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漁船船長釈放決定(2010年9月24日)について

 2010年9月24日、那覇地検は「今後の日中関係を考慮」して、拘留してきた船長を処分保留のまま釈放すると発表した。検察が独自に判断したとの首相官邸(内閣府)側の主張に対して、検察に判断を任したのか、検察は裁量権を超えた決定をしたのではないか、背後で官邸の関与があったのではないか、などの疑問が出されている。この間、海上保安庁の石垣海上保安部、那覇地検(石垣支部)の行動は、領海を守るという点からは、正しいという指摘が多い。
 しかしいくら日本が領土問題は存在しないといっても、中国側が現実に領有権を主張している海域において、中国側漁船を追尾した上で船員を逮捕、拘留し国内法の手続きをすすめれば、中国側が硬化することはわかっていたはずである。それにもかかわらず、逮捕・拘留・拘留の延長などで日中関係を十分悪化させた上で、日中関係が悪化したから釈放するという那覇地検の対応はスッキリしないものを感じる。
 大方の理解はことは那覇地検が独断で進めたのではなく、日本政府(官邸)がなんらかの指示を出しそれが那覇地検の決定に影響しているというものだ。だとすれば、那覇地検ではなく日本政府に言いたいのは政府は、もっとはやく事態の収拾を図るべきであったということである。

対中関係悪化回避に向けて早期の政治的決断を行うべきだった
 2010年9月7日午前10時56分頃に尖閣諸島the Senkaku Islands(中国では釣魚台、釣魚the Diaoyu)近くで日本の海上保安庁の巡視船と中国の漁船が衝突した事件に絡んで、漁船(遊魚船)船長が公務執行妨害容疑で9月8日、第11管区海上保安本部(那覇)石垣海上保安部により逮捕された。事件を受けて内閣官房長官室で開かれた会議で海保側が逮捕を主張、外務省側の懸念が押し切られたとされる。この場合、海保が逮捕を主張するのは職責上当然。
 問題はこの時点で官邸側が政治的な判断を欠いたことにある。政治的決断で海保の判断を抑えるべきであった。官邸の黙認を受けて那覇地検石垣支部は那覇簡易裁判所石垣支部に10日間の拘留を申請。石垣簡裁は19日まで10日間の拘留を認めた。その後、那覇地検石垣支部はさらに拘留の延長を申請、石垣簡裁は20日にさらに10日間の拘留の延長を認めた。
 この拘留の延長により、両国の緊張が新たな段階に入ってしまった。漁船の船長は衝突の事実は認めている。時間的に考えれば、基本的な聴取は終わっているはずで、時間をかけるほど、両国関係が複雑になってゆくことはわかっていたはずだ。現場の人たちが、正義感でというよりは事務的に動けば動くほど、政治的には緊張が高まる構図にあった。
 もちろん停船命令を無視したとか、巡視船に体当たりで抵抗した(この点の疑問は後で述べる)など、あるいは違法操業の可能性など、保安部側(現場)の言い分は分かる。しかし中国側が領土・領海権を主張している場所での事件である以上、日本の国内法で司法処理を進めれば、中国側としても硬化して妥協余地がなくなるのは明白(事を構えるのであれば、中国側に妥協の用意がない以上、日中の交流の断絶を含む十分な準備と覚悟が必要である)。つまり覚悟があるかどうか。ないのであれば、偶発的な緊張を緩和するにはどうすればいいかを第一に考えるべきだった。
 この場合、日本政府として事実関係についての調査結果を公表するとともの領土(領海)問題について毅然とした立場を示すのは当然であるが、漁船の船長の身柄は、事実関係の調査が終わり次第すみやかに中国側に戻すべきであろう。領土問題では妥協すべきでないというのは正論である。しかし、中国としても同様に妥協できないことも明らか。そして緊張関係の高まりは望ましくない。これをルール通りで進めると、解決に時間がかかり、しかも両国関係が長期間悪化することは明らかである。日中経済交流など多方面に、この問題は波及する可能性が高い。
 現場は拘留が長引くことによる外交や経済への影響まで計算できないし、それを判断する立場にもない。このような現場や個々の組織の判断に対して、政治的な判断を下すのは政治の責任である。日中の外交関係をどうしてゆくのかという、基本的な姿勢が問われている。行動を起こしたあとで、中国政府に冷静な対応を求めても事態は収拾できない。

衝突の原因は本当はどちらにあるのか
現場海域での取り締まりでは、漁船が停船に応じない場合、海保側が進路を塞いだり、船名を確認するため接近したりといった事が生じている。2008年6月に台湾の漁船に海保側が接近をはかり、漁船と衝突して漁船が沈没する「事故」が生じている。しかしながら海上で大きな船が小さい船に接近しすぎると、小さい船が大きい船に引き寄せられて衝突することもあるようだ。今回の問題で、衝突があったから中国側に非があるという言い方があるが、必ずしもそういいきれないことが懸念される。
 衝突の原因について
 中国側の報道2010年9月8日(翻訳) この報道にみられるように漁船側が日本の巡視船から衝突を受けてというように、日本とはまったく逆に報道されている。

 私は、領土問題で主張は主張として行うことは正しいが、領土紛争があるところ(中国側が主張している事実はある)で捕捉した相手国国民を長く拘留することは、両国の関係を悪化させるだけだと考える。(わが国が領土としているところに不法に進入するものがあれば、これを拘束して国内法により取り調べることは当然であるが、その当該国と対峙する決意がないのであれば)政治的決断により、事情聴取が終わり次第、船長を早期に帰還させるべきだった。

 船長の祖母が急死 2010年9月9日
 "China and Japan Getting their goat"in The Economist, Sept.18, 2010, p.34.
ジョナサン・アダムズ「日中激突時代のプレリュード」『NEWSWEEK 日本語版』2010年9月22日号, pp.22-23.
"Deng's heirs ignore his advice" in The Economist, Sept.25, 2010, p.34.
「尖閣衝突事件」『エコノミスト』2010年9月28日号, p.14(小泉政権下の2004年3月の中国人活動家7人による不法上陸事件の折には、沖縄県警が逮捕したものの送検しないまま、その2日後、入国管理局に身柄を引き渡し、中国に強制送還したことを紹介している。今回、民主党政権下であるにもかかわらず、同様の緊張緩和に向けた政治的決断が官邸の仙石由人官房長官により取られないまま、前原誠治氏に代表される国際関係緊張させることをなんとも思わない人物のナショナリスト的主張に政府までがのって事態を悪化させたのは大問題だった。)
 小菅洋人「臨時国会で検証すべき尖閣領海内中国漁船衝突3つの論点」『エコノミスト』2010年10月12日, pp.72-73.
 「日中『尖閣密約』あった」『AERA』2010年10月25日, 12-15. 送検を推進する前原誠治氏を、本来はけん制する立場にある官房長官の仙石由人氏が法治主義を掲げるだけで政治的決断を避けたこと、省庁間のコミュニケーションが政治主導を掲げる民主党政権下で失われ、必要な情報が官邸に届かなかったこと、などを報道している。
 釣魚台(wiki)
 
Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
originally appeared in Sept.20, 2010
corrected and reposted in Oct.18, 2010
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