平成11年の秋頃だったろうか、私はA県K市のある場所に居た。
そこは周りを田んぼや畑に囲まれた、典型的な郊外にあるスレート葺の工場だった。建屋の横には門型クレーンがあり、高さ6m近いペンキが塗ってある鉄板が立てられていた。
「これ、何をやるんですか?」
私は近くに居た上司を捕まえて訊いた。
「知らん、なんかウォータージェットとか言うらしいな」
私の直属の上司である柴木部長は、いつもの様に自分とは関係なさそうに答えた。この人は自分の利害に係わる事には非常に敏感だが、関係ないと判断すると途端に無関心になるタイプだった。
周りではこの工場の持ち主であるKT社の作業着姿の職人達や、見慣れない緑色の作業着の技術職っぽい人達がせっせとたくさんの機械をセットしている。
「これ、うちでやるらしいぞ」
「こんな物、誰がやるんですか?」
「とりあえずは池ちゃんだ」
池ちゃんとは小池課長のことで、無意味に元気はつらつとしている童顔の人だ。池ちゃんはいつも柴木部長に軽く虐められている。
「なんか、大変ですね」
まあ、私にとっても他人事だった。
準備が整ったのか、黄色の巨大な裸エンジンのような機械が、マフラーから黒煙を吐き出し始めた。他の機械も動き出し、周りはかなり騒々しくなって来た。
「お、来とったか」
大手KB社から、我がR社に出向して来ている渡常務が、あまり似合わないヘルメットを頭にちょこんと載せてやって来た。
「これからうちが始める仕事やから、まあしっかり見といてな」
いつもより声のトーンが高い。どうやらこの仕事にかなりの可能性を見い出している様だ。
「あの、立ててある鉄板に張り付いている機械は何ですか?」
「あれはハイドロキャットというロボットや」
「ロボット?」
その時、緑色の作業着を着た人がリモコンの様な物を操作した。その小さな四輪が付いた機械は、立ててある鉄板をするすると登り始めた。
「へえ、壁を登るんですね」
「凄いやろ」
凄いとは思うが、本当にこんな物を単なる土木建築資材の商社である我がR社がやるとは思えなかった。
「じゃ、始めまーす!」
緑色の作業着の一人がみんなに聞こえるように大声を出した。
我がR社からは五人、KT社からは十数人、緑色の作業着のF社からは四人、なかなか仰々しいデモンストレーションとなった。
F社の一人が裸エンジンの前で操作をすると、徐々にエンジンの回転数が上がり、物凄い騒音を発生し始めた。思わず耳を両手で押さえる。
「う、うるせえ」
まるで大型トラックが耳元で全開走行している様な音圧だ。裸エンジンから出ている太いホースが、ビリビリと振動している。
裸エンジンの人からOKサインを貰ったF社の別の人間が、鉄板に張り付いている機械のリモコンを操作すると、機械は鉄板をゆっくりとよじ登り始めた。良く見ると機械が登った後は、鉄板のペンキが綺麗に剥がれている。
「あれは吸盤の中で超高圧水を発射しとるんや」
渡常務が大声で説明してくれる。
「水ですか?」
「そうや、物凄い圧力の水や」
「じゃあそこの馬鹿みたいにうるさい機械が?」
「そうや、あれが超高圧ポンプや」
正直、こんなにうるさい機械、私は大嫌いだ。
鉄板を登る機械を停めると、今度はKT社の職人がヤッケを着て現れた。手にはホースが繋がった鉄砲の様な物を持っている。職人はコンクリートミキサーの前で鉄砲を構えると、いきなり発射した。
「うわ!」
私はさらに強く手の平を耳に密着させた。鉄砲の先から出ている水から、物凄く周波数の高い騒音が出ている。
職人はヘルメットに付けた樹脂製のフェイスガードで顔を護りながら、コンクリートミキサーに付着していたモルタルを、バンバンと吹き飛ばして行った。
「こんな工事を本当にやるの?小池さんは大変だなぁ」
凄まじいデモンストレーションが終わると、私は素直に小池課長に同情した。
「小池課長、頑張って下さいね!」
僕の言葉に小池課長は悲しそうな顔をしながら頷いた。
それから半年後、何故か私はこの意味不明な機械達とフェリーに乗り込み、洋上の人となっていた・・・。
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ドームのおじさんの家に行くなら、是非おいらも行きたいです!日にちが決まったら教えてください。合わせるようにします!