聞けば響く話のフォーラム

リンガマ+と合わせて記事を書いています。

木の家がいい

2005-12-15 23:07:25 | 五感
小学校の低学年のころ、一時、日野市の郊外にある木の家に住んでいた。借家である。土ぼこりの舞う冬の季節には、家の中にいても、顔にほこりのベールがかかってしまい、家族みんなで苦笑しあったりしていた。すき間風大歓迎の構造だったのだ。

同じ敷地内に、数ヶ月に一回しか帰ってこない大家さんの「古民家」が立っていた。実際どこかから移築したらしい。さぞかし苦労したことだろう。土間があり囲炉裏があり、何と茶室まであった。

ときどきその茶室の中で、不埒にも横になって居眠りをしていたような記憶がある。中二階には、大きな古いトランクがあり、誰のものか知らないが、不気味な人形がしまってあったりした。近所の女の子と暗闇の中をまさぐって少年探偵団をまじめにやった。大家さんの家の庭の端には井戸も掘ってあり、夏はすいかをひたして食べた。

たまに大家さんが帰ってくると、まず困ったのは風呂に入れなくなることである。もちろん遊びなれた広い部屋に入るわけにもいかない。早く神田のお宅に戻ってくれないかなと祈ったものだ。

その後もずっと木の家だった。すき間風こそなくなったが、ちゃんと柱と廊下と縁側があった。杉並の家の庭には、桃の木もあり、暇を見つけてはよじ登ったことを覚えている。夏休みの草むしりはかなり大変だった。根っ子ごと抜いてみると、土の中にはこんなにもごっそりと生き物がいるのだと驚きもした。

そういう育ちのせいか、瀟洒なコンクリートのレストランに入ったり、たまにそういった質の家に招かれたりすると、落ち着かない気分になることがある。気取ったふりをしながらも、どこかに少しでも木があって欲しいと願ったりする。

おそらくヨーロッパの石造りの家は性に合わない。まずそういった家や屋敷とは無縁だと思うが。

さて、今の住まいは何と小さなマンションである。よくよく考えてみると困ったものである。心なごむような仕掛けは一つもない。何とかしなければならない。

先日、できもしないのに、思い切って「古民家」を提案してみたところ、一家の大反対にあった。こうなったら、資金はさておき、空想ながらも別のプランを練ってみる必要がありそうだ。もちろん木は欠かせない。
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おばあちゃんがある日突然プラモの部品に変身した

2005-12-01 23:59:19 | 五感
ルノー4CV。つまり日本でいえば日野ルノーPA型である。外から見ると、まるで和服を着たおばあちゃんみたいな風情だけど、乗ってみると余計なものはまったくなくて、しかもどこか洒落ていて温かみがある。本皮製のシートなどもってのほかで、メーター類は一点集中型。シフトノブはえらく簡単。馬力もあまりないし、たぶん排気量も800ccそこそこ。そんな車だ。

その4CVが、あるときご近所の家の庭で、完成前のプラモデルのキットのような姿になっていた。自動車会社のエンジニアである鈴木氏が、若手を家に呼び、芝生の上でいっしょに「おばあちゃん」を分解していたのである。

その頃はなぜそんなことをしているのか、ただ不思議に思うだけで、ありのままの気持ちを母に報告したりするくらいのものだった。母は意に関せずというようすだった。

4CVがプラモに変身したのは一度や二度ではない。今思えば、鈴木氏はまちがいなく会社から使命を負わされていたのだ。早く、他社に負けない、いい乗用車を作らなければならない。だからこそ、目の前にルノーがある。よーし、来週は休暇をとってまたひとつオーバーホールをやるか、佐藤君。そんな乗りだったのだろう。

鈴木氏はよく4CVを駆って、幼いご長男と一緒に無口な私をドライブに連れていってくれた。技術者だから、たぶん走行実験を兼ねていたのだと思う。それでも、私は心が躍った。とにかく車に乗っているだけで上機嫌という単純な子供だったのである。

外の景色には目もくれず、気が付くと巨大な輸送機が地面にへばりついている横田基地の横を走っていたりした。飛行機よりも車のほうが偉いんだぞ、と自分に言って聞かせた。目の前のライバルがグローブマスターであることは、すぐにわかった。

仕事以外の面で、鈴木氏は「メカニズム」をとことん楽しんでいた。当時かなり広く見えたご自宅の和室には、鉄道模型がいつもぐるりと走る状態に整えられていたし、リビングの天井には精密な木製の飛行機の模型がわんさとぶら下がっていた。もちろん黒い滑稽な鼻のついたグローブマスターも。

別に仰々しくプラスチックケースにおさめられているわけでもないし、触るなという圧力も感じさせない。どの遊びのギヤも部屋の空気に溶け込んでいる感じがした。それが何とも言えない、ぜいたくな気分にさせてくれたのである。

もう何十年もたっているのに、今でも鈴木邸に思いをはせると、子供のような気持になれる。たとえ一瞬でも、そこからまた夢が少しはふくらむ。比較的最近、とうとう4CVの1/18モデルを買ってしまった。居酒屋を一回我慢しただけの話なのだが。
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