Entrance for Studies in Finance

中東の民主化はどこまで進むか

チュニジア革命(2011年1月14日)
 中東のチュニジアTunisiaでは野菜売りの青年による、彼を侮辱し生活道具を取り上げた警官への抗議の自殺(2010年12月17日)を契機に起こった大衆によるデモによってベンアリ独裁政権が崩壊した(2011年1月14日)。ベンアリ政権は1987年以来23年間続いたとのこと。これはチュニジア革命、あるいはジャスミン革命jasmine revolutionと呼ばれている。
 その後の暫定政権にベンアリ大統領のもとで首相を務めていたガンヌーシが首相としてとどまっていたが、これには批判が高まり2月27日、ガンヌーシが首相を辞任。後任の首相にはカドセブシ元外相が就任した。

エジプト ムバラクの辞任(2011年2月11日)
 このチュニジアの動きが中東各国に飛び火した。エジプトEgypyでは、街頭での抗議活動が広がり2011年2月11日ついにムバラク(Hosni Mubarak)が大統領職を辞任した(エジプトが国有化しているスエズ運河への影響が懸念された)。ムバラク政権は1981年以来29年続いたとのこと。エジプトでは2月1日にムバラクが今季限りで辞任を表明したが、民衆はこれに納得せず、辞任に追い込まれた形。軍の最高幹部会議が全権を掌握したとのこと。
 ただここで浮上したスレイマン副大統領Omar Sleiman, the vice-president(1月29日にムバラクが任命)でエジプト国内が収まるかは微妙だ。スレイマンは長く諜報機関(総合情報庁)の長官を務め、アメリカ寄りと見られている。ムバラク政権維持のための弾圧にも加担していたはずの上、国民の間に根強い反米感情を体現出来ない人物ではないだろうか。
 その後、注目はリビアに移っている。リビアLibyaのカダフィ(Muammer Qaddafi)政権は1969年以来実に41年間続いているとのこと。そして今回の民衆蜂起では、どうも多数の犠牲者がでていることも問題にされている。
 なお中東で民衆蜂起が続く背景には、小麦など食糧価格の高騰があるとも指摘されている。
 債券から株式へ あるいは先進国から新興国へと流れていた 投資家マネーの逆流が始まるとも指摘されている。商品価格・金価格の高騰、株価の下落、先進国の債券の上昇(金利の低下)。なおリビア情勢を受けてサウジは欧米に配慮して原油の緊急増産に踏み切ったとのこと(2月25日までに原油生産量を70万バレル以上増やし900万バレル超に引き上げたとのこと これはリビアでの混乱により日量130万レベルとされるリビアの原油輸出への懸念がでていることへの措置とされる)。

中国に波及するか
 なおこうした中東情勢を受けるかのように、中国でも民主化を求めた集会の呼び掛けが繰り返し行われたが、この呼びかけは、政府の厳しい取り締まりを受けている。集会のよびかけは2011年2月20日(日)には13都市で、また2月27日(日)には18都市について行われた。政府はこれに対して徹底した取り締まりで臨んでいる。香港の人権団体は全国で1000人以上が拘束を受けたと発表。2月20日当日、北京、上海、ハルピンでは集会参加者が拘束される姿が、海外メディアにより目撃された。その後 21日に四川省と紅蘇省で国家政権転覆扇動の疑いで男性2人が拘束。24日には四川省の作家、由雲飛氏が同じく国家政権転覆扇動の疑いで拘束された。
2011年7月が共産党創立90周年にあたること、2011年10月が辛亥革命100年にあたることなど、2011年が記念すべき節目の年であることも重なり、中国政府は、社会の安定に向けて、思想面の取り締まりを強化せざるを得ないのかもしれない。
 天安門六四事件
 CNN 21st anniversary year of Tiananmen Square

 

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「Area Studies」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
2024年
2023年
人気記事