【短編】ふたりの夏祭り(後編)
家に着いてから一旦別れた俺達はそれぞれゆっくりと花火大会の時間まで待つ事にしていた。
この時、二人で廻るのも寂しいから友人数人を連れて行こうかと思って誘ってみたんだが、何奴も駄目だという答えしか返ってこなかった。
最終的には笑いながら『お前たち二人で楽しくやってろよ』みたいなことを言ってくる奴までいた。
後で覚えてろよ、絶対にお見舞いしてやる。
会場で見つけたらとりあえず某サッカー選手の真似して頭突きと行こうじゃないか。
冗談半分でそう思いながら俺は家で待っていた訳なのだが、
「――――じゃじゃーん! どう? 似合ってる?」
「あら、舞ちゃんすっごい似合ってるじゃないの! 祐一もラッキーねぇ、こんな可愛い娘と一緒に祭りに行けるんだもの」
「もう、おばさんったら何言ってんのよ~、ホラ、ユーイチも顔赤くしてるっ」
舞がやって来た。もちろん浴衣を着て、だ。
さっき買ってきた浴衣は正直、かなり似合っていた。
髪の方はショートのため別に結っているわけではなく、飾り付けなどをしている訳でもないんだが、そんなものは気にならないくらいのものだった。
驚きのあまり開いた口が開かなかった俺だったのだが、母と舞はからかうような目で俺を見る。
ちなみに喋ってた内容は前述の通りだ。
………この野郎、そんなに俺をからかって楽しいか。
まぁ、舞は間違いなくさっきの事を根に持っているようだが、親も親だ。
息子をこれ以上追いつめるような真似は止めてくれ。
このままだとこっちの立場はかなり危うい状況になりそうなので、対抗措置をとる事にする。
「ったく、準備が出来たんならさっさと行くぞ……」
「フフン、それじゃあ早く行こ! もう、待ちきれないんだよね~」
「ふふっ、それじゃあ二人とも行ってらっしゃい」
母の見送りを受けながら俺は舞と一緒に家を出る。
……はぁ、舞のテンションゲージはグングン上昇中。
このテンションが上がり続けるのならまだマシだ。
もし、だ。もし、このテンションを崩すような事態が発生した場合………
祭りが無事終了するのか、俺には保証できない。
どこか、不安を残しながらも俺は浴衣で突っ走る舞を追いかけながら会場へ向かっていった。
浴衣で走るとはどれだけ器用なんだよ、コイツは。
星が瞬く花火会場の河原では数多くの縁日が軒を連ねていた。
まさに夏祭りといった様子である。
こういう物を見ると、夏だと実感するからいい。
そんなことを思いながらもさり気なく通り過ぎる浴衣美人を眺めていた訳なのだが、
「――――お! ねぇ、ユーイチ! 何か結構捕れちゃったよー」
こっちの浴衣美人は金魚すくいに夢中だった。
………舞、別に笑っているのは構わないんだが、お前は小学生か。
いや、今の小学生はそこまでガキっぽくないか、だったら幼稚園児だな。
「……ってオイ、捕りすぎにも程があるだろ! 何だ、その袋の数は!?」
「ゴメン、つい夢中になっちゃって……」と照れ笑いを浮かべながら、舞は俺に三袋にたくさん詰まった金魚たちを見せる。
ハッキリ言わせてもらうぞ、舞。これは夢中になったってレベルじゃない。
屋台のオッサンを見てみろ、相当青ざめてるぞ。
「ハハハ……やっぱやりすぎだよね。それじゃあ……」
そう言いながら舞は二、三匹の金魚を残して残りは全て屋台に返された。
これに対して、オッサンは舞に対してかなり感謝の言葉を残して、おまけに五百円ほどの小遣いまで舞にあげたのだ。
ガキっぽさ百二十パーセントの現在の舞は目を輝かせながら俺にその五百円硬貨を見せて、
「ねぇねぇ、もしかして私ってスゴいんじゃない!? お金が減るどころか増えちゃったよ。いや~、お祭りって儲かるモンなんだね~」
「いや、そいつはお前だけだと思う」
間髪入れずに俺は一言だけ突っこむ。
何せ、こうでもしないとこの先疲れるのは目に見えている。
ここから先は省エネモードで行こうと思う。
あんまり喋ると二酸化炭素が出て地球にも優しくないしな。
そんなことを考えながらも俺は舞が先程せしめてきた臨時収入で買ったきた焼きそばを貰っていた。
舞曰く、今日のご褒美らしい。
はぁ、俺はペットじゃないんだ、飯だけで満足するか!………と言おうと思ったのだが、止めにする。
………くそっ、悔しいけどこの焼きそば美味いじゃないか。
何となく幸福感と敗北感を味わう羽目になった俺だった。
その後も色々あったのだ。
例えば、ダーツではド真ん中を連発して一等賞を取ったり(何だったかはご想像に任せる)、
たこ焼き、かき氷、卵煎餅、お好み焼き、チュロス、焼きそば、綿菓子、べっこう飴……等々、舞一人で相当食っていたり(コイツの財布にはいくら入っていたのだろうか、それにそんだけ食っても太らないというのはどういう事なのだろうか)
………ともかく、色々あったのだ。
多すぎてここでは紹介しきれないぐらいだ。
そして、舞はともかく、何だかんだ思いながらも素直に楽しんでいた俺だったのだが、事件は起こった。
正直それは放って置いても俺達には殆ど関係のないこと。
だが、俺が関係ないと思っていても事態は俺を巻き込んでいくことになった。
その原因となっているのはもちろん、アイツである。
――――校内最強の女、朝野 舞だ。
まず最初の事件は舞が射的ゲームをやろうとした時だった。
これくらいならやっても良いかなと思って舞と同じく金を払い、早速やろうと二人揃って銃口を棚に並ぶ景品に向けると、
「きゃっ! ちょ、ちょっと止めてください!」
「いいじゃねーかよ~、今日は祭りなんだぜ、少しくらいハメ外してもいいだろ~?」
「そうそう、さ、こっちに特等席用意してるからさ………」
「イヤですっ、離して!」
大学生くらいと思われる兄ちゃん二人に手を引っ張られているのは隣のクラスの女子だった。
よく見ると兄ちゃん二人の顔は赤く染まっている。
どうやら酒を飲んでいるようだ。今回のコレも酒の勢いという奴なのだろう。
ちなみに周囲の人々はさり気なく気付かない振りをしながら道を空けていく。
おそらく「そのうち誰かが何とかしてくれるでしょ」的な思考なんだろうな。
普通ならこのままいくとあの女子は色んな意味でピンチだったのかもしれない。
だが、幸いにも舞がいた。
そして、この後困ったことになるのはどちらかというと俺だったりする。
「ちっ……こんな時に――――って、オイ! 何やってんだ」
先程まで屋台の景品を狙っていた舞の銃口は突如兄ちゃん達のいる方向へと向けられる。
そして、誰もがビビり上がるような馬鹿でかい怒声で、
「コラッ! そこの鬱陶しい兄ちゃん二人っ、そこで立ち止まってこっち振り向けっ!!」
「な、何だ!!」
「え、何なの……」
兄ちゃん二人につられて女子も振り向く。
そして、その瞬間、
「おめぇ、一体………って、ぐはッ……!!」
「ちょ、おい、どうした………ゲフッ……」
ズドンという二発の銃声と共に兄ちゃん二人は地にひれ伏した。
そして、気絶した二人に銃口を突きつけながら、
「みんなが楽しんでるとこ邪魔するアホは死を持って償っときなさい!! こんな目に遭いたくなかったら酒は控えることね!」
その後、少し間を空けてからやって来たのは周りからの拍手喝采である。
ここがいつもの町だったら色んな意味でヤバかったのだろう。
幸いにも今いるのは祭り会場だ。
こういう事件もイベントみたいな格好となったのだろう。
だが、こっちは浮かれているわけにはいかなかった。
何せ事後処理という面倒な仕事がまわってくるからな。
俺はとりあえず、未だに血の気が引かない舞の肩を叩きながら、
「オイ、気が済んだか? とりあえず、警察には連絡して置くぞ。お前がやったと知ればとりあえず納得してくれるだろう。この二人はその辺の屋台の裏で寝かして貰えるようにすればいいからな」
「うん……せっかくの祭りで人が楽しんでたのにコイツら二人の所為で台無しよ。全く、嫌になっちゃうわ」
「あ、あのう、あなた達って………」
溜息を吐いていた俺達に被害者である女子は恐る恐るといった表情で話しかける。
今の舞がまともに喋れそうもないのは明らかだったので、代わりに俺が受け答えすることにした。
「ああ、隣のクラスの佐藤 祐一と朝野 舞だ。とりあえずエラいことにならなくて良かったよ」
「いや、でも、あの人たちは………」
「あー、その辺も心配ないさ。この後警察に連絡しておくし、向こうも分かっててくれるだろうからな。俺達はもう行くけど、君はここに残っててくれ。一応、警察も話を聞きたいだろうからな」
「あ、分かりました………本当にありがとうございます。もし助けてくれなかったら私………」
「いやいや、礼なんていらないさ。こんな事はほぼ日常的だしな」
そう言って俺達はその場を離れた。
もちろん、近くの屋台のオッサンに兄ちゃん二人を預かって貰って射的の方は俺からすまなかったと謝罪してからだ。
いやぁ~、予想通り苦労したなぁ………だが、この後舞のご機嫌取りまでしなきゃならないんだがなぁ………
はぁ……何かテンション下がるよ、まったく。
そんな俺の思いも露知らず、花火大会は幕を開けたのだった。
その後も色々あったのだ。
不機嫌な舞を何とか花火で落ち着かせようと思ったのだが、見ていた場所でどこぞのヤンキー(古い表現かもしれないが見事に当てはまっていた)がケンカをやらかして、再びキレた舞によって言葉通りの喧嘩両成敗を成し遂げてしまったり、
こてんぱんに仕留めた哀れなヤンキー達を見てスッキリしたらしく、再び笑顔に戻った舞の隣をひったくり犯が通り過ぎて、再びキレた舞がたまたま持っていたチャンバラごっこの時に子供が使う玩具の剣を振りかざしてひったくり犯を仕留めたり(どうやって仕留めたかはご想像にお任せする)と、
他にも数多くのお祭り効果で暴走した人間を仕留めていた。
………もちろん、大変だったさ。特に俺が。
事後処理は全部俺が担当した。そりゃあもう大量にだ。
俺が良く顔合わせする巡査の人(別に悪いことした訳じゃないのに警察内に知り合いを作ってしまった俺って一体……)には「お前、こっちより大変なんじゃないか?」と同情の言葉まで貰ってしまうほどだ。
………そして、そんなこんなをしているうちに祭りは終わってしまったりする。
「はぁ……なんかあっという間に祭り終わっちゃったよ………結局何かストレスばっか溜まって損した感じ~……」
俺の家の縁側で舞は溜息を吐きながらぼやいた。
それはこっちも同じだぞ。てか、俺の方が疲れたんだが。
「あ、ゴメン。私、何にも考えずに暴れちゃってて………グス……」
ちょっと待て、そんなに悲しそうな顔をするな。
てか、涙ぐむな。こっちまで憂鬱な気分になるだろうが。
「グスッ……でもそんなこと言われても………うう……」
ヤバい、このままだと親が何と言うか分からん!
別に俺はこの歳で『女泣かせ』の称号は貰いたくもない。
とりあえず、俺はありったけの知識を総動員させて脳内緊急会議を開くことにした。
脳内の佐藤 祐一よ、全員集合。
『なぁ、何か良いアイデア無いか? そこの俺よ』
『いや、無いに決まってるだろうが。俺達は一心同体なんだ。そっちの俺が分からないんならこっちの俺も分からん』
『そうだよな、こいつの言う通りだ。もともと同じ人間が大勢集まっても意味がないだろうからな』
『それじゃあ、こうやって会議してても意味ないな。お疲れ様、全員解散!』
『お疲れ~、さぁ俺よ、何とか頑張ってくれよ』
『あ、オイ! ちょっと待てよ!』
ミスった。てか、俺って頼りないなぁ……それなりに集まったのにもかかわらず、結局何も出てこないとは。
どうやら、頼りになるのは自分だけという事らしい。いや、自分すら頼りになっていなかったが………
「ったく、お前は――――って、そうだ! あれがあったんだ!」
「グス……突然どうしたのよ……」
「おい、まだ夏祭りは終わっちゃいないんだよ」
「ど、どういう事よ? 祭りはもう終わっちゃったじゃない」
「確かにあっちのは終わったかもしれないがこっちはまだ終わってない。まだ花火は終わっちゃいないんだよ」
俺は大事なことを忘れていた。
去年買って以来、結局使わずに倉庫にしまっていた花火のことを完璧に忘れていたんだ。
俺は庭の隅にポツンと置かれている倉庫の扉を開けて奥底から花火セットの袋を取り出して舞に見せつける。
「ほら、花火大会再開だ。祭りはまだまだ終わらんぞ」
「ユーイチ……う、うん、お祭り再開よ! 張り切っちゃうんだから!!」
いや、そんなに張り切らなくても良いんだぞ。
むしろ時間帯のことも考えてもう少し大人しくすべきだ。
………そんなことを思わず言いそうになったんだが、俺は口を噤む。
とりあえず、笑っておいた方が良いだろうな。こんな時ぐらい。
――――何せ、花火なんかより良い笑顔見せてるんだからな、コイツは。
夏休みがあっという間に過ぎて、今はは新学期初日――――
「ねぇ、これって一体何なのよ………」
「なになに……『我が校の新聞部が選んだベストカップル in 夏休み!』か。良くやるもんだなぁ、新聞部も」
校内の掲示コーナーに貼られていたそれには夏にその熱愛ぶりが激写された数組の生徒または教師の写真と共に記事が載っていた。
ウチの高校の新聞部ならやりかねないことだ。まさに校内フライデーである。
だが、それは他人事ではなかったのだ。
「バカ、これを見なさいよ! 私達までこんなのに載ってるのよ!」
「は? そんな分けないだろ……なになに………」
"スクープ!! やっぱりあの二人は花火以上にお熱い関係だった(笑)!!"
我々、取材班は夏祭りの帰り際にたまたま『校内の番長』こと朝野 舞さんとの関係が噂される佐藤 祐一君の家を通りかかったのだが、そこで我々は信じられない光景を目の当たりにしてしまった! な、何と二人が楽し――――
………もう少し詳細が書かれていたんだがあまりにもアホらしいので読むのを止める。
この続きが知りたい奴がいたら連絡してこい。本気でヘッドバットをお見舞いしてやる。
しかしだ。まさか、あの時の事が記事になるとは思ってもみなかった。
この学校の連中は一体何者なんだ。てか本当にただの学生なんだろうか?
「何、アイツ等に感心してんのよ! ちょっとほら、行くわよっ」
「は? 行くって何処に………」
「新聞部の部室に決まってるでしょ!」
はぁ……今日も忙しくなりそうだ。
とりあえず、溜息を吐いてから俺も全力で突っ走る。
こうでもしないと今の舞には追いつかないからなぁ……
――――それでも………
妙に楽しいと思ってしまうのは気のせいだよな?
そうだ、気のせいなんだ。夏休みボケがまだ治ってないだけなんだ。
は? 気のせいじゃない? ふざけるな。
……俺は気のせいにしたいんだよ、そうでもしないと何だか負たような気がする。
あぁ、もう、ホントにさぁ……俺は弄られるのは好きじゃないんだから、な?
波乱の満ちた新学期、スタート。
<あとがき>
ども~(^^)/
そういうわけで、後編の方も投稿してみました。
これから先もこのシリーズは続けていくつもりです。
もしかしたらこっちを連載に持っていった方が良いんじゃないかなぁとか思ってるのは気の所為なんで悪しからず(苦笑
ここから目次へジャンプしますよ~
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家に着いてから一旦別れた俺達はそれぞれゆっくりと花火大会の時間まで待つ事にしていた。
この時、二人で廻るのも寂しいから友人数人を連れて行こうかと思って誘ってみたんだが、何奴も駄目だという答えしか返ってこなかった。
最終的には笑いながら『お前たち二人で楽しくやってろよ』みたいなことを言ってくる奴までいた。
後で覚えてろよ、絶対にお見舞いしてやる。
会場で見つけたらとりあえず某サッカー選手の真似して頭突きと行こうじゃないか。
冗談半分でそう思いながら俺は家で待っていた訳なのだが、
「――――じゃじゃーん! どう? 似合ってる?」
「あら、舞ちゃんすっごい似合ってるじゃないの! 祐一もラッキーねぇ、こんな可愛い娘と一緒に祭りに行けるんだもの」
「もう、おばさんったら何言ってんのよ~、ホラ、ユーイチも顔赤くしてるっ」
舞がやって来た。もちろん浴衣を着て、だ。
さっき買ってきた浴衣は正直、かなり似合っていた。
髪の方はショートのため別に結っているわけではなく、飾り付けなどをしている訳でもないんだが、そんなものは気にならないくらいのものだった。
驚きのあまり開いた口が開かなかった俺だったのだが、母と舞はからかうような目で俺を見る。
ちなみに喋ってた内容は前述の通りだ。
………この野郎、そんなに俺をからかって楽しいか。
まぁ、舞は間違いなくさっきの事を根に持っているようだが、親も親だ。
息子をこれ以上追いつめるような真似は止めてくれ。
このままだとこっちの立場はかなり危うい状況になりそうなので、対抗措置をとる事にする。
「ったく、準備が出来たんならさっさと行くぞ……」
「フフン、それじゃあ早く行こ! もう、待ちきれないんだよね~」
「ふふっ、それじゃあ二人とも行ってらっしゃい」
母の見送りを受けながら俺は舞と一緒に家を出る。
……はぁ、舞のテンションゲージはグングン上昇中。
このテンションが上がり続けるのならまだマシだ。
もし、だ。もし、このテンションを崩すような事態が発生した場合………
祭りが無事終了するのか、俺には保証できない。
どこか、不安を残しながらも俺は浴衣で突っ走る舞を追いかけながら会場へ向かっていった。
浴衣で走るとはどれだけ器用なんだよ、コイツは。
星が瞬く花火会場の河原では数多くの縁日が軒を連ねていた。
まさに夏祭りといった様子である。
こういう物を見ると、夏だと実感するからいい。
そんなことを思いながらもさり気なく通り過ぎる浴衣美人を眺めていた訳なのだが、
「――――お! ねぇ、ユーイチ! 何か結構捕れちゃったよー」
こっちの浴衣美人は金魚すくいに夢中だった。
………舞、別に笑っているのは構わないんだが、お前は小学生か。
いや、今の小学生はそこまでガキっぽくないか、だったら幼稚園児だな。
「……ってオイ、捕りすぎにも程があるだろ! 何だ、その袋の数は!?」
「ゴメン、つい夢中になっちゃって……」と照れ笑いを浮かべながら、舞は俺に三袋にたくさん詰まった金魚たちを見せる。
ハッキリ言わせてもらうぞ、舞。これは夢中になったってレベルじゃない。
屋台のオッサンを見てみろ、相当青ざめてるぞ。
「ハハハ……やっぱやりすぎだよね。それじゃあ……」
そう言いながら舞は二、三匹の金魚を残して残りは全て屋台に返された。
これに対して、オッサンは舞に対してかなり感謝の言葉を残して、おまけに五百円ほどの小遣いまで舞にあげたのだ。
ガキっぽさ百二十パーセントの現在の舞は目を輝かせながら俺にその五百円硬貨を見せて、
「ねぇねぇ、もしかして私ってスゴいんじゃない!? お金が減るどころか増えちゃったよ。いや~、お祭りって儲かるモンなんだね~」
「いや、そいつはお前だけだと思う」
間髪入れずに俺は一言だけ突っこむ。
何せ、こうでもしないとこの先疲れるのは目に見えている。
ここから先は省エネモードで行こうと思う。
あんまり喋ると二酸化炭素が出て地球にも優しくないしな。
そんなことを考えながらも俺は舞が先程せしめてきた臨時収入で買ったきた焼きそばを貰っていた。
舞曰く、今日のご褒美らしい。
はぁ、俺はペットじゃないんだ、飯だけで満足するか!………と言おうと思ったのだが、止めにする。
………くそっ、悔しいけどこの焼きそば美味いじゃないか。
何となく幸福感と敗北感を味わう羽目になった俺だった。
その後も色々あったのだ。
例えば、ダーツではド真ん中を連発して一等賞を取ったり(何だったかはご想像に任せる)、
たこ焼き、かき氷、卵煎餅、お好み焼き、チュロス、焼きそば、綿菓子、べっこう飴……等々、舞一人で相当食っていたり(コイツの財布にはいくら入っていたのだろうか、それにそんだけ食っても太らないというのはどういう事なのだろうか)
………ともかく、色々あったのだ。
多すぎてここでは紹介しきれないぐらいだ。
そして、舞はともかく、何だかんだ思いながらも素直に楽しんでいた俺だったのだが、事件は起こった。
正直それは放って置いても俺達には殆ど関係のないこと。
だが、俺が関係ないと思っていても事態は俺を巻き込んでいくことになった。
その原因となっているのはもちろん、アイツである。
――――校内最強の女、朝野 舞だ。
まず最初の事件は舞が射的ゲームをやろうとした時だった。
これくらいならやっても良いかなと思って舞と同じく金を払い、早速やろうと二人揃って銃口を棚に並ぶ景品に向けると、
「きゃっ! ちょ、ちょっと止めてください!」
「いいじゃねーかよ~、今日は祭りなんだぜ、少しくらいハメ外してもいいだろ~?」
「そうそう、さ、こっちに特等席用意してるからさ………」
「イヤですっ、離して!」
大学生くらいと思われる兄ちゃん二人に手を引っ張られているのは隣のクラスの女子だった。
よく見ると兄ちゃん二人の顔は赤く染まっている。
どうやら酒を飲んでいるようだ。今回のコレも酒の勢いという奴なのだろう。
ちなみに周囲の人々はさり気なく気付かない振りをしながら道を空けていく。
おそらく「そのうち誰かが何とかしてくれるでしょ」的な思考なんだろうな。
普通ならこのままいくとあの女子は色んな意味でピンチだったのかもしれない。
だが、幸いにも舞がいた。
そして、この後困ったことになるのはどちらかというと俺だったりする。
「ちっ……こんな時に――――って、オイ! 何やってんだ」
先程まで屋台の景品を狙っていた舞の銃口は突如兄ちゃん達のいる方向へと向けられる。
そして、誰もがビビり上がるような馬鹿でかい怒声で、
「コラッ! そこの鬱陶しい兄ちゃん二人っ、そこで立ち止まってこっち振り向けっ!!」
「な、何だ!!」
「え、何なの……」
兄ちゃん二人につられて女子も振り向く。
そして、その瞬間、
「おめぇ、一体………って、ぐはッ……!!」
「ちょ、おい、どうした………ゲフッ……」
ズドンという二発の銃声と共に兄ちゃん二人は地にひれ伏した。
そして、気絶した二人に銃口を突きつけながら、
「みんなが楽しんでるとこ邪魔するアホは死を持って償っときなさい!! こんな目に遭いたくなかったら酒は控えることね!」
その後、少し間を空けてからやって来たのは周りからの拍手喝采である。
ここがいつもの町だったら色んな意味でヤバかったのだろう。
幸いにも今いるのは祭り会場だ。
こういう事件もイベントみたいな格好となったのだろう。
だが、こっちは浮かれているわけにはいかなかった。
何せ事後処理という面倒な仕事がまわってくるからな。
俺はとりあえず、未だに血の気が引かない舞の肩を叩きながら、
「オイ、気が済んだか? とりあえず、警察には連絡して置くぞ。お前がやったと知ればとりあえず納得してくれるだろう。この二人はその辺の屋台の裏で寝かして貰えるようにすればいいからな」
「うん……せっかくの祭りで人が楽しんでたのにコイツら二人の所為で台無しよ。全く、嫌になっちゃうわ」
「あ、あのう、あなた達って………」
溜息を吐いていた俺達に被害者である女子は恐る恐るといった表情で話しかける。
今の舞がまともに喋れそうもないのは明らかだったので、代わりに俺が受け答えすることにした。
「ああ、隣のクラスの佐藤 祐一と朝野 舞だ。とりあえずエラいことにならなくて良かったよ」
「いや、でも、あの人たちは………」
「あー、その辺も心配ないさ。この後警察に連絡しておくし、向こうも分かっててくれるだろうからな。俺達はもう行くけど、君はここに残っててくれ。一応、警察も話を聞きたいだろうからな」
「あ、分かりました………本当にありがとうございます。もし助けてくれなかったら私………」
「いやいや、礼なんていらないさ。こんな事はほぼ日常的だしな」
そう言って俺達はその場を離れた。
もちろん、近くの屋台のオッサンに兄ちゃん二人を預かって貰って射的の方は俺からすまなかったと謝罪してからだ。
いやぁ~、予想通り苦労したなぁ………だが、この後舞のご機嫌取りまでしなきゃならないんだがなぁ………
はぁ……何かテンション下がるよ、まったく。
そんな俺の思いも露知らず、花火大会は幕を開けたのだった。
その後も色々あったのだ。
不機嫌な舞を何とか花火で落ち着かせようと思ったのだが、見ていた場所でどこぞのヤンキー(古い表現かもしれないが見事に当てはまっていた)がケンカをやらかして、再びキレた舞によって言葉通りの喧嘩両成敗を成し遂げてしまったり、
こてんぱんに仕留めた哀れなヤンキー達を見てスッキリしたらしく、再び笑顔に戻った舞の隣をひったくり犯が通り過ぎて、再びキレた舞がたまたま持っていたチャンバラごっこの時に子供が使う玩具の剣を振りかざしてひったくり犯を仕留めたり(どうやって仕留めたかはご想像にお任せする)と、
他にも数多くのお祭り効果で暴走した人間を仕留めていた。
………もちろん、大変だったさ。特に俺が。
事後処理は全部俺が担当した。そりゃあもう大量にだ。
俺が良く顔合わせする巡査の人(別に悪いことした訳じゃないのに警察内に知り合いを作ってしまった俺って一体……)には「お前、こっちより大変なんじゃないか?」と同情の言葉まで貰ってしまうほどだ。
………そして、そんなこんなをしているうちに祭りは終わってしまったりする。
「はぁ……なんかあっという間に祭り終わっちゃったよ………結局何かストレスばっか溜まって損した感じ~……」
俺の家の縁側で舞は溜息を吐きながらぼやいた。
それはこっちも同じだぞ。てか、俺の方が疲れたんだが。
「あ、ゴメン。私、何にも考えずに暴れちゃってて………グス……」
ちょっと待て、そんなに悲しそうな顔をするな。
てか、涙ぐむな。こっちまで憂鬱な気分になるだろうが。
「グスッ……でもそんなこと言われても………うう……」
ヤバい、このままだと親が何と言うか分からん!
別に俺はこの歳で『女泣かせ』の称号は貰いたくもない。
とりあえず、俺はありったけの知識を総動員させて脳内緊急会議を開くことにした。
脳内の佐藤 祐一よ、全員集合。
『なぁ、何か良いアイデア無いか? そこの俺よ』
『いや、無いに決まってるだろうが。俺達は一心同体なんだ。そっちの俺が分からないんならこっちの俺も分からん』
『そうだよな、こいつの言う通りだ。もともと同じ人間が大勢集まっても意味がないだろうからな』
『それじゃあ、こうやって会議してても意味ないな。お疲れ様、全員解散!』
『お疲れ~、さぁ俺よ、何とか頑張ってくれよ』
『あ、オイ! ちょっと待てよ!』
ミスった。てか、俺って頼りないなぁ……それなりに集まったのにもかかわらず、結局何も出てこないとは。
どうやら、頼りになるのは自分だけという事らしい。いや、自分すら頼りになっていなかったが………
「ったく、お前は――――って、そうだ! あれがあったんだ!」
「グス……突然どうしたのよ……」
「おい、まだ夏祭りは終わっちゃいないんだよ」
「ど、どういう事よ? 祭りはもう終わっちゃったじゃない」
「確かにあっちのは終わったかもしれないがこっちはまだ終わってない。まだ花火は終わっちゃいないんだよ」
俺は大事なことを忘れていた。
去年買って以来、結局使わずに倉庫にしまっていた花火のことを完璧に忘れていたんだ。
俺は庭の隅にポツンと置かれている倉庫の扉を開けて奥底から花火セットの袋を取り出して舞に見せつける。
「ほら、花火大会再開だ。祭りはまだまだ終わらんぞ」
「ユーイチ……う、うん、お祭り再開よ! 張り切っちゃうんだから!!」
いや、そんなに張り切らなくても良いんだぞ。
むしろ時間帯のことも考えてもう少し大人しくすべきだ。
………そんなことを思わず言いそうになったんだが、俺は口を噤む。
とりあえず、笑っておいた方が良いだろうな。こんな時ぐらい。
――――何せ、花火なんかより良い笑顔見せてるんだからな、コイツは。
夏休みがあっという間に過ぎて、今はは新学期初日――――
「ねぇ、これって一体何なのよ………」
「なになに……『我が校の新聞部が選んだベストカップル in 夏休み!』か。良くやるもんだなぁ、新聞部も」
校内の掲示コーナーに貼られていたそれには夏にその熱愛ぶりが激写された数組の生徒または教師の写真と共に記事が載っていた。
ウチの高校の新聞部ならやりかねないことだ。まさに校内フライデーである。
だが、それは他人事ではなかったのだ。
「バカ、これを見なさいよ! 私達までこんなのに載ってるのよ!」
「は? そんな分けないだろ……なになに………」
"スクープ!! やっぱりあの二人は花火以上にお熱い関係だった(笑)!!"
我々、取材班は夏祭りの帰り際にたまたま『校内の番長』こと朝野 舞さんとの関係が噂される佐藤 祐一君の家を通りかかったのだが、そこで我々は信じられない光景を目の当たりにしてしまった! な、何と二人が楽し――――
………もう少し詳細が書かれていたんだがあまりにもアホらしいので読むのを止める。
この続きが知りたい奴がいたら連絡してこい。本気でヘッドバットをお見舞いしてやる。
しかしだ。まさか、あの時の事が記事になるとは思ってもみなかった。
この学校の連中は一体何者なんだ。てか本当にただの学生なんだろうか?
「何、アイツ等に感心してんのよ! ちょっとほら、行くわよっ」
「は? 行くって何処に………」
「新聞部の部室に決まってるでしょ!」
はぁ……今日も忙しくなりそうだ。
とりあえず、溜息を吐いてから俺も全力で突っ走る。
こうでもしないと今の舞には追いつかないからなぁ……
――――それでも………
妙に楽しいと思ってしまうのは気のせいだよな?
そうだ、気のせいなんだ。夏休みボケがまだ治ってないだけなんだ。
は? 気のせいじゃない? ふざけるな。
……俺は気のせいにしたいんだよ、そうでもしないと何だか負たような気がする。
あぁ、もう、ホントにさぁ……俺は弄られるのは好きじゃないんだから、な?
波乱の満ちた新学期、スタート。
<あとがき>
ども~(^^)/
そういうわけで、後編の方も投稿してみました。
これから先もこのシリーズは続けていくつもりです。
もしかしたらこっちを連載に持っていった方が良いんじゃないかなぁとか思ってるのは気の所為なんで悪しからず(苦笑
ここから目次へジャンプしますよ~
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