はくりんちゅ306

　B軍基地からの撤収日、私とハルとノリオは、岸壁にトラックが入って来るのを待っていた。

　S社の伊沢との話し合いにより、R社ウォータージェットチームは、なんとか盆前にM県に帰れる事になっていた。
　工場に戻ったら、今回の工事機材の片付けと、TH電力の仕事の為に必要な機材の準備、そしてハスキーの400時間メンテナンスや、ガンのオーバーホール作業を行わなければならない。実質的に、お盆休みは無いに等しかった。

「木田さん、S共同火力の仕事は、四郎ちゃん達が来るんだって？」
　盆明けのY県の工事では、ガラスフレークライニング1,000m2を、実質五日間で剥離するという仕事内容だったので、R社として正式にS社に対して、工事の協力を依頼していた。
「ええ、そうですよ。T工業のチームが来てくれるそうですよ」
　ハルは私の答えを聞いて、嬉しそうにしている。
「その方がやり易いでしょ？」
「そりゃあね、全然知らない人たちよりも、仕事はやり易いよ」
　ハルは、R社に入る前に幸四郎の居るT工業で働いていたので、気心は知れている。私にとっても、N県S市のB海軍基地で一緒に仕事をした幸四郎は、仕事がやり易い相手だった。
「でもね、問題はT工業に仕事で負けられないってことなんですよ」
「それが問題だぉー」
　ハルは渋い顔をしている。次回の工事では、形式上R社が元請となり、S社が下請という形になる。元請の会社が下請の会社に、仕事の量や質で負ける訳には行かない。
「ノリ子、お前本当に来られないのか？」
　ハルはいきなりノリオに話を振った。
「え？ああ、すみません…。製油所の仕事が入ってるんですよ」
「っちゃあ、ノリ子はぁ！まさかハルちゃんの事が嫌になったんじゃないのか？社長に『ハルさんが嫌なんで、R社の仕事は外して下さい』とか言ってないか？」
　ノリオはカピバラ顔の目を見開くと、両手を振って否定し始めた。
「いや、僕も本当はこっちに来たいですよ、結構ウォータージェットは楽しいし」
「本当か？嘘だったらこうだからな」
　ハルはそう言うと、ノリオの股間を突付こうとする。
「本当です、嘘なんか言ってませんよぉ！」
　ノリオが必死に否定するので、ハルは満足をしたのか、珍しくノリオへの攻撃を中断した。
「木田さん、それで、その現場は、他にだれがガンを撃つのよ！？」
　ハルはその事が気になって仕方がない様子だ。
「泉谷さんはどうすんのよ？」
　泉谷と須藤は、今朝でホテルをチェックアウトしてもらい、一足先に帰路に就いている。本人たちが居なくなったので、ハルも本音で話し始めているのだ。
「泉谷さんは、どうも根本的にウォータージェットが嫌いみたいなんでね、すぐに休憩をしちゃうし。残念ですけど、次回は外れてもらいますよ。だから一人は須藤君でしょ、もう一人は同じ本村組の新人を予定していますから」
「四つん這いになる正子と、本村組の新人かぁ…。あと一人は？」
「佐野さんに頼んで、馬力のありそうな職人を探して貰っていますから」
「ちゃあ、俺はその頼り無いメンバーと一緒に、四郎ちゃんの所と同じペースでライニングを剥がさなきゃいけないの？」
「うははは…、まあ、そういう事になりますね」
　ハルは首を左右に振りながら、ヘラヘラと笑っている。自分に大きな負担が掛かる事を予想しているのだろう。

　岸壁にトラックが入って来ると、ハルがフライトデッキに移動し、私とノリオでトラックを担当して、トラックに機材を積み込む。作業はあっさりと三十分程で終了した。
「さ、これで作業は終了、帰りますか！」
　私は二人に声を掛けると、岸壁を歩き出した。
「あれぇ？」
　後でノリオが声を上げる。
「どうした？」
「木田さん、あそこを見てくださいよ」
「？」
　私はノリオが指をさしている場所をじっと見た。
「何があるの？」
「いえ、無いんですよ」
「だから何が？」
「あの、例の金属柱が」
「！？」
　もう一度良く見てみると、私とノリオが苦労して高所作業車で塗装剥離を行った、スポンソン（張り出し部）の前部にある、ギヤ歯付きの金属柱が無くなっている。
「あれってさぁ、伊沢さんに『抜いてくれ』って頼んだら、『無理だ！』って言われて、苦労してやった場所だよね？」
「ええ、そうですよ、もうちょっとでキティホークに高所作業車をひっくり返される所でしたよね」
　私とノリオは、高所作業車のバケット（人が乗る箱）が、海に浮くキティホークに押された事を思い出していた。
「うひゃひゃひゃひゃ、そんなだよ、S社は！」
　ハルが、
「いつもの事だよっ」
　という顔で、笑っている。
「うははは、ま、そうだよね」
　私は、だんだんそういう事に慣れて行く自分に気付き、そしてそれが可笑しくもあった。

　この日、約四十日間に及ぶ、我々のY市B軍基地での仕事は終了となった。