カウンセリングルーム 横手(三鷹)しゃべりば

個人カウンセリング
グループカウンセリング
学習会
ひとりごと等
(見たいカテゴリーを、クリックしてください。)

第9回横手しゃべりばによせて

2015年12月13日 16時10分06秒 | 横手しゃべりばによせて
 それはNPOから始まった。NPOっていったい何?って、誰かが訊ねたと思う。
みんなそれぞれに自分が言葉にできる限りのNPOのイメージを、あるいは解釈を口にした。正解などは要らない。いや、あってもいいけど、この時は必要なかった。放った言葉を通して、お互いどんな人かなって感じあうことを大事にしていた、みたいだった。
 そんなやりとりの中、初参加のAちゃんの言葉が、思いが響きすぎて、おったまげた。私自身、4日前に初めて会ったAちゃん、他の参加者とはもちろん初対面の彼女。にもかかわらず、ご自分の体験に基づく言葉が、直球が、次から次へと放たれた。この(言葉の)シャワーはとても気持ちがいい!!シャワーに洗われて、誰もが裸に成っていく。こんなことを話して、人にどう思われるだろうという垣根が、みるみる、なくなってゆくのがわかった。
 ご自由にどうぞ!とは言ってみたものの、ここまで自由に動く方に初めて会ったような気がする。そうこうしているうちに、もう一人の初参加の I さんが、ご自分を語りだした。うまく話せないと何度も言いながら、しっかり伝わってくる彼女の気持ち。今まで溜めていたに違いない溢れる想いに、皆の気持ちがひとつとなった。
かなり、かなり久しぶりに味わったんじゃないかな~。場の空気が一体となって、一人ひとりをつき動かしていた。勇気とかそういうこととは、たぶん違う。誰もが自然にいつのまにか、気がついたら口にしていた、そんな空気だった。

 初参加のAちゃん、ありがとう、無為自然?を堪能しましたよ。もうひとりの初参加 Ⅰさんもありがとう、想いをここにド~ンと、いや小さなわが胸にストンと落ちました。そして I さんの想いを聴けずに帰ってしまったKさん、とっても残念、無念!おそらくこの日参加していた誰もがみな、あなたもこの席にいたらなあと思ったはず。
それからいつものように盛岡から参加のN子さん、Aちゃんへの多大なる刺激をありがとう、教えすぎかなとも思いましたが、これはもうN子さんの個性、どうぞご自由に!
そして最後にMさん、どんどんどっしり(失礼)してきて、今じゃ主のような存在、それでいて誰よりもピュアな方。
今回の私は何もしないで楽しむだけで、終わりました。素晴らしい1日でしたよ。また今度、お会いしましょう。

 次回「横手しゃべりば」は、3月中旬の土曜日を予定しております。
それじゃ皆さま来年まで、再見!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

H27年度八戸ワークショップによせて

2015年12月08日 08時53分43秒 | 八戸ワークショップ
 カウンセリングを勉強し始めた頃は、こうある“べき”だとか、こうやる“べき”だとかの“べき”という言葉に対して、敵対心に近いような気持ちをもっていた。当時の私には、決して使ってはいけない言葉になっていたと思う。ところが昨今、あえてこの耳障りな言葉“べき”を使い、「カウンセリングは、今、私がやるべきこと・・・」と話していた。
かつてカウンセリングは私にとって、やるべきことではなくて、「やりたくて、やりたくて仕様がなくて、やらずにはいられないこと」だった。その勢いだけで15年以上も突っ走っていたところ、ここ何年かはその席を卓球に奪われ、「やるべきこと」に変わっていたのに気づいた。もちろん、どんなカウンセリングでもいいわけはなく、カール・R・ロジャーズから発して、友田不二男が構築したところの「カウンセリング」。その流れの10分の1でもいいから、いえいえ、10分の1も伝えることなどできないかもしれないけど、やるべきことなどと、ぬけぬけと八戸で話していた。
 書いてみていつものこと、少し内容を変えた気がしないでもないけれど(笑)、こんな感じのお話を、今回の八戸ワークではしたと思う。「役にたつ」という話から流れていって、私の話に耳を傾けて下さった方たちがいたおかげで、辿りついた「やるべきこと」です。
 すっかり自分の話を受けとめて頂き、気分がよくなったからかどうかはわからないけれど、その後のワークショップの時間はリラックスして、やりたい放題に動いていた。ある方には、どんなに学習したところで、自分の内側に、自分の経験に落としていかないと何も活きてこないなどと、生意気なことを言いながら、友田不二男訳「道ノ道トスベキハ常ノ道ニアラズ・・・」の“具体”らしきものを言ったりしていた。偉そうだよね、たいしてわかりもしないくせにって、今なら自分に言えるけど、言葉が止まらなかった。よくしゃべり、よく笑った・・・。
 
 3日目、I さんが読んで下さった新聞記事、(間違って記憶していたらごめんなさい)
・・・日本では、こないだまでアメリカからやって来た「成果主義」「成果主義」と騒いでいたけど、ここに来て「年功序列」の方が・・・
なんだか、とってもひびいてきた。私の10代20代は「年功序列」時代、30代には「成果主義」が台等し始め、40代ではしっかり「成果主義」の時代となっていた。そして50代も終わろうとしている今、何もかもが行き詰っている時代に「年功序列」?の声をきいて、何か自分の内側で、ピンとくるものを感じた。そのピンはまだ言葉にできないけれど、I さんから頂いた私なりの解釈、「成果主義よりは、もしかしたら年功序列がいいかも?」を、自分の経験に照らし合わせて言葉にする機会を設けたい。
皆で、ああでもない!こうでもない!をやりながら、自身の内側を探っていく作業のなんと楽しいことか・・・、思い出しただけでワクワクする。
若い頃は「年功序列」を気嫌いしていた。どちらの時代も経験した私が今、どんなことを話すのだろうと自分に一番興味がある。
 
 八戸カウンセリングセンターの皆さま、今年もお声をかけて頂きましてありがとうございます。生きている限り、きっと何かしらの形でカウンセリングに関わっていくことと思います。いつまで経っても拙いだけの私ですが、またどこかでお会いできたら共に学習しましょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする