満月と黒猫日記

わたくし黒猫ブランカのデカダン酔いしれた暮らしぶりのレポートです。白い壁に「墜天使」って書いたり書かなかったり。

『さわり』

2012-06-12 18:57:38 | 

皆様ごきげんよう。雨降りつらい、黒猫でございます。

今日は久しぶりに本の感想を。

『さわり』(佐宮圭著、小学館)

「女として愛に破れ、子らを捨て、男として運命を組み伏せた天才琵琶師「鶴田錦史」その数奇な人生」と表紙にある通り、波乱の人生を歩んだ琵琶師・鶴田錦史さんを描いた評伝。

著者は序章で「日本で琵琶をひいている人は千人にも満たない」と述べている。確かに三味線や琴ならまだしも、琵琶を習っているという人には遭ったことがないし聞いたこともない。何故琵琶はこれほどマイナーな存在になってしまったのか。
その理由は読み進めるうちに明らかになる。


琵琶を習い始めた兄に素質を見出され、嫌々ながら琵琶を始めた菊枝(=のちの錦史)は、すぐに弟子を持つようになり、同時にプロとして様々な場所で舞台に立ち、一家の家計を支えるようになる。
ある時は時代に、ある時は流派内の争いに翻弄されながらも、琵琶師として身を立ててきた菊枝は、同い年の弟子と結婚して子どもを授かるが裏切られ、時勢を見て実業家へと転身する。

別府でのキャバレー経営などを成功させた菊枝は、時期を見て東京に戻り、東京でもナイトクラブを経営してその手腕を振るう。(この頃から男装するようになる)
戦後、急速に衰えた琵琶人気を憂いた菊枝は、昭和三十年に琵琶界に復帰。長年クラブ等で西洋の音楽に親しんだ経験から、保守的な既成概念に囚われない菊枝は、現代音楽の巨匠・武満満からの演奏依頼を機に、積極的に他のジャンルと交わり、新しい奏法を作り上げていく。

保守的な伝統音楽の世界で、ままならぬことの多い中、演奏の技量と持ち前の才覚でたくましく生きる前半生もさることながら、夫と別れ、実業家に転身してからの倦むことを知らないかのような精力的な活動も凄まじい。
実業家として東京に進出した頃から男装するようになり、その後生涯男装で通したようだが、のちに琵琶師として復活してからも紋付き袴という徹底ぶりだったというからすごい。

冒頭にして作中の一番の山場であるエイヴリー・フィッシャーホールでの「ノヴェンバー・ステップス」の演奏のくだりは、琵琶をよく知らない人でも手に汗握るような臨場感と緊張感をもって描かれており、非常に読み応えがある。

youtubeで演奏動画を観られます。↓

003_ノヴェンバー・ステップスNovember Steps 1/2(1967)前半10:00


これを機に鶴田錦史は世界的な演奏家になっていくのだが、何故日本でこんなに知名度が低いのか。著者本人も依頼があるまで鶴田の存在を知らなかったそうだし、もっと評価されるべき人物なのは間違いない。

作中では鶴田さんと関わりの深い琵琶師・水藤錦穣という女性についてもかなり詳しく触れられているが、この人の人生も鶴田さんとはまた違った意味で凄まじい。
芸事で一流と呼ばれる人物というのはやはり他を切り捨ててその道に邁進するからこそそうなるのであり、平凡な人生を歩むことはないのだろうなあと、しみじみと思わされる作品。

あまり評伝を読む機会はないんですが、とても面白かったです!おすすめ。


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