一元描写

私の日常の出来事をエッセイ風に記録して行きたい。

配食ボランティア

2007-07-28 15:07:00 | Weblog
 ”ボランティア”は、戦後から、言い古された言葉である。
私の在住区の、地域活動課の肝入で ”ちょっとした手助けが嬉しい”とこんな
キャッチフレーズが掲げられ、求人の公示がなされた。

 自宅の夕食作りに少し早過ぎる夕刻の、約一時間がお役に立つならば。と、私は
その主旨に賛同して即座に、飛び込んで、既に4年。
以来、私は、毎週火曜夕刻4:45分には、指定校(最寄り小学校)の給食室
から、愛情の詰まったランチジャーを肩に掛けて、私担当の、A さんご夫妻の待つ
お勝手元に出向き、文字通り、肩の荷を下ろしたものでした。

 既に配付されているパンフレットによって、今日のレシピに相応しい、器が
用意されている器を私は見逃さない。「中々いいじゃない」と80余歳の奥様の
センスの良さと、確かな健康感覚を、垣間見て『お元気ですね』と、褒め言葉を
\(^o^)/を交わしつつ、盛り付けのお手伝いをする日々だった。

 然し他人様の勝手元への出入りである。長居は無用にと用が済み次第帰宅。

 然し、昨暮れ、ご主人が逝去され、今は一人分の配食となって些か淋しいが、
「息子の、家族と同居しないで、頑張って見たい」と、仰る奥様に、私の将来を
重ねて、学ぶ私でもあった。そしてそこからは、ランチジャーの重みには換え難い
生活の態度と頑張りの様な「愛」を感じさせられたものだった。     

雅号

2007-07-16 18:47:04 | Weblog
 

 TV番組で「♪繋がってるからね」とテーマソングが流れて始まる’プログラムに、
”アットヒュウマン”がある。私の好みとする番組みであった。


 昔取った杵柄の(綴方)延長線上にブログを繋ぐ事を思い立った私でもあるが、
私の趣味の漢詩吟詠で、上位に昇進した私は、雅号なるものを宗家より授与される
運びとなり、漢字二文字の第一は流派の一字を、第二字は本人の希望を取り入れる
事が許された。そこで数々のテンプレート中から、迷はずに選んだ植物の「姿」
こそ、落葉高木の「欅」の凛としたイメージであった。

 建築材としても優れ、堅古に根ざした大樹が直伸し、その立派な「梢」には豊な
枝葉が織り成して(切磋琢磨する多くの師弟達)、黒い影をおとす。そして、
そよぐ風の音を奏る。そこで、私の趣味の吟詠に纏わる雅号は『野間克梢』と
決定した.

 克風流宗家を筆頭に、諸先輩の築いた大樹の幹に相応しく、梢は飽くまで天を
指して、若々しく、新参者の務めと心得、繁栄させる事を旨とせねばならない。                                            

ブログ開設に当って

2007-07-16 18:00:00 | Weblog
 ブログに入門致しますので、ご好誼の程よろしくお願い致します。 
先立って投稿内容に相応しいブログ設定となると、些か緊張が走って金縛り入力と
なりましたが、然し結構楽しみました。
  田舎育ち、子沢山の末子の私は、現代の少子化問題とは裏腹に日々多忙に農業に
いそしむ父母の背中を見て、全く天真爛漫、野草の様に育ちました。加えて春夏秋冬
農作物の現況等を、実社会で働く兄姉に便りする事を私に課せられた務めと受け止め
喜びとしていた程でした。そして学齢に達した頃には、国語教育の綴り方の時間が、
大好きな子になっていました。 

 巡るめく時は流れ、人生後半の今、想定外の拾い物として、PCに遭遇し、幼児期の
綴り方の延長線上に、ブログを繋げようと、八十二の坂道を喘いでいます。25/4/30
 

表紙挿絵について;
     此の絵がなかったら、殺風景な全くの読本です。
    実は、私の、今様で言うならば「終活」の、手助けに
    名のりを上げてくださったのは、”パソ喫茶”指導者
    S先生です。全く奇特な方と言う他ありません。
    私の、思い入れの強かった、ユリノキを選んで、一幅
    の水彩画に仕立てて下さろうとは。 幸せの極みです。
    有難うございました。 尚、此の植物はP31をどうぞ。