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現代ビジネスOPEN!! どりこの探偵局


佐藤優「深層レポート」「封印された橋洋一証言」(※『現代プレミア』より)
>>>第1回から読む

言ってはいけない本当のこと
 対論は、次のような軽いジャブの応酬から始まった。

***

佐藤 霞が関界隈に“橋洋一という妖怪”が徘徊している。官僚にとって橋さんは、マルクス=エンゲルスの「共産党宣言」に書いてある・共産主義という妖怪・のような存在になっていますね。仲が悪いはずの外務省、財務省、経済産業省が、橋洋一という妖怪を打倒するために神聖同盟を結んでいる(笑)。ぜひ一度お会いしてみたいと思っていたんです。
橋 光栄です。でも、佐藤優こそ本物の妖怪じゃないですか(笑)。
佐藤 『さらば財務省!』(講談社)も強烈でしたが、『霞が関埋蔵金男が明かす「お国の経済」』(文春新書)は爆弾本ですよ。霞が関の連中は、橋のヤツ、政治家とつるんで陰謀を企んでやがると思ってますよ。
橋 陰謀なんて、やってないんだよ(笑)。特別会計の準備金として隠されていたおカネ(いわゆる「埋蔵金」)の舞台裏を暴いたのは確かだけど……。
佐藤 でも、魔女裁判と一緒で、本当に何も悪いことをしていない人も、何か企んでいる人も、裁く側の答えは
「悪いことをやっている」しかありえない。
橋 「やっていない」と言っても、意味がないわけね。


***

 今回の窃盗事件についても、魔女裁判と同じような状況に橋氏が追い込まれてしまったという印象を筆者は拭い去れないのである。表面上の窃盗だけではない、何か橋氏が恐れていることが隠されているように思えて仕方ないのだ。橋氏は、本当に官僚たちを怒らせてしまった。筆者は、「埋蔵金」を暴いたことが霞が関を怒らせた本当の理由ではないと分析している。
「公務員の天下りや渡りはけしからん」、「役人は威張っている」とかいう官僚批判を彼らは屁とも思わない。このような批判について、官僚たちは「われわれの力量が評価されているから、やっかみ半分の批判をされる」ぐらいにしか考えていないからだ。子供のころから成績優秀で褒められるのが当たり前と思っている連中なので、威張っていると言われても痛くもかゆくもない。ところが橋洋一という人物は、本質が見えるが故に、よくある官僚批判から一歩進んで、霞が関の本当のタブーに触れてしまった。

***

佐藤 橋さんが埋蔵金問題で明らかにしてしまったのは、「霞が関官僚たちはどうも数学に弱いのではないか」「実は偏微分になると全然理解できない」……そういう事実なんですよ。つまり、官僚の「能力問題」を初めて指摘したわけです。キャリア官僚の学力に初めて疑問符をつけた(笑)。「ボクたち一度もバカなんて言われたことないのに、橋のやつがバカだと言っている」。これで完全に高級官僚の逆鱗に触れてしまいましたね。
橋 東京大学法学部を卒業したキャリアたちは秀才だと思われていますけれども、実は計数には弱いんですよ。彼らの知識や理論は学者からの受け売りがほとんどで、聞きかじり程度です。知ってはいても本当には理解していない。私はそういう事実を指摘しただけなんですが、財務省で実際に体験した話を具体的に紹介したから反発を買っちゃったようですね。財務省は霞が関の一番上に立っていますから。
佐藤 本当のことを言ってはいけないのです。トップに君臨する財務官僚が、数学ならまだしも、算数の能力すら怪しいという話ですからね。文系と理系の棲み分けがあって、偏微分になると「文系だからそこまでは勉強していない」で許される。でも埋蔵金話は、どんなに難しいかと思ったら、特別会計のバランスシートを見て、足し合わせてみれば誰にでもわかるレベルの問題だった。これは加減乗除の世界ですよね。要するに、足し算引き算の世界でも能力問題があるということを橋さんは指摘してしまった。財務官僚からすれば許せないわけです。
橋 私は財務省でALMのシステム(Asset Liability Management=資産と負債を総合的に管理し、それによって金利変動や為替相場の変動などの市場リスクと流動性リスクを管理する技法)をつくった。資産と負債の変化に対して、金利リスクを考えながら資産運用を数理的に決定していく手法です。高度な数学を使うから東大法出身の財務官僚はほとんど理解できない。いわゆる偏微分の世界ですから、これに対しては確かに反発はなかったんです。でも、佐藤さんがおっしゃるように足し算引き算の世界で問題があるということを言い出したら、とたんにものすごい反発が出てきた。
佐藤 微積分あるいは、線形代数がわからないと指摘しても、まだそこは目をつぶってくれる。ところが、ついに四則演算の世界になっちゃったから。
橋 ほんとに足し算だけです。掛け算と割り算も使ってない(笑)。
佐藤 四則演算に問題ありと指摘したところで、霞が関官僚は「橋洋一は絶対に許さないぞ」と激怒したわけだ。
橋 そうそう。財務省にいる私の友人が本当にそう言ってました。


 結論が見えてしまうタイプ
 前にも述べたが、橋氏は、学校秀才ではなく、数学や哲学の畑にときどき出現する天才肌の人物なのである。結論が直観的に見えてしまうタイプなのだ。だから官僚たちの本当の能力や限界もよくわかるし、その真実をオブラートに包まずに語ってしまう。こういう人は本来、官僚になってはいけないのだ。官僚には天賦の才は必要ない。努力で、そのポストにつけば誰でも代替可能であることが官僚の条件だ。数学的才能と官僚仕事は本質的に相性がよくない。橋氏は東京大学理学部数学科を卒業した後、経済学部に入り直してから旧大蔵省に入った変わり種だ。橋氏によれば、数学については、子供のときから教わらなくてもわかったという。橋氏はこう言っていた。
「中学生のとき、ある人に『君、これ読んでみなさい』と勧められて読んだのが高木貞治の『解析概論』でした。読んでみると、数式がまるで普通の文章のように読めた。人間には・数感・とでも呼べる感覚があると思う。五感の一種のようなもので、知覚とかと同じように感覚のひとつとして」
 筆者は、ようやく最近になって高木の『解析概論』をノートをとって読み終えた。順を追っていけば理解できない本ではないが、読み終えるのに時間がかかる。橋氏は、順を追うのではなく『解析概論』をぺらぺらとめくるだけで、証明の道筋がすぐにわかったということだ。やはり中学生のとき、橋氏は中学校の教師から大学レベルの『数学概論』の教科書を渡されたが、その内容もさほど苦労することなく理解できたという。高校は都立小石川高校だったが、数学の授業は免除。外国ならば飛び級も可能だが、高校の3年間を無為に過ごしたという思いがあると橋氏が悔しそうに述べていたことが筆者の印象に残っている。そして、橋氏は、
「だから、大学に入ってようやく数学ができるようになったときは嬉しかったですよ。大学の4年間は数学ばっかり。卒論は『フェルマーの最終定理』です。1994年に米プリンストン大学のアンドリュー・ワイルズという数学者が約350年ぶりに解いたことで有名になりました。私が解いたのは最終定理の一部分だけですが、自分としては結構高揚した。プリンストン大学でワイルズさんと話したことがあるのですが、フェルマーの最終定理にトライしていたといったら少し驚いていましたね。というのも、この分野をやっている数学者は世界でおそらく10人もいない。わずか10人だけが同じ言語をしゃべっている世界なんですよ」
 と言っていた。
 官僚の世界では、「ポストが人をつくる」という。難しい採用試験に合格した官僚ならば、どのようなポストを命じられても職責をまっとうできるという建前だ。恐らくこの建前は官僚業務の98%については妥当する。しかし、残りの2%については、余人をもって代え難い職人としての才能と技能をもった専門家が必要とされる領域がある。外務省の場合ならば通訳だ。これは努力すれば誰でも語学が上達するということではなく、もって生まれた才能の要素がある。プロの通訳の世界で、英語でも仕事が集中するのは上位20名くらいと思う。ドイツ語、ロシア語、フランス語、中国語などでも仕事が集中するのは上位10名くらいだ。バイリンガルだからといって通訳ができるわけではない。話題になるテーマを理解する基礎的な教養、反射神経、記憶力などは努力で向上させるにはどうしても限界がある。
 数学を「ホームグラウンド」とする橋氏の「結論が先に見える」という知の形が、ある時期から霞が関の官僚文化と摩擦を起こしてしまったのだ。橋氏は、自発的に財務省を去ったと自分では思っている。しかし、そうではないだろう。霞が関との文化摩擦の結果、恐ろしい事態に巻き込まれるのではないかと直感し、橋氏は財務省を去ったのだと筆者は見ている。



「第3回」に続く


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