶりに連絡があるなんて驚き以外のなにものでもなく、スマホ変更の効用なのかもしれないと思った。電話をもらえたのは、前々回夏に帰省したときに水道開栓のことで休日対応してくれたのが、地元水道局勤務のその彼で、おひさしぶりと連絡先を交わしていたからなのである。
 そんなわけで、あたらしいスマホに替わっての初着信とその後の初メールは、その中学時代の同級生と思いがけず交わしたのだった。こんな想定外のこともあるのだなあと思いながら。
 
 そしたらである、こんどは夜中に別の友人から「メルアド変わった?」とメール着信があることに気がついた。メルアド変更の連絡をしようかと思いつつ、翌朝にあらためておこなえばいいやときめて、眠ろうとしていたそのときだから、あまりのタイミングにこれまた驚かされた。その九州在住の友人とは、年に数回くらいはやりとりをすることもあって縁はつづいていたのだけれど、なんとまあ偶然はつづくもので恐れいいった。
 そんなことで、赤瀬川原平の遺作集「世の中は偶然に満ちている」を思いだし、人はその偶然を引き寄せておもしろがったり、なつかしがったりするものだと思う。それが“スマートフォン”という、分割払いでなかなか高額であることを実感することのない定価65,736円、現代文明の利器をめぐっておきていたわけで、赤瀬川さんは「ある似たような出来事がたまたま同じ時期に重なったりする。そこに何の意味もないし、関係もないのだけれど、何かキラッと光るものを感じてしまう。」と書いている。
 今回の偶然がそのスマホの着信ボタンの青くピカッ、ピカッと点滅するLEDライトによって知らされたのがなんとも面はゆい、というかそういう時代によくも悪くも生きている自分をあらためて実感させるできごとだった。

 もうひとつ、スマホというか電話をめぐる偶然は続いていく。週末に家に連絡があって、それがふるさとの近所のかたからの電話だったのだ。母が体調をくずして夏に帰省できなかったことを心配しての連絡で、そこの方とは帰省のたびに顔を合わせていて、何かがあればと連絡先をわたしておいたのだが、じっさいに電話をいただいたのは初めてだった。話しているうちに空き家となっている実家のことも庭の草が伸び放題であろうことも気になり、やっぱり秋の彼岸中に墓参りに帰省してみようという思いが増してきて、まあこれもありがたいことだと思った。

 さらにそのサウダージな気持ちに追い打ちをかけたのが、日曜日に国立映画アーカイヴ相模原分館でみた「風の又三郎風のマント」(1989年、日本ヘラルド)である。宮澤賢治原作のリメイク版で岩手が舞台、田舎の小学生たちが主人公だ。画面につぎつぎと展開される豊かな自然、山山と川、里山の田圃、療養所とか川の連絡橋を渡る鉄道などをみているうちに、ふるさとの見慣れた情景がなつかしくなってきて、見終わったあとに、やっぱりこれは帰省しようと思っていたのだった。

 そうしたら、これがいまのところの偶然の最後なのだが、その映画のなかで重要なおばあ役を演じていた樹木希林さんがその日に亡くなられたいうニュースが流れてきてきたのにも驚かされた。横浜ご出身で実家が営むのは、野毛きって割烹「叶家」で、そこにへは何度か立ち寄ったことがある。
 来月公開の映画「日日是好日」は、主人公役が黒木華、樹木さんは茶道の先生役であり、横浜ロケということもあって、必ず観にいこうと思っている。こころよりご冥福を祈りたい。

 
 気がつくと曼珠沙華が咲きだしていた(撮影;2018.9.17 相武台)

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越後妻有郷 大地の芸術祭 

2018年09月04日 | 美術
 昨日から台風21号が関西を北上していて、朝からその余波で断続的に横殴りの雨がふり、突風がふきつけて木立ちを揺らし続けている。今夜、日本列島をぬけて明日からはまた残暑がもどってきて厳しくなるようだ。

 今週末、都内で「ふるさと回帰フェア2018」という催事があり、そのオープニングとして「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018」総合ディレクターの北川フラムさんの講演会を有楽町まで聴きにいくことにしている。それにしても芸術祭会期中なのに、いやだからこそだろう、その超人的なタフさにはあらためて畏敬の念を抱く。肉声のフラムさんは、現地の熱気を運んで何をかたってくださるのだろうか。
 それにしてもおもわぬ台風続きで越後妻有地域も風雨にあてられ、里山でのアート巡りには少なからぬ障害が生じてしまい、後半の入れ込みにも影響がでているだろう。けれども酷暑もそうだが、自然の天変地異すべてが織り込まれたありようが、ひとをアートを道しるべに五感をひらく旅へと誘うのであって、「人間は自然に内包される」というテーマを掲げて始められて二十年近くになる「大地の芸術祭」のほんとうの姿を著わしていると思う。

 開催にさきだつ七月のはじめ、この朝日新聞にカラー刷りのJR東日本びゅうトラベルの全面広告が掲載された。イラスト入りの越後妻有マップ、家族の姿がレイアウトされた、この夏の芸術祭を紹介する内容でなかなか魅力的なものだった。惜しむjらくは、日帰りではなく宿泊してこそ体感できる愉しみを前面に押し出してほしかったが、作品のピックアップ12点と食の魅力もかなりくわしく伝えられていて、よく制作された紙面で広報媒体としても画期的だと思った。

 また、先日のNHK「日曜美術館」でこの芸術祭が特集されて、いくつかのアート作品とアーティストの姿と声、地域の協働作業の様子が放送され、それはとても興味深く、地元の方々と制作者の会話など印象深いシーンもいくつか流された。
 とくに印象的だったのは、2009年から津南において地域とひとと協働作業で作品を制作している、台湾からのアーティスト、リン・シュンロンさんが、片言の日本語でしずかに語っていた「この大地の芸術祭は“ゆるやかな革命”です。」という言葉だろう。これまでの継続があってこその実感に裏打ちされた重みがある。「いまの社会は、効率第一になってしまっているが、地域はゆっくりと変わらなければいけない。」

 中谷ミチコの「川の向こう、船を呼ぶ声」という魅惑的なタイトルの広い壁一面に掲げられた彫刻作品は、その背景のエピソードも雪の中の厳しい暮らしを生き抜いてきた地域のひとの姿、暮らしの営みを彷彿とさせてしずかに感動的だった。わかくて華奢な印象の作者と作品のモチーフとなる昔の暮らしを語ってきかせたという老夫婦が作品の前で出会って交わす会話に味わいがあって、じんわりとする。

 とおく信濃川河岸段丘にたつ送電線鉄塔(首都圏山手線を動かす電力、里山に日本の現実をみる)が望める斜面にひろがる一面田圃のなかの道両側にならぶ二百本の素朴な竹製鳥よけ風車「カクラ・クルクル・アット・ツマリ」。ふきぬける風に軽やかな音を奏でて、作者ダダン・クリスタントのふるさとインドネシアバリ島の風を運んできて越後妻有とつながる。
 大学生の夏にはじめての海外旅行で訪れたのがバリ島で、乗ったのはガルーダ航空、現地で見た椰子の実越しの棚田の夕暮れの情景、寺院境内バリの民族ダンス、ガムランの響き、その空気と熱い匂いの記憶が蘇る。

 磯辺行久「川はどこにいった」は、広大な田園風景のランドスケープ、越後大地を流れる信濃川のいにしえの姿を視覚化し、かつての川の流れに沿った黄色の木製ポールが連なり、風にハンカチのような黄色の三角旗布がなびく。芸術祭初回2000年以来の情景が今夏再制作されて蘇った、この芸術祭のテーマ的なモニュメントのひとつだ。自分にとって懐かしい風景と映るのは、初回のときにたまたま目にしていたからで、たんぼの中のあぜ道を歩いてみて体感している。同様のコンセプトで制作された2015年「土石流のモニュメント」は、三年前の酷暑のもと汗をかきながらながめている。自然のエネルギーに圧倒され、土木工事の巨大な鋼鉄製円柱ドラムと一体化したような記憶に残る風景だ。

 残りの会期、稲穂が実り、頭を垂れはじめるこれからの秋晴れの田園風景のなか、おおくの人が現地に足を運んでその魅力を体感、実感してほしい。


「カクラ・クルクル・アット・ツマリ」ダダン・クリスタント/インドネシア(2009~)
バンプーに取り付けられたブリキ製風車がまわると、乾いた音を響かせ、農民と水牛が田圃を抄くさまざまな姿の仕掛けがいっせいに動きだす。その情景のなんともいえない素朴な微笑ましさ、懐かしさよ! そのたんぼ、稲がなびくみどり一面のさきの段丘には、首都圏への送電線鉄塔が小さくならんでみえる。こんな里山にも都会というものは!
 眼のまえ、吹き抜ける風が鳴らす音の中、あいだの道をあゆむひとの日傘の後ろ姿をまぶしくみつめていた。


「ライトケープ」マ・ヤンソン/MAD アーキテクツ 中国(2018)
 清津峡トンネル内の終点にある見晴らし場所に、改修であたらにできた。溪谷をのぞむ床面の水盤鏡に溪谷の風景が反転する。天上はステンレス板でおおわれ、朝夕のひかりで様子が異なるであろう万華鏡のような幻想世界。そこに立ち尽くすひとの姿が静物になる。家族連れにも人気のようで、外国人の姿も目立った。
 

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